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シュテルネの魔術師  作者: ボタモチ
Ⅰ章 非情な王国祭
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第一話 「シカイに映る世界」


――頼んだよ……この星を。


 誰の声だろう。その声に導かれるように彼女は目を開けた。

 目の前には巨木が立っていた。風が優しく吹き、枝葉を揺らす。その隙間からやってきた風は心地よく、肺が満足している。

 ここが天国か、神様からのせめてもの温情というわけなのか。天使の姿は見当たらない。しかし、現実世界と乖離している光景に心を奪われる。

 自分の体を見る。黒かった髪は、透明感のある真っ白な雪のようになり、瞳はターコイズのように美しい姿に変わっていた。神様の趣味はよくわからない。


 栞条(かんじょう)コダマ。それが彼女の名前。

 内気な性格ゆえか、何事も考えすぎなところがあり、疲れ果て押しつぶされそうな日々を過ごしていた。

 別に友達がいないわけではなかった。ただ、浅く広い友人関係を築いたせいで中途半端に馴染めなくなった。それに無駄な正義感と真面目さが、彼女のイメージを「近寄り難い人」にしてしまったのだろう。

 友達といえる人はどんどん減っていった。


――こんなに気持ちがいい日は何年ぶりかな。

 

 足枷が全部外れたような、開放的な気持ちに包まれていく。この木が自分の全てを背負ってくれているような、そんな気さえした。


「こんにちは」

 

 呼びかけられて後ろを振り向く。コダマと同じくらいの歳だろうか。透き通るエメラルドのような瞳、ローブを纏った衣装、そして可愛らしい笑顔。みるからにファンタジーな少女がこちらに話しかけている。

 

「こ……こんにちは」

「あなたも、ここの景色が好きなの?」

 

 その質問には戸惑った。なんせ、今来たばかりなのだから。どう答えていいかわからずにしどろもどろしていると、先に少女が口を開いた。

 

「違った? てっきりそうかと、ごめんなさい」

「すみません。私今来たばかりなので……」

 

 がっかりさせてしまっただろうか。

 なんだか、とても申し訳ないような気がしてきた。さっきまでのそよ風は、いまや冷たい風に等しい。


「謝らないで。私が聞きたかったことを聞いただけだから。そうだ、ここで会ったのも何かの縁だし、私に少し付き合ってくれないかな」

「いいんですか?」

「もちろん。王国祭の最中だから誰かと一緒に回りたかったの」

 

 王国祭……。天国に王国なんてあるのだろうか。天国にしては少し様子が変な気がする。

 困惑した感情が顔に出ていたのだろう。少女が続ける。

 

「さっき今来たって言ってたよね。どこから来たの?」

「えっとぉ……日本からです」

「日本……初めて聞いたわ。私が知らないところがまだあったのね」

 

 日本が通じない。天国だから? いや、天国ならなおさら伝わるはずだ。あれだけ多くの人が事故に遭っているのに……。私よりも先に来てる人がいるはずなのだ。

 コダマには、もう一つの可能性が頭に浮かぶ。なぜ、勝手に決めつけていたのか。ここがもし、そうでないなら。

 

「こほん。それでは、紹介するね。ようこそケシルトル王国へ。私はしがない花屋の店主だけど、あなたを歓迎するわ」

 

 異世界転生。

 コダマは、自分の置かれた状況に対してコップ一杯の期待と、その何倍もの不安を抱えることになった。


 * * *


 一通り話を聞いて、わかったことを羅列する。

 ここは、ケシルトル王国という魔法国家らしい。その王国が建国された日が今日。それを祝して「王国祭」と呼ばれる祭が開かれているとのことだった。

 先に出会った少女の名はハナ。品のある言葉遣いで親しみやすい。

 

 コダマはハナに連れられ、骨が落ちていそうな裏道を歩き、とある場所に来た。

 外装は板や塗装が剥がれかけており不気味だが、内装は小綺麗で中世ヨーロッパのような世界観に反してモダンな感じだ。

 ハナは「大通りにはないこぢんまりとした店だけど、それでも可愛いお花を売っているの」と言っているが、可愛いと言うよりも禍々しい、食虫植物的な花ばかりである。

 

