出発の準備
「どうだった?マルコさんは何と言っていたんだい?」
おばあさんは手を止め、僕を見上げた。その目は心配と期待が入り混じっていた。
「冒険者になるのを応援してくれたよ。グリーンリーフのギルドに紹介状も書いてくれたんだ!」
僕はポケットから封筒を取り出して見せた。おばあさんはほっとしたように息をついた。
「そう、それは良かった。マルコさんなら信頼できる人を紹介してくれるはずだわ」
おばあさんは立ち上がろうとして、少しよろめいた。僕は急いで彼女を支えた。
「大丈夫?」
「ええ、ただ少し疲れただけよ。さあ、家に入りましょう。旅の準備をしないといけないわね」
家の中に入ると、おばあさんは古い木の箱を取り出した。埃をかぶっていて、長い間開けられていなかったようだ。
「これは…...」
「あなたのためにとっておいたものよ」
おばあさんは箱を開けた。中には、きれいな布に包まれた何かがあった。おばあさんはそれを取り出し、布を広げた。
僕は驚いて声が出なかった。そこには、美しい銀の留め具がついた深緑色のマントがあった。
「これはヨハンおじいさんが若い頃に使っていたもの。冒険者だった時のね」
「おじいさんが冒険者だったなんて知らなかった」
「ええ、あまり話したがらなかったの。でも、あなたが冒険者になると決めた時、これを渡すように言っていたわ」
僕はマントを手に取った。布地は古いが、しっかりしていて、不思議と暖かい。
「ありがとう、おばあさん」
「それだけじゃないのよ」
おばあさんは箱の底から、小さな革の袋を取り出した。
「これは?」
「開けてみて」
僕が袋を開けると、中には小さな木彫りの鳥が入っていた。精巧に作られていて、翼を広げた姿が美しい。
「木彫りの鳥……?.」
「あなたが来た時、持っていたものよ。大切にしていたようだから、成長するまでとっておいたの」
僕は木彫りの鳥を手に取った。見たことがないはずなのに、どこか懐かしい感じがする。指で触れると、鳥の目が一瞬、紫色に光ったような気がした。
「気のせいかな.…..」
「何か言った?」
「ううん、なんでもない」
僕は木彫りの鳥を大切そうにポケットにしまった。
「他に必要なものは...食料と水筒、それから着替えをいくつか。グリーンリーフまでは三日かかるからね」
おばあさんは手際よく荷物をまとめ始めた。僕も手伝いながら、明日からの旅に思いを馳せた。未知の世界への不安と期待が入り混じる。
「アルト、一つだけ約束してほしいことがあるの」
おばあさんの声は真剣だった。
「何?」
「どんなに辛いことがあっても、自分を見失わないで。あなたはあなたのままでいいの」
僕は黙ってうなずいた。おばあさんの言葉の意味は分からなかったが、大切なことだと感じた。
「約束する」
その夜、僕たちは静かに夕食を食べた。いつもより豪華な料理で、おばあさんの愛情がこもっていた。
「明日の朝、早く出発した方がいいわね」
「うん、日の出と共に出るつもりだよ」
「気をつけて行くのよ。そして…...」
おばあさんは言葉を詰まらせた。
「そして?」
「時々は帰ってきてね」
僕はおばあさんの手を握った。
「必ず帰ってくるよ。冒険の話をたくさん聞かせてあげる」
おばあさんは微笑んだが、その目には涙が光っていた。