7.始めての
檳榔子染 #433d3c
千歳茶 #494a41
黒紅 #302833
海松茶 #5a544b
「よし、というわけでガスパル!光化はもういいから俺でも使える装備を見繕ってくれ!頼む!」
「おいユーマ!朝から騒がしい!こちとらまだ寝起きなんだよ!」
俺はまたガスパルの防具屋に来ていた。
時刻はまだ朝の六時ごろ、俺は市場すらも開かれていないこの時間に、どうしても装備を整えなければいかなくなった。
理由は装備屋の中で装備を眺めているこの人たち、『英霊の影』にある。
時間をさかのぼること昨日の夜中。
俺が『英霊の影』の拠点である、『陽炎の住処』にいた時だった。
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆
「というわけで、クエストを決めるでやんすよー!」
ドサッ!と、書類が机の上に勢い良く置かれる音が鳴り、俺たちが囲んだ机の上にクエスト募集の書類が何十枚も置かれた。
後から聞いた話だが、冒険者ギルドに所属しているパーティーが拠点を持つと、わざわざ冒険者ギルドへ足を運ぶ必要があまりないため、このようにクエスト募集の紙を配布しているのだとかなんとか……
そしてすごいことに、この書類は全てに魔法が付与されているらしい。
書類の真ん中が光り輝いているが、これがその魔法の効果のようだ。この魔法はクエストの達成状況をリアルタイムで知ることができるようで、この光が赤いと未達成、青いと達成済みだそうだ。
「これとかいいんじゃないか?ユーマはまだ初心者だ。あまり難易度の高いクエストは避けたほうがいいだろう」
そう言ってダイドが持っている書類をミグルに見せた。
ちらりとだけ見えたのだが、それは『パヤパヤ』と呼ばれるモンスターのようだ。
だが、ミグルはそれを見て、「これはちょっと早いかもしれないでやんすね」と言ってダイドの提案を拒否した。
(『パヤパヤ』ってモンスターはそんなに強いのかな?)
なんにせよクエストを選ばなければならない。俺も自分で探してみたほうがいいだろう。
「えっと……こっちが『スライム』で、これが『ゴブリン』、あ、これ『魔犬』のクエストじゃん、やめた方がいいな、もうあれはしばらく会いたくない……」
そう呟きながら俺は書類をまた読み進めた。
すると、今度はカリカルパが「これいいんじゃないですか?」と言ってミグルにとある書類を見せていた。
それを見ると、ミグルはうなづいて「そうでやんすね、これにするでやんす」と言って受注するクエストを決めていた。
「あの、カリカルパさん、なんのクエストの選んだんですか?」
俺はなんのクエストを受注するのか見えなかったためカリカルパに聞いてみることにした。
「はは、僕はさん付けしなくてもいいですよ、ユーマさん、それで、なんのクエストを受注したかでしたね、それは……もごっ!」
なんのクエストを受けるのかが聞ける重要な場所で、カリカルパはミグルに口を押えられて俺は話を聞くことができなかった。
ミグルがカリカルパの口から手を離すと、彼は「ぷはっ!いきなり何するんですかミグル」と少し怒ったような口調でそう答えた。
すると、ミグルは「今は隠しておくでやんす」と言い、なんのクエストを受注するのか教えてくれなかった。
(……なんで教えてくれないの?)