「これ売れてるん……ですか?」

「いや、まったく」


 まさかの即答。コダマは、最初から失礼極まりない質問をしてしまったことに自分でもびっくりしたが、誰でも実際そう思うはずだとも思っていた。

 ハナは不貞腐れたように花に近づき、水をやる。


「みんな、なんでこの子たちの良さがわからないのかな。こんなに可愛いのにね」

「……」

 

 コダマは少し気まずいなあと思いつつ、周りを見渡す。バイオレンスな花以外は、よく見る女子の部屋といった具合でソファーにクマのぬいぐるみが座っている。この世界にいる動物もあまり変わらないのかもしれない。

 窓の近くにはアロマオイルが置いてあり、ラベンダーのいい香りがしてくる。その香りに釣られて近づくと、その奥にファンシーな衣装群を見つけた。

 その中でも一際異彩を放っているのがハンガーにかけられた魔女の服と黒猫の衣装だ。

 

「それ、可愛いでしょ。今から着るの。黒猫はコダマちゃんに、右のは私が」

「えっ?」

 

――この人、今、着るって言った?

 

「王国祭はね、仮装して参加するの。いつもと違う自分を見つけるためなのよ」

「む……無理です。とても着れません。恥ずかしいです……し」

「恥ずかしがることなんてないわ。可愛いじゃない?」

 

 可愛けりゃなんでもいい理論。そんなのが通用するのは子供ぐらいではないのか、少なくともコダマは違う。

 

「あっ! あっちにUFO」

「えっ?」

「とりゃ!」

「きゃあ!」

 しまった、こんな古典的な手法にやられるとは。

 突然、後ろから何かを被せられて身動きが取れなくなるコダマ。ジタバタと暴れてなんとか視界が開けたと同時に唖然とする。目の前の鏡に映るのは先ほどの黒猫の衣装を着た自分。そして、隣には魔女。

 

「なかなか似合ってるよ。なんだか顔出しパネルみたい」

「ちょっと!」

「ふふっ、私は魔女であなたは使い魔、反抗しても無駄よ」

 

 脱ごうにも全然脱げない。何もないところで引っかかってしまう。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか。それ、一日中脱げない魔法をかけてあるから、何しても無駄よ」

「まじですか……」


 表のドアを開け、ハナは「ついてきて」とコダマの手を引っ張る。

 裏道に段々と光が差して、外の景色が見えてくる。紙吹雪が舞い、コダマの顔に張り付く。

 それらを手で払って見上げると、そこには王国祭の名に恥じない光景が広がっていた。

 

「すごい……」

「でしょ? 今年は、ある理由があっていつもよりも規模が大きいの」

「ある理由?」

「あ、それは……秘密」

 

 ハナはその言葉の後に、これ以上はダメと無言の圧力をかけてきた。コダマは何も聞いていないふりをした。

 ハナは懐から大きな地図を取り出して現在地と周りの店を確認する。

 

「ラム肉の屋台がいいかな。あと、ワインの専門店とかはどうかな?」

「私、まだお酒は飲めないので、前者なら大丈夫です」

 

 選択肢が実質一つで助かった。コダマは優柔不断の権化、選べるものは少ければ少ないほどいい。

 

「じゃあ、そこに行きましょー」

 

 ハナは元気に答えてコダマを案内する。こんなにもワクワクという擬音が似合う人に会ったのは初めてだとコダマは思う。

 街を歩いていて、だんだんとこの世界に興味が湧いてきた。すれ違う人は多種多様な髪の色だったり、杖を持っていたり、これがいつもの光景の延長線なのか王国祭だから仮装をしているだけなのか。周りの人が気になってついつい目で追ってしまう。渋谷のハロウィンのようでそこまで違和感を感じる光景ではない。逆に親しみが持てるような高揚感がコダマを包んでいった。

 

「着いたよ。今年もやってたみたいでよかった」

「わあ……」

 

 コダマが思っていたよりもだいぶ激しい店である。店主が強面なのはもちろん、この店だけ外界から遮断されてるんじゃないかってくらいのパンチの効いた装飾で、例えるなら中世のヘヴィメタといったところだろう。

 

