表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

短編集『トタン屋根を叩く雨粒のような』

のらりくらり

あぁ今日から俺の世界は変わってしまう‥‥



「何だあいつ2年だろ、 調子のってんのか」3年の怖そうな先輩がこっちに聞こえる大きさで話している。やめてくれ、視線が痛い。


「わ〜、 カッコつけかよだせ〜!」1年のイケイケな坊やからも熱視線を浴びている。さて、この体育館のざわざわをどうやって止めようか。


「なぁ、 吉沢(よしざわ)どうしたんだよ。 始業式だぞ。 先輩も先生も見てんぞ」 右斜め前にいる親友は辺りをキョロキョロ、怯えている。


里志(さとし)、コソコソうっさい。 今は黙っててくれ」俺だってこんなの望んでない。


「でもさ‥‥」


「おいっ!2年3組吉沢!!何でサングラス着けてんだ!!!」体育館中のざわざわを一撃で静める、脳筋体育教師の怒号が、壇上から響き渡る。


「ほら先生に目つけられた 」里志は、自分は関係ないと、先生たちにアピールするように、前を向き、自衛隊の如く直立した。


シクシク、シクシク


「嘘、吉沢、泣いてる?」隣の女子がクスクス笑って訊ねる。お前が蒔いた種だろ、って言いたいんだよな?


黙ってろ!お前ら全員に教えてやる!俺は熱いものが込み上げてくるのを我慢しなかった。


「ゔぅ先生っ!知ってるだろっ!俺の家で何があったかっ!」両手をグーにして、腹から声を出す。応援団より、遥かに本気(マジ)だ。


「そんなこと大声で言わなくていい。 どうした吉沢」 足立(あだち)先生は、さっきの怒号が嘘のように、優しくなった。眉を下げて同情の念を抱く。


「これはっ!母ちゃんの形見だーーーーっ!!!」


体育館中に響き渡るように敢えて叫んだ。校長や学年主任、この中学に関わる全員に聞こえるように。俺はもう戻れないから。


シーーーーン


「そ、 そうか、 わかった。 悪かったな。 ‥‥えー、 生徒諸君。 吉沢はサングラスをかけているが気にしないでやってくれ。 皆んな聞こえたと思うが、カッコつけてるわけでも、つっぱってるわけでもない。 吉沢に手を出したら俺が許さんからな。‥‥では始業式を始める」足立先生は壇上からトボトボ降りた。そしてこの場にいる全員がサングラスの理由を察した。


俺は中2からサングラスを着けて学校に通った。 春夏秋冬ずっと。 体育だって体育祭だって。 水泳は見学をした。 卒業式の日、 俺を守ってくれた足立先生は俺のために泣いてくれた。こんな日までジャージだった。


「吉沢いいか、 いつかはサングラスを外さなきゃいけない日が来るかもしれない。 悪い人間ってのはたくさんいる。 でも勇気を出せば世界は変わるんだ。 前向いて頑張れ!信じてるぞ、 吉沢!」ジャージの袖でゴシゴシ涙を拭くと、目の辺りが赤くなった。最後まで男らしい不器用な先生だった。


「ありがとう先生。 俺はこの学校に入学して本当に良かった」 と言った瞬間、足立先生に熱血な抱擁を受けた。


ギューーーーッ


「ハハハッ、流石にキツイよ」生徒と先生で温度差があり過ぎて、面白すぎる。


お陰様で無事に過ごせた。ありがとう。


「富山、 富山、 富山〜♪富山星新中学校〜♪」




中学卒業後はネット高校に通うことにした。 一度も登校しなくていい学校があったから、そこを受けた。 そして生まれつき勉強は得意だったから、大学にも難なく進学した。国は理系に進むことを推奨していたが、俺は社会学部に進んだ。 理由はいろんな視点で考えることを学ばせてくれるから。 就職に有利になる学部とは思えないが、俺がスーツを着て仕事をする姿も想像できなかったので、今はこれで良いと思った。



***



大学生となり一人暮らしを始めたが、父ちゃんの仕事柄、昔から家に帰ってくることが少なかったので、 いつもと何か変わったことは特になかった。 引越し当日の朝に渡してくれた写真集を眺めている間は父ちゃんのことを身近に感じられた。


そして大学2年になったある日。 単位にならない、外部から来た、特別講師による講義が俺の人生を変える。 教授の病欠で講義と講義の間に空白の時間が出来た俺は、暇つぶしで、このふくよかな男の話を聴くことにしたのだ。中くらいの講堂は、意外にも人でいっぱいだった。この男の密着番組がこの前放送されたばかりで、ミーハーな連中が集まったらしい。


「皆さんこんにちは。 ジビエ料理研究家の(やま)零十郎(れいじゅうろう)です。 こう見えて40歳です。 えっ見たまんま?正直な学生さん達だ。そんな正直な学生さん達にこそ、伝えなきゃならないことがあって、私はここに来ました」熊のようなオーラを(まと)った一流シェフは、こういう場で、喋りなれているみたいだった。


「もう何年も前からですが東北地方、 特に秋田県なんかでは、熊が人里に降りて来て大変なことになってます。 熊たちに森に留まってもらえるよう、森林の環境を復活させる活動が進んでいます。 しかしそれでも熊はやって来る。皆さんは目の前に熊が来たらどうしますか?普通は逃げますよね。 でもずっと人間世界に熊がいちゃ困る。 やはり最後は仕留めるしかないのです」子どもに絵本を読み聞かせるような優しい口調で、台本も見ずにスラスラと。


