Realtrains ~リアトレ~
「り、『Realtrains』……?」
「そう、略して『リアトレ』さ」
鉄道研究会に所属するオレに、同じ研究会の同級生の友人が勧めてきたのは、パソコンで遊べるゲームだった。外国で開発されたと言うそのゲームの名前は『Realtrains』、通称『リアトレ』と呼ばれているらしい。
パソコンの中で鉄道など様々な交通を動かす『経営シミュレーションゲーム』で、駅と駅の間に列車を走らせて乗客や貨物を輸送し、駅に到着した乗客をバスや路面電車でさらに街の各地へ輸送できたりと、かなり複雑な交通網を再現することも可能なようだ。
でも、友人が一番オレに熱く語ったのは、このリアトレが無料のフリーゲームである事だった。
「凄いだろ?無料でどんな列車も、どんなバスも、どんな世界も思いのままだ!」
「へぇ、そりゃ凄そうだな……」
以前からパソコンの前でリアトレを楽しんでいた友人は、ぜひ一緒に楽しもうとオレに熱烈に勧めてきた。だけど、一度やって見ないとハマるかどうかは分からないという事で、友人からデータを写してもらい、自前のパソコンで少しだけ楽しんでみることにした。
だけど次の日、オレはその友人に、『リアトレ』を一緒に楽しむのは遠慮したいと告げた。
「え、何で?面白いのに……」
「まぁ、確かに面白かったのは認めるけど……」
昨晩拝見した友人のデータには、『リアトレ』で作り上げた巨大なマップがあった。端から端までたくさんのビルが並び、数多くの工場からは毎日大量の貨物が作られている。それらを結ぶように、街には縦横無尽に線路や道路が敷かれており、何百、いや何千もの列車やバス、トラック、さらには船や飛行機までもが行き来していた。それはまるで、一つの巨大な『世界』のようだった。
確かに、見るだけだと非常に面白く、何時間見ても飽きなかった。ただ、いざその乗り物たちを編集しようとすると、非常にややこしい工程を経ないと出来ない、と言う事が分かってしまった。車庫から乗り物を選択し、編成を決め、そして大量にある路線から適切なものを選ばないといけないのである。慣れたら簡単になる、と友人は言ったけど、面倒くさがり屋のオレには頭が痛くなりそうだった。
「そっか……まぁ、慣れるまで大変だし、仕方ないか」
「悪いな……オレは傍目から眺めさせてもらうよ」
友人が少し悲しそうな顔をしたのが不安だったけれど、すぐに元気を取り戻し、鉄道研究会の残りの会員である後輩二人に『リアトレ』を勧め始めたのを見てオレは安心した。
その次の日、学校の授業を終えて鉄道研究会の部屋に行くと、他の会員――友人と後輩二人がパソコンを見せあいながら談笑していた。その画面に映っていたのは、あの経営シミュレーションゲーム『リアトレ』だった。諦めたオレと違って、後輩二人はすぐにゲームのルールを飲み込み、楽しんでいる様子である。
「先輩、これってどうすれば……」
「あー、そりゃ貨物のデータが入ってないんだよ。ここからダウンロードして……」
「すげー!さすが先輩!」
「へへ、面白いだろ?」
オレの友人の株は、鰻上りのようだった。
その翌日も、鉄道研究会の部屋で友人と後輩二人は『リアトレ』に熱中していた。それぞれのパソコンの中にそれぞれのマップがあり、好きなように発展させているようだ。鉄道など乗り物を動かせば客や貨物の流れが生まれ、それに応じて街が大きくなっていく。オレにはまるで、三人それぞれが自分だけの世界を作り上げているように見えた。
「あ、先輩この列車ってどこにありますか?」
「えーと確か……これだ、フォックストレインズの……」
それから数日経ち、休日を挟んで新たな月曜日が訪れても、相変わらず三人は『リアトレ』にばかり気をとられていた。オレ自身が何かを話しかけたり挨拶をしないと、ずっとパソコンの画面にのめりこんでばかりの様子であった。会話が無い時間は、鉄道研究会の部屋の中をマウスやキーボードの音が埋め尽くしていた。
「あまり長く続けないほうがいいぜ、目が悪くなるし……」
「大丈夫大丈夫、気にすんなよ」
「先輩、それって迷信らしいですよー」
オレの注意も聞かないまま、三人はずっと自分が作り上げたマップの様子を眺め、様々な乗り物を購入しては次々にマップの上に導入し続けていた。自分の好きなように出来る世界とは言え、ちょっとやりすぎなのではないか、と一瞬思ったけれど、三人は意に介さないかのように談笑しながら、マップの中にある町を好き勝手に改造し続けていた。
その時のオレは、三人にとって文字通り『リアトレ』こそが現実になり始めていた事に、まだ気づいていなかった。
何かがおかしくなっていることにようやく気づいたのは、テストが終わって少し経ったある日の事だった。 いつものように鉄道研究会の部屋に行こうとしたとき、例の三人がオレの横を通り過ぎていった。その傍には、怒り心頭と言った面持ちの先生の姿があった。一体何が起きたのか、だいたい予想はついた。『リアトレ』ばかりにのめりこみすぎてテスト勉強が疎かになり、赤点を取って補習を受けさせる事になったのだろう、と。
しかし、何故三人一斉に連れられていったのだろうか。その理由は、少し経った後に分かってしまった。部室で暇をもてあましていたオレを驚かせながら大きな音と共に扉が開き、友人と後輩二人が部室に駆け込んできたのだ。そして一斉にそれぞれのパソコンのスイッチを入れ、例の『リアトレ』の画面を開いた。
「ふぅ……よし、データは落ちてないな」
「ようやく続きが出来ますね」
「良かったよかった……」
