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ああもう最悪だ!〜異世界に来たのに何も上手くいかないんだけど!〜  作者: 御厨 火花
一章 『安らぎの町』レンタメンテ編 チャプター1【譎らゥコ繧偵%縺医◆縺輔″縺ァ縲√∪縺】
9/19

8.狂乱

残酷描写ありです。


2000PVありがとうございました。

 森の中、聞こえるのは木々が風に揺れる音のみ、そんな中を、一人の少年、シトウ・ユーマは歩いていた。


 彼は右手には炎属性のナイフを、左手には雷属性のナイフを持っている。


「変だな……全く生き物がいない……」


 鉄球を再度、大石で地面に押し直した後、森の探索を始めてからはや10分、俺は未だに鉄球の本体を見つけられずにいた。


 しかも、この間、モンスターにも、ましてや鳥や獣すらも出会っていない。


「となると、やっぱりあの柵が原因かな……」


 そう呟いて俺が顔を向けた先には光る柵がある。おそらくはあれのせいで生き物が入ってこれないのだろう。


 要するに……


「鉄球と俺、そして鉄球の本体がこの柵の内側のどこかにいるってのが妥当な考えかな」


 もし、『英霊の影』のメンバーの目的が俺の殺害だとしたら直接殺ってるだろうし、こんな回りくどいやり方はしないはずだ。


 だからこの中のどこかに必ず鉄球の本体がいるはずだ。


「って言われてもな……この柵も結構広いし……」


 そう、柵はなんと一キロ平方メートル当たりの大きさがある。


 この範囲の中にあるものと言えば、丘と森、川、そして、小さい洞窟、そう、何かを見つけるのに全然適していない地形なのだ。


「普通こういうのは丘とかの高い場所から探すのが普通なんだが……森だしな……上から見ても木が邪魔して、あんま見えないような気がするんだよな……」


 と思い、俺はずっと森の中を探索していた。

 一応モンスターが潜んでいそうな洞窟にも入ったが、そこには何もいなかった。


「はぁ……」


 俺はため息をつきながらもキョロキョロと周りを見渡すが、一向に見つかる気がしない。


「やっぱりこれ『英霊の影』のあいつらが柵で俺と本体を隔離してるんじゃないの?」


 俺はそう言いながら川の水を飲んだ。


「ぷはーっ!生き返るぅ……」


 あれから戦闘こそしていないが、今は昼過ぎ、かなり暑いし、なにより動き回っているのだ。水分補給をしないと熱中症になる可能性がある。


 俺は濡れている口を手の甲で払ってから、とりあえず鉄球の場所に戻ろうと考えた。だが、そこには……


「嘘だろ……」


 鉄球がいたであろう穴が残っているだけで鉄球は既にどこかへ移動してしまっていた。


「これはやばいな……」


 かなりやばい、どれくらいやばいかっていうと与えられた仕事を間違えたときくらいにはやばい。あ、例えだからね。


「どうしよほんとに…………ん?ちょっと待て……これは……」


 俺が鉄球のいた穴を屈みながら見ていると、一つ気づくことがあった。


「この丸くて浅い穴ってもしかして鉄球が移動した後か?」


 そう、鉄球の穴の近くに鉄球の足跡があったのだ。あの鉄球に足ないけど!


 まあそれはいいとしてこの足跡から一つ分かることがある。それは……


「これを辿っていけば本体にたどり着けるかもしれない」


 俺はそう思い、足音を最小限にしながら嬉々として鉄球の足跡を追いかけていった。


 ◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆


「――!――!!!――……」


 モンスターが腕を枕にして丘の上の草原で日の光を浴びて寝ている。その周りをぴょんぴょんと鉄球は飛び回り、恐らく本体であろう筋肉質すぎるモンスターに何か話していた。


 その様子を、森の中にある茂みの中から俺は見ていた。


「あれが本体か……」


 鉄球の本体がいたのは森や洞窟、川ではなく、シンプルに丘の上にいた。


(最初から丘の上に来れば良かったな……)