「しかし人間は自分の身を守るためでも動物の命を狩ることに抵抗がある。 武器も普通は持てませんからね。 だからプロの方々にお願いをするわけですが、 今プロの方が高齢化している。 そして成功報酬が少ないのです。 ボランティアみたいなもんですね。 これでは若手は集まらない。であればどうすべきか。 私は考えました。 猟師にスポンサーを付けるのです。 企業が猟師に広告をつける。 猟師は熊を仕留めたらSNSで狩りの成果を報告、 同時に企業名をアピールする。 新鮮な熊は私のような腕の良いシェフのいるジビエ料理店に卸される。 店はこのプロジェクトの会員の皆さん限定で、予約を受け付ける。 お客様は当然猟師のSNSで狩りの報告をチェックしなければ予約を勝ち取れない。 だから企業は猟師に広告を出す」零十郎のビジネスマンの一面が垣間見えた。良い取り組みだと、素直に思った。


「この好循環を作り出せば夢見る若者がお金目当てに猟師になってくれるはずです。 再来年からこの計画はスタートします。 2年生はちょうど社会人になる頃だね。 この学校の射撃部に私は目をつけてますが今日来てくれてるかな?大学出て猟師ってのも楽しい冒険だと思わないかい?大事なこと言い忘れてたけど熊の乱獲にならないよう捕獲数は設定します。 興味のある人はぜひ 『日本ジビエレンジャー』 ホームページを見てね 」零十郎は、ご清聴センキュー、と言うと、レジュメを配り始めた。これからが本題らしい。スクリーンには、『料理研究家のお仕事』というタイトルが映し出された。


「俺の進むべき道が見えたな」


1番後ろの席で顎杖(あごづえ)をして聴いていてなんだが、今まで見えることすらなかった、運命の扉と呼べる物が急に開いた気がした。まぁそんなヤツこの講堂で俺だけだろうが。



***



「もしもし里志?例の話だけど明日に出来るか?」


「マジか!明日か!ひー、もちろんいつでも準備出来てるよ!」受話器の向こうからは、電話に応対する声など雑音が聞こえる。


「これから武蔵小山のミ・ピアーチェ・ジビエで予約が始まるからスマホに貼り付いて待機しといて。 今から10分後くらいが目安」仕事中にこんな電話本当にいいのか?


「マジありがとう!しかも土曜にしてくれて超ありがとう!」里志がスーツ着てドタバタしてる姿が目に浮かぶ。


「いやいや、 これくらいさせてくれよ。 ほんと頑張れよ。 あとくれぐれもこのことは内緒でよろしくな」 あっという間にそんな歳か。


「分かってるって。 今日も秋田?」里志さんお電話です、という後輩らしき声が聞こえた。


「そう!って俺のことはどうでもいいだろ。頑張れよ! じゃあな!」これ以上仕事の邪魔は出来ない。


「おう、じゃあね!」人生を謳歌している弾んだ声だった。


プー、プー、


たまには仕事中の電話も楽しいものだ。里志とは大人になっても仲良くしている。店の予約を(あらかじ)め知人に伝えるのは会社の規則違反だが、今回だけは仕方あるまい。




「もしもし吉沢です。 熊一匹捕れました。 この時間なら明日のディナーには出せるくらいだと思うのですが。 ‥‥はい、 応援が来たらSNSあげます。 では確認後に予約開始してください。‥‥あ、 はい。 今回も余計な傷は無しでいけました。 写真確認してみてください。‥‥あぁありがとうございます。 猟師冥利に尽きます。 では失礼します」


ここは秋田県の森の中、俺の隣には力なく横たわる熊がいる。こうして死んだ熊の横にいると、自分がこの地球上の食物連鎖の頂点にいるような気分になる。 狩りを重ねるたびに、自分が動物であることを実感する。 もうすぐ応援が来る。 写真撮って投稿して熊を運んで解体と出荷。 俺は誰よりも狩りが上手い。 でも俺は撃つ専門で他は何もできない。 解体はやろうとしたが必ず吐きそうになる。 俺はスーパーで買う鶏肉を(さば)くので限界だ。




「オーナー、 吉沢さん更新しました」吉沢が里志に電話してから12分後、武蔵小山のジビエ料理店でSNSが確認された。


「みたいだね。 しかしさ。 いゃ〜いつも通りだけど若いのに凄まじい腕前だよね。 今回も罠にかかってないやつを仕留めたみたいだし、 命知らずの天才だね、 彼は」 オーナーシェフは吉沢から連絡があると、いつも彼を賞賛する。良い食材は腕の良いシェフを興奮させる。今では、吉沢という男はジビエ料理界では、知らぬものはいない存在に、なりつつあった。


「前回と同じメニューで、予約解禁でよろしいですか?」広報係の若手シェフがスマホ片手にスタンバイしている。


「そーだね、傷もないし全部使えるでしょう。 同じメニューで解禁しちゃっていーよ」オーナーは吉沢に全幅の信頼を置いていた。写真だけで、全ての食材が使えると確信した。彼から見て、吉沢は完全無欠のハンターだった。



***



「お疲れーい吉沢」プロレスラーのような、勇ましい髭を蓄えた、優しいおっさんが声を掛けて来た。


松形(まつかた)さん、 お疲れ様です」俺は自分が担当する仕事を一通り済ませ、事務所で帰り支度をしていた。


「お前ずっと調子良いよなー、 罠とか関係なく仕留めるしさー。 しかも眉間に一発華麗に決めてよー。 普通は急所の胸狙うだろー」帽子を人差し指でぐるぐる回す。小学生のガキ大将みたいな大人。


「俺はもう57だけどよー。 お前みたいになりたかったなー。 スポンサーも5社もあっていーよなー 」相変わらず仕事終わりでも元気な人だ。歳は離れているが俺は松形さんの人間性に憧れている。


「アハハすんません、 調子乗っちゃって」俺にとっては親みたいな人だ。


「ほら低姿勢だしよー。 プロフェッショナルだよなー。 俺はお前見ると思うんだよー。 天才っているんだなってよー。 お前のファンからDM来て、俺が直々に、吉沢武勇伝教えてやってんだぜー。 直接聞けよなー?」面倒くさそうだが、同時に嬉しそうだ。松形さんも俺のこと、息子のように思ってくれてるだろうか。


