仲間と一緒に
翌朝、僕は早めに起きて準備をした。今日はリナのパーティのメンバーに会う日だ。少し緊張したが、それ以上に期待が大きかった。
ギルドに着くと、リナはすでに待っていた。彼女の隣には二人の人物がいた。
「アルト、おはよう!」
リナが手を振った。
「こっちに来て、紹介するよ」
僕は彼らに近づいた。
「みんな、この子がアルト。昨日冒険者になったばかりだけど、剣の腕はかなりのものなんだよ」
リナは僕を紹介した。
「こちらは、グラム。私たちのパーティのタンク役だよ」
リナが指さした先には、大柄な若者が立っていた。彼は獣人族で、狼のような耳と尾を持っている。筋肉質な体に、大きな斧を背負っていた。
「よろしく、新人」
グラムは低い声で言った。厳しい表情だったが、目は優しかった。
「そして、こちらはセリア。私たちの弓使いで、魔法も少し使えるんだ」
セリアはエルフの少女だった。長い金髪と尖った耳、そして澄んだ青い目が特徴的だ。彼女は僕よりも若く見えたが、エルフは長寿なので、実際の年齢は分からない。
「はじめまして、アルト」
セリアは優雅に頭を下げた。その声は風鈴のように澄んでいた。
「は、はじめまして。アルトです。よろしくお願いします」
僕は少し緊張して挨拶した。
「リナから話は聞いている。君の特徴についても」
グラムが言った。僕は少し驚いた。
「僕の……特徴?」
「ああ、髪と目のことだ。心配するな。俺たちは見た目で判断しない」
「そうよ。私たちエルフも、人間の世界では時々偏見を受けるもの。だから、あなたの気持ちは分かるわ」
セリアは優しく微笑んだ。
「ありがとう……」
僕は安心した。彼らは僕の特徴を知っても、受け入れてくれるようだ。
「さて、自己紹介はこれくらいにして、早速依頼を受けようか」
リナが提案した。
「新人の初仕事だ。簡単なものがいいな」
グラムが掲示板を見ながら言った。
「あ、これはどう?」
セリアが一枚の依頼書を指さした。
「『森の薬草採集』……町の薬屋さんからの依頼ね。グリーンリーフの西の森で特定の薬草を集めてくるだけ。危険度は低いわ」
「それなら、アルトにも良い経験になるだろう」
グラムはうなずいた。
「じゃあ、これにしよう!」
リナは依頼書を取り、カウンターに向かった。
「エレナさん、この依頼を受けたいです」
エレナさんは依頼書を確認し、うなずいた。
「良い選択ね。初心者には丁度いいわ」
彼女は依頼書に印を押し、リナに返した。
「報酬は薬草の種類と量によるわ。頑張ってね」
「ありがとうございます!」
僕たちは準備を整え、西門から街を出た。グリーンリーフの西には広大な森が広がっている。
「この森は比較的安全だけど、時々小さな魔物が出るから気をつけてね」
リナが説明した。
「アルト、これが目的の薬草のリストだ。見分け方も書いてある」
グラムが僕に紙を渡した。そこには5種類の薬草の絵と特徴が描かれていた。
「青い花のハーブ、赤い実のベリー、星型の葉を持つスターリーフ……」
僕はリストを読み上げた。
「私が見つけ方を教えるわ。エルフは植物に詳しいのよ」
セリアは優雅に歩きながら説明を始めた。
「スターリーフは日陰を好むから、大きな木の根元を探すといいわ。青いハーブは逆に日当たりの良い場所。赤いベリーは水辺に生えることが多いの」
僕はうなずきながら聞いていた。セリアの知識は豊富で、話し方も分かりやすい。
「森に入ったら、二人一組で行動しよう。私とアルト、グラムとセリアでどう?」
リナが提案した。
「いいだろう。危険があれば合図を送れ」
グラムは小さな笛を取り出した。
「何か問題があったら、これを吹くんだ。音は森中に響く」
僕たちは森に入り、二手に分かれた。リナと僕は西側を、グラムとセリアは東側を担当することになった。
