成長の実感
朝日が昇る前に、僕は目を覚ました。今日はマルコさんに会いに行く日だ。彼は朝早くから村の外れで訓練をしている。
僕は静かに身支度を整えた。帽子をかぶり、目薬を差し、マルコさんからもらった古い剣を腰に下げる。おばあさんはまだ眠っていたので、テーブルにメモを残して家を出た。
「マルコさんに会いに行ってきます。すぐ戻ります。」
村は静かだった。朝露が草の上で輝いている。僕は人目を避けるように、裏道を通って村の外れへと向かった。
遠くから、木を叩く音が聞こえてきた。マルコさんだ。木の幹を剣で叩いて訓練している。
「おはよう、マルコさん」
僕が声をかけると、マルコさんは振り向いた。50歳を過ぎているが、その体は若者のように引き締まっている。
「おや、アルト。珍しいな、こんな早くに」
「相談があって…...」
マルコさんは剣を鞘に収め、僕の方を向いた。
「何かあったのか?」
「冒険者になろうと思うんです」
僕の言葉に、マルコさんは少し驚いたように目を見開いた。しかし、すぐに穏やかな表情に戻った。
「そうか。いつか言うと思っていた」
おばあさんと同じ反応だ。僕はそんなに分かりやすいのだろうか。
「この村を出たいのか?」
「はい...でも、それだけじゃないんです。自分が何者なのか、知りたいんです」
マルコさんは黙って僕を見つめた。その目には理解と、何か別の感情が混ざっていた。
「お前の両親のことか?」
僕はうなずいた。おばあさんとおじいさんは、僕の両親について多くを語らなかった。ただ「遠い親戚の子」として育ててくれた。でも、僕の外見が他の村人と違うことは明らかだった。
「おばあさんは何も教えてくれないの?」
「『いつか話す時が来る』って言うだけです」
マルコさんは深く息を吐いた。
「それは彼女の判断を尊重しよう。だが、お前が冒険者になりたいというなら、力になれる」
「本当ですか?」
「ああ。グリーンリーフの町に知り合いがいる。冒険者ギルドの受付係だ。彼女に手紙を書いておこう」
僕の心は躍った。グリーンリーフは村から三日ほど歩いた場所にある大きな町だ。冒険者ギルドの支部もある。
「ありがとうございます!」
「だが、その前に.…..」
マルコさんは剣を抜き、僕に向けた。
「最後の試験だ。お前が本当に準備できているか確かめよう」
僕は自分の剣を抜いた。マルコさんとの訓練は7年前から始まった。最初は木の棒で、そして本物の剣へと進んだ。
「いくぞ!」
マルコさんの剣が風を切る音がした。一瞬の閃光のように、鋼の刃が僕の顔面へと迫る。僕は反射的に身をかわし、右足を半歩後ろに引いた。心臓が激しく鼓動する。
「反応は悪くない」
マルコさんの声が聞こえた瞬間、彼の剣が再び襲いかかってきた。今度は左から。僕は持っていた剣を振り上げ、必死に受け止める。剣と剣がぶつかる音が朝の静けさを破った。衝撃で腕が痺れる。
「防御も悪くないが、受け身だけでは勝てない」
マルコさんの言葉に、僕は咄嗟に踏み込み、剣を振るった。しかし、彼はまるで僕の動きを予測していたかのように、軽やかに身をひるがえし、僕の攻撃をかわした。
「遅い!考えすぎだ。体が動くより先に頭で考えている」
汗が目に入り、視界がぼやける。それでも僕は諦めず、再び攻撃に転じた。一撃、また一撃。しかし、マルコさんの防御は完璧で、隙を見つけることができない。
「恐れるな。剣は体の一部だ。呼吸するように自然に振れ」
マルコさんの言葉を聞いて、僕は深く息を吸い込んだ。頭の中を空っぽにして、ただ目の前の相手に集中する。そして、次の瞬間、僕の体が自然と動いた。
右から斬りかかり、マルコさんがそれを防いだ瞬間、僕は体の向きを変え、左から攻撃した。マルコさんの目が一瞬だけ見開かれた。僕の剣は彼の防御をすり抜け、肩口に触れそうになった。
「おっ」
マルコさんは驚いた声を上げながらも、素早く身をひねり、僕の攻撃をかわした。そして、一瞬の隙を突いて反撃してきた。
僕たちは十分ほど戦い続けた。マルコさんは本気ではなかったが、それでも僕は息が上がった。汗が全身を伝い落ち、腕は鉛のように重くなっていた。しかし、戦いの中で、僕は少しずつ彼の動きを読めるようになっていた。
最後に、マルコさんが繰り出した鋭い突きを僕は何とか避けようとしたが、バランスを崩してしまった。その隙を逃さず、マルコさんの剣が僕の喉元で止まった。
「まだまだだな」
マルコさんは笑いながら剣を下げた。彼の額にも汗が光っていた。
「でも、さっきの左からの攻撃は良かった。咄嗟の判断だったな?」
僕は頷いた。確かに、あの瞬間は考えるより先に体が動いていた。
「それが大事なんだ。戦いは頭だけでなく、体全体で感じるものだ。今日は初めてそれを体験したな」
マルコさんは僕の肩を叩いた。
「基本はできている。何より、学ぶ姿勢がある。冒険者として始めるには十分だ」
その言葉に、疲れた体にも関わらず、僕の胸に温かいものが広がるのを感じた。まだ道のりは長いが、確かに一歩前に進んだのだ。
「本当ですか?」
「ああ。だが、油断するな。世界は広く、強い敵もいる」
マルコさんは僕の肩に手を置いた。
「アルト、お前は特別な子だ。それを忘れるな」
「特別.…..?」
「その髪、その目。それはお前の一部だ。恥じることはない」
僕は思わず帽子に手をやった。マルコさんは僕の特徴を知っていた。でも、一度も「魔物の子」とは呼ばなかった。
「でも、みんな僕のことを...」
「人は知らないものを恐れる。だが、真の強さは違いを受け入れることにある」
マルコさんの言葉は、僕の心に深く刻まれた。
「さあ、村に戻ろう。旅の準備をしよう」
僕たちは村へと戻り始めた。朝日が完全に昇り、新しい一日が始まっていた。