そして、明日の朝、すなわち今、町を出てクエストに行くため、朝早くからガスパルの装備屋で装備を整えようとしている、というわけだ。
ガスパルは昨日、俺を店から追い出したが、光化しに来たわけじゃないと伝えると、欠伸をしながら店の中に入れてくれた。
「で、ユーマでも使える装備だったな、どれ、筋肉見せてみろ」
ガスパルはそう言って俺の腕を持ち上げた。
「………なんだ?こりゃ、いくらなんでもひょろひょろのひょろがり過ぎるだろ、ユーマ、お前飯ちゃんと食ってるか?」
「いや食べてますよ食べては、未熟児ではないですからね、でもひょろいか…………やっぱひょろいですよね……でもこれでも俺、バスケやってたから筋肉はつけてたつもりだったんだけどな……」
俺は前の世界ではバスケをしていた、故に毎日筋トレをしていたが……これでも少ないらしい。
ガスパルは筋肉が少ないと言われて俺が納得がいってないことに気づいたのか、一本の剣を持ってきて、「ユーマ、一度表にこい」と言い、俺はガスパルとともに店の外に出た。
店の外に出るなりガスパルは「ちょっとこれ振ってみろ」と言って俺に剣を渡してきた。
「えっと……ふんっ!なん…………っだこれ!おっも!何これ!?重すぎない!?」
俺がそう言って剣を持っていると、いつの間にかミグルとカリカルパがこちらを見ていた。
「頑張ってくださーい、ユーマさーん」
「ぷぷぷ、もしかして剣も触れないんでやんすかぁ?」
(うん、カリカルパは激励だったけどミグルは違うな、後で怒ろう)と思いながら俺は剣を振った。
「はぁっ!」
シュッ!と風を切るような音が鳴り、俺が振った剣撃が地面に刺さっていた。
「はぁ……はぁ……どんな……もんだい…………うおっとと!」
俺が重い剣を地面に刺すと、その柄を持っている俺が剣に力で負けて、バランスを崩した。
(やっぱりそうなるよな……)
これはアニメや小説で見る異世界系なんかじゃない、現実だ。あんな努力もしてないのにいろんな武器を扱える超人なんて空想のお話だ。ご都合主義と言うやつだ。
まあ、だからこそそれに憧れる人がいるのかもしれないけどな。主にオタとかが、とはいっても……剣が使えないとなればやっぱあれだよな……
「ガスパル、ナイフと俺に合いそうな装備を見繕ってくれ、予算は銀貨10枚だ」
「ああ、わかった」
(俺は……賊とか言ってないでこの世界で俺でも使える武器を極めるべきだろう。)
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆
――ハルモニア王国@レンタメンテ・南門・町側――
「というわけで、この門を抜けた先が、今回のクエスト対象の住処となっている森でやんす!」
そう言ってミグルが南門の奥に広がる草原のまたさらに少し奥に位置する森を指さしていた。
(目的地が森であることだけは事前にミグルが教えてくれたからな。…………でもほんとになんで討伐対象を教えてくれなかったんだろ。)
俺はそんなことを考えながら、新しく買ったナイフを持ってミグルが指さした場所を見つめていた。
「ユーマさん、もしかしてちょっと緊張してますか?」
俺が森を見つめていると、カリカルパがそう聞いてきた。
俺は、「大丈夫だ、心配してくれてありがとう」と言って、深呼吸をした。
正直言って、カリカルパが言うように俺は緊張していた。やはり、先の魔犬騒動が原因の一つと言えるだろう。
だが、俺は自分で町の外にクエストに行くと決めたのだ。…………やっぱ訂正、ミグルが俺を町に連れ出した原因かもしれない。
まあそれはさておき、俺は装備に身を包んだ『英霊の影』のメンバーとともに南門前にいた。
皆の装備は使い古されているのか、少し汚れている。だが、俺の装備は今日買ったため、まだ綺麗だ。
俺が今着ている服は、こっちの世界に来てからずっと着ていた白パーカーにデニムではなく、動きやすい軽装になっている。
軽装の基本色は檳榔子染だ、体にフィットする柔らかい生地で作られたこの服は、無駄なふくらみがない。長袖長ズボンなのは、怪我をしたときに生だと傷が深くなるからだそうだ。この服は上下が繋がってる。
檳榔子染に少し千歳茶のラインが右左の四肢を沿うようなデザインで少しおしゃれに作られている。軽装の基本色は黒紅だ。ボタンは鷹を模したフェイクカーディガンが付属していて、取り外し可能だが今は着けている。
腰にはなにの革かはわからないが革で作られたベルトが巻いてあり、そこに六本のナイフが革の鞘にしまってある。靴もなんの革かわからない革靴だ。
これで銀貨10枚分なのか、いや違う。なんと、この服全部にエンチャント……すなわち魔法が付与されているらしい。
まずは軽装、この軽装は動きやすく軽いが、なんと土属性の魔法が付与されているらしい。
軽装はどうしても攻撃を食らったときのダメージが大きくなってしまう。故に土属性の守りをかけておくことで少しダメージを減らせるらしい。
ちなみに、防御魔法を付与するとカッチカチになるそうだ。
そして黒紅のフェイクカーディガンと革靴、それと、海松茶色の革手袋、これらは三個とも風属性の魔法が付与されているらしい。
フェイクカーディガンはつけていることで風を纏うことができるらしいが、特に利便性はない。そして革靴、これには移動速度をUPする効果がついているらしい。こっちは利便性にあふれているな。
最後に革手袋、これは、指先から弱い風を出すことができるらしい、射程10cmと短いが……。
そしてナイフは炎、水、風、雷、土の属性が付与されているのと属性が付与されていないナイフが一本で、計六本だ。
プラスで回復ポーションと魔力回復ポーションをそれぞれ三本づつ携えている。
俺はこの装備で今日、クエストに行くことになる。ちなみに、俺のパーカーとデニムはガスパルに一度預かってもらって、戻ってきた後に回収する予定だ。
「ユーマ!そろそろ行くよー!」
リアナが俺のことを呼んでいる、よく見れば、先ほどまで隣にいたカリカルパやダイドも向こうにいる。
「はい!今行きます!」
よし、気合入れていこう!
