拝啓、さようなら皆々様
2025/05/25 午後7時 物語の初めの部分を追加
「ライゼル!これ頼む!!」
どこまでも続く果てしない草原の中、刃物が肉を切り裂く音と共に俺の声が響く。
「俺に任せろ!」
ライゼルと呼ばれた巨漢が目の前にいる魔犬を拳で吹き飛ばす。
「ちょっとユーマ!後ろ後ろ!!」
快活な声の少女がいつのまにか俺の後ろに来ていた魔犬の存在を教えてくれた。
「行きます……フラマ!!」
どことなく臆病な少女が『フラマ』と唱えると、少女が指した杖の先から炎の球が生成され、それがユーマの後ろにいる魔犬に命中する。
「グルゥゥゥ」
魔犬が唸り声を上げる。そこへ一人の巨漢が雷を纏った剛腕を振り上げる。
「おらぁ!!」
雷鳴が轟き、モロに一撃をくらった魔犬が絶命する。
「せーのっ!!」
快活な少女が短刀を持ち、魔犬の群れに突っ込んでいき、一体、また一体と魔犬の喉笛を切り裂いていく。
「ほら!ユーマも手伝って!」
「行くぞユーマ!」
「ユーマくん……援護はするので……その……がんばってください……」
仲間たちが果敢にも魔犬の群れに立ち向かっていく。
「なら、俺もやるっきゃねぇよな……」
俺は呟いて愛用のナイフを構える。
これは、チート能力も無く、前世で何をしたわけでも、なにか秀でた知識があるわけでもない、どこにでもいそうな一人の少年が異世界で冒険し、出会い、そして別れを乗り越えて700年前にこの世界で起きた『破滅』という厄災の真実を暴くお話。
だけど異世界系のあるあるでもある神様に会っていない彼はまだなんの目的もないと思っている。
彼はとりあえずこの世界で冒険者として余生を過ごそうと考えてるみたいだけど……そうはさせないよ
今はまだ自分がこの世界に来た理由がわからないみたいだけど……いつか教えてあげる。
だからその時まで、頑張って生き延びてね。
―――ああもう最悪だ!〜異世界に来たのに何も上手くいかないんだけど!〜―――
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆
「うぅ……寒ぃ……」
やっぱり冬の朝は寒い、息を吐くと白くなって吐きだされるくらいだ。先ほどスマートフォンで天気を確認したが、この時間帯は曇りだそうだ。
気温は2度、とかなり低い、冬真っただ中だ。
「母さん、父さん、綾、行ってきます」
俺は小声でそう呟いて、音をたてないよう、ゆっくりとドアを閉めて我が家を出た。
(あまり大きな音を出しすぎると家族のみんなが起きてしまうからな)
思いながら俺は家の前に止めてある原付バイクに乗って我が家を出た。
俺の愛車、否、愛バイク、”ファイヤーライド”(俺が命名した)は、俺がアルバイトでこつこつ稼いだお金で初めて買った自慢の原付バイクだ。まあバイクも一応車に分類されるのだが……そこは割愛してほしい。
ファイヤーライドはリサイクルショップで買った中古品でこそあるが、俺は結構気に入っている。
「しっかし……今日はいつもよりいくらか冷えてて寒いな……」
最近は寒くても気温は9度前後だった、だが今日は2度なのだ。少し耳が赤くなってきた気がする。(そろそろ耳当てを買った方がいいかな)と思いながら、俺は寒さで凍える体をぶるぶると震わせ、配達用の新聞を取りに事務所に行った。
事務所は家から原付バイクで5分ほど走った先にあるビルの2階に位置している。
俺はビルの駐車場に原付バイクを止めて、颯爽と階段を駆け上り、事務所のドアを開けた。
部屋の中に入ると、おじさんが一人、いびきをたてて眠っていた。
この人はこの事務所の所長さんだ。
眠る彼の周りには、散らかった資料が置いてある。よくみると少し地面にも落ちた資料があるようだ。この様子を見るに、彼は昨日、事務所に残って徹夜で作業に取り組んでいたようだ。
「ご苦労様でした」
俺は所長さんを起こさないよう小さな声でそう呟いて、散らかっている資料を整理して、寝ている彼の横に置いた。そのまま俺はすぐに配達用の新聞を手に取って事務所を後にした。
「よし、今日も頑張るか……」
俺は自身を鼓舞するためにそう呟き、事務所の駐車場に止めてあった自慢の原付バイクに跨り、今日の朝刊分の新聞を配達するため、原付バイク、ファイヤーライドを走らせた。
それではここで俺について紹介しよう。突然過ぎるのは割愛してほしい。俺、こと紫藤優真はいたって普通の男子高校生だ。
決して不登校やニートではない。
きちんと高校には通っているし、部活だってバスケ部に入っている。
まあ、バスケのうまさはワースト五に入るほどだがな。とほほ……
っと、まあその話は割愛させてもらって……次は俺の家族について話そう、俺の家族は四人家族で、母さん、父さん、俺、妹の綾で、構成されている四人家族だ。
そこそこ裕福な家庭で、お金には困っていない。
そんな俺が、なぜ新聞配達という仕事をしているのか。
それは、”お金が欲しかったからだ”。そう、何の深い意味もない。強いて言うなら親から貰う以外の小遣いが欲しかっただけだ。
なら俺はお金に困るほど友達と遊びに行くのか、答えは否だ。俺は自分で言うのもなんだが、クラスのカースト最底辺、陰キャに属する部類だ。
ではなぜ”どこにも遊びに行かないのにお金が欲しかったのか”
それは、そう、ズバリ!”ゲームを買うためだ”!ゲームの世界なら友達もいるし、何より楽しい。
まあ、あとはお察しの通りです。
要するに、俺は新作ゲームが売られたときにすぐ買えるようにお金をためているのだ。
そうじゃないとネッ友達とすぐにゲームができないからな。来週にはまた面白そうなゲームが発売するそうだし……楽しみだな。
あと、決してリア友がいないからゲームに逃げているわけじゃないからな!
