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キャスリーンかく語りき  作者: きむらきむこ
4/8

 4 キャスリーンの幸せ2

「振り向かないで、そのままでいらして」

わたくしにはクロード様の目を見て話すことなど、到底出来ませんでした。


「突然何を、と思われるでしょうが……。今日を逃すともうお話することは出来ないと……思うので」私は勇気を振り絞って、望まれてもいない告白を続けました。


「もし……もし……わたくしを望んでくださるお気持ちが、お有りなら……」

ともすれば走って逃げてしまいたい気持ちをこらえて、わたくしは続けました。


「……わたくしは……両親にわたくしの婚約をグロリアへ婚約者を代えると……言われております。不出来な娘を……それでも、もしわたくしを……望んでいただけるなら……」

涙が零れ落ち、言葉が出なくなってしまったわたくしに、クロード様が前を向きながら、おっしゃいました。


「こんな心地よい爽やかな日には、つい胸の内が口から零れ出てしまいますね。」クロード様のお声を久方ぶりにお聞きしました。その御心がにじみ出るような、変わらない穏やかな話しぶりに、わたくしは少し落ち着いてまいりました。


「私には仲の良い幼馴染がいて、大きくなったら彼女と結婚するんだ、と無邪気に考えてました。今、彼の人には縁談があるようですが、きっと彼女もそう望んでくれている、と今でもそう思ってるんです」


 クロード様は、優しげな声で眼の前にある、ピンクがかった芍薬に向かって話しかけておられます。


「彼女はこの花のように華やかなのですが、実は恥ずかしがり屋なのは私くらいしか知らないんですよ。いつか、この花を持って申し込みに行こうと思っているんです」


 時々声がかすれるのは、彼の緊張の現れでしょうか?わたくしだけでなく、クロード様もわたくしを望んでくださってるいると、わたくしは夢を見ているんではないでしょうか。


「……きっと、……きっと彼女はお受けするはずですわ」

わたくしは、湿った声でそう言うのが精一杯でした。


「さあ、私はもうしばらくここに居ますので、どうか先にお戻りになってください」


 クロード様のお言葉に、わたくしはハンカチで涙に濡れた顔を拭い、誰にも会わないように願いながら、化粧室に向かったのでした。



 

 ガーデンパーティの日からしばらくして、見ていた人がいたのでしょう、わたくしとクロード様の恋の話がひっそりと囁かれたのでした。



 ある夜会の夜、わたくしは子爵家や男爵家の令嬢たちとともに休憩室で夜会に出る前の最後の身繕いをしておりました。


 顔見知りの男爵家の令嬢が、鏡に向かいながらわたくしに、話しかけました。

「今日はコノーヴァー様のエスコートなの?」


「ええ、そうですわ」わたくしも口紅を確認しながら答えました。部屋付きの侍女は数人いるのですが、髪が崩れてしまった令嬢が居られた為に手を取られているらしく、わたくし達の化粧にまでは手が回らないようです。

 

「キャスリーンったら、ジェイムズ様のところに行かないといけないんじゃないの?」


「そうね、そろそろ行かないと」わたくしは鏡を見ながら気のない風に答えました。


「見初められるような佳人にもそれなりの苦労はあるのね」


「苦労って、そんな事は無くってよ」ええ、本当に苦労などしておりませんわ、そのうちグロリアと交代させられるでしょうしね、心のなかでわたくしは続けました。



「平々凡々のジェイムズ様でも伯爵夫人にしてくださるんだから大切にしないと」


 この方、頭がどうかなさってるのかしら?自分よりも上の立場にいる方のことを、こんなに人の多いところで仰るなんて。


「クロード様のことはもう良いの?」あら、あの噂を広めていらっしゃるのは、この方だったのね。


「クロード様とわたくしには何もありませんわ」


 わたくしは、少し困ったような顔をしてお答えしました。全く信憑性のない返答だと思いながら。


 ちょうどその時に休憩室の扉の向こうで、「ジェイムズ、キャスリーン嬢とは会えたのかい?」と男の方の声がしました。


 休憩室の中は一瞬にして静まりかえりました。

男性が遠ざかっていく足音が、小さく響くのが聞こえるくらいにシンとして、わたくしは内心笑ってしまいました。


「聞こえたかしら」「さぁ?」「少なくとも聞こえなかったふり、をしてくださったようよ」「ごめんなさい、キャスリーン」 


 「きっと聞こえなかったのよ。大丈夫よ、みなさん」となんとか明るく聞こえるように、わたくしは言いました。


「まあ、流石に自信のある方は余裕ね」



 ちょっとばかり嫌味な声もあったが、わたくしは聞こえなかったふりをして、部屋を出ました。そもそもわたくしの返事を求めている人などいないのでしょう。


 ジェイムズ様とは、探していたのに会えなかった、という顔をして合流するつもりでした。ジェイムズ様への思慕の念はもうございませんでしたが、仮初の婚約者としての義務は果たすつもりでございました。


 夜会の会場の奥で、ジェイムズ様がヘンリー・オズボーン様と一緒にイーサン・ギネス侯爵令息と話しているのが、見えました。わたくしは間に合わなかったようでございます。


 ジェイムズ様がわたくしを見たのが分かりましたが、わたくしは動けませんでした。








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