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆
――@町の外・草原――
「はぁっ!!」
ドボコッ!ものが殴られるような音ともにその殴られたものが液状になり、破裂した。そう、これはスライムである。そしてこれを実行したのは……
「スライムは程度のいいサンドバックになっていいな」
ダイド・スカリゲル、その人である。ダイドは持っている斧を背中に背負い、意気揚々と草を食んでいるスライムのもとへ走っていく。スライムだから斧使わないが、筋トレになるらしい。
それに負けじとスライムを討伐しているのが……
「ダイド!私の分のスライムも残しておいてね!」
リアナ・サビーナである。アタッカーはやはり血の気が多いのか……と思いながら俺は木にもたれながらそう考えていた。
ミグルは地面に寝転がり、手を枕にして青空を見ている。天気いいですよね。
そして、少し離れたところではカリカルパが薬草を採取するのに夢中になっている。
「こっちは普通の薬草……えっ!パナシア!?なんでこんなところに!?ああ、僕はなんて幸運なんだろう……」
カリカルパはどうやらパナシアという名前の薬草を見つけたようだ。カリカルパの反応から察するに、かなりレアな薬草のようだ。
そして最後はクレスだが……
「ス・ラ・イ・ム・ちゃーん、怖くないからね、痛くないからねぇ、うふふ」
クレスはまるで別人のようにスライムをいじ……ではなく、実験していた。
前に冒険者ギルド加入者試験を受けたとき、スライムは殴打以外は効かないと聞いた。それをどうにかして攻撃が通るようにするため、クレスは実験をしているらしい。
さて、これはどうしたものか……
俺は今回のクエストの討伐対象がなんなのかはミグルが教えてくれなかったせいでわからない。だが、その対象が奥にある森にあることだけはわかる。
だが、町を出てはや二時間、俺たちはずっと森に入らずに草原にいる。
魔石を所持していないおかげで魔犬の群れなどは襲って来たりはしないが外は外。
危険なモンスターが蔓延っているのにも関わらず、二時間もだ。
俺ですら既にスライムを十二体は倒した。ましてやダイドやリアナは俺の何倍もスライムを討伐しているだろう。
それに加えてミグルだ。
(なぜこんなに野外ですやすやと眠っていられる?無防備すぎないか?)
