3.冒険者ギルド加入試験
「えっと、はじめまして……じゃなくて私、あなたと一度、会ってるよね?」
俺にそう聞いたのはアリスである。
(お、俺のこと覚えてくれてたのか、嬉しいな。)
5日ぶりに会う彼女はあの時の服装と同じではなく、今は病人のような服を着ている。ピンク色の髪の毛は束ねていなく、ロングの状態になっていた。
「ああ、俺はアリスに5日前命を助けてもらってて、その時に一度会ってる、少し遅れたが……アリス、あの時は本当にありがとう」
俺がお礼を言うと、アリスは照れくさそうに「どういたしまして」と言う。
「私の名前は……もう知っているよね?一応私の口から紹介させてもらうけど、私の名前はアリス、ラルヴァ・アリスよ、よろしくね」
「よろしく」
「あなたの名前は……確か、さっき聞いた名前だと……シトウ・ユーマでいいのよね?…………まさか芸名だったなんて今更言わないよね?」
「ああ、俺の名前はシトウ・ユーマだ。決して芸名ではない」
俺が言うと、アリスは「へぇ〜」と頷き、「芸名じゃなかったんだ……でも、本名にしても少し変わった名前だね」と言った。
「変わってるって……言っとくけど俺以外の人にそんなこと言ったら結構傷つくと思うぜ、まあ異世界人の名前が変だと感じるのは当たり前って言ったら当たり前か?うーん……そこんとこあんまわかんねぇな……」
俺はうんうん唸る。
「いせかい人?ユーマは”いせかい”って国から来たの?」
「え?」
(なぜそうなった?いやまてそう来るか……こういう場合は肯定しておくか?そうだな、急に異世界なんて言っても信用できないと思うし、それに俺は多分異世界アニメ的なものだったら主人公ポジのはず!迂闊に異世界のことは話さないほうがいいと思う…………よし、そういうことにしておこう。)
「あ……ああそうだ、俺は”いせかい”って国から来た」
「ふーむ……ちーにゃは一度世界地図を見たことがあるのですが……”いせかい”なんて名前の国はなかったような気がするのですが……」
(余計なことは言うなよ!!ちーにゃさん!!くそぅ……これは大人しく『異世界から来ました!』と言うのが正解なのか?だが、異世界からきた人間は異世界から来たことを隠すのが定石……ああ!くそ!選べない!もういっそこの場から逃げ出したい!それか穴に入りたい!!)
俺はいろいろ考えた末に「俺の故郷は東の辺境にある小さな島国なんだ……」と言う異世界に来た人御用達セリフ”故郷は東の島国”を使い、なんとかその場を乗り切った。
ちーにゃも納得はしていないようだったが、「そうなのですか……」とつぶやいてからはらそれ以上言及してくることはなかった。
「さあ、ということでお金も稼いだし!冒険者ギルドに加入しに行こう!」
そう言って俺は半ば話をそらすように、ちーにゃとアリスの二人に大道芸の最中にもらったおひねりを見せた。
「確か冒険者ギルドの加入試験の試験費用は銅貨十枚だったよな?これで足りるか?」
俺がそう言ってお金を見せると、ちーにゃは「いや……こんなの足りるレベルじゃないですよ、これくらいのお金があれば三か月は遊んで暮らせますよ……」と言っていた。
「え?そんな大金なの?これ」
そう言って俺は今あるお金を数えた。
「えっと……多分これが銅貨…………かな?銅貨が四六枚……で、銀貨が九枚、え!?金貨もある!!金貨は……二枚!!おお!すげぇ!!おあぶっ!」
俺が自力で稼いだお金を数えて喜んでいると、不意にちーにゃがジャンプをして俺の頭を下げさせ、そのまま俺の口に手を当ててしゃべれないように防いだ。
「ユーマ君!?正気なのですか!?こんな市場の真ん中で堂々と大金を持っているなんて言ってたら危険な輩に囲まれる可能性があるのですよ!?」
と、ちーにゃはひそひそ声のトーンで俺にそう言ってきた。
「おうあおあ!?あうあいおうああ、おい、おあえあいあっえおうおいえ、あおぅ……いーあぁあん、おおえおおええおあえあいえおうあ?(略:そうなのか!?確かにそうだな、よし、お金はしまっておくとして、あのぅ……ちーにゃさん、この手をどけてもらえないでしょうか?)」
俺がもごもご喋ると、ちーにゃは「……何を言っているのかさっぱりわかりませんが……とりあえずユーマ君が余計なことを言う前に冒険者ギルドに行きましょうか」と言った。
(えぇ……あなたが俺の口を閉めてるから声が届かないのですが……まあそれを言ったら怒られそうだから言わないけど……ん?ちょっと待てよ……女の子に手で口を閉めてもらえてるって……なんかそう思うと急に恥ずかしくなってきた……あれ!?もしかして俺!異世界ファンタジーしてる!?ハーレムルート突入しちゃう!?)