 鉄球の本体……いや、ここからは本体と言おうか、その本体は、鉄球の足跡を辿ることで容易に発見することに成功した。


 俺がたどり着いたころにはもう、あの筋肉質なモンスターの周りを鉄球がぴょんぴょん跳ね回りながら何か話していた……という状況だ。


「――ふむ――ふむふむ」


 どうやら本体は”ふむ”とだけ喋ることができるようだ。


 本体は、その筋肉質な橙色の丸い巨躯にTシャツのような白い布を着ていて、まるでアスリート選手のようだ。


「え……俺、あいつ倒さないといけないんだよね……無理ゲー過ぎない!?」


 俺はモンスターたちに気づかれないよう、小声でそう驚いた。


 回復ポーションは残り一本、魔力回復ポーションは残り二本、それとナイフが六本、かなり心もとない装備だが、やるしかない。

 というよりはやる以外の選択肢がない。


 (はぁ……俺は無理ゲーとか嫌いなんだよ……でもやらなきゃな…………でもその前に作戦はどうしよう……まずはやはり鉄球を……)


 茂みの中で俺がそう考えていると、次の瞬間、日向ぼっこをしてうとうとしていた本体が、瞬く間に俺の目の前に現れた。その目は少し黒ずんでいらように見えた。


「――?――!!!!!」

「は?」


 (う……動けない……!!)


「――ふー……」


 やばい!


「むーー!!!!!!」

「くかほっ!」


 (なん……で?)


 本当に一瞬の出来事だった。

 鉄球が俺の方を見て何かを話した後、コンマ一秒で俺と本体の間隔が10cmまで詰められていた。


 俺は本体のゴツイ丸太のような腕から放たれた拳をみぞおちで受け、そのまま木にぶつかるまで吹き飛ばされた。


 ギリギリで両腕で受け止め、どうにか腹が引き裂かれるような事態は食い止められたが、事態は依然として最悪だ。


「――!!――!!!」


 しかも、俺が相手するのは本体だけではなく、鉄球もいるのだ。


 (どうする……どうするどうする!!)


「――ふー……」


 (やばい!来る!)


 そう思った俺はすぐさま森に逃げようとした。が、


「――!!」

「くそっ!!」

「――むー!!!」


「がっ!ぐほっ……」


 森に逃げようとしたところを鉄球が茂みから俺のことを邪魔して、鉄球と本体のダブル攻撃を食らってしまった。


 その攻撃の威力はすごいもので、左腕と、脇腹が少しえぐれている。それに吐血もしてしまった。


 このままではとどめを刺されずとも失血死してしまうだろう。


 だから短期決戦でこいつらを倒さなければならない……だがそんな力、俺は持ち合わせていない……


(どうすれば……どうすれば!!)


「おや、ユーマさん、苦戦してますねぇ」


 一瞬、時が止まったかと思った。


 鉄球でも本体でもない、その声は俺が先ほどまで憎いと思い、呪ってやると思っていた奴らの一人の声であった。


 この声は……


「カリカルパ……」


「おや、かなり傷が深いですね、『我が力に呼応されし水の力 力の根源より流るる魔力の源流 押し流されたる波 命の大河よ 彼の者に癒しを』ミディ・ヒール、はい!これで良しっと!」


 カリカルパは現れるなり、俺の腹の傷を治してくれた。


 (なん……で……)