そんなことを考えながら、日の光を浴びた俺は、少しうとうとしていた。
(やべえ、ちょっと俺も眠くなってきた。これじゃ俺もミグルのこと言ってられねえな。)
それからまた一時間がたち、未だに草原にいる。
そろそろ俺も危機感を持ち、とりあえずミグルを起こすことにした。
俺はミグルの方を揺さぶりながら、「おーい、起きろー!アホリーダー!」と言った。
すると、すぐさまミグルは飛ぶように起き、「誰がアホでやんすか!!」とキレながら辺りを少し見渡した後、すぐに現状を思い出したようで、寝癖をちゃちゃっと直して俺に「ここに来てからどれくらいたったでやんすか?」と聞いてきた。
さっきスマホで確認したが、今はこの草原に来てから三時間だ。俺はミグルに「ここに来てからもう三時間くらいたってるけど……」と言った。
(ってか、異世界じゃスマホは時間確認以外使い道ねえな。)
と思いながら俺がミグルの返答を待っていると、「そろそろいい時間でやんすね……」とつぶやいた後、すぐさま「みんな―!そろそろいくでやんすよー!」と言ってみんなを呼んだ。
五分後にはみんな荷物をまとめてミグルが寝ていた木の下に集まっていた。
「そろそろいいくらいの時間でやんすから森に行くでやんすよ!」
と、ミグルがいい、俺の中に一つの疑問が生まれた。
「なあミグル、もしかしてその討伐対象って昼にしか現れないとかそういう特徴があるのか?」
そう、もしかしたら今回の討伐対象は出てくる時間に縛りがあるモンスターなのかもしれないと思ったのだ。
俺がそう問うとミグルは「全然違うでやんすよ?」と、笑顔で答えた。
・・・
「えっ?違うの!?ならなんでこんなに待ったんだよ?」
「それは草原でやりたいことがみんなあったからでやんすよ?」
ミグルは当然のことのようにそう言った。
まあ俺はパーティーに急遽参加させてもらっている身だ。パーティーの在り方にとやかく言える立場ではない。
「さいですか……」
そう呟き、俺はこのことについて考えるのをやめた。
森に向かう直前、「まあ……お昼の方が出てきやすいでやんすからね……」と、ミグルがつぶやいたのを聞いていたのは、クレスだけであった。
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆
俺たちが草原をたってから、既に10分が経過しようとしたころ、ようやく今回の目的地である森に入るところまでたどり着いた。
ちなみに、普通に町からここまで来るだけなら歩いても30分くらいでつける。
森を少し奥に行くと、丘があり、その下は崖となっている。森の地形を大雑把に説明すると、町の西側から東側を薄く覆うように伸びている、前回冒険者ギルド加入試験で森を通った時は、端っこの方を通ったため、このようにthe森をこの世界で見るのは初めてだ。
そして森ということは木、木があるということはモンスターが隠れられる場所がどこにでもある、いわばモンスターが四方八方のどこからでも襲い掛かれる状況なのだ。
この森はここらではかなり危険な場所らしい、あと、クエストを決める時に一瞬だけ話に出た『パヤパヤ』というモンスターも、この森の奥の方に生息しているらしいが、今回は俺が初心者のため、比較的森の浅いほうに生息するモンスターを選んでくれたらしい。感謝感謝。
「でさ、ミグル、森に来たんだからそろそろ討伐対象教えてくれてもよくない?」
「だめでやんす、それは見てからのお楽しみってやつでやんす」
(こいつ……そろそろ教えてくれないと対策が取れないんだが……まあ知らないモンスターだったら対策は不可能なのだが……)
俺の予想は初心者の俺のために選んでくれたモンスターらしいので『ゴブリン』や『コボルト』あたりだと思っている。
(……これで魔犬だったら最悪だな……)
と、そんなことを考えていると、不意にミグルが「よかったでやんすね、森に入る前からお出迎えでやんすよ」と背中越しにそう言った。瞬間、ドゴッ!と音が鳴り、"なにか"がダイドに直撃していた。
ダイドに体当たりした”それ”はダイドがドッチボールのボールを受け止める時のように受け止めていたが、”それ”はミシュミシュ……という音を立てて逃げるのではなく、ダイドのみぞおちに深く入り込み、ダイドが苦しくなったところでダイドのもとから逃げ出すことに成功していた。
「なあミグル……まさか”これ”が今回の討伐対象か?」