「アルト、冒険者になって初めての仕事だね。緊張してる?」
リナが尋ねた。
「少し。でも、みんなと一緒だから安心してる」
「そう言ってもらえると嬉しいな。私たちのパーティは小さいけど、仲が良いんだ」
リナは明るく笑った。
「リナはどうしてパーティを組んだの?」
「最初は一人で活動してたんだけど、ある依頼でグラムと出会ったんだ。彼も一人だった。その後、セリアが加わって……」
リナは楽しそうに話した。彼女の話を聞いていると、パーティの絆の深さが伝わってきた。
「あ、見て!あそこに青いハーブがあるよ」
リナが小さな開けた場所を指さした。確かに、日当たりの良い場所に青い花を咲かせた植物が群生していた。
「これだね」
僕たちは慎重に近づき、リストと照らし合わせて確認した。
「間違いないよ。根元から優しく引き抜くんだ。薬効を保つためには、傷つけないことが大切なんだよ」
リナの指示に従って、僕は丁寧にハーブを収穫した。小さな布袋に入れていく。
「上手いね、アルト。初めてとは思えないよ」
「おばあさんの畑仕事を手伝ってたから、植物の扱いには慣れてるんだ」
僕たちは青いハーブを十分に集めると、次はスターリーフを探しに行った。リナの言葉通り、大きな木の根元で星型の葉を持つ植物を見つけることができた。
「これで二種類目だね。あと三種類か……」
リナが言った時、遠くから鳥の群れが慌てて飛び立つのが見えた。
「あれは……」
リナの表情が真剣になった。
「何かあったのかな」
「分からないけど、注意した方がいいね」
僕たちは警戒しながら、次の薬草を探し続けた。水辺に近づくと、赤いベリーが見つかった。
「これが三種類目だね」
僕がベリーを摘み始めた時、地面が微かに震えた。
「リナ、今の……」
「うん、感じたよ。何かが近づいてる」
リナは弓を構え、周囲を警戒した。僕も剣の柄に手をやった。
静寂が森を包む。風の音だけが聞こえる。
突然、低いうなり声が聞こえた。それは一つではなく、複数から発せられているようだった。
「アルト、後ろ!」
リナの警告と同時に、僕は振り返った。茂みから三つの頭を持つ巨大な犬のような魔物が飛び出してきた。
「ケルベロス!?なんでこんな場所に!!」
リナの声には驚きと恐怖が混ざっていた。ケルベロスは通常、もっと危険な地域にしか現れない強力な魔物だ。
「アルト、逃げるよ!」
リナは弓を引き、矢を放った。矢はケルベロスの左の頭に命中したが、魔物は怯まなかった。むしろ、怒りを増したようだ。
僕たちは急いで後退しながら、グラムの笛を吹いた。鋭い音が森に響く。
「グラムとセリアが来るまで時間を稼がないと」
リナは次々と矢を放ったが、ケルベロスは素早く、ほとんどの矢をかわした。
「アルト、私が注意を引くから、あなたは側面から!」
リナの指示に従い、僕は剣を抜いて右側に回り込んだ。心臓が激しく鼓動する。これまでの訓練とは比べ物にならない緊張感だ。
ケルベロスの三つの頭は、それぞれ違う方向を向いていた。中央の頭が僕を、左の頭がリナを見ている。右の頭は周囲を警戒していた。
「今だ!」
リナの合図で、僕は剣を構えてケルベロスに突進した。剣が魔物の脇腹を捉え、黒い血が飛び散る。
「やった!」
しかし、喜びは束の間だった。ケルベロスは痛みに怒り狂い、右の頭が僕に向かって牙をむいた。
「危ない!」
僕は咄嗟に身をかわしたが、鋭い牙が左腕を掠めた。鋭い痛みと共に、温かい血が流れるのを感じた。
「アルト!」
リナの叫び声が聞こえる。彼女は連続して矢を放ち、ケルベロスの注意を引こうとしていた。
「大丈夫だ!」
僕は痛みを押し殺し、再び剣を構えた。しかし、ケルベロスは予想外に素早く、僕の前に立ちはだかった。三つの頭が同時に唸り、赤い目が怒りに燃えている。
