第二話 「王都の惨劇」
王都フェルネリア。人口およそ一万六千人ほどの魔術都市である。
ケシルトル王国内で最も貿易が栄えており、世界中の優秀な魔術師が集まってくる。
「かの国王、テオドールは言った『何事も美味ければ良いというわけじゃない。ワインだって皆が飲み慣れた親しみこそが重要なのだ』と」
コダマは噴水の横にポツンと置かれてあるベンチに座って吟遊詩人の語りを聞いていた。この広場は先ほどの屋台通りよりも人が少なくて落ち着く。
ただし、もう一度言うが未成年のコダマにはワインの話などちっともわからんのだ。だんだんと語りが雑音に聞こえてきた。
あれから一時間くらいが経過しているとは思うのだが、ハナとは逸れたままで連絡手段すらないため、ほぼ詰んでいる。
指を髪に巻いてくるくると手あそびして時間を潰す。人間、どうしようもないときは焦りよりも虚無感が勝るのだなと思い知る。
普通あの場で私に気づかずに置いていくことなんてあるだろうか、とハナを疑い出してしまったところで顔を二、三度叩いて脳を正気に戻した。
あの電車にさえ乗らなければ……。ずっとその後悔が頭をめぐって離れてくれない。
「はあ、無理。帰りたい……」
何も思いつかないので仕方なく目の前の光景を眺めることにした。
女性が二人、友人か姉妹か、仲良さそうに談笑している光景が映る。左手にバームクーヘンを握っているのが見えた。もしかしたら、あれがハナが連れて行こうとしてくれた屋台のものなのかもしれない。
現状、ハナはバームクーヘンの屋台にいるか、もしくは家に戻っている可能性が高いだろう。
人に話しかけるほどコダマにとって苦手なものはないが、ほとんど失うものがないような状況の今はあまり関係ないように思えてくる。
――二人に屋台の場所を教えてもらうしかないか……。
そう意を決してベンチを立ち上がったとき、不審な影が広場に現れた。真っ白なローブで顔を含め体全体を覆っている。体格的に男のようだ。
その男は、所持している白いボックスのようなものを天に掲げると、そのボックスは機械的な光を放ちながらナイフの形へと変化した。
そのままナイフで近くにいた二人の女性を斬りつけた。あっという間に二人は倒れ込んでしまった。血がドクドクと広がってゆく。傷が深かったのか、少し骨が見える。
コダマには最初何が起こったかわからなかった。かろうじて意識が残っていたもう一人の女性が大きな悲鳴をあげる。ようやく気づいた。人が斬られたことに。
「えっ……嘘でしょ」
誰か助けを呼ばなければならないと思った。でも、うまく言葉が出てこない。それは周りの人も同じだった。皆が固まってその光景を見ていた。男は、ナイフをギラリと見せつけながら一歩ずつコダマの方に向かってくる。
ここでようやく周りの人も「誰か!」だの「魔導隊を呼べ!」だのと叫び始める。
コダマはまだ動けない。ベンチに尻餅をついてしまってから足がすくんで動かないのだ。
せっかく、異世界に来たのに、神様がもう一度チャンスをくれたというのに、その期待にも応えられない。コダマは自分を恨んだ。この不甲斐なさを。
「いい加減にしろ、大悪党」
突如、気迫のこもった声が広場に響く。
コダマの目に映ったのは、ナイフの先端ではなかった。
濃い藍色の髪を持つ青年は一本の剣を男の首に向け、紺碧の鋭い目つきで牽制した。彼の背には星型の紋様が風に揺れてたなびいている。
「ここ数日、王都で五件の殺人事件が起こっている。やったのは君か」
男は答えない。血まみれのナイフを握りしめたまま、無機質に笑ってコダマを見ている。
「さあ、どうなんだ?」
「……」
刹那、男は青年めがけてナイフを振りかざすが、青年は、軽々とその切先を受け止め、ナイフを薙ぎ払うとそのまま男の胴を両断した。とてつもない勢いで、爆風がが地面を叩く。しかし、男の体は霧のように散り、跡形もなく消え去った。
男が握っていたナイフは、元の白いボックスに戻っていた。
「やはり本体ではなかったか」
「ありがとうございます、助けていただいて」
「礼には及ばないよ。こちらこそ大胆に剣を振ってしまって申し訳ない。怪我はしてないかい?」
「大丈夫です。傷一つも……」
ついていない、と言おうとしてコダマは自分の体を見下ろす。なんとも真っ黒な黒猫仮装。真面目に対応してくれている青年に対して失礼極まりない。
コダマは致死量の恥ずかしさが込み上げてきて言葉に詰まる。
「それはよかった。ただ、もっと早くに来るべきだった。すまない」
「謝らないでください。おかげで助かってますから」
なんとこの青年はいい人なのだろう。自分が刺される可能性だってあったろうに他人を心配できるその余裕がコダマにとって羨ましく感じた。
「総隊長、一名の女性は治癒魔法でなんとか繋ぎ止めました。ただ、もう一名は既に……」
「分かった……。後の始末は回復班に任せる」
「了解です」
医療従事者らしき女性が報告を終えると、先ほどの青年はコダマに少し重い表情で語りかける。
「死者が出てしまった。こうなった以上、奴は君を消しに戻ってくる」
「えっ……」
コダマは、周りを見渡す。王国祭だというのに冷め切った空気が広がる広場にはもう誰も残っていない。おそらくあの後、みんなはすぐに逃げ出したのだろう。ということは、あの光景の始終を見てしまったのは一人だけ。狙われるのは必然だ。
「私、どうすれば……」
「魔導隊にいたほうがいい。俺が護衛しよう」
守ってもらえるのは心強い。狙われているのもそうだが、異世界に転生したばかりで一人になることほど危険なことはない。コダマはすぐさま了承した。ハナを探すことからは次第に離れていってしまうが、この期に及んでそんなことは言ってられない。
「俺の名前は、魔ツ田ケッシー。魔導隊の総隊長だ。君は?」
「私は栞条コダマです。よろしくお願いします」
コダマは、珍しいというか少し独創的な名前だなと思いつつ、言ってしまわないように気をつけた。思ったことを口に出しがちな性格のため、極力お口チャックという訳だ。
「コダマさん、君が……。 話はハナから聞いているよ」
「え、私のこと知っているんですか?」
これは予想外だった。でも、どうして、こんな偶然があるのかと不思議に思う。
しかも、「さん」付けされるとなんでか恥ずかしいような気がしてやまない。違和感すらある。
「ハナから伝言を託されたんだ。ある少女と逸れてしまったから見つけたらカルミア・ガーデンに来るように言っておいてほしいと」
「ハナさんは、怒っていませんでしたか?」
「? 心配そうにしていたよ」
「そうですか……」
コダマは少し安心した。ハナが気にしてくれていた。当たり前なのかもしれないけれど、その事実だけでコダマの気はずいぶん楽になった。
「君を探そうと飛び回っていたら、先の事件を目撃してね。本当に無事でよかった。それに……」
「ハナから聞いていた黒猫の衣装がこんなにもわかりやすいものだったとはね。おかげですぐに見つけられたよ」
爽やかに笑うケッシーの横で、コダマは決めた。
もう一度ハナに会ったらギャフンと言わせてやるのだと。