と、そんなバカなことを俺が考えていると、ちーにゃはすっと俺の口から手を離した。
「ユーマ君……なにか変なことでも考えてましたか?なんだか背筋に寒気が走ったのです……」
(あれ?俺、口には出していないはずなんだが……)
と思ったがまあいい、そんなこんなで俺はそのあとすぐに冒険者ギルドへと足を運んだ。
「……にしてもどうして金貨や銀貨まで……?」
「ん?ちーにゃ、どうかしたか?」
「いや、何でもないのです」
「―――そうか」
―――@冒険者ギルド―――
「これでっ!お願いします!」
バンッ!と音を立てて俺は受付の人に銅貨を十枚差し出した。これは冒険者ギルドの加入試験の試験費だ。
「あ……ありがとうございます……えっと、これは、冒険者ギルドの加入試験費ですか?」
「はい、そうです」
「え……?こんな短期間にお金を用意なんて……もしかしてあなた……お金、借りました?」と、受付嬢が可哀そうな人を見るような目で俺を見てきた。おそらく、昨日のちーにゃとの話を聞いていたのだろう。
「いえ、借りてませんよ?自分で稼いだんですが……」
「え……自分で稼いだ……?もしやあなた!闇バイトしました!?」
「するわけねぇだろ!!これは俺が大道芸で稼いだお金だよ!!てか闇バイトってどんな世界でもあるんだな!!」
俺はきれた。ふーっ……ふーっ……と息を吐いていると、受付嬢が不思議そうに俺をじろじろと見ていた。
(こんな美人さんに見つめてもらえるなんて!!はっ!まさかここからハーレムルートに(以下略))
「大道芸?大道芸をした割には刃物が見つかりませんが……?」
受付嬢は俺のことをじろじろ見ながらそう言った。
(くそぅ、ハーレムルートじゃねえのかよ…………)
俺は半ば残念がりながら哀愁漂わせていた。
この世界の大道芸は基本的に剣などの刃物をぐるぐる回したりする芸しか存在しない、故にこの受付嬢は刃物が見当たらないことが不思議だったのだろう。すると、話し合いにちーにゃが割り込んできた。
「ユーマ君は刃物を使わない真新しい大道芸を披露してお金を稼いだのです。だからユーマ君は刃物なんて持ってないのです。アリスちゃんとちーにゃが見ていたのです。だから闇バイトなんかしていないのですよ、ルイナさん」
ルイナと呼ばれた受付嬢は「そうなのですか……ではその大道芸の道具を見せてください」と不信感を持ちながら言う。別に隠す必要もないので俺は道具を見せた。
「これは……何に使うものなのでしょうか?」
「ああ、それはな、こうしてっと」
俺はそう言って冒険者ギルドの受付の前で簡単なディアボロの技を披露した。よく見たら他の受付嬢も俺の芸を見ている。
「わあ、すごい……これなら確かにお金を稼いでいてもおかしくはないですね、わかりました、あなたを信じましょう」
どうやら受付嬢のルイナさんはさっきのディアボロを見て、信用してくれたようだ。
「えっと、冒険者ギルドの加入試験を受けるのでしたね、では、今からあなたに課題を渡しますので、それをクリアしてきてください、クリアした暁にはあなたは晴れて冒険者ギルドへと加入することができます、くれぐれも死なないようにお気を付けください、ではこちらの地図に記された場所へ移動してください。そこに試験官がいるはずなのでその方々に試験を見てもらってください、それでは課題の説明をしますね、よく聞いてください」
「課題か……よっしゃ!絶対にクリアしてやる!」
俺は意気揚々と宣言した。
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆
「で、それがスライムを十匹狩ること……と。」
「ああ、そうだな!少年!」
今現在ユーマの目の前にいるのは今回の加入試験の試験官を担当するビアとリーポスだった。
「よぉ兄ちゃん、まさか冒険者ギルドに加入していなかったなんてな、はは」と、リーポスが俺に言ってくる。
「まあな……でもこんな開けてる草原だけど……スライムなんていないじゃねぇか……」
今回冒険者ギルドの加入試験で提示された課題は”スライムを十匹討伐すること”だった。ここで一度冒険者ギルドで課題を提示された時間に時を戻そう。
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆
「スライム?スライムって最弱モンスターじゃねえか!これなら楽勝だな!」
よく考えれば当たり前の話だ、冒険者ギルドの加入試験、いわばEランク冒険者になる試験なのだ。逆に難しすぎたら大問題だ。
(あんまり難しくなさそうでよかった!)