これ重要!あと俺ゲーム廃人でもないから!
とかそんなことを考えながら俺は新聞配達の仕事を滞りなく進めていく。
2時間ほど新聞を配達していくと、俺の担当区域の最後の家に着いた。
「よし、これで最後っと」
俺は自分の担当の新聞をすべて配達し終わったことを確認し、事務所に戻ることにした。
時刻は既に午前5時半ごろだ。
「ああ寒ぃ……早く家に帰って暖かい場所でゲームしたい……」
俺はぼやきながらがら事務所への道を急いだ。
まあ今日は平日で学校があるから家に帰ってからすぐにゲームはできないのだが……
学校いやだなー……友達あんまいないし。あ、言っちゃった、てへ☆
そのまま俺は寒い中事務所へとファイヤーライドを走らせていると事務所前にある十字状の横断歩道にたどり着いた。
(お、信号が赤になったな、止まらないと。)
周りには早朝のため、あまり車はいない。おそらくは信号無視をしても事故をすることはないだろう。
だが俺はちゃんと信号を守る男!
誰も見ていないが俺は律儀に信号を守り、青信号になるまで待つことにした。
その時、俺はふと不自然なことに気が付いた。
「ん?あれ?今って朝の5時半だよな?」
俺はそう思い、ポケットから取り出したスマホの時間を見た。
スマホの時間を見ると、しっかりと午前5時半と表示されている。
「じゃあ……なんでこんな早朝に女の子が一人で道を歩いているんだ?」
俺の目の前には、小学三年生くらいの少女が、パジャマのまま歩道を歩いていたのだ。
(まさか……家出?こんな朝早くに?)
目を凝らしてよく見ると少女は泣いていた。
少女は泣きながらも、目の前にある横断歩道を渡ろうとしていた。
(なんなんだ?あの子は……)
ユーマが驚きながら少女を目で追っていると、少女は横断歩道を渡り始めた。
”赤信号であると気づかずに”
(っつつ!!なんでだ!?まさか……涙で目の前が見えないのか!?)
少女は赤信号であることに気づかずにちょこちょこと横断歩道を渡っていた。
(早朝だから車も少ないし…………何も起きなければいいが……)
そう祈っていた矢先、最悪の出来事が起きた。
交差点を曲がろうとしたトラックが、横断歩道を渡っている少女に向かって突っ込もうとしていたのだ。トラックの運転手はあくびをしている、どうやら少女に気づいていないようだ。
「このシチュエーションなんか見たことあるな……」
思いながら辺りを見回す。だが、今は早朝のため、少女を助けられるものなど誰もいない。
誰もいないのだ。
そう、俺をのぞいて。
「うおおおおおおおッッッッ!!!」
(絶対に助ける!)
見殺しにさせてたまるか!ここで逃げては男が廃る!それに絶対助けなかったら後味悪いしな!夢とかに出てきそうだし!
俺は少女を助けるため、ファイヤーライドを全速力で走らせる。見ると、少女は迫りくるトラックに恐怖して動けないようだった。トラックはもう目の前だ。
"ああ……時が止まってくれくれればいいのに……"
間に合え、間に合え、間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え!!!