「そんなことまで、 ありがとうございます」頭に手をのせて、ベタな照れるポーズ。


「ってことでお前もこれから一緒に飲み行くか?」ニカっと笑って誘ってくれた。


なるほどな、褒め倒してたのはそういう理由か。この会社で、俺は酒の席に着いたことは無かった。そしてこれからもないだろう。俺は人前で酔ってはいけないのだから。


「いゃ〜すいません、 今日ずっと楽しみにしてたものが発売されるんで無理っす」


「ちぇっ!折角褒めたのによー。 またなースーパースター!」


「お疲れ様でした!」



松形さんには悪いと思ってる。そして酔ってはいけないのもあるが、今日は本当に、買わなければいけない物が発売されるから、絶対に飲みに行けない。


森から遥々(はるばる)、秋田で一番デカい本屋に来た。 今日は写真集が発売される。 ここでも特集されてるはずだ。駐車場に車を停めて入り口に向かうまでで既にドキドキしている。自動ドアが開くと目の前にそれは山積みされていた。


「あった。 『吉沢(らい)の動物の星"ニュージーランド編"』」


入り口のすぐ前にコーナーがあるとは、 父ちゃん出世したな。 俺にとってこうした写真集は365日ほとんどを海外で過ごす、父ちゃんからの手紙みたいな物だった。そう言えばハリネズミがカメラ目線でかなり可愛いと、SNS で公開された写真が話題になっていたな。


生成AIで好きな画像を好きなように大量生産出来る時代に、奇跡の瞬間を捉えた写真の価値はむしろ上がっていた。 偽物の体験より本物の体験がしたいという熱が世間では高まっていた。 そんな時代に色んな動物がカメラ目線で映る奇跡のカメラマンとして父ちゃんは注目を浴びていた。 テレビのドキュメンタリー特集のオファーが何度も来ているが全部断っているようだ。 当然だ。


「結構良い値段するじゃん」


見る用と保存用で2冊購入した。


「帰ったらレトルトカレーでいいや。 今日は疲れた」



***



俺たちの猟師グループは東北を中心に転々としながら狩りをしていた。 同じ県で活動をするより必要とされた所で活動した方が駆除の上限を超えずに済むからだ。 北海道や他の地域の猟師も定住はしない。 だから今の時代の猟師は日本ジビエレンジャーが管理する寮で生活している。 のだが、 俺の部屋の前に40代くらいの黒いスーツの男が2人いる。怪しい。怪しすぎる。


「あの‥‥、 何ですか?」猟銃は事務所にしまってある。今、武器になるものはない。


「吉沢来十(らいと)さんですか?」と、俺と同じ180センチくらいのシュッとした男は言った。話し方1つだけで頭が良いと分かる。隣の男は背は同じくらいだがガタイが良い。


「はい、 そうですけど、 あなた達は何者ですか?」俺の名前を知ってる。適当な部屋の前にいたのではなく、俺が目当て。


「警察です。 ご同行お願いします」


「いや、 何も悪いことしてないですけど」


「それは我々が調べなければ分からないでしょ?手錠をかけさせてもらいます 」 無言の男が手錠を取り出す時、腰に装備された拳銃がチラっと見えた。これは只事(ただごと)じゃない。


「分かりました 」これは、あらゆることを想定すべきだ。


「随分物分かりがいいですね。 思い当たることでも?」無言の男は、俺に手錠をかけた。


「何もないです。 早く行きましょう」




こいつら警察じゃない。 俺は今、普通のワゴン車に乗って移動してる。 パトカーを使わないし、警察の制服でもない、もっと極秘の組織。ガタイの良い無口な男と俺の手錠が繋がっている状態で、逃げるのは不可能。会話できるのは細身で鋭い目の男だけ。運転手が増えて、1対3。


「ほんとは何者なんですか?」後部座席右側に座る俺は助手席の話せる男に質問する。


「警察です」冷酷な声が返ってくる。


「俺は殺されるのか?」あらゆることを想定すべきだ。


「暴れたらそうなります。 が、 私たちは知りたいことがあるので、あなたには生きていてもらいたい」 知りたいこと‥‥‥今のは大ヒントか?


「捕まってるのは俺だけか?」ダメだ、最悪の結末を想像してしまった。


「私の早とちりでしょうか。 今の質問はあなたにとってデリケートだ」あらゆる想定を‥‥


「ところで、どこに向かってる?」


「海」



***



海水浴場の駐車場に到着した。今は何時なのだろう。真っ暗な駐車場には大型バスが一台不自然に止まっている。俺は先程の2人に連れられ車から降りる。


「さぁ着きましたよ。 あなたの思い出の地日本海です。 秋田県ですが」そうか‥‥でもどうして。


「すっかり暗くなっちゃって何時に帰れるんですか?」


「少なくとも今日は無理です。 砂浜まで歩きましょう」手錠をかけたまま舗装されたコンクリートの道を歩く。


スタスタ


「バスから人がゾロゾロ出て来たんですけど、あの人たちもあなたの仲間ですか?バスがこの時間に海に止まるなんておかしいですよね?」鋭い目の男は無視した。彼は砂浜の上を躊躇なく革靴で進んだ。俺はスニーカーだけど、我慢するしか無い。何をするつもりだ。


ザッザッ


「この辺でいいでしょう 」黒いスーツの男2人と俺は海水まで数メールの距離で止まった。靴には既に砂が入ってしまって気持ちが悪い。


ピカッ


バスのハイビームが俺たちを照らす。こんなにピンチなのに、ドラマチックだなと思っている俺は、結構冷静なのかもしれない。


「何で海なんですか?」ここまで来て、まだ助けが来るんじゃないか、とか考えている。


「それは私たちも賭けです。 ここでならあなたの疑問に全て答えます。 が、 まずは我々が得た情報をあなたに聞いていただきたい」


どうやらやっと本番らしい。


「‥‥‥分かった」


「あなたは猟師になって1年間は集団で仕事をしていた。 その時は罠にかかった熊や猪にトドメを刺す訓練をしていた。 猟銃で数発撃ってやっと仕留められる腕前だったそうですね」


そういうことか。


「はい」


「しかし2年目からは1人で行動するようになる。 先輩たちから猛反対されたがそれを押し切る形で。 するとなぜか罠にかかった熊を一発で仕留めることが出来るようになった。 そしてついには罠にかかってない熊まで一撃で倒すようになる」


どこまで辿り着いた?


