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桜、自分を腹黒いと思う

 桜は向日葵と並行して、橘平ともメッセージのやり取りをしていた。


〈橘平さん、どうしよう〉


〈どうしたの?〉


〈お祭りの日、私もお手伝いなの。あとね、その稽古があってね、野宿行けるかどうかわかんないのどうしよう泣きたい〉


〈泣かないで!稽古って?〉


〈電話していい?〉


〈OK〉


 桜は桜まつりでお神楽担当になってしまってその稽古が毎日あること、ついでに葵もなぜか祭りの手伝いをすることになり、一宮家でまもりの物を探すことができなくなったことを話した。


「ほんと、どうすればいいかなあ」


 桜は涙声で橘平に相談する。解決方法が浮かばない橘平は『ごめん、俺にはいい考えが浮かばないけど』ひとこと断って続けた。


『絶対野宿に参加したい、って気持ちを伝えるしかないかな』




◇◇◇◇◇




 その助言通り、桜は夕食後、 


「朋子ちゃんたちとお泊り会の約束したの! 絶対行きたい!」


 と、必死に父に頼み込んだ。


 よくよく考えれば「向日葵の家でお泊り」は、すぐバレてしまう危険性があった。街に住むクラスメイトの家ならば、そのリスクは低いと踏んだ。


「お、お泊まり会?」


 娘の口から初めて聞くワードに、千里は動揺した。


「そう、この子たちと」


 桜はファミレスで撮った食事会の写真を父に見せた。パスタやハンバーグなどがテーブルに並び、4人の女子がそれぞれポーズをとって写っている。


 かおりと椿もその写真を覗きこむ。


「楽しそうね」


「ともだち?」


「……う、うん、と、友達」


「知らない人の家に泊まるのは」


「『女の子』のお友達だからいいじゃない。女の子ならいいんでしょう?」


 かおりのその言葉に、千里は意外さを感じた。彼女が千里の言葉に反論することは、ほとんどないからだ。


「かおり、知らない人の家だぞ」


「知らない人じゃなくて桜のお友達。女の子ならいいって言ったの千里さんよ。いままで同年代の子と遊んだことないんだし、いいじゃない」


 常におどおどしていた妻が、今日は一歩も譲らない顔をしていた。初めての表情に千里は戸惑う。


「お父さん、お願い。その分、稽古はみっちりきっちり厳しくやります!高校生活も残り少ないので、どうか」


 桜はリビングの床で土下座した。


「おい、土下座まで」


「ここまで楽しみにしてるんだから」


 娘と妻に挟まれ、千里はしぶしぶ、許可を出した。


 桜の頭の中は、野宿会でいっぱい。一宮家の捜索はまた考え直すことにし、念のため桜は、朋子に裏工作をお願いした。


 自分を腹黒く、意外にも図太い女だと思った桜だった。


 


 友達とのお泊り会を許された桜は、女子高生らしい素直な笑顔だった。


 菊がなくなってからはいつもつまらなそうで、生気がなかった娘。かおりはふと、自分は母親として、桜のために何をしてきただろうか、という思いが浮かんできた。そもそも、桜の笑顔を見たことがあっただろうか。そんな疑問も沸き上がった。


 そして、今になって猛烈に気になってきてしまったことがあった。


 吉野と千里の桜への態度だ。


 わざわざ小学校から遠くの女子校に通わせ、異常なまでに男子との接触を嫌う。では菊が女の子と遊ぶのを禁じていたかというと、そんなことはない。菊は共学の小学校に通っていた。頭の出来が違いすぎて友人がいないタイプだが、学校では周りに合わせて楽しんでいたようだった。


 特殊な村であることは承知で嫁ぎ、嫁がされた。少しでも疑問を持つことがあっても、かおりは口には出さず「この家はそういうものだ」と流していた。人と争いたくないという性格もあるけれど、世間体を守る意味でも夫とのトラブルを極力起こしたくなかったのだ。


 それでも、かおりは吐き出さずにはいられなかった。千里の暗い顔がちらついても、この疑問をぶつけなければならないと思った。


 


 かおりらの寝室は12畳ほどの和室だ。椿を真ん中に3人で川の字で寝ている。


 娘が寝入り、その隣で、メガネを外して眠りつこうとしている千里に、かおりは思い切って声をかけた。


「千里さん、ちょっと聞きたいことが」


「なんだ?」


 眠いのに邪魔するなとでもいうような返事だ。


 菊が亡くなってから始まった、厳しい目つき、かおりへの雑な態度。椿が男でないと分かった時の、不満そうな表情もしっかりと覚えている。


 千里の態度が変化してから、かおりはより、彼が不機嫌になりそうな話題や発言は避けるようになった。これから彼女が尋ねることだって、気に入らないだろう。


「どうして……その、どうして、嫁入り前の一宮の女の子は男の子と会っちゃいけないの?」


「は? なんでそんなことが知りたいんだ?」


 メガネをかけていない、真っ黒な千里の瞳がかおりの両目を射抜く。目の奥がぴりっとし、かおりは怯んだ。けれど、どうしても引く訳にはいかなかった。納得のいく答えが欲しかった。


「い、いやその……さ、桜のお友達のこと、いろいろ気にしてるの、が、た、単純に疑問で」


 実は千里、妻を相手にほんの少しだけ有術を使用した。今の話題について興味を失うように、心のその部分を「破滅」させようとした。意外にも彼女は踏ん張り、術を受け入れなかった。


「……跡継ぎが女だとロクなことが起こらないからだ」


 低い声でそれだけ言うと、千里は布団にもぐっていった。


 かおりはその回答に納得がいかなかったが、今日はこれ以上何も聞けそうにかった。

評価、ブクマ、感想等頂けると、桜が喜びます。よろしくお願いいたします~。

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