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作者: おだアール

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 きょうほど疲れた日はない。家に帰るなりわたしはソファに倒れ込んだ。

「何があったんだよ」とヒデが聞く。

「みんな、わたしが女だからってばかにしてんのよ!」

「仕事張り切りすぎなんだよ。まあ、休みなって」

 ヒデが枕と毛布を持ってきてくれる。あお向けになって肩まで毛布をかけ、わたしはふうっとため息をついた。

 仕事なんかで疲れたんじゃない。疲れの原因は――人よ。


 きょうも田中くんに言ってやった。「きみって、いつもマイペースね」って。わかるでしょ。仕事もっとテキパキやってよ、ということ。ところが彼、「課長に、そう言われるとうれしいっす」だって。

 佐藤くんもそう。一週間もかけて作ってきた企画書、これが検討にも値しない代物なのよね。傷ついちゃかわいそうだと思うじゃない。だから、「ユニークな発想ね」とやんわり指摘してやった。すると「でしょ、斬新でしょ」と胸を張ってやんの。

 山本くんは山本くんで「お金が物言うわけないじゃないっすか」と言い返してくるし、森さんは「人のふんどしなんか、はくわけありません!」と真面目な顔で抗議してくる。会話がかみ合わない――というか、わたしの方がばかにされてる気がする。


「コーヒー入ったよ」

「ありがとう」

 ヒデに手を引っ張ってもらい、起き上がってカップを手にした。ああ、頭がガンガンする。バッグから頭痛薬を取り出して、コーヒーと一緒に胃袋に流し込んだ。大好きなコーヒーなのに、まったく味がしない。

 ヒデが薬の箱を見て「えっ、こんなの飲んじゃったの」と大きな声で聞く。なんで薬ぐらいで驚くのよ。そういや薬局でも怪訝な顔で聞かれたっけ。「頭痛薬なんかどうするんですか」と言う店員に、「わたしが飲むに決まってるでしょ!」と怒鳴って、お金をカウンターに叩きつけてしまった。もともとイライラしていたっていうのもあるけど、大人げない行動だったわね。

 コーヒーを半分ほど残してまた横になった。目の前でヒデが心配そうな表情でのぞき込んでいる。わたしは頭まで毛布をかぶった。


 いつの間にかアラフォーと呼ばれる歳になった。仕事一筋で頑張ってきたことが評価されて、先日、課長に抜てきされたばかり。ストレスがたまるのも覚悟している。けれど、なにかが違う。

 みんなしてわたしの噂をしていたことがあったわ。ドアの前でわたし、全部聞いてしまった。

「課長さあ、おれが話すると、耳にたこできたと言うんだよ。おれ、病院行ったらどうっすか、って勧めたんだよね。したら、急に怒りだしてさあ」

「そうかあ、それでぼくに、耳貸せって言ってきたのか――」

「わたしなんか、舌が二枚もあると思われてんのよ。なんか、一枚くれって言われそうで……」

「わしには目のこと言っとったぞ。点とか皿とか自由に形変えられるんだと」

「おへそでお茶わかす特技もあるんだってさ」

「家ではピアノかじってんだって。あんなもの食ってんだね」

 もう、いちいち説明するのもばからしい。


「ああ、ますます頭痛くなってきたわ」と毛布の中でつぶやいた。

「大丈夫?」とヒデの声。

「どうしてかしら。薬飲んだのに」

「そりゃそうだよ。頭痛薬なんだから」

 わたしは、がばっと飛び起きた。大声で何か叫んだと思う。けどなに言ったかも覚えていない。ヒデが怯えたような目でわたしを見ていた。

「ヒデ、痛み止め買ってきて!」

「うっ、うん……」

「頭痛薬じゃないわよ。鎮痛薬よ」

「わっ、わかってるよ」


 極めつけはついこの前、ファミレスで友人と食事していたときのこと。友人の会社が倒産したと聞いて、「へえ首切られちゃったんだ」と相づち打ったのよね。すると、とたんにざわめきが止んで、客が一斉にわたしの方を振り向いたのよ。友人も引きつった顔でわたしを見ていたわ。えっ、なに、どういうことって考えているうちに、パトカーがやってきて警察に連れて行かれて……。どうやらわたし、殺人事件を目撃したと勘違いされたらしい。いつどこでどんな人だったって質問攻めにあっちゃって……。違うのよ、と何度説明してもわかってくれなかった。

 わたしが変になっちゃったのかしら。それとも世の中が……。


 ヒデが買ってきてくれた薬を飲んで、ようやく頭痛はおさまった。

「八つ当たりしてごめんね」

「いいよ、別に」

 ふてくされたようにヒデは答える。五つ年下のヒデ、同棲して十二年になるのにまだプロポーズしてくれない。

「ねえ、わたしたち、そろそろ片付いてもいいんじゃない」

「おれいつも、ちゃんと掃除してるじゃん」

 ヒデのことだ。とぼけているとは思えない。


 夜になってベッドに入る。いつものようにヒデの手が伸びてくる。指がわたしのからだを伝う。ああ、このひととき、たまった疲れが吹き飛んでいく感じ――。いよいよ頂点を迎えようとしたとき、わたしは思わず声をあげた。ヒデ、動きを止めて言った。

「ねっ、どこイクの」

 わたしの怒りが頂点に達したことは言うまでもないでしょ。

 次の瞬間、ヒデのやつ、ベッドの下に転がって恐怖の目でわたしを見上げていたわ。


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