俺は思った。だが、二人から何も反応がなかったため、もう一度「楽勝じゃねえか!」と、言ってちーにゃとアリスの方へ振り向いた。だが、二人はなにやら少し動揺しているようだ。
(俺が二回言ったから引いてるとかではないよな?)
「……?どうした?ちーにゃ、アリス?スライムは……最弱モンスターなんだよな?まさかこの世界のスライムは強いとかいいださないよな?」
(前に読んだギャグに全フリした異世界転生小説の世界のスライムは確かめちゃくちゃに強かったはず……まさかこの世界も?)
そう思ったがどうやら違うようだった。
「いや……ユーマ君の言う通りスライムは最弱モンスターなのです……ただ……」
「ただ……?」
「あー……まあ見ればわかるのです……さあユーマ君、行ってらっしゃい」
「え?ホントにどういうこと?怖いんだけど……ねえちーにゃさん!教えてくださいよぉ〜……」
俺は助けを求めるようにアリスの方を向いた。彼女も動揺していたが。無言でガッツポーズをして俺を送り出してくれた。
「えぇ……ホントに何……?」
そう思いながら俺はルイナさんにもらった地図を見て、目的地へと一人で歩いていった。
「にしても……なんで手ぶらなんだ?」
スライムを倒すのだから剣やら弓やらを持たされるのかと思ったが、実際にはこの通り何も持っていない、そして、目的地に行くとビアとリーポスが待っていた、というわけだ。
リーポスに聞いたところによると、どうやら二人はあの冒険者ギルドの加入試験の試験官を担当しているらしい。
「ビアさん、リーポスさん、今回試験を受けるシトウ・ユーマです、よろしくお願いします」と言って挨拶をする。
(まずは礼儀が大事だからな。)
すると、リーポスが「ああ、よろしく、ところで兄ちゃんは少し前にマスキュラスに吹っ飛ばされてたよな?」と、挨拶をした後にそのまま聞いてきた。
「はひ……吹っ飛ばされました」
と、少しふざけながらそう言うと、リーポスは苦笑いをしながら、
「はは、あの時はすまなかったな……ん?そういえばなんで兄ちゃんは俺たちの名前を知ってる?ギルドの受付の時に名前は聞かなかったはずだが……しかも俺ら、兄ちゃんにはまだ名乗ってないだろ?なんでだ?」と、聞いてきた。
「えっと、あの時リーポスさんたちの会話を聞いて、その時に会話の内容からして兎の獣人がリーポスさん、女の人がビアさんだって思ってたんですけど……間違ってました?」と、俺は答える。
「いんや、あってる、しかしなー……兄ちゃん、洞察力たけぇな」
「いや、それほどでも……」
と、謙遜しながらも愛想のいい笑みを浮かべてリーポスと少し喋った。これは俺が現地に着いた時の会話である。が、
「あの……なんで木陰でずっと待ってるんですか?スライムがやってくるわけじゃないし……」
そう、あれからもう30分!俺たちは今、木陰で休んでいた!涼しい!
