6 プロポーズ
こうして我が家は、社交界で疎外される立場となってしまいました。商店をあちこちに開き、小さいながらも手広く商売をして繁盛させていた父には、取引相手から敬遠されるなど初めての経験でございます。
また、子供の頃から才色兼備と持て囃されたグロリアやそんな娘を連れ回していた母にも、自分たちの周囲から潮を引くように人がいなくなるなど、経験したことのない辛苦でございましょう。
実際、両親は身分不相応な高望みの果てに他家を軽視していたのですから、それが返ってきただけのことです。グロリアも、自分が無意識に見下していた他家のご令嬢たちから嫌味を言われたり、ヒソヒソと聞こえるように陰口を叩かれているようです。
もちろん、わたくしも同じようにされているわけですが、グロリアほどのダメージもなく過ごしておりました。まぁ、これはある程度予測もしておりましたことですし、もともとグロリアと比較されて陰で色々と言われることには慣れておりましたので、然程気にはなりません。
ただ弟のアーヴィンにだけは申し訳なかったな、という気持ちでおりました。彼はまだ幼いのに、今まで一緒に遊んでいた友人たちから急に距離を取られたのですから。
それでも後悔はございません。確かにわたくしも噂を流すべく画策いたしましたが、流れを見る限りわたくしが動かなくとも、いずれわたくしとジェイムズ様の婚約は解消される事になったでしょう。
わたくしの心づもりでは、わたくしの有責の婚約破棄となる筈だったのが解消となったので、その影響も小さくなるはずでございました。ところが、アーヴィンまでが汚名を被ることになるとは……
どれほど我が家は妬まれていたのでしょう。
小さいながらにも商売で利益を上げていたこともあって、我が家との縁は潤沢な資産からの援助を期待できると、伯爵家辺りからも求められていたのです。それを全て無下にしていたのですからある意味当然かもしれませんが。
現在、クレア家に求婚してくださる貴族家はほぼありません。もう少し時間を置いてほとぼりが冷めれば、両親やアーヴィンへの当たりは和らぐとは思います。少なくとも我が家の資産に変動はないのですから。
コノーヴァー家やオズボーン侯爵家からも、婚約の解消は互いの話し合いであって、クレア家に非はあるわけではないと、以前と変わらぬお付き合いをして下さっていることも有利に働くでしょう。
そうして、波打つ世間から一家で身を遠ざけて過ごしていた頃に、クロード様が我が家にやって来られました。
両親とクロード様とクロード様のご両親との間での話し合いのあと、わたくしが応接室に喚ばれました。
「キャスリーン、クロード殿に庭でも案内してきたらどうかね」
「はい」わたくしは、部屋を見回してクロード様やキャンベル男爵夫妻に歓迎のご挨拶を致しました。どうやら、世間の噂を鵜呑みにして、わたくしを疎んじておられる様子はございません。夫人はわたくしを見て、にっこりと頷いて下さいました。
わたくしとクロード様は、庭の花が一番綺麗に見えるベンチのところまで、ゆっくりと足を運びました。クロード様はいつの間にやら、ピンクの花の小さなブーケを手にしておいでです。
「キャスリーン嬢、幼い頃からあなたを想っております。私の妻になっていただけませんか」わたくしの前に膝をついて、クロード様は求婚して下さいました。
わたくしは、喜びと涙が込み上げてきて声が出ないまま、顔を縦に振り続けました。とても淑女の対応には見えなかったのですが、クロード様は立ち上がってわたくしの手を握り、待たせて済まない、とおっしゃいました。
「この花も庭師に頼んで、早咲きのものを手に入れたんだけど、本数が揃わなくてごめんね」クロード様は華やかなピンクのブーケをわたくしに差し出しました。
本数の少ないその花は、あのガーデンパーティの日に二人で眺めたのと同じものでした。五月に咲く花を、まだ春というにも早いこの季節に揃えるのが難しいのは当然のことでした。
クロード様がわたくしを想って、作って下さったブーケに随喜の涙こそあれ、不満など一欠片もあるはずがありません。ですが、こみ上げてくる幸せに、言葉もありません。
「……いいえ、いいえ」泣きながら顔を振るわたくしにクロード様は微笑んで言われました。
「キャス、言葉が出ないのは分かってるから無理に話さないで良いよ。喜んでくれて嬉しいよ」
後から後から零れ出る涙に反して、わたくしの口からは声が出てきません。
クロード様はあの日からわたくしたちクレア家の動向を確認しつつ、騎士としての研鑽を積んで、つい先ごろ騎士爵をお取りになったのだそうです。そしてそのままご家族にわたくしとの結婚を相談されたとのことでした。
「ご家族の反対はなかったのですか?」ようやく声を出せるようになったわたくしが聞きました。
「第一声がそれなのか?」と笑いながらクロード様は、子爵夫妻に含むところはあるみたいだけど、両親もキャスと私が大人になったら結婚するだろうと思っていたみたいだよ。
だから、キャスは何も気にしないで私のところに、お嫁においでよ、子供の頃のようにクロード様はわたくしをその腕に閉じ込めて言いました。
わたくしはブーケを手に、泣き笑いしながら「ええ、ええクロード、わたしをお嫁さんにして」と答えて、クロード様の腕の中に身を預けたのでした。
本編完結です。
クロード視点で投稿を、と書いてます。が、思ったより長くなりまだ終わりません。申し訳ありませんが、ちょっと間が開きます。