1 婚約
わたくしキャスリーン・クレア子爵令嬢に婚約の話が来たのは、15歳になろうかという春のことでした。
元々、幼馴染のクロード・キャンベルと仲が良く、きっとこの人と結婚するんだろうと、お互いに約束とも言えない絆を感じ始めた頃のことでした。
「キャスリーン、コノーヴァー伯爵家から婚約の話が来ていてな。中継ぎの次期伯爵だが、将来的には子爵位に就くことに決まっているらしいし、いい話だと思うんだ」
「家政のことも、お義姉さまが采配をされるということだし、あなたには伯爵夫人として出来る範囲で顔を繋いで欲しい、ということなのよ。あなたには良いお話だと思うのよ」
わたくしは、母に似て儚げな佳人と言われることが多いのですが、妹のグロリアと比べて、気も利かない、会話も覚束ないとわたくし達姉妹をよく知る人からは、がっかりされることがあります。
つまりは、見た目だけの出来の悪い姉、というのが家族や親戚、友人からのわたくしの評価なのでした。
一つ年下のグロリアは、わたくしから見ても父に似て整った顔立ちをしています。わたくしが儚げと言われるのに対して、グロリアは生命力にあふれる美人で、闊達で機知に富んだ会話と美しい所作で、評判もよく、何れ高位の家から望まれるだろうと噂されておりました。
「このお話は、グロリアを望まれての縁談ではございませんの?」
お父様が、少しばかりバツの悪い顔をして答えてくださいました。
「コノーヴァー伯爵家のご縁談は、お前のほうが向いているだろうから、お父様達に任せておきなさい、悪いようにはしないから」
「わたくしはクロード様と結婚するものだと、思っておりました」
「クロード殿との婚姻では、一代限りの騎士爵だ。この話が無ければ、それも良かっただろう。だがコノーヴァー家に嫁げば、悪くても子爵夫人は確実なんだ。キャスリーンの為だよ」
「そうよ、伯爵家とも御縁ができる上に、あなたの将来も安泰ですよ」
両親の強い勧めもあり、わたくしはコノーヴァー伯爵家のジェイムズ様との婚約を受け入れたのでした。ただわたくしは、グロリアに来た話のおこぼれをもらったことが情けなく、キャスリーンでなくては!というお気持ちでの御縁ではなかったことが悲しゅうございました。
わたくしも、この方でなくてはなどと思っていないのに、身勝手なことですね。
わたくしもジェイムズ様もまだ14歳と若かったことから、婚約披露はまだ先の16歳になってから、ということになりました。ですので、それまでは内々のお話ということで公にはされませんでした。
縁談が整った為に、今まで許されていた幼馴染のクロード様のエスコートでのお茶会参加などが、許可されなくなりました。
目ざとい令嬢などは、それだけでこちらの事情を察して、どちらに縁付かれたのかしら?などと探りを会話の端々に忍ばせてこられるので、楽しかったお茶会も気疲れするものになってしまいました。
「キャスリーン嬢、お久しぶりですね。近ごろはなかなかお会いできず、残念に思っておりました」
デビュー前の令息令嬢が参加する昼餐会で、久しぶりにあったクロード様がわたくしに話しかけてくださいました。
「本当に、お久しぶりです。残念ですがこれからはなかなかお会いすることも無くなりそうです」
目線を落として涙をこらえるわたくしには、他の方へのご挨拶へと去っていくクロード様の後ろ姿を目に焼き付けることしか出来ませんでした。
一方でジェイムズ様はとても穏やかな方で、わたくしとの顔合わせでも「急な話を受け入れてくれてありがたいと思っている」と頭を下げて下さいました。
「わたくしの方こそ、不束者ですが、よろしくお願いいたします」と頭を下げあっているうちに、可笑しくなり、二人で笑い合ったりするような間柄になることが出来ました。
この方とならゆったりとした温かい家庭を築くことを出来るかもしれない、と上向きな気持ちになったのは、仮の婚約が結ばれて半年ほど経った頃でした。
「キャス、お前の婚約もひょっとしたら変更になるかもしれない」お父様が真剣な顔でわたくしにおっしゃいました。
「どういうことですか?」ようやくジェイムズ様と気兼ねなくお話し出来るようになったというのに、どうしたことでしょう。
「グロリアの婚約が、成立しなかったのだ。もしかしたらコノーヴァー家にはグロリアに嫁いでもらうかもしれない」
「…………そんな……」
わたくしは、より良い縁談のためにグロリアの代わりにジェイムズ様に嫁ぐことになったのに、今度はそれが無くなったからと、グロリアに譲ることになるなんて。
「元々あちらはグロリアに縁談を申し込んでこられたのだ。正しい縁に戻るだけだ」お父様のお言葉は、グロリアと同じ娘であるわたくしに向けられたものとは思えませんでした。
「お姉様、お父様から何かお話がありました?」
お父様の執務室から自室に戻る途中、グロリアから話しかけられました。
「……あの、お父様の仰ることなんか、聞かなくてもいいと思うんです……」グロリアは躊躇いながらわたくしに言いました。
「グロリアはなにか聞いているの?」足を止めて、わたくしはグロリアに答えました。
グロリアは、わたくしの手を取って自分の部屋に引っ張りました。椅子に座り、侍女にお茶を用意させると、人払いをしました。