「ああそうでやんすよ、でも、これだけじゃないでやんすよ、こいつの本体を始末しなければこいつは殺せないでやんす」
俺は”それ”をみて「はは……」と力なく笑った。
だって、そこにいたのは『ゴブリン』でも『コボルト』でも、ましてや『魔犬』でもなく……
「これ……”鉄球”……だよ……な?」
そこにいたのは、漆黒の体を昼過ぎのギラギラ輝く太陽の光を利用して光らせ、顔のようなものが彫られているが、まぐれもなく鉄球であった。
鉄球は目であろう部位を悪魔のように吊り上げ、こちらを見ている。
どうやらこの鉄球は好戦的なようだ。
「ミグル……こいつの討伐方法を教えてくれ……ってええ!?」
よく見ると、ミグルたちはいつの間にか俺の周りからいなくなっていた。
「はっ!?くそっ!!なんでだ!?」
俺がそう叫ぶと、それに反応するように鉄球が俺に向かって体当たりをしてきた。
「――っっ!!危ねえ!!」
俺はそれを間一髪でよけ……「おわっ!!」られなかった。いや、実際鉄球の体当たりをよけることに成功したのだ。
成功したのだが……鉄球がバウンドして跳ね返ったため、俺の腰に当たったのだ。
鉄球は体当たりをして地面に着地した後、間髪入れずに方向転換をして倒れている俺にもう一度体当たりをしてきた。
その体当たりは、俺の尻にあたった。その衝撃により、俺の体は吹き飛ばされ、木に打ち付けられることになる。
「――……くそっ!くそっ!!畜生が!!なんでだよ……なんでなんだよ……」
尻がジンジンと痛みを伝える。痛い、痛すぎる。
「はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……やめっ!やめろっ!近寄るな!!」
いつの間にか息が上がって過呼吸になっている。
落ち着け……落ち着け……落ち着け……落ち着いて……られない。
目の前にいる鉄球が俺をにらみつけるせいで落ち着くことができない……
鉄球が止まっているように見える……はは、笑えない……
「逃げなきゃ……逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ……やられる!!」
俺はそう思い、すぐさま立ち上がった。
するとすぐさま鉄球が俺の腹めがけて体当たりをしてきた。
「――!!ぼかほっ!」
吐血こそしなかったが、かなり涎が出てしまった。
「なん……っでぎゅうに……さっぎまで……大人しかったのに……」
俺はそう悪態をつき、すぐさま逃げ出した。
「はっ……はっ……――!!嘘……だろ……?」
鉄球から逃げ出した100mほどした先にあるそれは、白色に光る5mを超える柵であった。少し電流のようなものが流れているように感じる、恐らく雷属性の魔法が纏ってあるのだろう。
「なんで急に!!はっ!…………くそっ!!……あいつらか……」
少し絡みがうざいが、悪い印象は持っていなかったミグル、そしてその一行、あいつらがやったに違いない。俺は、あいつらに裏切られたのだ。
なんで、なんでだ、どこが悪かったのか。何があいつらの気に障ったのか。そんなことだけが頭の中を駆け巡る。
「――!!!」
だが、そんな俺を鉄球は待ってくれない。いつの間にか追いついた鉄球が俺めがけてまた体当たりをしてきた。
「何度もそう当たるかよ!!」
俺はそれを身をひるがえしてよけたが、また鉄球はバウンドして俺に攻撃を当ててくる。同じ攻撃なのにまた当たっている。
「くそがっ!!」
俺はまた悪態をつけながら敗走した。
「柵は……あそこだけのはずだ……どこか……どこかに抜け穴は……!!」
俺は一縷の希望にすがりながら抜け穴を探した。森を一周するくらいに、だが……
「はは……これは本当に笑えないな……まさか………………"森全体が柵に覆われている"なんてな……」
俺は悪態をつく元気もなく、力なく木にもたれかかり、座った。
ドンッ、ドンッ、と、鉄球の動く音がする。直に俺を発見し、体当たりをしてくるだろう。
「はぁ……」
俺はもう動く元気もない。
柵の抜け道を探す間に右足と背中……肋骨辺りを多分おられてる。
俺にはチート能力持ちの異世界転生者と違い、チート能力もご高潔な理想すらも持っていない。
「だからって……何も変わらないがな……」
でも……
「俺はこの世界で生き延びるって決めたんだよ……」
それも、もう直にかなわなくなりそうだ。
いや……
「あれ?まてよ……なぜ俺はあの鉄球から逃げようとしていた……いや、なぜ戦おうとしてない……?」