 そう思い、一瞬困惑したが、それはすぐに怒りに変わった。


「おい……ふざけんじゃ…………ふざけんじゃねぇぞ!!!」


 俺は呟く。


「あれ?ユーマさん、今何か言いました?」

「ふざけんじゃねぇ!って言ってんだよ!!」


 俺はカリカルパの声に被せるように怒鳴った。


「お前は……いや!お前たちは俺を見捨てたんだろ!なのにどうして俺を助けた!」


「いやだって助けなきゃ死にそうだったじゃないですか」


「なんで今更来たんだ!なんで俺を置いてどこかに行った!ふざけんじゃねぇ!ふざけんじゃねぇぞ!!この!裏切者が!!」


 俺はこいつらに逃げられてからの鬱憤をカリカルパにぶつけた。


 すると、カリカルパは慈愛に満ちた微笑を浮かべ、「それで僕に言いたいことは全部ですか?」と言い、すぐにカリカルパは俺を置いてまた離れていった。


「おい……待てよ……」

「それではユーマさん、ご健闘をお祈りします」


 とだけを言い残してカリカルパは去っていった。

 俺はその様子をただ茫然と見ていることしかできなかった。


 ドンドンドンと、音が聞こえる。

 これは鉄球とその本体が見えない壁に攻撃をしている音らしい。


 この見えない壁はおそらくカリカルパが出したものだろう。


「あー……くっそ!!後で絶対問いただしてやる!!」


 俺は両腕のナイフを持ちなおした。

 そして次の瞬間、見えない壁が淘汰され、俺のもとへ鉄球と本体が一斉に攻撃を仕掛けてきた。


 鉄球は左足を狙ってきたため、右にステップをして躱した、だが、そこをめがけて本体がジャンプをしながら回し蹴りをしてくる。


 それを、右ステップのコンマ1秒後に垂直にとんだ。重力が軽いため、俺は3mほど跳躍した。


 すると、すぐさま本体のもとへ鉄球が飛びこんで掌を広げた本体の右の掌に収まり、その勢いのまま本体は鉄球を投げた。狙いがよかったのか、俺めがけて一直線に飛んで来た。


 (チャンスだ)


 俺は飛んできた鉄球を木から飛び降りて踏み台にし、天高く跳躍した。


 下では本体が右腕をアッパーカットを繰り出す前動作をして俺を出迎える準備をしていた。


「出迎えご苦労さん!」


 俺はそう言いながら、右腕に魔力を込めた。


「ウィース・マキシマム!!!」


 黒い光と赤い光、そして緑の光が纏われ、本体のアッパーカットとぶつかり合い、心なしか火花が散っているように見える。


 否、火花が散っているのだ。


「――ふむ!」


 拳と拳がぶつかり合い、アニメのように俺が空中に浮く……ことはなかった。


 俺の拳は本体の拳を巻き込んで、勢いよく着地する。砂埃が一秒後に晴れた。その瞬間、俺に踏み台にされた鉄球が俺めがけて体当たりをしようとしてきた。


「――かかったな」


 俺はいつの間にか笑みがこぼれていた。

 だって、俺が鉄球をよけると、そのまま本体のみぞおちにクリティカルヒットしたのだから。


「――ふ……む……」


 本体は腹を抱えて地面にうずくまった。その横を鉄球は申し訳なさそうにあたふたしている。


 俺は、本体を見つめながらナイフを構えた。このナイフには炎属性と雷属性が纏ってある。


 ”俺は今から生き物の命を奪うのだ”


 ナイフにかかる力が強くなっていた。

 不意に魔力が流れるような感覚に陥り、ボワッ!と炎属性のナイフが燃え上がり、バリバリ!と雷属性のナイフから電流のようなものが流れている。


「…………このナイフ、こんな効果があったんだな……」


 (好都合だ)


 グシャ!


 鮮血が飛び散り、俺の新調した服にも血が飛び散った。


 (あれ……なんだろう……この感覚……なんだか……血を見るのが気持ち悪くない……というか、血を見るのが楽しい…………?)


「はっ……ははッ!!!!」


 グシャ!グシャ!グシャ!

 ナイフを刺しては抜き、刺しては抜きを繰り返す。


 時に焦げ目ができたりするが、そんなことは俺の手を止める理由にならない。


「ファァァァァァァァ!!!!!!!!!」


 本体の断末魔が聞こえる。


「――……!――…………!!――………………!!!」


 鉄球が苦しみ、悶え転ぶ音が聞こえる。


「は……ははひひ!!ははは……ははははははははははははははははははははははッッッッッッッッッ!!!!!」


 俺のものとは思えないような気持ちの悪い声が辺りに響き渡る。否、これは紛れもない俺の声だ。


 (面白い、楽しい、嬉しい、心地いい!!)


「ははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 (返り血が、吹き出す鮮血が、今はただただ美しい!なんでこれを怖がっていたんだろうか!!なぜこれに今まで触れてこなかったのか、それが今ではおかしいような気がしてきた)


「はは…………ひひひ」


 吹き出す鮮血の中に腕を突き刺し、その中から血をさらに抜き出す。ゴポゴポと血が流れだし、血だまりができている。


(そう言えば少し前から断末魔が聞こえなくなったな…………あれがある方がもっと楽しいんだけど…………まあ、いいや)


 そう考えながら俺は本体の首を、足を、腕を、頭を刺して刺して刺しまくった。


 辺りを包む森特有の静寂の音に似つかわしくもないこの音が今の俺にはどんなに綺麗な音楽よりも美しく感じた。


 グシャグシャグシャ!