「はい」


「あなたは熊だけではなく猪や鹿もそのように仕留めたことがあると聞いています。 信じがたいことに全て正面から眉間に当てて。 まさに神業だ。 ちなみに全て松形さんから伺いました。 事実ですね?」


DMの相手はこいつらか。


「はい」


「あなたのお父様、 来さんは動物写真家で有名だ。 彼の写真集の特徴をファンの方々に尋ねたとしたら全員こう答えるはずです。 『カメラ目線』 とね。 そして来さんはこれだけ有名なのに表に姿を現さない。 だから捕まえるのに苦労しました」


「父ちゃんに何かしたのか!?」


「大丈夫、 無事です。 あなたが質問に答えてくれれば。 そういえばあなたのお父様もサングラスをしているそうです。 お父様の知人から聞く限り、 一日中屋内外関係なく着け続けているそうです。 あなたもですよね」


よく調べている。父ちゃん‥‥


「俺のは母ちゃんの形見です。 父ちゃんも同じ気持ちでかけてます」


「あなた富山県で育ってますよね?ご近所さんの話だとお母様がご存命の頃、 夫婦2人でサングラスをかけていたと聞いています。 当時小学生のあなたはまだかけてなかったとか」


これ以上は、引き延ばしても無駄か。


「笑わないで聞いてあげます。 知りたいことは何ですか?」


「あなたたちには不思議な力がある。 おそらく目を合わせると相手の動きが止まる力。 それを隠すためにサングラスをしている。 あなたのお母様が亡くなったのは、あなたが小学5年生の頃。 あなたがお母様の形見を着け始めたのは中学2年生の頃。 たぶん人が声変わりをするように、あなたには力が徐々に現れてくる。 ここまではどうですか?」


そうか、ここまでか‥‥‥


「俺たちは殺されるのか?」


「推測ばかりですまないね。 前例がないんだ。 聞きたいことがまだあります」


「父ちゃんに会わせてくれ」


「無理です。 正直なところ我々はあなた方を恐れている。 だから陸からも海からも暗闇に紛れてスナイパーがあなたを狙ってるんです」


一応聞いておくか。


「なぜ俺たちに目をつけた 」


「いい質問です。 半年前、 富山県T沖の洋上風力発電建設予定地の海中に変わった形の大きな金属の塊が見つかった。 その塊は内側から強力な力で開けられた穴があり、その中に誰かがいた形跡がありました。 中には畳一畳ほどのパネルがあり、我々はそれを操縦に使うパネルではないか、と仮定しています。 この塊は乗り物である。 乗り物と言っても窓はない。 船ではない車な訳がない、こんな大きさのドローンは見たことない。これは一体いつから沈んでいるのか。 オカルトの世界が現実になったのではないか。 ちなみにこの事実は報道する予定はありません」話せる男は興奮気味に説明する。確かに逆の立場だったら、俺もそうなる。まさかソレまで見つかっているとは、想定外だった。


「そして大事なことがある。 中には誰もいなかった。 空中で穴を開けて逃げたのか海中で逃げたのか定かではないがこの乗り物が沈んでいるところから陸地まで30キロある。 正体不明の乗組員は生きているのか、それが最も気がかりなんだ。 そいつらは飛べるのか、 泳ぎが得意なのか」


探求心と恐怖心、そして正義感に押し潰されそうな、この男は、俺を本当はどうしたいのだろう。


「その乗り物を見つけた時から乗組員を捜索していて、特殊な才能のある、俺たち親子に白羽の矢がたったってことか」彼らの言いたいことを要約したら、簡単な話だった。


「そうだ。 大事なことだからはっきりさせてくれ。 君たちは人類にとって安全なのか」 鬼気迫る表情。この後の一言を間違えると、俺たちは死ぬことになる。


「危害を加えるどころか、母ちゃんは人間に殺されてる。 人間はやり返すが俺たちはやり返さない。 悲しくて恨んでいても」


もう引き返せない。


「言葉にならない気持ちだ。 あっさり人間じゃないと認めるんだね。 では君たちは飛べるのか?」


「飛ばない 」


「泳いでここから逃げてみるか?」鋭い目がライトの照らす先を指さす。


(あお)るなよ。 その代わり教えてやる。 俺たちは泳ぎが上手い。 スピードは大人なら運動音痴のやつでも、オリンピックで金メダルをとれるくらい速い。 持久力はわからないが海を30キロくらいは余裕だ」