単純な話だった。なぜ俺は逃げようとしたのだ、俺には武器があるじゃないか、戦えるじゃないか、魔犬の時はやむを得ない撤退だったため逃げたが、今は状況が違う、”戦う”この選択肢を完全に見失っていた。
「あいつを倒せば、俺は生き残れる、逆に俺がやられれば、あいつは生き残る、これは、そういう命のやり取りだ」
チート能力がなくても戦える、そうだ、戦える。戦えないわけじゃない。覚悟ができていなかったんだ……
(あんなやつに……殺されてたまるか。)
「やるっきゃ……ねえよな……」
そう呟いて立ち上がり、俺は覚悟を決めた。俺は、未だに俺を探している鉄球の前に出て、真正面から鉄球に向かい合った。
「こいよ、鉄野郎」
挑発が届いたのか届いていないのか、それはわからないが、鉄球は俺に向かって体当たりをしてきた。
「よし!よけて……からの!!」
ジャギン!鉄と鉄がぶつから音がなり、ナイフがバウンドして跳ね返ってきた卓球を食い止める。
俺が、体当たりをしてくる鉄球をすれすれでよけ、土属性の魔法が付与されているナイフを振り下ろしたのだ。
(なんだ、やればできるじゃないか。)
おかげで鉄球をよけた後に来るあの一撃を当てられずに済んだ。なら次だ。
俺はすぐさま茂みに飛び込んだ。鉄球も俺を追うために茂みの中に飛び込んでくる。
鉄球は俺を追いながら茂みを抜けた。この間約一分。
だが、そこには俺はいない。鉄球は俺を見失ったのだ。
「――?――……」
鉄球はキョロキョロと辺りを見渡す。おそらく、ユーマがまだ近くにいると思ってのことだろう。
コロン……鉄球の近くから木の棒が落ちる音が聞こえる。
鉄球をすぐさまその音の発生源へと転がっていった。その顔は少し喜んでいるようにも見える。
鉄球が音の発生源にたどり着くと、そこにはポッキリと折れている木の棒があった。
この近くにユーマがいると判断したのだろう。
鉄球はすぐさま近くを見渡した。だが、鉄球が見ていたのは、地面だけだ。
「なあ鉄球」
俺がそう呟くと鉄球は物凄いはやさでキョロキョロと周りを見渡している。
だが、そこには俺はいない。俺がいるのはお前の上だ。
「お前の敗因は、お前が狩る側だと勘違いしてたことだぜ」
(いや、まああながち勘違いではないかもな。)
「どうだ鉄球、狩られる側の気分はよ!」
俺はそう言った瞬間、5mもある木の上から飛び降りた。今日買った新しい装備が風によって靡いている。
「ウィース・マキシマム!!!」
俺が落下しながらそう唱えると、右手に黒い光と赤い光、そして緑の光が纏われた。なんだか、鉄球が止まって見える。
俺は鉄球に全力の一撃を放った。
鉄球はドゴォォォォォォン!と音を立てて地面に埋まった。パラパラと吹き飛んだ砂が舞う。
「――っっ」
俺は無言で埋まっている鉄球に触れている右手を話した。
そして……
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
涙目になりながらそう叫んだ。
「痛い痛い痛い…………ふーふーふー、じゃなくて回復ポーション」
俺はまだ健在な左手で回復ポーションを取り出し、それをごくごくと飲み干した。
「っ……っ……ぷはーっ、やっぱこれすげえわ」
回復ポーションを使うのは今日二回目だ。一個目はさっき鉄球をおびき寄せているときに飲み干した。
(全身がかなり損傷してたからな。)
この世界では回復ポーションは飲んだ後ビンが消える。エコだな。
「でも……使えた……ウィース・マキシマム」
前回は無我夢中で放ったから使えたが、今回も使えるとは限らなかった。使えなかったら今頃土に埋まっていたのは俺だっただろう。
俺はそのまま魔力回復ポーションも飲んだ。さっきのでかなり魔力を消費したからな。ちなみに、魔力回復ポーションはあと二本ある。
これでも魔力の消費は前に使った時よりも少ないのだ。前は無詠唱で魔法を放ったため、魔力の制御ができず、全魔力を消費したが、今回はちゃんと詠唱という手順を踏んでいる、故にかなりの魔力を使ったが、動けないほどではない。
前回のウィース・マキシマムと比べるのを例えるならば、魔力を水として考えると、無詠唱魔法が弾けたペットボトルで、詠唱有りが頑丈な水筒ってところかな。
俺はそんなことを考えながらポーションを飲んで、体力も魔力も回復させ、すぐに鉄球を見た。
「――!――!!」