「くそっ……」
僕は後退しようとしたが、背後は大きな木で塞がれていた。逃げ場がない。
その時、ケルベロスの中央の頭が突然、僕を見つめた。その赤い目が、僕の目と合った瞬間、奇妙なことが起きた。
魔物の目が一瞬、驚きの色を浮かべたように見えた。そして、僕の体の中で何かが目覚めるような感覚があった。
「な…何だ…?」
僕の体が熱くなる。特に、目の奥と手のひらが燃えるように熱い。
「アルト、どうしたの!?」
リナの声が遠くから聞こえる。僕の視界が紫色に染まり始めた。
「止まらないんだ……何かが……!!」
僕の中から、未知の力が溢れ出そうとしていた。それは制御できない、荒々しい力だった。
「アルトーー!」
リナの叫び声と同時に、僕の体から紫色の光が爆発的に放出された。それは波のように広がり、目の前のケルベロスを包み込んだ。
魔物は悲鳴を上げた。三つの頭が同時に苦しそうに吠え、体が痙攣する。紫色の光に包まれたケルベロスの体が、徐々に萎んでいくように見えた。
「やめて……やめてくれ!」
僕は必死に力を抑えようとしたが、制御できなかった。紫色の光は周囲の木々にも広がり、葉が枯れ落ちていく。
「アルト!止めて!」
リナの声が恐怖に震えていた。彼女は僕から離れた場所に立ち、弓を落としていた。
その光景を見て、僕は恐怖に打ちのめされた。自分の力が仲間をも傷つけようとしている。
「止まれ……頼む!……止まれ!」
僕は全身の力を振り絞って、溢れ出る力を押し戻そうとした。頭が割れるような痛みと共に、少しずつ光が弱まっていく。
そして、突然、すべてが止まった。紫色の光は消え、森に静寂が戻った。
僕は膝をつき、荒い息をついた。目の前には、ケルベロスの干からびた死体が横たわっていた。まるで生命力を吸い取られたかのように、皮と骨だけになっているようだった。
「アルト……」
リナの声は震えていた。彼女は恐る恐る近づいてきた。
「近づかないで!」
僕は叫んだ。自分の力が再び暴走するかもしれない恐怖があった。
「大丈夫だよ……。もう収まったみたいだから」
リナは慎重に近づき、僕の肩に手を置いた。
「僕は、僕は何をしたんだ……?」
「分からない。でも、あなたが私たちを救ったことは確かだよ」
リナの声は優しかったが、その目には恐怖の色が残っていた。
「あの光は……もう少しで君にも当たるところだった」
僕は震える声で言った。もし光がリナに触れていたら、彼女もケルベロスのようになっていたかもしれない。その考えだけで、胸が締め付けられるようだった。
「アルト!リナ!」
グラムとセリアが駆けつけてきた。彼らは周囲の光景を見て、驚きの表情を浮かべた。
「何があったんだ?」
グラムが尋ねた。彼の目は警戒心に満ちていた。
「ケルベロスに襲われたの。そしてーー」
リナは僕を見た。彼女は何と説明すべきか迷っているようだった。
「僕の力が……暴走した」
僕は小さな声で言った。
「暴走?」
セリアが近づいてきた。彼女は周囲の枯れた植物を見て、眉をひそめた。
「これは……生命力を吸い取る魔法の痕跡ね」
「魔法……?」
「そう。しかも高位の。普通のFランク冒険者には使えないはずよ」
セリアの言葉に、僕は混乱した。魔法なんて使ったことがない。でも、確かに体から溢れ出たあの力は、自分のものではないような気がした。
「アルト、怪我してる」
グラムが僕の腕を指さした。ケルベロスに噛まれた傷から血が流れていた。
「大丈夫、浅い傷だから……」
「治療が必要だ。セリア、頼む」
セリアはうなずき、僕の傷に手を当てた。彼女の手から柔らかな緑色の光が広がり、傷が徐々に塞がっていった。
「ありがとう……」
僕は小さな声でお礼を言った。しかし、心の問題は体の傷とは別物のようだ。自分の中に眠る未知の力への恐怖。そして、その力が仲間を傷つけるかもしれないという恐怖。
