174/十二時
「確かに、ここには未開封品の宝石、アクセサリの類もあるのだけどね。そういうものが良いかと言うと、君も引っかかってるんじゃないか」
中谷理華はジョーが持ち込んだDVD‐BOXをスーツの男に命じて受け取った上でそう言った。
ジョーは何かを見透かされたような気がしてたじろいた。実はジョーもアスミへの誕生日プレゼントを考えるにあたって、装飾品などを考えたのだが、どうにもしっくり来なくて、色々情報収集している間にここに流れついた運びなのだ。
「アスミさんは、ブランドのバッグとかも喜ばなさそうだしね。ただ……」
ジョーはぎくりとした。目の前のソファに座っていた理華が急に視界から消えて、続きの言葉は突然にジョーの背後から聴こえてきたからだ。
(本質能力……?)
背後からそっとジョーの左手を握って、くるりと裏返すと、理華はこう続けた。
「君は、人の誕生日を祝ってる場合かね?」
ジョーの左手首には、昨日から気付いた昇竜のアザが浮かび上がっている。
「呪い、だよ」
「どういうことです?」
理華はしばし沈黙すると、自身の掌で優しくジョーの左手首をさすった。存在変動者であり、聖女と呼ばれる人間。呪いという言葉を聞いた時、ジョーの心はざわついたが、今はまた秩序だったものに落ち着いてしまった。こういう不思議な人間もいるのだ。
しかし、時計は十二時の針を刻む。
AMラジオの音源が切り替わり、アナウンサーの抑揚の無い声が事実を告げる。
――臨時ニュースをお知らせします。
ジョーは事態が逼迫しているからこそ、語り手の主観を入れずに淡々と事実を伝える、二年半前の頃のアナログなメディアの報道を思い出した。
――現在、所属不明の戦闘機が領空を侵犯し、S市上空に接近中。航空自衛隊M島基地から、迎撃のために二機が緊急発進いたしました。
「来てしまったようだね」
窓辺に移動して空を見上げる理華に並んで、ジョーも空を見上げる。機影のようなものは肉眼で確認できないが。
しかし、空から広範囲に降り注いでいる存在変動律を確かに感じ、ジョーも理解する。これは敵の存在変動律だ。
(戦闘機で、だと)
蝶女王が予告していた二週間という期間はまだ経っていなかったが、脅威・破綻、そういうものは予定通りにはやってこないというのも、ジョーは経験上直覚している。
この二週間の猶予期間で、空路、海路、陸路などを想定して、空港、港、国道に駅には迎撃準備を整えていたのだが、それらの全ては無効化された。
駆け出そうとするジョーに、理華が声をかけた。
「車を出してやる」
そう言って、スーツの男の人に準備を命じる。
「中立の組織の人じゃなかったのか?」
「表面だったポーズと、実際の有事の際の振る舞い方は異なる。例えばこの国の防衛のあり方などもそうだ」
理華はそう言って、胸の祝韻旋律の紋章に手を当てる。たちまち、理華の衣服が修道衣のような礼装に立ち替わる。少なくともジョーにはそう見える。周囲に、理華の存在変動律が波動する。色は、緑であった。
ジョーはアスミが語った、今までの世界とオントロジカを前提とした世界との過渡期という話を思い出した。襲来する者が、迎え撃つ者がそれぞれ存在変動律を有し、本質能力を使う。
それでも、変わらない事柄は、人という種にとって本質的な性質というものなのだろうか。
進み続ける世界の中で、この日も人と人とは争い合う。