「ははは!シトウ少年!焦らずとも獲物は来る!君は血気盛んだな!ははは!」
「いや……血気盛んて……ビアさんのが血気盛んな感じがするけど……」と、俺がぼやいていると、リーポスが、
「まあ兄ちゃん、ちょいと待ちな、時期に来る」と言って俺をなだめた。
リーポスは言いながら目の前の草原見渡した。
(えぇ……生き物の気配すらないのにどっからくるんだよスライム……)
と俺が思っていると、不意に二人が黙り、
「――来たな」
と不意にリーポスが腕を組みながらそういった。
「え?でもスライムなんてどこに……ってか!スライムはどうやって倒せばいいんですか!?俺武器も持ってないんですけど」
「「は?」」
俺がそう言うと、二人は呆れるような声で驚いていた。
「え?ああすいません、武器はいらないって冒険者ギルドで言われたんで…………」
「いや……スライムは武器を持って戦わないぞ、何言ってんだ兄ちゃん、常識だろ?」
「え?それってどういう……」俺が言いかけた瞬間、地面から水玉のようなものが急に浮き出してきた。
この水玉を見たことのない俺でも、これがなんなのかはすぐに理解することができた。これこそが今回の討伐対象であるスライムなのだろう。
(うわぁ、すげぇ、ぷるぷるしてて可愛い)
と、場違いながらも一瞬思ったが、これはモンスター、それに急に出て来たのだ。俺がどれだけ驚いたのか容易に理解できるだろう。
次の瞬間、「えっ?なんで!?急に?」と俺は正気に戻って驚いた。
「来たな!シトウ少年!よく見ておけ!これがスライムだ!」
ビアはそう言って革の手袋を装着した拳を振り上げてスライムに突っ込んでいった。
(うん、やっぱこの人の方が血気盛んだな。)
「さあシトウ少年!さっさとやってしまわないとスライムたちが襲ってくるぞ!」
ビアは喋りながら拳でスライムを粉砕していく。拳が顔面に当たり、粉砕されたスライムは爆発したゼリーのような水色の塊となる。
「び……ビアさんって結構武闘派なのかもな……」
「ん?ビアか?ああ、ビアは武闘派だ」
「ですよねー……なんかそういうオーラ出てるもん、でも、ビアさんって本気を出すとあんなに強いんだな」
俺が素直にビアをほめると、リーポスは「ん?」とでもいうように首を傾げながら頬をかいた。
「兄ちゃん……その……なんだが……ビアは本気を出していないぞ?それにビアは”オーラ”使えないぞ?取得してねえし」
(えぇ……嘘だ……あんなにスライムを一瞬で粉砕する力を持っているのに本気じゃない?ってかオーラを使うって何?ってそんなことより!!)
「ってか!ビアさんが本気を出していないことにも驚きだけどなんで急にスライムが!?さっきまで生き物の気配すらもなかったのに……」
俺がそう言うとリーポスは水色の石のアクセサリーを取り出した。
(これは……なんだ?)
