第10話 地球の片隅、チャーハンは何も語らない
湯気が立つ。
炒め油の香りが鼻をくすぐる。
「はい!チャーハン大盛り一丁!
優太、今日も元気ないね〜?」
リィンが笑顔で皿を運んでくる。
「元気ないっていうか……
この店、ツッコミどころ多すぎなんだよ」
「えー?普通だヨ?」
「どこが!」
ここは流星飯店(地球支店)。
街外れの、知る人ぞ知る中華屋だ。
* * *
(……気のせいだよな?)
チャーハンをひと口食べながら、
優太はちらりと周りを見る。
カウンターの端で骨つき肉を噛む、
筋肉ダルマみたいな巨躯の男。
(いやいや、肌が緑なんですけど……)
奥の席では、
スマホで麻婆豆腐を撮り続ける、
影みたいに黒い肌の美形。
(……そんなに珍しい?)
情報が多すぎて、
気づかないふりをするしかなかった数日。
それでも違和感だけは、確実に積み上がっていた。
* * *
――カチャン。
向かいの席のコップが、
ひとりでに少し動く。
「……ナイ?」
空中に光る文字。
『ただいま』
「お前、出入り雑すぎだろ」
『忙しかった』
「何がだよ」
『秘密』
(信用できねぇ……)
優太はチャーハンをもう一口食べる。
* * *
――カン。
厨房の奥で、
中華鍋を置く音が一つ、はっきりと響いた。
それまで軽快だった鍋さばきが、
一瞬だけ止まる。
「……?」
優太が顔を上げると、
リィンが厨房の方をちらりと見た。
「ダコ?」
六本腕の料理人・ダコは、
一つの腕で鍋を持ったまま、
もう一つの腕で何かを受け取っていた。
黒い、小さな端末。
(……あんなの、さっきまであったか?)
* * *
ダコは端末を一瞥する。
表示された文字列は、
優太には読めない。
だが、リィンの表情が
ほんの一瞬だけ変わった。
「……了解」
誰に向けた言葉なのか、分からない。
ダコは無言で端末を伏せ、
再び中華鍋を振り始める。
だが。
油の跳ね方が、
ほんの少しだけ鋭くなった。
* * *
「……今の、何?」
優太が小声で聞く。
「ん?」
リィンは、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「仕入れの連絡だヨ!」
「急に?」
「急に来るのが普通!」
「普通の基準が壊れてる……」
ナイの光文字が、
優太の視界の端で点滅した。
『……』
「何だよ」
『後で分かる』
「それ一番嫌なやつ!」
* * *
厨房の奥で、
ダコがリィンにだけ聞こえる声で言う。
「(……塚原か)」
リィンは小さく頷く。
「(うん。優太の件だって)」
「(……客の前だ。後にしろ)」
「(了解)」
その会話は、
優太の耳には届かない。
だが。
空気が、ほんの少しだけ
変わったのは、確かだった。
* * *
「……ここってさ」
優太は、無意識に呟く。
「本当に普通の店?」
「もちろん普通だよ!」
リィンは、少しだけ声を張った。
「宇宙一おいしい中華屋なんだから!」
「宇宙って言うな!」
店内に笑い声が広がる。
誰も気づかない。
誰も気にしない。
それが、この店の“普通”。
* * *
優太は知らない。
今この瞬間、
外の世界から――
彼の存在を確認する連絡が、
確かに届いたことを。
流星飯店は、
今日も変わらず営業中だ。
何事もなかったように。
* * *