「アルト、大丈夫?」
リナが心配そうに尋ねた。
「うん……ただ、少し疲れただけ」
僕は立ち上がろうとしたが、足がふらついた。グラムが素早く僕を支えた。
「無理するな。魔法、魔力の暴走は体力を大きく消耗すると聞く」
「魔力……」
僕はその言葉を繰り返した。魔力。魔族の力。自分の中に眠る、知らなかった力。
「とにかく、今日の依頼はここまでにしよう。町に戻ろう」
グラムの提案に、全員がうなずいた。
「でも、依頼……」
「三種類の薬草は集まったし、これで十分だ。それより、お前の状態が心配だ。こんな魔獣が出たという報告も直ぐにしないといけない」
グラムは僕の肩を叩いた。その手には力強さと共に、優しさがあった。
帰り道、僕は黙り込んでいた。頭の中は混乱していた。あの力は何だったのか。なぜ自分にそんな力があるのか。そして、もし再び暴走したら……。
「アルト」
セリアが僕の隣に来た。
「あの力のことで悩んでいるのね」
僕はうなずいた。セリアの目は深い森のように静かで、何百年もの知恵が宿っているようだった。
「あなたの中に眠る力は強大だわ。でも、恐れる必要はないのよ」
「でも、あの力は……僕はコントロールできなかった。もしリナに当たっていたら……」
言葉が詰まった。その可能性を考えるだけで、胸が締め付けられる。
「魔力は感情と強く結びついているの。特に恐怖や怒りのような強い感情は、魔力を暴走させやすいわ」
セリアは静かに説明した。
「でも、訓練すれば制御できるようになるわ。私が手伝ってあげる」
「本当に?」
「ええ。私はエルフの魔法を学んでいるけど、基本的な原理は同じよ。まずは自分の内側にある力を感じることから始めましょう」
セリアの言葉に、少しだけ希望が湧いた。
グリーンリーフに戻ると、僕たちはまっすぐギルドに向かった。エレナさんは僕たちの様子を見て、すぐに事情を察したようだった。
「大変だったようね。まずは報告を聞かせてもらえるかしら」
リナが状況を説明した。ケルベロスとの遭遇、そして僕の力の暴走について。エレナさんは真剣な表情で聞いていた。
「ケルベロス……通常、あの地域には出ないはずよ。何か理由があるのかもしれないわね」
エレナさんは考え込むように言った。
「それに、アルトの力……」
彼女は僕を見つめた。その目には驚きと、何か別の感情が混ざっていた。
「少し調べる必要がありそうね。アルト、明日の朝、ギルドに来てくれる?特別な訓練を手配するわ」
「はい……」
僕は小さく答えた。エレナさんは優しく微笑んだ。
「心配しないで。あなたは一人じゃないわ」
依頼の報酬を受け取った後、僕たちは静かにギルドを後にした。
「アルト、今日は休んだ方がいいよ。魔力の暴走は体に大きな負担がかかるからね」
リナが心配そうに言った。
「うん……そうするよ」
「明日の朝、迎えに行くよ。一緒にギルドに行こう」
リナの優しさが、僕の心を少し和らげた。でも、恐怖は消えなかった。自分の中に眠る未知の力。それは僕自身の一部なのか、それとも……。
「ありがとう、みんな。今日は……本当にごめん」
「謝ることない。君は俺たちを救ったんだ」
グラムは力強く言った。
「そうよ。それに、これはきっと成長の過程なの。私たちと一緒に乗り越えましょう」
セリアも優しく微笑んだ。
彼らの言葉は温かかったが、僕の心の奥には不安が残っていた。宿に戻る途中、僕は何度も振り返った。まるで誰かに見られているような、不思議な感覚があった。
宿の部屋に戻ると、僕はベッドに倒れ込んだ。体が鉛のように重い。目を閉じると、あの紫色の光と、ケルベロスの干からびた姿が浮かんでくる。
「僕は……何者なんだ……」
その問いは、闇の中に消えていった。