「学生時代に水泳をさぼったのはサングラスを外せないからだけではなく目立たないためか」


「そこまで知ってるんですね。 俺たちは人間として一生を終えたいと思っている。 平均寿命は人間とさほど変わらないんだ」


「その手錠を壊すほどの力はないのか?」


「無い。 リンゴは潰せる」


「例の乗り物を破壊したのは何だ?それをどうした?」


「この世界で言う拳銃のような物で俺たちが持って来た唯一の武器だ。 俺の部屋にある」


「君たちが集まることによって我々人間に何か都合の悪いことは起こるか?テレパシーとか」


「何もない。 人間と同じ様に家族と会えて安心するだけだ。 父ちゃんに会わせてくれないか」


これで良いのか?父ちゃん‥‥


「君の学生時代から情報を集めているが誰に聞いても良いやつだと答えてきた。 君のお父様も同様だ。 今取り調べた内容の真偽は不明だが何度も言う様に前例がないことだ。 私の問いに、のらりくらりと答えることも出来たのに、君は正面から答えてくれた。 だからこれも賭けだが君と君のお父様を会わせる。 2人いっぺんに取り調べさせてもらう。 東京に来てもらうよ」


「父ちゃん東京に来てるんですか?」


「なんだ知らないのか。 本の出版に関わる取材を受けに来ている。 親子2人が日本にいる瞬間を狙ってこちらは動いていたんだよ」


そうか、ずっと泳がされてたのか。



***



「父ちゃん、 久しぶり。 写真集出版の日にこんなことになるなんてね」 俺は父ちゃんに笑顔で手を振った。手元がガチャガチャ邪魔くさいが、久しぶりに会えた。一歩間違えれば、天国で再会していただろう。


ドラマでよく見る、獄中の罪人と面会をする部屋のような、分厚いプラスチックの壁を挟んで、俺たち親子は顔を合わせた。2人して手錠をかけられている。 何も悪いことなんかしていないのに。


「来十、 飯とかトイレとか行けてるか?」健康的に日に焼けて、ワイルドな髭を生やした父ちゃんは、一般的な同世代より若く見えるが、会わない間に、また少し老けた気がした。


「ちゃんと人間扱いしてくれたよ。 聞かれたことに正直に答えてるからかな?そっちも話してるんだろ?」俺もこの数時間で、ある意味老けた感じだ。


「あぁ。 他に隠してることは無いのかとか聞かれるけど、 具体的に聞かれないと答えようも無いし疲れたよ」父ちゃんは、この日の準備が出来ていたのか、動揺はあまりないようだ。年の功ってやつか?


コンコン


「失礼、 来さん。 ここからは私が担当します。 来十さんは引き続きですね。 遅れましたがまずは自己紹介から。 私、 国家安全保障特殊捜査班の第一班班長コードネーム葛飾(かつしか)と申します。偽名で失礼、 この組織はぽっと出の首相くらいでは存在すら知らない重大機密です。 内緒でお願いしますね」鋭い目の男の正体、葛飾がこの先色々と聞いてくるようだ。


「えー今回の取り調べですが、 お2人の仕事の関係者には、来さんの奥様である吉沢(ゆめ)さんの事件について、再調査が行われるという設定で話を進めてます。 お帰りになられたら口裏合わせよろしくお願いします」


「私たちは帰れるんですか?」父ちゃんが椅子から立ち上がって訊ねた。


「そう出来たら良いなと考えています。 もしあなた方を仕留めたとして、お仲間が仕返しをしに来たら、我々人類には勝ち目がない。 例の乗り物を見る限りあなたたちの故郷には、あの銃以上の威力の兵器がゴロゴロあることが予想出来る」


「そうですね。 出来れば仕返しはしたくない」父ちゃんは強気な発言をした。


「来さん、 息子さんの言ってることと違いますね。 来十さんは人間とは違ってやり返さないとおっしゃってましたよ」


「俺たち家族はって意味だよ」俺は注釈を付けた。


「国、 いや星か、 皆んなは違うと?」


「そうです」父ちゃんは、ちゃんと丁寧語で対応している。やはり年の功か。


「ところであなた達は外見を変化させる能力があるのですか?」あぁそれは‥‥


「そんな能力はありません。 元からこれです」父ちゃんが断言する。確かにその通りだ。


「遠い星でこんなにも似た姿をしているものでしょうか?」




☆カコノハナシ☆




あるところに地球と似た気候の星があった。 その星には昔日本に住んだことがある男がいた。 男は冒険家で色々な星を探検したが、 冒険の最後に単独で20年日本に滞在した。 男は日本で出会った女性と2人の間に産まれた息子とで星に帰った。 男は星の王様に日本のことを話した。


「地球には 『人間』 がいます。 『人間』 とは日本語ですが、我々で言うところの 『人縁(じんえん)』です。 似たような文字と響きです。 日本語は我々の言語とほとんど同じです。 しかも驚くことに日本人は我々と同じ様な顔つきの種族でした。 我々か日本のどちらかがどちらかのルーツかもしれません。 その架け橋に妻と息子はなれるのではないかと思っています」


王様は深く考え込みゆっくりと男を見た。


「この話誰にもするなよ。 この話を聞いて日本へ行く人縁が増えたら地球に我々の存在がバレて侵略をされるかもしれない。 この星の資源と人縁を我々は守らなければならない。 妻と息子の出生の秘密は死んでも漏らすな」


***


ある休日の朝、 私は家族で食事をとっていていた。 すると反抗期の息子が珍しく声をかけてくれた。


「今日サッカーの試合があるから見に来てよ」


私は 「いいぞ」 と答えたつもりだった。 気づいた時には妻が私の体を揺さぶっていた。


「あなた大丈夫?硬直してたわ。来、ちょっと説明しなさ‥‥」


「えっ今度は母ちゃんが、 なんで!?」


「何が起きてるんだ!どうしたんだ!(さくら)!おいっ!」


その日中に原因は判明した。 来にはサッカー部を辞めてもらい、翌日からサングラスをかけて登校させた。 学校には特殊な病で陽の光に目がやられてしまうとか何とか理由を作って納得させた。