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 (疲れた……)


 俺はその後も本体を刺し続けていた。絶命しても刺し続けていた。

 本体はもう顔の原型がなく、グシャグシャになっている。


「――……」


 俺は無言でナイフを鞘に戻し、丘の上から辺りを見渡すため、少しずつ、ゆっくりと歩いて行った。


 足は震え、生暖かい血を手一杯に浴びた俺の手も震えている。


「――……」


 だがそんなことを気にせず、俺は丘の上を目指す。向かう途中で一度倒れてしまったが、最後の回復ポーションと、残り二本の魔力回復ポーションを全て飲み干して無理くり回復させることに成功した。


「――……――!!」


 丘の上にたどり着き、辺りを見回すと、自然と笑みがこぼれていた。


 なぜなら、森の外に俺を出すまいと、ところ狭しに張られていた柵が、そこに最初からなかったかように消えていたのだから。


 ◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆


 ザッザッと、足音を立てながら俺は森を出るため、足を引きずりながら歩いて行った。


 怪我はしていないのに、鉛を括りつけられたように足が重たい。重力が軽いはずなのに、重たい。


 森を抜け、草原に入るところを前にして人影が見えた。


「あ……」


 そこにいたのは、俺を置いて逃げた『英霊の影』のメンバー、ミグル、ダイド、クレスであった。

 傍には何十体もモンスターの死骸が積まれているが、今はそれすらもどうでもいい。

 ただ……


「人間の血肉を解体したら……どれだけ楽しいんだろうな……」


 もう俺はあの楽しさを知ってしまった。辞められるわけがない。


 それに、あいつらは俺のことを裏切ったのだ。それくらいのことをしても恨まれないだろう。


「なあ、お前らァ……俺を置いて行って、楽しかったか?面白かったか?いや、まあいいや、じゃあちょっと……その体に流れる血を噴出(ふきだ)させてくれないかなァ?」


 俺はそう言いながら『英霊の影』の奴らに向かって走り出した。


 もう何が善くて何が悪いかもわからない。ただ、俺は楽しいことがしたかった。

 だから……


「なあ!頼むよ!!なあなあなあなあああ!!!」


 俺の頭の中は、鮮血で満たされていた。


「ダイド…………」

「あいよ」


 ミグルが何事かをつぶやいた後、ダイドがいつの間にか俺の後ろに現れ、俺の首にストン、と一撃手刀を入れ、気絶させられた。


「ぢ……ぶぐ……ろっ……」


 ◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆


「あったよー!!」


 ユーマが気を失った直後、ユーマが着た方向からカリカルパとリアナがユーマが討伐した鉄球及び本体を持ち、歩いて来た。


 二人は倒れているユーマのそばに本体を置くと「いやー、ひどいありさまだったよ!」と言って、現場の様子を語り始めた。


 カリカルパとリアナがたどり着いたとき、真っ先に見たのは、グチャグチャになった本体と動かなくなった鉄球であった。


 本体は原型が分からなくなるまで斬られ、殴打されていたらしい。


 血だまりに浮かぶ本体が放つ血の匂いは、かなりの異臭で、カリカルパとリアナはとりあえず持っていた布でマスク代わりにして近づき、本体をここまで運んだらしい。


「でもねー、まさか”ホーガン・ナゲ”を討伐するなんてね、これってCランク冒険者用のクエストだよね」


 リアナがそういうと、ミグルがユーマの手足を縛りながら「まあな」といい、続けて「だけどそれは、ホーガン・ナゲ以外のモンスターの乱入も考えてのランク設定でやんすよ」と言った。


 そんなミグルの行動を見てカリカルパが、「あれ?ミグル、なんでユーマさんを縛ってるんですか?確かに先ほどの暴言はかなり心に来るところがありますが、話せば理解してくれると……」

「こいつは今、狂ってるでやんす」


 カリカルパの声を遮るようにミグルがそう告げた。


「狂ってる?なんでそんなことが言えるのですか?」


 カリカルパがそう聞くと、ミグルはユーマからはぎ取ったナイフをカリカルパに渡して「こいつから、俺たちに合ったとたん、殺意が感じられたでやんす」と言い、ミグルはユーマの手足を縛り終えた。


