1-1 人類の現実逃避と、ある二人のこと。(11.12.22修正)
なんでもかんでも二次元化!
立体から平面へ。現実から仮想へ。
辛い日常を逃げ出した先は、夢と希望の二次元世界!
あんな娘やあんな人とお近づきになっちゃったり。
地道にサラリーマンやってたけど、今は勇者で敵を倒してガッポリだったり。
妻にそっぽを向かれて険悪すぎる家庭から逃避して、二次元世界で家庭築いちゃったり。
良い事ずくめの二次元世界!
もう三次元は古臭い、これからは画面の中で全て完結するんです!
さぁ、あなたも二次元の世界へ向かいましょう!
きっと新しい自分と新しい世界が手に入りますよ?
「……は?」
よくもそんな中学生の妄想みたいなことを垂れ流し出来たもんだな。それにホイホイ付いて行くあんたらもどうよ?
ああ、くだらない。
ほんと、ばからしい。
これから話すのはある学生の朝。
ちなみにこの学生はあくまでも主人公の友人Aでしかなく、今後大きく展開に絡むことはないことを今ここで宣言しておく。
決してこの学生は主人公でなく、あくまで”この二次元化世界に生きる”一学生であることを忘れないでいただきたい。
* *
ピロロンピロロン、電子音が部屋に鳴り響く頃にある青年は目を覚ます。
そこは一見変わり映えしない男子高校生の部屋の一室で――はない。
ところどころは普通なのだが、本棚はあるのに中身がなく、テレビらしきものは壁にポスターのように貼りついている。
「ああ……朝か」
電子音を止める為に、軽く適当な壁に触れるとその電子音は響きを止め。やがて窓の外から聞こえる鳥の声ほどに部屋は静まりかえる。
更に壁に何度か触れるとデジタル表記の時計が現れ、七時一分であることを理解する。
「顔洗うか」
洗顔と歯磨きを終えて、食卓へと向かうと。
「父さん、おはよ」
「おはよう××」
父親が”新聞”を広げながらコーヒーをすすっていた。
食卓は至って変わり映えしない。四人掛けのテーブルと椅子が置かれ、近くには食器棚、キッチンが間近には見える。
青年はキッチンへと歩みを進めるも、向かうのは冷蔵庫。その冷蔵庫に触れると自動で扉が開き中からアルミパックにはいったチューブドリンクを取り出した。
すると、ふと食卓からなにやら香ばしい小麦粉の焼けたような香りが漂ってくる。
「父さん、トースト飽きない?」
青年はチューブをすすりながら、そう電子パネルを忙しなくタッチし、次の記事を見る為にスライドする”新聞”を読みながらトーストをかじる父を見てそう呟いた。
「何を言う、そのバランスフードの方が飽きるだろう」
「そう? 色んな味があるから、全然飽きないけど」
「まあ私たちは食パンを普通に朝食にして食べていた頃に生きていたからな」
「へー、そんなの信じられないなー」
父は「ある種の懐古趣味だよ」と付けたして焼きあげた二枚の食パンを食べ終わり、コーヒーで朝食を締めくくった。
「父さん、先行くからな」
「うん、行ってらっしゃい」
そう言って父は部屋へと戻った。今日は朝から会議があるのだろう、当分仕事部屋と化す部屋からは出てきそうもない。
といっても父親はあくまでも、普通の会社へと勤めるサラリーマンなのだが。
「母さんは……徹夜明けで、寝てるだろうしそっとしておこう」
母は記事を書く仕事をしている。ここ数日は部屋にこもりっぱなしで、そろそろバランスフードも切れる頃合いだろう。
「あ、そういやペン壊れたままだっけ」
予備はあるけれど、どうしよう。
「……注文するか」
ポケットから名刺大で名刺ほどの薄さの携帯ツールをタッチしてタブレット”ペン”を注文した。
「商品来るまでは本でも読むかな」
青年は部屋へと戻って本棚に触れる。すると「本選択」の画面が浮かび上がり、指でピッピッピと操作する。
「書庫番号三一、ナンバー二〇五”イチの使い師三巻”」というものが表示され決定の項目にタッチした。
すると何もなかったはずの本棚から一冊の本が現れた。
それは文庫本サイズで、見た目はただの文庫本にしか見えない。
「……間違えた、五巻だった」
手に取った本を戻してから「書庫番号三一、ナンバー二〇七”イチの使い師五巻”」、決定。
十秒経たぬ間に本棚に一冊の本が現れた、しかしそのタイトルも表紙も内容もさきほど出てきた本とは違った。
いわゆる、文庫本原寸型電子書籍。構造は電子パネルが文庫のページ分本棚から取り出され一瞬にして書きこみ、一冊の本とするもの。
普通に電子パネルで見るのが基本なのだが、このように「本を読むように」するというかつての仕様を再現したもので、一種のレトロブームの最中でもあることから「書きこみ式電子書籍」が販売されたとのこと。
ページも未だ序盤、本を取り出してから十分ほど。玄関のインターホンがピンポーンと鳴らされた。
壁にまたタッチすると、外の様子が画面で映し出される。そこには青い帽子を被った青い制服姿の配達員が立っていた。
『△△(通販サイト名)からお届け物です』
「はーい」
画面に指紋を押しつけるようにすると『判子確認、ご利用ありがとうございましたー』と言って、商品が玄関ポストに入れられた。
決してポストに入れるという行為は、恒常的なものでありサービスの欠如ということではない。
ポストといっても大口のもので、玄関扉目いっぱいに商品受け取り口は展開されている。
青年は部屋から出て、ポストから届いた商品を取り出して自室に再び籠る。
「……よし、大丈夫だ」
試し書きをしても、とくに不良部分は見当たらなかった。
「そろそろ学校かな」
そうして青年は自分の部屋のクローゼットから学生服を取り出す。それを着込むと机の前に座って、まずは目の前にある液晶を立ちあげた。
電子パネルを傾斜させてスタンドを付けただけの簡単なモノで、そこにペンタブレットとキーボードにマウスを付けるとパソコンへと姿を変える。
立て掛けてある数枚の電子パネルを手元に用意して、一方のパソコン画面にはある一点からの風景が映し出される。
「接続完了っと。おっはー、翔也、岬!」
『おはよう、綾崎』
映しだされるのは時代遅れの木製の天板とスチールの本体の組み合わされた机が並ぶ、学校の教室の風景。
そう青年はこうして学校へと登校したのだった。