***


来が高校生の頃、 深刻な表情で「話がある」と言ってきた。 桜は先に聞いたようでどんよりしている。


「父ちゃん、 俺に子どもが出来てしまいました」


「はぁ?なんだとクソガキーーーー!!!!」


私は仮説を立てていた。 来の不思議な力は人縁と人間の子どもに現れる特殊な力なのではないか。 来の力は子孫に受け継がれる可能性がある。


「はじめまして、 加藤夢です。 ご迷惑をおかけしてすみません。 来くんとは真剣にお付き合いさせていただいてます 」


「夢ちゃんは施設の育ちで両親とは連絡とってないんだ。 子どものことも話したら何されるか分かんないって。 だから今日から一緒に住んでいいかな?」


「そんな、 桜、 どうしよう」


「住めば良いじゃない産めば良いじゃない。 私だってとんでもないとこに嫁いだんだから。 それよりマシよ」


「そうだね、 申し訳ない。 じゃあ夢ちゃん、 今日から家族だ。 一緒に住もう」





☆イマノハナシ☆





「遠い星でこんなにも似た姿をしているものでしょうか?」


「そりゃ広い宇宙で似た生物くらいいるでしょう」


「地球で宇宙開発が禁止になってから1万年以上たちます。 我々は時計の針を戻して地球に負荷のかからない 身の丈にあった生活サイクルを手に入れた。 国際秩序だって4千年前に最後の戦争があったっきりずっと平和です。その平和な社会に宇宙人がいちゃ困るんです。 せっかく手に入れた平和が血に染まらないように、私は命をかけてこの危機を阻止しなければならない。 あなた達の仲間は地球に住んでますか?」葛飾はこれまでと違って、情に訴えかけるように尋問を始めた。


「私の知る限りではいません。 私たちの故郷から地球へ辿(たど)り着いたのは私の父が初めてです。 そして地球で得た情報を父は星の王様に話した。 しかし王様は地球及び日本の存在を公表することを禁止しました」 俺が詳しく知らないじいちゃんの話だ。


「なぜ?」


「日本人は私たちと同じ顔をしている。 宇宙規模の民族浄化が起きることを王様は恐れたのです」


そんな人縁いるかなぁ?


「星に住む人々の中にはそういった思想を持つ集団もいるということですね」葛飾の表情が強張る。なるほど、それが狙いか。


「はい」


「あなた達宇宙人と人間の間に子どもは産まれますか?」


「分かりません。 前例がありませんから」


「来さんも来十さんもまだお若い。 間違っても前例にならないでください」葛飾は持ち前の鋭い目でじっと父ちゃんを見つめた。


「睨まないでくれ。 父ちゃんは母ちゃん一筋だから心配ない。 俺も心得てる。 最後は孤独死だ」


「悪さをしなければうちの組織で素敵な老後を過ごせるよう色々と手配できます。 あなた達はこの星の危険因子になりうるが一方でこの国のパートナーとなる可能性がある 」 本人は不本意そうだが、今の葛飾は国の代弁者といったところだろう。


「俺たちは今まで通りの生活が出来れば、他には何もいらない」俺は正直な気持ちをぶつけた。


「確かに2人とも生活に不便はしてませんね。 では違う聞き方をします。 夢さんの事件にもう1人犯人がいるとしたらどうです?」葛飾の瞳がさらに鋭く、グッと暗くなった。こいつ何を言ってるんだ?


「は?犯人は2人ですよね?もう捕まってるはずです 」父ちゃんが珍しく取り乱す。


「実はもう1人います。 もう証拠はある。 自供もとれてる。 でも捕まってない。 なぜか?世界が平和でも虫眼鏡で覗けばこの世界は腐ってます。 あなた方が協力してくれれば特別に教えて差し上げます」 さっきまで人間と会話してると思っていたが、正体は死神だった。


「何をしたら良いんですか?」父ちゃんは死神に魂を売りそうな勢いだ。


「銃や例の乗り物にはどんなエネルギーが使われてるのですか?」日本、いや地球の誘いはあまりにも軽率だった。


そう来たか。王様は間違ってなかったようだ。


「私たちはエンジニアじゃないので分かりません」父ちゃんは正気を取り戻した。


「故郷の主要なエネルギーのはずです。 一般人にも知られてるのでは?」ハイエナが臭いを辿ってつけてくる。


「本当に分からない」俺は嘘をついた。


「私に知られたくないことがある?」(かかと)に喰らい付いて、喰い千切ろうかという気概。彼もまた星を背負っている。


「そりゃ知られたくないこともあるさ。 住所だって職場だって知られたくなかった」 僕は海外のコメディドラマの吹き替えのように、大袈裟に主張した。葛飾の追求を逃れるには、あと何を言えばいい?


「ふぅー。ずっとお2人の脈や体温を別室のチームが測っているのですが特に連絡が来ないので嘘はついてなさそうですね」葛飾が衝撃のネタバラシをした。動揺が無かったはずはない。


「そ、 そうか。 じゃあもう帰らせてくれないか」父ちゃんが、すかさず逃げの一手を放つ。


「犯人を教えます 」


なぜ?葛飾の暴走か?