「それだけで狂っているのだといえるのですか?ミグルの考えすぎだと……」

「なら、そこの”ナゲ”の死に方はどう説明するのでやんすか?」

「それは……」


 またもやミグルはカリカルパの言葉を遮り、ホーガン・ナゲのナゲ、すなわち本体の死に方について言及した。


 カリカルパも違和感を感じていたのだろう。

 ミグルは「俺は、ナゲの死体を見て確信した出やんす」と続け、そのままユーマをおんぶした。


 カリカルパは何も言えず、ミグルの背中で眠っている血まみれの少年を見つめていた。


 いつの間にか近くに来ていたダイドがカリカルパの背中をポンポンと叩き、町に向かって歩き出した。


 リアナとクレスはモンスターの死骸をマジックバックに詰め込んでいる。ちなみに、マジックバックとは、見た目に反し、多くのものが入る魔道具のことだ。


 二人とも少しすればすぐに追いつくだろう。

 カリカルパとダイドは、ミグルとともに、ゆっくりと町へと足を進めていた。


 歩き始めてから少しして、リアナとクレスが合流した。


 それを見て、カリカルパは、「一つ気になることがあります」と前置きをし、ミグルに「ユーマさんに先ほど会いに行ったとき、『俺を置いて行きやがってこの裏切り者が!』と言っていましたが、何か心当たりはありますか?」と伝えた。


 あの時のカリカルパの仕事はユーマが怪我をしていたら治す、していなかったらすぐに移動する、という偵察のため向かっただけなのだ。


 裏切者など言われる筋合いはない。なぜ?そう思ったカリカルパはその原因がミグルにあるのではないか、と思った。故にそう聞いたようだ。


 それに対し、ミグルは少し考えるような仕草をした後、何かに気づいたような表情をし、それからだらだらと汗をかき始めた。


 付き合いの長いカリカルパならわかる、これが冷や汗だと。


 どうやら他のみんなも気づいたようだ。カリカルパが問い詰めるよりも先に、ダイドがそれについて「何か心当たりがあるんだな」とミグルに言及した。


 ミグルは冷や汗をかき続けながら「え……えっと……」と動揺していた。


 それを見てリアナが「隠し事は無しだよ!」と、微笑んではいるが、目が笑っていなかった。


 ミグルは堪忍したように立ち止まって後ろを振り向いた。それを見たほかのメンバーも立ち止まり、ミグルは喉を一度鳴らして、その原因を語り始めた。


「俺……ユーマに単独でモンスターを討伐させること……言ってなかったでやんす……」


 そう言った瞬間、ミグルは、場が凍り付いたような錯覚を覚えた。


 次の瞬間、ダイドが顔を赤くして「お前報連相はしっかりしろっていつも言ってるよな!!こういうことになるから直しておけって言ってたんだろうが!!」とミグルの髪を引っ張りながら怒鳴った。


 ミグルは「いててててててててて」と涙目になっている。


 その後ろからカリカルパがユーマをミグルから取り上げ、リアナとクレスに向き直り、「ちょっとあそこの木の影で休憩でもしませんか?」と言い、二人は間髪入れずに「「賛成!」」と答えた。


 その様子をミグルは地獄を見るような悲壮な目で見ていたが、ミグルの髪をつかんでいるダイドが「よそ見すんなよな!!」とまた怒鳴った。


 カリカルパは、そんな二人の様子を見ながら、

(そりゃユーマさんは裏切り者だっていいますよね……)と思っていた。


 カリカルパたち『英霊の影』は昨晩、ミグルにユーマが単独でモンスター討伐をするから邪魔が入らないように協力してくれ、と言われたのだった。


 それで、クレスに柵を張らせ、柵の外のモンスターを狩っていたのだ。


 ホーガン・ナゲがまさかあんなはやくに見つかると思わなかったためユーマのもとからすぐに離れたが、確かに全員で戦うと思っていれば誰だって裏切られたと感じるだろう。


 (ユーマさんには悪いことをしたな……)


 とカリカルパは思い、目を覚ましたら何かおごってあげようと考えていた。


 そして、カリカルパはもう一つの事実に気づいてしまった。それを確かめるため、カリカルパはダイドにミグルをしばくのを一時的に止めてもらった。


 そんな俺をミグルは神を見るような目で見つめていた。が、もしもこれがあっていればたちまち先ほどと同じような地獄を見たような顔になるだろう。

 願わくはそうならないでほしいのだが……


 そう思いながらカリカルパはミグルに「ミグル、一応聞きたいんですがユーマさんにホーガン・ナゲの特徴は教えましたか?昨日は何も教えてなかったですが、特徴くらいなら教えていなかったんですか?」と聞いた。