「パンチ強いですね……」

「パンチ? まあ、なんとなく言いたいことはわかるけど、店主さんはイイヒトヨ。」

 

 棒読みのように言われると胡散臭さが増してしまうのだが。

 そんなことはお構いなしにハナは店主の前に立つ。すると、途端に店主の顔が緩み、暖かな空気が流れた。

 

「嬢ちゃん久しぶしだな、去年は助かったぜ。おかげで大繁盛さ」

「そう言ってもらえて嬉しいわ」

「そこの嬢ちゃんは知り合いかい?」

「そうなの、私のお友達。今回は、彼女の分も含めてラム串を四本いただけるかな」

「まいど。せっかくだからサービスで六本追加しとくよ」

 

 なんて懐の深い店主なのか。今時の日本にはあんな感じの大人も少なくなってきているなあと哀愁が漂ってくるが、もうコダマには関係のないことである。

 

「ありがたく頂くわ」

 

 店主は、取手付きの籠に十本を並べてハナに手渡す。

 

「来年もまた来な、そこの嬢ちゃんもな」

「えっ……。は、はい」

 

 コダマは話を急に振られて即座に反応できなかったが、なんとかお礼だけ言ってハナとの祭巡りを再開した。

 

「これ、美味しい……。羊肉ってもっとクセがあるものかと」

「連れてきた甲斐があるってこのことね。あそこのラムは新鮮だから子供でも食べやすいって評判なのよ」

 

 あっという間にぺろっと五本を平らげてしまった。

 串が並んだ籠をよく見てみると星型の装飾が入っている。星といえば、今さっきから道に等間隔で立っている旗にも同じ紋様があったように思う。

 おそらく国旗のようなものだろう。日本の日の丸もシンプルで好きだが、こういう異世界ならではの紋様も心をくすぐる。

 

「次はどこに行こうかな、うーん、私はデザートが食べたい気分ね」

「私もです」

「近くにバームクーヘンの屋台があるみたいね。行ってみようか」

 

 バームクーヘン、本場はドイツだと聞いたことがある。異世界でも同じ名前のお菓子があることが驚きだ。

 ただ、そんな知識も曖昧になるほどにコダマの脳は王国祭の虜になっていた。


――あれ……?

 

 ふと隣を見るとハナの姿がない。あまりにぼーっと耽っているので呼びかけに気づかなかったようだ。ハナもコダマがついてきていないことに気づいていない。どんどん距離が離れていく。

 

「待っ……」

 

 コダマは人混みに取り残された。あまりに人が多いものでハナの姿は完全に見えなくなってしまった。それでも追いかけようと慣れない体で走りだす。

 

――ドサッ。


「すっ……すみません!」

 

 痛恨のミス。想定はしていたが、出オチもいいところではないのかと思う。こんなにも早く人とぶつかるとは思わなかった。すかさず、お辞儀して転倒した相手に右手を差し出す。

 

「結構です。きちんと前を見ていなかった私が悪いので」

 

 相手の方は淡々とコダマの右手を断った。

 怒らせてしまっただろうか。相手はコダマを凝視しており、見開かれた桃色の瞳が赤く光っているように見えた。

 彼女のフードからはみ出た銀髪の髪は風に靡いて広がっている。コダマは、その様子から目が離せない。しかし、本能的に体がくすみ、差し伸べていた手がさっと引っ込む。


――頼んだよ。


 瞬間、また響いた謎の声。巨木の前と同じ、どこから聞こえたのかわからない。頼まれることなんて何もないのに……。頭がズキズキする。


「あれ、いつの間に……」

 

 目の前を見ると先ほどの女性はいなくなっていた。

 

 謝罪があやふやになってモヤモヤが収まらない。また会えるだろうか。

 ふと我にかえる。

 そういえばハナと逸れてしまったのだった。誰かに道を聞くか、それとも一度ハナの店に戻るか、思考を巡らして出た結論は「どうしよう」だった……。

はじめまして、ボタモチです!


普段は絵を描くことが趣味の者なので、小説なんて全く書いたことのない素人なのですが、なっがーい物語を書いてみようかと半ば深夜テンションのようなもので初めてみた次第です。

まだ一作目ですから甘めに見ていただけると幸いです……。

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