「それはな兄ちゃん、これがあるからだな、これは水の魔石で作られたペンダントでな、モンスターは魔力がある場所へ移動する習性がある、だから魔力が大量にこもる魔石にもモンスターが集まってくる、だからこのペンダントを持っている俺が動かなければ魔力に反応したモンスターが集まってくる、そういう寸法だ」
「へー、そうなんだ」
(モンスターは魔力に反応するのか……これは覚えておいた方がよさそうだな。)
と、俺が思っていると、スライムと相対しているビアがスライムを連れてこちらに向かってきた。
「おーい!スライムの数ちょうど十体になるように調整しておいたぞー!!」
「そうか、ビア、サンキュー、じゃ、次は兄ちゃんの番だな」
「え?どうすればいいの!?」
「簡単な話だ!奴らを粉々になるまで粉砕する!!」
そう言ってビアは背中を向け、ものすごいスピードでリーポスとともに、木を登った。
「まあ兄ちゃん、危なそうだったら助けてやるから頑張れよ」と、リーポスは満面の笑みでグッドポーズを俺に向けてくる。
「えっ!?えっ!?えええぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
俺は襲い掛かってくるスライムたちにびびるが、スライムたちは止まってくれない。そして、ビアの方を見ても、手を振るだけで助けてくれそうにもない。
「なら……やるっきゃねぇよな」
よくよく考えれば相手はスライム、最弱モンスターなのだ。気を抜かなければ倒せるはず。
(落ち着け……落ち着け俺……)
「はっ!まさかここで俺の秘められし力が解放される!?そうだよな!?そうであってくれ!!よし!穿て!俺の力!」
普通はこういうところで力が開花したりするのだろうか……いやしない。そして、あいにく俺にはそのような力はなかったようだ。ただ寒い空気がヒューと流れただけで何も変わっていない。
(はは、俺の能力は場を寒くするってか?違うな、前の世界からそうだわ。俺が喋ると空気凍ってたもんなー……笑えねぇわ)
と思いながら俺は、迫りくるスライムたちのスライムアタックを顔面で受け止め、鼻血を出していた。
(痛い……)
「おいおい兄ちゃん!何してんだ!?」
「シトウ少年!はやくやってしまえ!!」
木の上から二人の激励が投げかけられる。
(うう……恥ずかしい……まあ今は力は使えないと考えるのが妥当だろう……今は……そう、今はだ。いつかは使える!!多分!いや絶対!だとしても今は俺自身の力で乗り切るしかない!)
「といっても武器なんか持ってないから!拳で!!」
俺が全力で右手を振り下ろすと、ボコッ!と鈍い音が鳴って一匹のスライムが吹っ飛んでいった。スライムは軽いようで仲間たちを巻き込みながら3mほど飛んでいた。
「あれ?これ意外といけるんじゃねぇか!?俺つええんじゃねえか!?」
俺は前世でも一応体を鍛えていたし、拳の威力はまあまああるのかもしれない。
(よっしゃやってやるぜ!)
そう思っていると、今度はスライムが三匹一斉にとびかかってきた。
「はっ!やっ!とぅ!」
一発目は拳で、二発目は右足で蹴り上げ、三発目はジャンプしてかかと落としを食らわせた。格ゲーのコンボ技のようにきれいに攻撃が決まり、俺は頭の中でプロレスのコングが鳴る音を連想していた。
(ってかスライムを殴ったからわかったけどやっぱりスライムって見た目通りぷにぷにしてるんだな……)
場違いながらもそう思っていると、俺は異変に気付いた。
(あれ?スライムが襲い掛かってこない?)
スライムはまだ一匹も討伐していない、そう、討伐していないのだ。先ほどまでの攻撃はスライムを倒すところまではいかなかったのだ。普通、こうして攻撃を受ければスライムといえど反撃してくるはずだ。
ならばなぜスライムは襲い掛かってこないのだろうか……
先ほど飛ばしたスライムたちを見ると、よろよろと少しずつ動きながらこちらに向かってきているのが窺えた。
「あのー……ビアさんにリーポスさん?これってスライムを完全に倒すまでですよね?」
「ああ、そうだぞ!」
「兄ちゃん!きついのはここからだぞ!頑張れ!」
「えぇ!?きついのはここから!?そんな不吉なこと言わないで!!くっ……!えい!不吉なことが起こるってんならそれが起きる前にスライムを討伐してやるよ!!」
俺は大声で気合を入れてよろよろと動くスライムを殴ろうと意気揚々と高く飛び上がった。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」
『う……うう……痛いよぅ……怖いよぅ……なんでこんなことするの……?』
どこからか泣きそうな少女の声が聞こえ、スライムに振り下ろされるはずだった俺の拳はスライムの眼前で止まった。いわゆる寸止めパンチというやつだ。
俺の耳に聞こえるのは少女のか細い声だ。どこかに助けを求める少女がいる。
(どこに!?)