 それを聞いて、ミグルの顔がまた凍り付いたように固まり、次の瞬間、言い訳を始めた。


「いやだって森に入ってから名前とか教えようと思ってたのでやんすが奴が思いの外早く来てしまって………………でも去り際にちょっとだけ討伐方法を……痛い痛い痛い!やめるでやんす!あああああああああ!!!!」


 (よし、一回本気でしばかれてこい)


 とカリカルパはにっこりと微笑まながら木の下に戻り、気絶している少年を見つめた。


「でもよくホーガン・ナゲを討伐できましたね…………ですが、これどう治すんでしょうかね…………」


 カリカルパはそう呟き、リアナとクレスとともにしばかれているミグルの方を見ていた。


 ◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆


 ーーー@レンタメンテーーー


 町の中、その裏路地にガラの悪い女が一人でたたずんでいた。少しすると、もう一人ガラの悪い女が颯爽と走ってき、女の前で足を止めた。


「ヤン、殺人鬼の情報は何かつかめたかい?」


「いえ姉御、聞き込みをしてきたのですが情報は全くなかったです」


 女たちはこう見えてもここらでは有名な『紅組』という名の義賊だ。たたずんでいたのがサド、走ってきたのがヤンだ。


 ヤンは朝から市場や貧民街など、多くの場所で殺人鬼について話を知っているか聞き込みをしていたようだが、収穫はゼロだったようだ。


「そうかい……ありがとうね、ヤン」


「いえ姉御……なにも収穫がなくてすいませんでした!」


 ヤンは自分の力なさを呪うように俯いた後、続けて「では、行きましょうか」と言った。


 サドはそれにうなづき、二人はハルモニア王国、安らぎの町レンタメンテにある唯一の墓地へと向かった。


 墓地は二人がいた路地裏からかなり歩いたところにある。


 二人は墓地に辿り着いた後、目当ての墓を探した。その墓は、レンタメンテの領主の城がある湖を背景にし、堂々と佇む、美しい墓であった。


 その前にサドは立ち、今は亡き死者に話しかけるように優しい声で「ごめんよ、婆さん、まだ仇討ちはできないようだよ、でも、いつか必ず果たしてみせるよ、だから、婆さんはそこで見ていてくれ」と、墓に向かって、復讐を宣言した。


 後ろにいるヤンも、涙が出そうな顔で墓を見つめていた。必ず果たそうと誓って。


「あ!サド姉ちゃんにヤン姉ちゃん!!」


 不意に、後ろから少女の声が聞こえた。

 振り向くと、そこにいたのは八歳くらいの少女で、手にはセンブリの花を持っている、恐らく、二人が今しがたまで語り掛けていた墓にお供えに来たのだろう。


 そう、この墓には、目の前にいる少女、ジュリアのお婆さんが眠っているのだ。


 ジュリアはパン屋の一人娘で、お婆ちゃんによく懐く、所謂お婆ちゃんっ子だった。お母さんやお父さんはパン屋の経営で朝から夜まで忙しく、あまりジュリアにかまってあげられなかったそうだ。