ガシッ
(良かった……間に合った……)
俺はハンドルを片手だけ離して少女の服をつかみ、歩道の方へ突き飛ばした。
グシャリ
鈍い音が鳴った。
(気持ちの悪い音だな……)
俺のファイヤーライドは……少し傷がついているが……大丈夫のようだ。
(よかった……)
思いながら俺は重い体を動かして仰向けになる。
(全身が痛い……体は……起き上がれない……少しだけなら腕を動かすことができるな……)
そう思いながら激痛が走る頭を震える腕で触ると、血がべっとりとついた。
ああそうか、さっきの鈍い音は、ファイヤーライドが出した音なんかじゃなくて……俺の体がトラックにぶつかって出た音なのか……そう悟った瞬間、アドレナリンが切れたのか尋常じゃない痛みが俺の全身を襲った。
薄れゆく意識の中、足音が二つこちらに向かってきた。おそらくトラックの運転手と少女だろう。てか、トラックの運転手逃げなかったんだな……と、妙に冷静になっていた。
起きて!起きて!死なないで!
俺の横で声が聞こえてくる。
どうやらこれはさっき助けた少女の声のようだ。
こんなに声が出せるってことは俺ほど重症じゃないようだ、これなら少女は助かるだろう。無事でよかった。
(しっかし、いてぇな……)
今までの人生16年で一度も経験したことがないくらいの激痛が常時俺を襲い続けるくらい体中が痛い、なんなら俺の周りは血溜まりになっている、俺の血で。かなり出血もしているようだ。
「ううう……痛い……」
そううめいても痛みはなくならない。
先ほどから少しづつ世界から色と光が失われていくのがわかる。体を起こそうとしても鉛のように重たく、体が言うことをきかない。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!
激痛が!
うう……
体が……熱い!!
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!
(ああ、これ、本気でヤバイやつだ。)
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてくる。この救急車は俺を運ぶために来るのだろうか。俺は助かるのだろうか。
俺はここで死ねない。
まだ生きたい。まだやりたいことがある。学生生活も、恋愛も、ゲームも、まだ見ぬたくさんの楽しいことも。
死ねない。
死ねない、こんなところで……
死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない……
俺は絶対に、
”生きるんだ”
それからどれほどの時間がたったのだろうか、とてつもなく長い時間だったように感じたような気もするし、短い時間だったような気もする。
暗い、希望が見えない、何もない、喪失感、眠い、死。
死ねない、死ねない、死ねない
そうは思っても、もう手遅れなのはわかっている。自分のことくらい自分でわかる。走馬灯見えちゃったし。
(ごめん……みんな……母さん……父さん……綾……本当に……ごめん)
みんなより先に逝く俺を許してくれ。
それに俺は別にこの選択を後悔していない。
あの子を見捨ててこの先も生きていくなんてそんな後味が悪いこと、俺はできない。
まあ二人とも生き残るのが一番ベストだったんだが……そううまくいかねぇもんだな。
俺は頭の中で、はは……と、力なく笑いながらとあることを思い出していた。それは救助死のことだ。
ニュースやドラマなどで救助死というものを聞くことがあるだろう。救助死というのは、ピンチな人を助けに向かった人が逆にピンチになって死んでしまうというものだ。
なんていう皮肉なんだろうな。
いいことをした人は報われるんじゃないのかよ、それとも、天国に行けるから報われるって?
冗談じゃねぇ。
救助死について知っていたのに、俺はあの子を助けるために動いた。
なら別にいいじゃないか、こうくよくよしても、もう選択を変えに過去には戻れない。
あの子が助かって俺が死ぬ、それでいいじゃないか。俺は別にあの選択を後悔していない。ああでも俺、死ぬ前に弱音を吐いて死んでいくのか……情けねえな……まあ正確には吐けてないけど……
あーあ、こんなはずじゃなかったのにな。
もっと友達を作って、大人になって結婚して、かわいい奥さんと幸せな家庭を築いて、子供たちと一緒に楽しく暮らして、会社で気のいい仲間を作って楽しく仕事をして、最後は子供たちに囲まれながら、「人生楽しかったよ」っていって安らかに死ぬつもりだったのにな……
それももうかなわない夢だ。
淡く、儚い夢だ。
音が聞こえない、痛みもない、においもしない、なにもみえない、何も感覚がない、何も感じない。
感覚がなくなり、世界から遮断され、死の恐怖なんてものはとうになくなっていた。
崩れる、壊れる、消える、―――――――――――――――
寂しいな。
俺は最後にそう思った。
そして、紫藤優真という名の、ちっぽけな人間の短い生涯が幕を閉じた。
というわけで次話から異世界転生ー!いえーい!(不謹慎)
基本投稿時間は水曜日と土曜日の18時00分です。変更時は活動報告にて報告します。本日から一週間は毎日投稿します。(と最初はしていましたが2025年七月からランダム投稿に変更しました)
また、次話からは後書き欄に何かしらのコーナーをやっていったりします。(ないときもあるよ)
あと、キャラクターの詳細設定知りたかったら『ちょこっと最悪です』の方で投稿してあるんで、そっち見てください。
miniは本編投稿日の19時00分に投稿します。