魔族の陣営で1
夜が明けてしばらくすると、テントの入り口が開き、ヴェルザーが入ってきた。
「おはよう、アルト。朝食を持ってきたよ」
ヴェルザー持ってきた盆には見慣れた固いパンと、薄い野菜スープ、そして乾燥果物が少量乗っていた。
「これは……」
「人間の食事と変わらないことに驚いたかい?」
僕の驚いた表情を見て、少し楽しそうに言った。
「魔族も基本的な生活は人間と変わらないんだ。食事も睡眠も必要だし、知性だって人間に劣るわけじゃない」
恐る恐る食事を口に運ぶ。確かに、味は人間の作った料理となんら変わらない。こうした野営地では十分すぎるほどだった。
「でも、人間を、食べるんじゃ……」
「ああ、それは一部の地域の習慣だね。とは言っても私を含めて大概の魔族は人間を食べたいとも思わないけれど」
ヴェルザーは椅子に座り、僕の食事を見守りながら話を続けた。
「魔族の中にも、平和を望む者もいれば、戦いを好む者もいる。人間だって色々いるだろう?」
僕は黙って話を聞きながら、自分の中の魔族に対する固定観念が少しずつ崩れていくのを感じた。
よし、と言いながらヴェルザーは立ち上がった。
「さて、私は他の仕事もあるからね。また後で来るよ」
彼が去った後、僕は見張りの兵士たちの様子を窺った。テントの小さな隙間から外を観察すると、魔族の兵士たちが野営の設備を整えているのが見えた。恐らくは戦争のための拠点づくりも兼ねているのだろう。
そして観察を始めてしばらくすると入口に立つ二人の兵が順番に休憩しているのがわかった。
見張りが一人だけになる時間が定期的にあるのだ。すでに魔力は十分に回復しているし、戦わず、逃げに徹すればチャンスはあるのではないだろうか。
何事もなく時間が過ぎ、日が暮れる。松明の光が次々と灯され、夜の闇を橙色に染めていく。今日一日魔族たちの様子を確認していたが、規律こそ守られているもののコミュケーションを取り、時には笑いあっているのが印象的だった。その仕草や表情は意外にも人間と変わらない。
入口の兵士たちの交代時間が近づいてきた。僕は慎重にテントの出口に近づいた。
一人だけなら魔法で昏倒させてしませばいい……!
普段は魔力を体で練り上げ、手のひらに集めるイメージを練習してきた。今回同じ要領で行うと漏れ出した魔力で他の魔族にもばれる可能性がある。ならば、とテントの布越しに至近距離で一気に魔力を放出する!
くぐもった小さな声が聞こえたと同時に、テントに寄りかかるように崩れ落ちていくのがわかる。
成功だ。うまくいった!
しかし、まさに出ようとした瞬間ーー。
「どこへ行くつもりかな?」
背筋にぞくりと鳥肌が立つ。
僕は凍りついたように動けなくなった。
「リナを……助けに」
小さな声で答えた。
ヴェルザーがため息をつくと、右後ろ側から近づいてきた。
「まあそうだろうね。しかし君一人では無理だ。そもそもどこに君の愛しの彼女がいるのかすら、分からないんじゃないかい?」
正直に言えばその通りだった。行き当たりばったりではあるが、最悪テントに火を放ちどさくさに紛れて逃げる算段だった。
「私が手伝おう」
その言葉に、僕は驚いて振り返った。
この男は魔族の、それも恐らくそれなりの地位がある立場のはずだ。
暗闇の中松明の明かりで見える表情は、悪戯を思いついた子供のような、あるいは獲物を前にした猛獣のようなぎらついたものだった。
「ただし……条件がある。君の血を少しばかり分けてほしい。研究のためさ」
僕は少し考えた後、頷いた。
「分かりました。でも、それならもう一つ条件があります」
「何かな?」
「魔法を。僕に魔族の魔法を教えてください」
感想や評価ボタンを押してもらえると励みになります!
続きが気になったらぜひお願いします!