「お前らが捕まえればいい。 なぜ教えたがる」父ちゃんがキレた。サングラスの奥は恐ろしいことになっているはずだ。


「大田区のBAR 『KING BONE』 に勤めてる宮津(みやづ)栄司(えいじ)42歳。 ある尊いお方と女性大物アナウンサーの隠し子だ」葛飾は俺たち2人の表情をじっくり観察した。


「なぜ捕まえない?」父ちゃんは立ち上がった。


「察してくれ」葛飾は無表情で虚ろに答えた。





☆カコノハナシ☆




「っ、何でサングラス外したの?」夢が泣き崩れる。シートベルトがピンと伸びた。車内は、罪の意識で出来た沼のようなドロっとした空気で満たされていた。


「暗かったからつい」来はハンドルを握ったまま茫然とした。


「名乗りでないの?」夢は来の腕を掴んで、沼に引きずる。


「言ったら捕まるし実験されるかもしれない」 来は自分の顔をグシャリと掴んだ。ルームミラーには酷い顔が映っている。


「でも来の力で起きた事故でしょ?」夢は涙に濡れた瞳で来のことをじっと見つめる。あなたを見捨てない、と夢は呟いた。


「そうだね‥‥‥ 」来は震える手で父に電話をかけた。


***


「確かに被告人には人縁の動きを一時的に止める謎の力があるようですね。 体験するまでは信じられませんでしたが。被告人は運転中トンネルの中が暗く少しだけサングラスをずらした。 その一瞬、運悪く対向車の被害者と目が合ってしまった。 そして被害者はフリーズしたままトンネルの壁に突っ込んだ。 これは到底故意の事件とは言い難い。 しかし被告人がサングラスをかけていたらこんなことにはならなかった。

この裁判、 異例ではあるが王からの助言もありました。 全てを加味して判決を下します。

主文 被告人を 星流しに処す 」



父ちゃんは犯罪者になった。 故郷のこの星から一生出て行かなきゃいけない。 俺も父ちゃんと同じ力があるかもしれないから一緒に出て行くことになったが、 そしたら母ちゃんもついてきた。 じいちゃんは日本に行くよう勧めてくれた。 昔から日本のことはじいちゃん達から聞いていたから上手くやっていけるかもしれない。


じいちゃんは戸籍とか税金関係のこととか不法移民に裏で工作してくれる犯罪組織と顔馴染みらしい。 この星でたくさん獲れる(きん)を手土産にしたらVIPになったんだとか。 家族写真を3枚撮った。 1枚はじいちゃん達の分、 もう1枚は俺たちの分、 最後の1枚は工作屋さんの分だ。


***


「工作屋さんは富山県にいるって聞いたものの、電話番号変わってたら終わりだな」 父ちゃんは操作パネルに映る海を眺めながら、地球にも海ってあるんだなぁ、と感心していた。


「来、 そろそろ着くでしょ?この飛行船の降り方って本当にこんなに乱暴なの?」母ちゃんが戸惑うのも無理はない。


「ねぇ父ちゃん、 ピストル使ったら捨てないでね」


「欲しいのか?一回しか使えないんだぞ?まぁおもちゃには丁度いいか」



「夢、 来十、 荷物持ったか。 海上で低空飛行したまま停止させたぞ。 ここならたぶんバレないで乗り捨て出来そうだ。 俺がピストルで壁を撃ったら2人とも降りろ。 夢はすぐ泳ぎ始めてくれ、 来十は荷物持つだけで精一杯だろうから浮かんでろ、 俺がすぐに連れて行く。 じゃあ始めるぞ!!」





☆イマノハナシ☆





「察してくれ 」




「あ〜疲れた。 やっと解放されたね。 しかしびっくりしたわ。 俺たち嘘ついても体に反応が出ないんだね新しい発見だ」窮屈なのが外れたから、無駄に腕をぶん回して、自由を楽しむ。


暗い路上には人気(ひとけ)が無い。今は真夜中なのか?


「まだ知らないこともあるってことだな。 てか今日は一体何日だ?スマホ没収されてたし‥‥。 来十、 スマホ買い替えとけよ 」と言いつつ地図アプリを父ちゃんは開いた。


「うん‥‥‥わぁっ!里志プロポーズ成功したって!!」今年1番のガッツポーズをとる。


「中学から親友のあいつか、 良かったな〜。 来十はまだ結婚しないのか?」父ちゃんは、あっけらかんと冗談にもならない質問をした。


「おい、 今まで何話してたんだよ。 俺は父ちゃんとは違う道を生きるって決めたんだ。 1人なら何があっても柔軟に対処できる 」父ちゃんは嘘が上手いが、ヘンテコだ。俺がちゃんとしなくては。


「ごめんな。 夢のことだろ?2人組の強盗だって話だったのにな。 でも俺の勘だと3人目は嘘だ。 葛飾の罠だ」父ちゃんの勘はよく当たる。俺はどうにも分からない。


「今の世の中1人でも殺したら死刑が確定する。 尊いお方だかなんだか知らないが、国民投票で決められた法以上の存在なんていない。 絶対に手を出してはダメだ」父ちゃんが真っ直ぐ俺を見つめた。


「分かってるよ。 俺は熊とか猪とかの相手する方が向いてる」里志のメールをまた開いて3秒見たらすぐ閉じた。


嫌な感じだ。心の(もや)が晴れない。




***




「葛飾さん、 あれから1年動きないですね」部下Aが欠伸(あくび)をした。


葛飾は組織の事務所にいた。都内のビルの地下4階。秘密ばかりの彼らには、常に複数の任務が言い渡されている。現在、吉沢親子の件からは、ほぼ手を引いて、時々上に報告する程度になっていた。


「ありませんね。 宮津がフェイクだとバレましたかね。 熊を仕留めるくらい血気盛んならすぐに引っかかると見てました」葛飾はコーヒーをひと口飲んで首をボキボキ鳴らした。


「宮津は暴力団員だから消えても良いんですけどね 」部下Aはサイダーをゴクゴク飲むと、「ゲッ」とゲップした。失礼しました、と呟くと、葛飾は「構いません」と言った。


「それにしても、宇宙人は平和主義者でしたか」



***



「葛飾さん!宮津が死にました!」部下Bがモニターを見ながら、受けた報告を葛飾に伝える。


「何!?どうやって死んだ!?」葛飾は椅子から飛び跳ねた。


「宮津が運転する車がカーブで曲がらず、直進して壁に衝突しました 」 部下Bが葛飾の下に映像を飛ばす。


「事故死?‥‥いや、すぐに対向車の映像を!!」


葛飾の勘が訴えている!吉沢親子の仕業だ!