鉄球は地面から抜け出そうとしているが、一向に抜ける気配がない。これなら当分は襲ってこないだろう。ならその前にやってしまえばいいのだが……
「ウィース・マキシマムでもやれないってなると他に打つ手がないっていうか……それに柵もまだ残ってるし……」
俺はそう言いながらいまだ健在な柵を見た。
「でもこのままじゃいつかこいつが起き上がりそうなんだよな……はぁ……どうしたものかな……」
「ふぅ……」と、息をついて俺は『英霊の影』のメンバーを思い浮かべていた。
昼まではよかった印象も、今では最悪、ゼロを超えてマイナスと言ったところか……
「生きて帰ったらまずはあいつらのしたことをギルドに告発してやる」
「覚えてろよ……」と殺気を駄々洩れにして俺は今の状況を整理することにした。
俺は『英霊の影』のメンバーとクエスト受けるため、この森に来た。で、モンスターの襲撃に合った瞬間『英霊の影』の裏切りを受け、鉄球と一対一、鉄球を地面にのめりこませ、時間を稼ぐ。
俺が考え込んでいると不意に水が流れる音が聞こえた。
「こういうところだけ異世界してるんだよな……」
だがご都合主義は好都合だ。
俺が水の音が聞こえたほうに移動すると、そこには想像通り、川があった。
そこで一番大きい石、全長約50cmの大石を持って鉄球のそばにもっていき……
「うおおおりゃあああ!!!」
俺は勢いよくその岩を鉄球にぶつけた。
が、そううまくいくはずもなく、また鉄球が地面にめり込むだけだった。
「それにしても、やっぱり”そう”……なのか?」
鉄球は絶命しなかったが、一つ、あることに確信を持つことができた。
それは……
「やっぱこの世界、重力が前の世界より弱いな」
話は少し前にさかのぼる。
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆
「はぁ……はぁ……はぁ……」
それは、俺が荒い息を吐きながら俺は鉄球を呼び寄せているときだった。
「はぁ……はぁ……はぁ!」
俺はその時、木に登ろうとしていた。
だが、回復ポーションを使って回復したとはいえ、気力までは回復していない。
前の世界で木登りをたまにしていたが、それは余裕があるときのこと。
「届け!!」
俺はいつも通りジャンプをしてから木に登ろうとしていた。
その時だった。
「え……」
俺が跳躍すると、いつもは50cmほどしか飛べないのに、今日は3mほど飛ぶことができた。
(急になんで?)
そう思ったが、俺はそのまま木の上に登り切った。そして、まんまと来やがった鉄球をウィース・マキシマムでぶちのめしたのだ。
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆
それに加えて50cmほどある大石も持ち上げることができた。
これは、重力が弱いという証拠だろう。
異世界アニメや小説を見るときによく思うことがあった。
「なんで異世界の住人はこんなに身体能力が高いのだろう」と。
だがそれは重力が弱いのだとしたら、すべてに説明がつく、重力が強ければ体の重さが軽くなる、つまり、体が動かしやすいということに直結する。
「ま、それがわかったところで今はいいや」
一つこの世界について分かったことは喜ばしいことのなのだが、今はそんなことよりこの鉄球だ。
鉄球はまだ抜け出そうと地面と格闘している。
「えいえいえい」
俺は三回連続で岩をたたきつけ、鉄球を地面の奥に押し返しておく。
鉄球は俺のウィース・マキシマムを食らい、岩で何度も打ち付けられている、鉄球のあちこちもへこんでいる。なのにまだ絶命しそうにない。
「なにか条件があるのか?なにか…………あ」
『ああそうでやんすよ、でも、これだけじゃないでやんすよ、こいつの本体を始末しなければこいつは殺せないでやんす』
俺の頭の中に、あの忌々しいミグルが去り際にはなったセリフが今になって頭の中が駆け巡った。
「こいつの本体を始末しなければ……いけない……こいつってのはこの鉄球のことだよな……ってことは」
(どこかに……この森のどこかに……こいつの本体がいる!!)
「はは、最初の敵にしては属性もりもりだな」
俺はぼやきながら鉄球の本体を探すため、森の探索を開始した。
〈次回予告〉
ミグルたちに森の中に閉じ込められたユーマは鉄球のモンスターの討伐をするため、戦うことを選んだ。だがそれは、決して楽な道ではなく…
次回!『狂乱』