邪馬台国、春のパン祭り【パイロット版】
〇お題「祭り」の短編です。
【おさらい】
邪馬台国。
古代中国の『魏志倭人伝』の一節に記述があるのみで、肝心の日本の古代史にはなぜこの謎の国の記述が一切ないのだろう。
その理由は簡単だ。
古代の日本に、邪馬台国はないからだ。
邪馬台国は@@市の山奥にある。
あるのだ。
あるのだから、その理由など、些事である。
二千年ほど時代がずれているように見えるが、地球から見ればその程度は誤差であろう。
今の日本の教科書には『邪馬台国は@@市所在、女王制を敷いており、神託による祭祀で政治を行う』と明確に記されている。
【起】
さて、邪馬台国は建国以来、最大の危機を迎えていた。
「壱与よ。
国庫がずいぶん寂しくなってはおらぬか?」
女王の卑弥呼は宗女である壱与を傍に呼んでそう言った。
「はい。日本は物価が高うございます」
壱与は淡々と答えた。
邪馬台国は真面目で正直な国である。
観光客から法外な入国料を取らない。
細工物も適正価格で売る。
神託も適正価格にしている。
消費税も地方消費税もきちんと税務署に納税していた。
邪馬台国は農業経済である。
商業経済である現代日本に太刀打ちできるわけもなかった。
その結果、邪馬台国の国庫は危機的なほど軽くなってしまっていた。
「観光を強化する」
神託を受けた卑弥呼は、静かに言った。
今から技術比べしても間に合わない。
手っ取り早く外資を得るには、観光しかない。
壱与は卑弥呼の言葉を反芻した。
とはいえ、すでに観光資源は使いつくしている……
すると、入国料を上げるということだろうか。
卑弥呼はそうではない、とゆっくり首を横に振った。
「春になるとパンを食べることで神に感謝をささげ、
その貢献の高い者どもに、
白い皿を授ける祭りがあるそうな」
いわゆる春のパン祭りである。
「皿を、ですか」
恩賞というのであれば、ただの皿ではあるまい。
「そう。
現代人は、毎年競って精進しておるのじゃ」
壱与は、少し考えた。
これは、つまり……
「祭祀ですね」
「そう。我らの得意分野じゃ」
【承】
『邪馬台国、春のパン祭り
一.邪馬台国謹製どんぐりパンを買いなさい。
一つごとに『斎なる証文』を与える。
二.尽力して『斎なる証文』を集めた者には、
国宝にも匹敵する斎皿が、
畏くも女王の名において下賜される。
具体的には証文三十枚である。
三.斎皿は、女王の食膳にのみ用いられる清浄な祭器である。
まれに壱与が功を認められた際、下賜される特別の皿である。
皿を焼くのは、我が国最高最強の職人である。
この祭りへの参加には、国籍や身分といった条件を設けない。』
邪馬台国としては、身を切るような大盤振る舞いであった。
だが、まだ大きな問題があった。
どんぐりパンである。
現代人には、おいしくなかった。
そして、とても硬い。
邪馬台国人には立派な食糧である。
だが現代人には、舌と顎にダメージを与える危険物である。
祭りが始まった。
最初は、卑弥呼たちの期待に反して静かだった。
物好きな観光客が数人、どんぐりパンを買って『斎なる証文』を集め……ようとしたが食べることを諦め、斎皿をただ眺めて帰っていくだけだった。
一向に、どんぐりパンが売れない。
客が来ない。
悪い評判が立ったからなのだが、卑弥呼と壱与は周知が足りないと考えた。
そこで、壱与が祭礼広報役を買って出た。
ふいに、流れが変わった。
壱与は齢十七歳。
涼やかな目元。
聡明な面差し。
素朴ではあるが、凛とした佇まい。
早い話が、美少女だった。
その壱与が麻の衣をまとい、無表情でどんぐりパンを差し出す姿が、現代人の心を直撃した。
《壱与さま、塩対応かわいい》
《どんぐりパンを渡されたい》
《パンの味はあんまりだけど、壱与さまは尊い》
『春のパン祭り』は急速に人気イベントとして拡大した。
壱与は困惑した。
「女王様。私ごときがどんぐりパンを渡すだけで、なぜ現代人どもが喜ぶのでしょう」
「貴方が宗女だからです」
「卑弥呼様がおっしゃるのであれば」
忠節な壱与はあっさりと納得した。
もちろん、卑弥呼も負けてはいられない。
国の一大事なのである。
決して、壱与の人気に嫉妬したわけではない。
女王は御簾の向こうに座ってただ鎮座するのみ。
時折『買いなさい』と迷っている観光客に向けて神託を降ろす。
卑弥呼もまた麗しき佳人である。
声からも神々しいまでの嫋やかさを感じさせる貴婦人である。
御簾越しにも洗練された清淑な輝きを放ってしまうのだ。
現代人はこぞって「女神降臨」と褒めそやした。
《艶やかな声。推せる》
《買いなさい、いただきました》
《御簾越しなのに、存在感がすごい》
《見えないのに、その美しさの圧が見える》
どんぐりパンは、飛ぶように売れた。
『斎なる証文』も、増刷された。
壱与は、清楚系アイドルとして崇められた。
卑弥呼は、神秘系ディーヴァとして崇められた。
二人の重鎮の吸引力により、邪馬台国の国庫は危機的状況を乗り越え、潤い始めた。
【転】
好事魔多し。
「女王様。緊急の報告です」
足りなくなった斎皿を手配しに行った壱与が戻ってきて御簾の前で跪いた。