だが、これは少女の助けを求める声ではなかった。
そしてその声の正体は――
「この声を出してるのって……もしかしてこのスライムか?」
そう、この声を発声したのは、今まさに俺の拳の前でぷるぷると体を震わせ、目をつぶっているスライムだったのだ。
「えぇ……どゆこと……ほんとにどゆこと!?」
「おーい!兄ちゃん!スライムを倒さないのかー!?」
リーポスがそう言って俺に茶々を入れてきた。
「うるせぇやい!!今すんごい困惑してんの!!こんないたいけな少女の声を出してるスライムを殺せるのか?人の心とかねえのか!?」と、俺がリーポスに大声で言うと、リーポスは「でもそれスライムだろ?」と言ってきた。人の心がないんですね。でも、
「確かにそうだよな…………よし、やってやる!助けを求める声をしていてもスライムはスライムだ!ええい!ままよ!」
そうしてついにスライムに俺の拳が振り下ろされ、それはスライムのぷるぷるの体に……当たらなかった。
「うう……俺にはそんな残酷なことできましぇん……」
俺の目から涙が出てきていた。
「よくよく考えればそうだよ……スライムだからってなんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだよ……可哀そうだろ……」
スライムは最弱モンスターだ。なのに俺の試験のためと言ってその命を落とすなんて……
(惨い!惨すぎる!俺にはそんなことできない!したくない!)
「シトウ少年!ギルドの加入試験に合格したくないのか!?合格したいのならはやくやってしまえ!」
(ひどっ!なぜにビアはそんなにも無慈悲なんですか!?……人の心とかないんか!?)
「ビアさぁん……なんでそんなに慈悲のかけらもないんですかぁ?」
「それはな!スライムが危険なモンスターだからだ!!スライムは同情を誘って人間を捕食するモンスターだ!ほら!君の左腕を見てみなよ!もう捕食されかけてるだろ!?」
「え?」
(なんかビアがめっちゃ衝撃的なこと言ってた気がするんだけど……)
俺は呆気にとられながら左腕をあげ、それを目の前にもってきた。
『むしゃむしゃ……おいしい!!』
・・・
「……おい、おいしい!じゃねぇよ!!!お前らモンスターに慈悲をかけようとした俺がバカだったわ!!くたばれ化け物共!!」
俺はそう言って左腕に巻き付いているスライムをすぐに殴り飛ばし、他のスライムも踏みつぶした。そしてスライムたちはビアが倒した時と同様に、死ぬとぐちゃぐちゃな青い塊となっていた。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……やってやったぜ……」
久しぶりに体を全力で動かしたせいか俺は息が上がっていた。目の前に二人分の影がある、これは、いつのまにか木の上から降りていたビアとリーポスだ。
「兄ちゃん、おつかれ、冒険者ギルド加入試験のスライム討伐はこれで終了だ。まあ合格だな」
「お疲れ様!シトウ少年!……えほん、では時にシトウ少年!左腕の怪我はいたくないのか!?だいぶ腫れているが……大丈夫か?」
「え?」
「ほら、赤黒く晴れているだろ?もしダメそうならリーポスに…………」
「左腕の怪我……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!なにこれ!?ねえなにこれ!?」
そう言って俺は左腕を見た。皮膚がでろんでろんになってる左腕を。グロい、正直言って気持ち悪い。
「まさか……これはスライムの?」
「ああそうだよ兄ちゃん、スライムは対象を溶かしてから捕食する、まあ兄ちゃんは左腕だけだったが、今まで試験を担当してきたやつの中で一番ひどいやつは全身の皮膚がはがれていたぞ、危なかったな」
「えぇ……」
ってか……左腕の怪我に気づいてから、じくじくと傷がすげぇ痛む……アドレナリンきれてきたわ。
(あ、これ無理な奴だ。)
俺は生き物の本能でそう気づいた。息も少し荒くなっている。
「おいシトウ少年!大丈夫か!?」
「ダイジョバ……ない……です……」
俺は最後にそう呟いて、深い暗闇に意識を預けていった。
――@平原の木陰―――
「は!」
(ここは……さっきまでビアとリーポスと一緒にいた木の下か……?)
「おお、兄ちゃん、起きたか」
「リー……ポス?」
「ああそうだ、リーポスだ。ところで兄ちゃん、今どういう状況かわかっているか?」
「ええと……さっきまでスライムと戦っていて、そのスライムにつけられた傷を見て……それから……」
「気絶した、だな、記憶が飛んでいなくてよかったよかった、ほい、これ見えるか?」
リーポスはそう言いながら俺の左腕を掲げた。俺の左腕は気絶前と違い皮膚がでろんでろんにはなっていなかった。
「え……?なんで?」
「ああ、俺が治癒魔法をかけたからな」
(治癒魔法……?は!魔法!!)
