160/陽炎
照りつける日差しの中、ジョーはスヴャトが滞在していた「紫の館」が今どうなっているのかが気になって、駅の東側の舗装路を歩いていた。このまま、沿岸部との境界領域の方に向えば、ビルとビルの間に古い館が建っていたはずである。
信号待ちの途中で、スマートフォンが鈍い振動を放つ。リンクドゥの着信をジョーが確認すると、志麻からのメッセージだった。
――八月二十日は、アスミの誕生日なの。
アスミと三人で共有しているグループ『非幸福者同盟』経由ではなく、ジョーの個人アカウント宛てに志麻個人のアカウントから送られてきたメッセージである。
(へぇ、知らなかった)
再会してからではなく、幼少時のアスミとの記憶に意識を向けた直後である。また、謎の眩暈に襲われてジョーは踉めいた。
(本当に。知らなかったのか?)
黒い影に、後ろから左手首を掴まれるような感覚。そっちには行かせないぞ? と何者かがジョーの手首の脈の部分を鬱血するまで掴んでいるような。
崩落に巻き込まれる感覚。自分という存立基盤が危うい。信じて歩いてきた舗装路の下には、実は死体が埋まっていたような。
――プレゼント。考えるよ。
頭を振って意識を保ち、志麻にはそうメッセージを返した。その後、志麻からの返信はなかった。
崩れ落ちる感覚が時間と共に治まってくる頃。やがて、スヴャトの「紫の館」があったと思われる場所に辿り着いた。
しかし、そのビルとビルの間の場所は、ありふれた大規模資本のコンビニエンスストアが建っているだけだった。
(記憶、違いか?)
念のために、コンビニの店員さんに、コンビニが立つ前の状況について聞いてみる。
「や、ここはもう、十年くらいコンビニですよ?」
そう言われると、ジョーもそんな気がする。
全ては、夢なのか?
それにしては、スヴャトの顏、声。何よりも一緒に見た星空と深淵な彼の話、今のジョーには思い出せる。
加えて、この道だ。
コンビニを後にして、駅方面へと歩き始めた帰り道。感覚がフラッシュバックする。
ジョーは確かに、ひい祖母、つまりはひぃじーじの奥さん、あるいは母カンナの祖母……が亡くなった日、この道をスヴャトの元へと歩いた気がするのだ。
自分を取り囲む世界が幻めいて感じられたあの夜。道標として目指した、天に輝く星があった。その星の存在に、今は確信が持てない。
陽炎がゆらめく夏のビルディング街の一角を、ジョーはトボトボと歩き続けた。