彼女らしくもなく、息を切らしている。
何事が起ったのか。
「皿職人が……過労で倒れました」
御簾の奥で、卑弥呼の呼吸が止まる気配がした。
「……皿の在庫は何枚か?」
「残り、十枚もありません。
かれこれ五千枚以上は焼いているはずですが、
現代人が次々と……」
「よくぞ、そこまで焼いた。
無理をさせ過ぎたな。
きちんと、静養させよ」
だが、今も神殿の外には『斎なる証文』を手にした現代人たちが百人近く並んでいるのだ。
今さら、『皿がない』といえる雰囲気ではない。
「百円ショップで、皿を買ってくるように手配いたします」
壱与の進言に、卑弥呼は厳かに、しかし強めに制止した。
「ならぬ」
「しかし、卑弥呼様……」
「女王の名において下賜すると約束したもの。
斎皿を、だ。
皿であればよいというものでは、ない」
卑弥呼は、誠実であった。
だが、ないものはないのである。
「私たちは、神に仕える身なのです」
忘れてはならない、そう卑弥呼は言った。
約束は破れない。
もちろん下賜の格も落とせない。
だが、もはや職人は動けず、新しい斎皿は作ることができない。
卑弥呼は何事か思いついたのか、大きく頷いた。
「皿とは、器である。
人にもまた、器がある」
卑弥呼の顔が御簾の奥でわずかに険しくなった。
「壱与」
「はい」
「穢れなき器を持つ者として、位を授けましょう」
神殿の空気が鉛のように重くなった。
「功なき、現代人……平民に、位を授けるというのですか」
「斎皿が足りぬ。
なければ、約束を反故することになる。
それだけは、できぬ」
壱与はうなだれたまま、何も言えなかった。
「業腹である……
が、斎皿に代えられるものは、ほかにないのであれば」
卑弥呼は目を伏せた。
邪馬台国において、位を授けるとは軽いことではない。
位は、ただの記念品ではない。
国の秩序に、その名を刻むということである。
そして、相手は功績もない現代人の平民。
――しかし、それでも。
約束を反故にするよりましだった。
重ねて言うが、卑弥呼も壱与も誠実で真面目なのである。
「……よい」
卑弥呼は覚悟を決めた。
国庫が潤沢になるのが嬉しくて、『春のパン祭り』を閉幕にしなかったのは女王である自分なのである。
――後の世の者に、謗られようとも、それが務めよ。
「斎皿の代わりとして、斎皿位を授けることとしよう」
かくして、卑弥呼は群衆の前に立つことを決意した。
下賜する恩賞の変更は、責任者である自分が告げるべきだと腹をくくったのである。
御簾がするすると上がる。
その威厳と慈愛に満ちた御姿に、観衆からため息が漏れた。
「迷える者たちよ。
斎皿は、尽きました」
観衆がざわめいた。
「しかし、邪馬台国は約束を違えません。
斎皿に代わる恩賞……
斎皿位を、授けます」
卑弥呼の今にも血を吐くような様子を見かねて壱与がその脇を支えた。
ただならぬ様子に現代人たちは騒めいた。
「……お皿じゃないの?」
「位です」
群衆の空気は重かった。
邪馬台国側からすれば、これは身を切るような恩賞だった。
だが現代人からすれば、皿の代わりに身分を渡されても、意味がない。
「皿が欲しかったんだけど」
「位ってどこに置くの」
「売りに出せるものなの?」
「売買しては、なりません」
壱与は即答した。
そのとき、列の後方にいた古代史系動画配信者が、位の意味に気づいた。
「待って。
位って、殿上人ってことじゃん」
周囲の現代人が一斉に振り返った。
配信者は震える手でスマートフォンに映し出された殿上人の説明を読み上げた。
「位を授かりし者、昇殿を許す……」
「昇殿?」
配信者が拳を握った。
「これ、身分なんだよ」
「だから何だってんだ?」
「俺たちは、ただの観光客じゃなくなる。
つまり……
壱与さまの傍にいる権利を得たんだ!」
一気に現代人たちの空気が変わった。
「卑弥呼様にも?」
「当然さ。ただし、御簾越しだぞ」
「それってさ、チャンネルメンバーってこと?」
「メンバー特典じゃん」
「それなら、スーパーチャットだって、するよ。
応援したいよ。推しだもん」
こうして、斎皿位は、推しへ近づくための資格として解釈され、現代人に快く受け入れられた。
【結】
初夏を迎え、『春のパン祭り』は好評のうちに終焉した。
あの狂騒が嘘のように静かな日々が戻ってきた。
御簾の向こうで卑弥呼は目を閉じた。
「現代人とは、分からぬ」
もはや国庫の危機は去った。
今でも現代人たちはスーパーチャットと称して奉納し続けてくれるからだ。
「だが……国庫は潤い、現代人は喜んでおる。
ならば、よい祭りだったのだな」
働き過ぎた皿職人は、未だに体調が回復せず、しばらく皿という字も見たくないと申し出てきた。
「もうじき、夏越祓だ」
卑弥呼は準備を怠ることのないよう、壱与に申しつけた。
邪馬台国では、本格的な夏を迎える直前の最も危険な時期に国を挙げて神に祈りを捧げる。
《また、お祭りが始まるでござる》
《間に合わなかった拙者にボーナスタイムでござるな》
なんでも祭りにしてしまう現代日本人。
彼らを呼び込んだことを後悔しても……
後の祭り。
お後がよろしいようで。




