149/ひんやり感
「百色ちゃん、暑そう」
駅方面への道中で、アスミがジョーに声をかけてきた。ジョーとしては百色ちゃんの表情の変化などは感じ取れない。ただ、アスミは他人に気を回す性質なので、そんな彼女なりに察する所があるのかもしれない。
「水、飲むか?」
手持ちのペットボトルを差し出してみるが、百色ちゃんに反応はない。
「もっと豊富な水量で、バーってできるとイイんだけどね」
アスミの言動は、百色ちゃんをシャワーか何かで外部から冷やせば「ひんやり感」は内部まで伝導するであろう、という意図だと解釈する。ジョーとしては最近の着ぐるみについて造詣が深い方ではないので、それが可能なのか、どの程度の効果があるのか一概に判断はできない。
それでも、百色ちゃんはアスミの言葉の方には反応して、片手をあげて道の対面を指した。ジョーは利用したことがなかったが、利用者が各々で洗うタイプの洗車場があった。
「洗車場って、車以外も洗えるのかしら?」
アスミが真面目に検討しているので、ジョーも無駄に男気を見せてみる。
「よし、聞いてきてやる」
洗車場に滞在していたお兄さんに尋ねてみた所、本当に車じゃなくても洗って良いものなのか、七夕の日の笑い話にと大らかな心で返してくれたのか、OKしてくれた。かくして、五百円硬貨一枚を支払い、洗車場内の車を駐車する場所に、百色ちゃんを置いた。
いざ、実際にシャワーを浴びせる段階になってジョーは逡巡したが、アスミは躊躇わず蛇口を回し、百色ちゃんに水をかけはじめた。加えて、ブラシで体表をこすり始める。
「百色ちゃん、なんかヌタヌタしてる」
百色ちゃんの体はそれこそ自動車のようにスチールめいてもいるし、一方で昔ながらの着ぐるみのように布っぽくもある、不思議な物質で出来ている。ただ、全体的に暑さで汗ばんでる感じなのはジョーにも理解できた。当の百色ちゃんは手を動かして背中も洗ってみたいなジェスチャーを送ってくるので、アスミは容赦なく自動車用の洗剤を使って百色ちゃんの背中をゴシゴシしていく。
当の百色ちゃんは気持ち良さそうだ。表情こそ変わらないものの、洗ってくれるアスミに体を預けているという、二人の関係性の間に生じている雰囲気が、朗らかだった。
「百色ちゃん、墓石みたいだなや」
他人の体を洗うという行為に没頭して油断してるのか、アスミは東北地方に位置するS市近辺の方言が出ていた。「なや」っていうのは「だよね?」って相手に同意を求める感じの語尾だ。
「んだね」
ジョーも方言で返す。「んだね」は「そうだね」と同意を示す感じ。
しかし墓石か。言われてみれば、初めて見た時から百色ちゃんの台形に近い四角という体は、何かに似ていると思っていた。ひい祖母などが眠る宮澤家のものも形はこのタイプだ。確かに墓石を連想させる。百色ちゃんを水で綺麗にしていくという作業は、さしずめお墓参りの際に水で墓石を洗う営みと重なる。
そうしてピカピカになった百色ちゃんを連れて、ジョーとアスミはまた歩き始めた。洗って貰ってすっきりしたのか、百色ちゃんの歩みは先ほどよりも軽やかな感じ。
ついつい部屋の隅のほこりを掃除しないまま、次々とやってくるアレコレに忙殺されてしまっている毎日とか。お風呂で体を洗うのも億劫になってしまうほど消耗してしまう日々とか。そりゃ、そういうこと、顕著に忙しい大都会からは少し遠いS市の住人にだってあるのだけれど。
時々は立ち止まって。部屋のほこりは払って。体は丁寧に洗って。纏う衣服や装飾を少しいつもと変えて。そうして街行く時間があってもイイ。
七夕の日とは、そんないつもと繋がっている変わらない日でもある一方で、ちょっとここだけは特別な日でもある。そんな、不思議な時間が流れている日なのだった。