「魔法!?ロマンあふれる超異次元パワー!!まさか!!まさかまさかまさかまさかの!!この世界は魔法のあるファンタジー世界!!いや、亜人やスライムが出てきてる時点でファンタジーだとはわかっているが魔法!!ああ、なんていい響きなのだろう!!」
「に……兄ちゃん……少し落ち着けよ、気絶したせいで頭がおかしくなっちまったのか?ってか気絶する前より元気になってないか?はは……」
「これが落ちついてられるかーい!!!わかるか?わからねぇよな!生まれたときから魔法がある世界にいるやつはよ!!魔法なんてラノベや漫画なんかでしかないフィクションの特権とでもいえるもの!!それが!今っ!!現実にある!!その感動を今は味合わせておくれよリーポス!!」
「おお……なにか知らない言葉がたくさん出てきているが兄ちゃんが何言ってるかわからないことだけ理解できた」
(いや、よくよく考えてみれば冒険者ギルドでマスキュラスに殴られた時のあの光る玉も治癒魔法だったのか?まああの時はマスキュラスになんで殴られたのかを考えるので頭の中がいっぱいだったが、思えば魔法という存在がこの世界にあることはあの日にすでにわかっていたことなのだろう!しかし!!いざひとたび落ち着いたときに知れてみればその感動は計り知れないものだ!!)
「リーポス!じゃあさっそく魔法を見せてくれ!!」
(こうなったらこの感動をもう一度味わうためにリーポスに魔法を見せてもらうしかない!!)
だが、リーポスは首を横に振って魔法を見せてくれなかった。
「ん?リーポスさん?」
(まさかさっき興奮してたときに呼び捨てにされたから起こっているとかいうわけじゃ……)
「兄ちゃん、急で悪いんだが兄ちゃんが起きたのなら、早くここを離れなければいけないんだ、魔法はまた町で見せてやるからよ、とりあえず今は一緒に町へ走ってくれないか?」
「え?なにかあ……」
そこで俺の言葉は途切れた。なにせ、全然気づかなかったが、俺たちの周囲が犬型のモンスターに周囲を囲まれていたのだ。
よく見るとモンスターの群れにビアが一人で立ち向かっていた。
「―――!!リーポスさん、あれってモンスターですか?」
「ああ、あれは魔犬だ、単体での討伐難易度はあまり高くはないがこれくらいの数の群れだとおそらくはAランク冒険者でしか対処ができない」
「魔犬て……まんまだな……んなことより、リーポスさんとビアさんって冒険者ランクどれぐらいなんだ?」
「俺とビアはどちらもCランクだ」
「っっ……!!ってことは!」
「ああ、討伐は諦めて町に逃げるしかない!今はビアが何とか食い止めているがそれも時間の問題だろう、兄ちゃん、走れるか?」
「負傷したのは左腕だけだったしリーポスさんにもう直してもらっているから走れるぞ」
「そうか、すぐに走るぞ!ビア!よくやった!兄ちゃんが目を覚ました!逃げるぞ!」
「私が道を切り開く!だからちゃんとついてこい!いくぞ!」
こうしてリーポスさんとビアさんとともに俺は町に走り始めた。この世界来てからはじめての追いかけっこだった。
(うん、急展開過ぎない?)
〈モンスターアーカイブ〉
『スライム』...斬撃、魔法、などなどのすべてが効かない、ただし効くものが唯一ある。それは拳、拳でスライムをぐちゃぐちゃにしよう☆また、幼い子供の声で命乞いを始めるため良心があるものほど討伐が困難。また、スライムの死骸は素材にならない。スライムは放置しておくと、そこらへんの草を貪り食うため、討伐依頼がよく出されるが、大抵の人は受けたがらない。
〈次回予告〉
無事に冒険者ギルド加入試験が終わったユーマだったがそれは新たな戦いの始まりでもあった。ユーマたちは魔犬の群れから逃げ切り、無事にレンタメンテへと戻ることはできるのか!
次回!『追うものと追われるもの』