 その間、ジュリアの相手をしていたのがこのお婆さんだった。


 少女は、二人を見つけると、嬉しそうに走ってきて、笑顔で「お婆ちゃんに会いに来たんですか?」と二人に問いかけた。


 サドはそんな少女を見て、(気丈な子だな)と感じた。


 お婆さんが、亡くなってからもうすぐ一か月がたつ、なのに、あの忌々しい殺人鬼は、お婆さんを殺した後、何も動きがない。


 そう、殺人鬼事件の一番最新の被害者が、このお婆さんなのだ。まあ、死体が残っていないだけでどこかで事件が起こっている可能性もなくもないが……それは割愛してほしい。


 彼女のお婆さんが殺された日、お婆さんは朝はやく、ジュリアの誕生日を祝うため、ケーキの材料を市場に買いに行く、と言ったきり、帰ってこなかったそうだ。


 それもそのはず、お婆さんは市場にたどり着く前に近道をしようと裏路地を通り、そこを殺人鬼に襲われていたのだ。


 そこをたまたま通りかかった『紅組』が発見した。


 殺人鬼は二人が来るなり食べかけの死体を放置して逃げ出した。


 死体は四肢と下半身がなくなっていたが、唐牛で顔が残っていたため、その死体はお婆さんだと判断することができたのだ。


 サドはその時のことを思い出しながら、ジュリアに「ああ、ジュリアと同じで、お婆さんに会いに来たんだよ」と言った。


 それを聞くと、ジュリアは墓の前に立ち「お婆ちゃんも、きっと喜んでいると思います」と背中越しにそう言い、墓にセンブリの花を供えた。


 サドはその様子を見て、”必ず殺人鬼を探し出して殺してやる”という気持ちを心の中でもう一度固く誓った。


『紅組』の二人は、殺人鬼事件でお婆さんを発見する前からお婆さんやジュリアと顔見知りだった。

 というのも、ジュリアの親が経営するパン屋を二人はよく利用していたのだ。


 ジュリアとお婆さんは、店の裏側にあるバルコニーでいつも遊んでいた。パンを買ってからそこに行くのが、二人のひそかな楽しみでもあった。


 お婆さんはとてもいい人だった。

 ジュリアは二人をお姉ちゃんと呼び、慕ってくれていた。そんな子の大事な人を奪っておいて、のうのうと生きている殺人鬼を二人は許せなかった。


「絶対に……見つけ出してやる……待ってろよ……殺人鬼……!」


「――?サド姉ちゃん、今なんか言った?」


「いや、ただの独り言さね」


「独り言?変なのー」


 サドはジュリアの頭をなで、その後すぐに「ヤン、行くよ」とヤンを呼びかけ、墓の前から離れた。


 墓の入り口を出てくるころに後ろから泣き声が聞こえた。これは、ジュリアの声だ。


「本当に、気丈な子だね」

「ですね」


 二人はジュリアの泣き声を背に、再び殺人鬼を探すために町に繰り出した。


 ◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆


 ーーー@レンタメンテのどこかーーー


 バリッ!ムシャ!路地裏に肉が引きちぎれ、血が流れ、そして租借音が聞こえていた。


 食べられているのはまだ若い男性だった、ものだ。というのも、もうすでに足しかなくなっているが。


 それを食べているのは、白いローブに身を包み、口を血でいっぱいに汚した男であった。


 食べているものが何かの料理で口についているのがソースならば、残酷だとは思わない。これを残酷だと思ってしまうのはこのソースが血であり、その血が人間のもので、食べられているのが人間だという事実だ。


 彼はこう思っている。


「なんで……人肉を食べちゃいけないんだろうなぁ」


 しまった、口に出てしまった。


 と、彼は思ったが、ここは人気(ひとけ)のない裏路地、誰もこんなところまでやってこない。何回かやらかしてしまい、バレたこともあったが、今日はバレない自信があった。そう、彼の勘が言っていた。


 彼にとって、血とは、どんな高級な料理のソースよりも美味なもので、人肉とは最高級の肉料理よりもうまいものだった。


 そして、彼はこうも思っている。


「なんで人間は自分たちが食べられないと思っている?なぜ人間の命を奪えば罪を受けなければならない?なんで他の生き物は抵抗もなく殺せる?」


 おっと、また声に出してしまった。

 だが、ここには誰も来ない。まあいいか、と彼は気にも留めない様子で、


「それは同族が殺されるという行為がッ!生き物として嫌悪するからだ!身の毛がよだつからだ!自分たちじゃなければどうだっていいからだ!」と言い、彼は両手を広げ「結局、生き物は自分さえ、自分たちさえよければそれでいい……そういうなるようにできているんだ。だからあんなにも残酷になれる!」


 声を出しすぎてしまったか……と一瞬思ったが、彼は気にも留めない様子で最後の肉をほおばり、骨を残して人間を食べきった。


「ごちそうさまでした、はぁ、今日はもうお腹いっぱいだな……もう寝ようかなぁ……」


 と、彼は幸せそうな顔で呟いた。

 彼はそのまま、闇に溶けるように路地裏の奥へと歩いて行った。


「ほら、君の大好きな骨は残したよ、残さずにお食べ」


 彼がそう呟くと、シュルシュルと音を立て、得体のしれない何かが闇にうごめいていた。

〈次回予告〉

ホーガン・ナゲを倒したユーマ、そして、報連相が全くできていなかった無能、ミグル、そんな彼らは、狂った状態のユーマを連れて町へと戻る。はたして、ユーマは治るのか!!

次回!『傷の深さ』

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