すぐさまゲームにのめり込み始めた彼らに、オレは先程連れられていった原因を尋ねた。すると、三人から返ってきたのは驚くべき発言だった。彼らは補習があるのを知りながら『リアトレ』をするために部室に居座り、先生が呼んでもずっと応じなかったのである。あそこまで先生が怒っていたのも当然だったのだ。
どうしてそんな事をしたのか、補習にいってからゲームをやった方が良かったんじゃないか。オレはそう三人に告げたのだが、彼らは聞く耳を持たなかった。
「だって先輩、『リアトレ』の方が面白いですよ?」
「いや、オレはそう言う事を言ったんじゃなくて……」
「後にずるずる引きずるよりも、今『リアトレ』をしないと駄目っすよ」
「そ、その理屈は絶対におかしいと思うんだが……」
そして、納得がいかないオレに、友人は言った。
「悪いけど、今のオレたちにとって『リアトレ』は現実なんだ。本物なんだよ」
『現実』に発展し続けているマップ、走り続ける乗り物、それらを無視することは出来ない。だからこれからも、一生『リアトレ』をするだろう。
友人の宣言に拍手をする後輩二人を見て、オレの体に一瞬悪寒が走った。目の前の三人の何かがおかしくなり始めているのが、目に見えてしまったからかもしれない。
それでもオレは、学校のある日は毎日鉄道研究会の部室に足を運び続けた。明日になればきっと何かが良くなるかもしれない、『リアトレ』が単なるゲームだと気づきなおす時が来るかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら向かうオレの心は、パソコンの画面に映った架空の世界にのめり込む三人に打ち砕かれ続けた。
画面をちらりと覗きこむと、そこには大量のビルや巨大に膨れ上がった駅、そして毎日何十万人もの乗客を輸送し、無数の貨物を運び続けている乗り物たちの姿があった。マップが巨大化し、それらがどんどん大きくなる様子は、まるでプレイヤーである彼らをこちらの世界『リアトレ』の世界へと引きずり込もうとしているようだった。
――いや、実際に引きずり込んでいたのかもしれない。
時が経つにつれ、彼らは授業すら放棄して、一日中『リアトレ』の世界に入り続けていたからだ。
当然先生や生徒から、オレに何とか注意してくれと言う依頼は届いた。担任の先生たちも説得に行こうとしたのだが、三人には一切それらの説得は意味を成さなかった。分かりました、の空返事ばかりで、毎日毎日『リアトレ』ばかりの日々だったのだ。パソコンの電源を落とそうか、と言う提案もあったようだが、下手に学校が動いてしまうと親からのクレームがあるかもしれないという事で、最終的には見守ると言う選択肢しか残されていなかった。
気づいた時には、鉄道研究会で俺1人だけがこの現実に取り残されていた。
そしてある日、ひっそりと暇をもてあましていたオレの耳に、彼らの言葉が入ってきた。
「せんぱーい、そろそろフリープレイは止めませんか?」
「そうだな、流石にこれだけ発展すれば……」
「本気でやっちゃいますか?」
どうやら今までずっと彼らが行ってきた『リアトレ』のゲームは、資金を一切気にせずに開発や新規路線の建設などが行える「フリープレイ」と言うモードだったらしい。ただ、今やリアトレこそが現実、本物となった彼らには、そのような便利なモードは退屈極まりないものになっていたらしい。そこでこれからは、『資金』と言う要素を取り入れる難しめなゲームモードに取り組んでみよう、と考えていたのだ。
「お、おい……」
一瞬、オレの脳裏に嫌な予感が走った。理由は分からなかったが、止めたほうが良いんじゃないか、と言う声が考えるよりも出てしまった。でも、今回もまた三人の耳からその言葉は流れてしまった。
「大丈夫だって、何とかなるよ」
「そうですよ先輩」
「気にしないでください」
いつもの言葉だが、どれも全て注意を受け付けることはないという意志の表れだった。結局オレは諦めて、早く帰れよ、と言う言葉と共にその場を立ち去るほか無かった。
――それが、オレが彼らを見た最後の姿だった。
彼らは消えてしまったのだ。さよならも言わず、突然に。
あれから随分時が経つけれど、突然姿を消した鉄道研究会の三人の生徒――オレの友人と後輩二人――の行方は分かっていない。学校の先生や生徒は勿論、鉄道研究会でたった一人残ったオレも警察などから事情聴取を受けてしまったけれど、最終的には何も知らなかったオレに警察の人たちのほうから謝る事態になってしまった。
今も学校――数年前までオレが通っていた母校――では、突然消えた鉄道研究会の生徒の事が語り継がれているらしい。現実と空想がごちゃ混ぜになってしまったからではないか、変なサイトにアクセスして連れ去られたのではないか、などなど様々な理由が流れているけど、結局は誰も本当の原因は分からない、と言うのが結論である。
ただ、正直なところ、オレは何となく彼らが突然消えてしまった原因が分かるような気がする。
三人が消えて少し経った後に、オレは例のゲーム――『リアトレ』こと『Realtrains』――についてネットで調べてみた。今までは不気味に思ってしまったせいで目を背けていたけど、今ここで調べないと手がかりが消えてしまう、そう感じたからだ。
そしてオレは、ゲームの方法が書かれているサイトに、このような意味の文面が書かれているのを発見した。
資金の要素が加わった『リアトレ』の高度なゲームモードでは、会社の倒産すらあり得る。そして、一度倒産すると、数年後には『ゲームオーバー』になってしまい、それ以後は全ての資産が消滅してしまう、と。
そう、資金が底をつき、会社が倒産した時点で、『リアトレ』の中で築かれていた世界の全ては、幻想のように消えてしまったのだ。
『リアトレ』が現実世界となっていた、オレの友人と後輩二人もろとも……。