「今映ってる車の所有者を全部調べろ!おい!今窓から手が出なかったか?この車に乗ってるのは誰だ!?」


「どの車も所有者は吉沢ではないです。 その周辺人物でもない。 手が出てたのはライドシェアの車ですが、乗っていたのは田山(たやま)敬介(けいすけ)65歳」部下Aが事実を読み上げる。


「田山敬介?そいつに連絡しろ!!」


「田山敬介先ほど死亡が確認されました!!」部下Cが取り乱して報告する。


「どういうことだ!?」


「捜査官が自宅に向かったところベランダから首を吊って死んでたそうです!!」部下Cが追加情報を伝える。


「カメラは!?」


「周辺にカメラありません!」部下Dが監視カメラを調べた。


「田山の遺書が見つかりました!田山には1億3千万の借金があったようです!」部下Eが報告する。


「あの手は本当に田山だったのか?ライドシェアの運転手に連絡しろーー!!」


「マスクをしていて顔はよく覚えてない。 白髪混じりの男だった、と言っています。 防犯カメラも安物を使っていたようで、画質が粗くてよくわかりません」部下Aが残念そうに報告する。


「ふぅーーーーー。 そうか。 手詰まりですね」 葛飾は額の脂汗をハンカチで拭き取った。


「葛飾さん、 吉沢が都内にいるか調べますか?」部下Aの提案に、葛飾は頷いた。


「吉沢来は現在オーストラリアにいます。 吉沢来十は事件の1時間後青森県でSNS更新してますね。 猪を仕留めた報告のようです 」部下Bがため息混じりに伝えた。


「報告します!検死の結果、 宮津の体内から基準値以上のアルコールが検出されました!」部下Fから決定的な証拠を受け取ってしまった。


「白‥‥です‥‥か」葛飾は言葉を失った。



***



「来十くん本当にこんなに金塊もらっていいの?」スキンヘッドで両耳にピアスを開けた、巨漢は満足そうに金塊を撫でている。何の変哲もないビルの一室に、あっていいような金の量じゃなかった。


「もちろんです。 俺だけじゃ宮津は殺せなかった。 工作色々ありがとうございました。 ただ吉沢家がここと関わるのはこれで最後です 」いかにも裏社会っぽい黒革の椅子に、深く座り直したボスの貫禄に圧倒されつつ、俺は筋を通してお別れを伝えた。


「悲しいなぁ君が小学生の頃からの縁だからな〜。元を辿れば先代と君のじいちゃんからだからねぇ」 金さえあれば、この人たちは優しい。だからもう会うことはない。


「父ちゃんの分と俺の分、 沈んだ飛行船からちょっとずつ運んで保管してましたが、今日渡したのでそれも無くなりました。 働けなかった時の保険でしたが、 俺たちちゃんと食ってけてるんで」 俺の話にボスは大きく頷いた。


「これで田山の借金もチャラだし、 助かったよ。 ウチの元猟師も役に立ったしさ。 ウチはいつでも待ってるからね?」ニヤリと笑うと金歯が光った。まったく、これ以上何を搾り取ろうというのか。恐ろしい男だ。


「いや、 そろそろ正しく生きなきゃならないんで」不器用なりにケジメをつけたかった。


「アハハ、 カッコつけてんのかい?」ボスは机に肘をついて手を組んだ。それだけの動作で、気弱な人間は泡を吐いて気絶するだろう。1対1。俺は宇宙人だ。でも勝てる気がしないから不思議だ。


「俺のじいちゃん日本にいる時に英語もちょっと勉強してたんです。 ばあちゃんと付き合ってる時に、自分の素性嘘ついてたから、父ちゃんの名前をlieにしたって。 それを聞いた母ちゃんが俺にrightって名付けました。 父ちゃんは紛らわしいからやめろって言ったんですけど。 母ちゃんは俺に正しく生きてほしかったみたいなんです。 母ちゃんの敵討ちは終わったから、俺はまた山に戻ります。 必要とされる場所に帰るんです」 こんな人でも話せば伝わる。きっと俺たちは元は同じところから生まれたんだ。


「立派じゃんか!元気でやれよ!」ボスは最後まで約束を守ってくれた。吉沢家と会う時は1人で相手をしてくれた。


「はい!今までありがとうございました!」やっと裏と手を切れた。心のつっかえが1つ無くなった。





コインパーキングに停めた愛車に乗り込む。


「もしもし、父ちゃん‥‥終わったよ」清々しい笑顔で電話をかけた。


「そうか、全部やってもらって悪かったな」父ちゃんの一言で我に帰った。


「‥‥俺、人殺しだ」ルームミラーには、酷い顔が映っていた。


「直接手を下したわけじゃない。そもそもは向こうが悪い」父ちゃんは自分にも言い聞かせているみたいだった。俺と父ちゃんの過去では、裁かれる罪は変わるのだろうか。


「‥‥俺幸せになれるかな」少なくとも死ぬ時はひとりぼっちだろう。幸せって何だろう。


「なれる!夢が見てくれてるよ。大丈夫だ。もし葛飾が来ても『のらりくらり』だぞ」父ちゃんは元気を絞り出してエールを送った。秘密だらけの人生を生き抜くぞって。


あぁ、罪を犯したのが知らない場所で良かった。


「忘れないよ。俺たちはこれからもずっと『のらりくらり』だ」


最後まで読んで頂きありがとうございました。

秘密を守り、嘘をつき続けた吉沢親子が最後は人を殺めてしまいましたが、その根本には家族への愛がありましたね。もの凄い未来の設定ですが、未来すぎると逆に現代まで文明が戻るんじゃないか、という個人的な予測も盛り込みました。最後に出てきてすぐ死んだ田山敬介が可哀想でなりません。同姓同名の方いらしたらすみません。

ではまた!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