3 キャスリーンの幸せ
わたくしは、少しずつ縮まっていたジェイムズとの距離を元に戻し始めました。ジェイムズ様はとても良い方なので、心は痛みましたが、このままではどちらにしてもわたくしがジェイムズ様と結婚することはないのです。
ジェイムス様はわたくしが距離を置き始めたことに、少しばかり戸惑っておられる様子でしたが、お互いの働きかけがないので、どんどんと味気のない婚約関係となっていきました。
わたくしとジェイムズ様との関係が冷え込んできたのを察知した両親が、グロリアへと挿げ替えをする前に、子爵位や男爵、騎士爵といった低位の貴族が集うお茶会で、少しばかり匂わせておきました。
「キャスリーン様はもうご婚約がお決まりなんでしょう?」友人とまではいかない知人の男爵令嬢が、思ったよりもストレートに話しかけてきました。
「さあ、両親に任せておりますから、わたくしには……」
「あら、そんな事をおっしゃっても、先日も伯爵家の方のエスコートでお出かけされていたそうじゃないですか」明らかにわたくしを顔だけの令嬢と蔑み、どうせすぐに飽きられるに決まってる、という考えが透けて見えました。
「お誘いを戴いたので……」それとなく断れなかったという感じを出しつつ答えました。
あんまり考えを顔に出してはいけませんわよ。今もわたくしのような顔だけの女に誑かされるなんて、という考えが手に取るように読めますもの。
「キャスリーン様は本当にお綺麗ですものね」
「ありがとうございます」
同じような会話を数度繰り返しました。わたくしって、本当に顔だけしか褒められませんのね。我ながら残念ですわ。
こうしてお茶会や昼餐会の度に同じような会話を繰り返して、一、二ヶ月もした頃には大抵の令嬢方の間で、わたくしの婚約は容姿目当てで、無理を強いて結ばれたものだ、との認識が広がっていきました。
真実はわたくしがグロリアへの縁談に割って入ったのですが、それは両家だけの内々の話です。他の方には分かりません。
そして、もしここでわたくしの代わりにグロリアがジェイムズ様と婚約を結ぶことになれば、姉に来たお話に妹を無理やり捩じ込もうとして見えるはずです。
「キャス、最近貴女の婚約の話が出回っているようだけど、どうお答えしているの?」母に問いただされました。
「どうって、婚約の話は両親に任せているので、存じませんとしか……」何を聞かれているのか分かりません、と言った顔で返答しました。
「そう、まあ貴女に言っても仕方ないわね」と、近ごろの噂もわたくしに聞いたところで、たいして答えが得られるとは、母も思っていなかったようです。
「もう良いわ、下がりなさい」と母は父と話し合うべく、執務室へと向かっていきました。
ここで、どういう意図があるのかと聞かれたなら、詳しくお話をさせていただく気持ちもありましたが、きっとわたくしのことを素直なだけの、二面性など持ち合わせないし、その頭もない娘とお考えなのでしょうね、お母様もお父様も。
わたくしは確かに機知に富むとは言い難いのですが、じっくりと考える時間があれば、それほど悪いわけでは無いと思っておりますの。
家族の中で一人浮いた存在だったわたくしは、他人を見る時間だけは沢山ありましたので、お心の内を想像するのはこの家の誰よりも長けているのではないかしら。
わたくしの幸せ、というものについて先より考えております。両親は高望みしないなら、騎士爵を取ろうとしているクロード様に嫁ぐのがわたくしにはちょうど良いと、考えているのです。
情けないことにわたくしにとっても、それがわたくしの最善の幸せなのです。
今ある婚約がなくなるとして、許されるのであればわたくしは……
爽やかな朝でございます。
王宮主催のガーデンパーティに相応しいお天気です。緊張のあまりよく眠れなかったわたくしの心情とは裏腹に、青い空が遠くまで見通せて、更には小鳥のさえずりまで聴こえます。
今日のガーデンパーティには、成人以上の参加となっております。わたくしと同じ年のジェイムズ様ですが、まだ誕生月が来ていない為未成年で参加資格がございません。わたくしは両親と一緒に行く予定です。
ジェイムズ様の目のないところでクロード様に話しかける事ができる、おそらく最後のチャンスなのです。
五月、初夏の花が爛漫とばかりに咲き誇り、処々にテントが立っております。冷たい飲み物や軽食がテントに並び、客たちに振る舞われるのです。
開催者である王宮の責任者からご挨拶があり、わたくしたち参加者も寄親や知人、仕事相手など然るべき相手に挨拶を交わし、ガーデンパーティを楽しんでおりました。
わたくしは折を見て、クロード様を探しました。
薔薇やカーネーションと言った王宮の庭師たちが手間暇をかけて咲かせている草花から、少し離れた場所にクロード様はいらっしゃいました。
ピンクがかった紫の芍薬の木を前にしたベンチに、有り難いことにお一人で座っていらっしゃいました。
わたくしがクロード様の後ろに向かって歩いて行くと、気配を感じてかクロード様は振り向こうとされました。




