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桜、いとこと掃除する

 ざっ、ざっ、ざっ。


 


 休日の早朝、桜は境内を竹ぼうきで掃除する。特に春休み、夏休みなどの長期休暇になると毎日だ。ラジオ体操のようなものである。


 拝殿前の参道を掃除しなが、桜は「大事なものや隠したいものって、どこに隠すかなあ」と考えていた。


 蔵や物置、もしくは金庫、鍵付きの机、はたまた裏山に穴を掘って埋めるだろうか。日々、蔵を捜索中であるが、めぼしいものはいまだ見つからない。


 ふと、神社なら大事なものこそ、神様の近くに隠すのではないか。そう思った。


 例えば、本殿。


 桜は、本殿の方に目を向ける。宮司の吉野しか立ち入ることができない聖域。隠し物が見つかる可能性は極めて低い。掃除の手を止め、じっとその方向を見つめる。


 竹ぼうきの音が一つ増えた。


 桜が音の方を振り返ると、いとこのあさひが浅黄色の袴姿で掃除をしていた。神秘的という言葉がぴったりな、まっすぐ質量のある黒髪、整った顔立ち、薄灰色の瞳を持つあさひ。まるで生きている日本人形だ。


「おはよう、桜」


 あさひを見ていると、桜は菊の顔が浮かぶ。


 菊を感じる。


 二人は顔がよく似ていたからと思っていたが、最近、そうではないような気がしている。雰囲気、オーラ、説明できない何かがよく似ている。


「おはようございます。どうしたんですか、役場勤めになってから掃除はしなくてもと」


「やっぱり、掃除は心がすっきりするからね。久しぶりに一緒に掃こう」


 二つのざっ、ざっ、という音が境内に響きわたる。参道を掃きながら、あさひは桜に話しかけた。


「駆除の見学会、どうだった?」


「妖物が危険な存在になっているとわかり、驚きました。私が以前見たものは、あんな恐ろしいものではありませんでした。あさひさんや皆さんのこと、尊敬します」


「尊敬?」


 あさひは馬鹿らしいとでもいうように、腹の底から笑う。


「環境部だって、あんなヤツらを駆除できるようになったのは最近だ。短期間で無理矢理適応したんだよ。僕なんかこの間まで神職だったのに、手が足りないからいきなり妖怪ハンターやれって命令されたんだから。無茶ぶりもいいところだよねえ」


 あさひはもともと、お伝え様の神職だ。役場の駆除班の手が足りないということで、吉野が神社から貸した人員である。


「無謀でしょ。それでもできたのだから、他の人だってすぐに大活躍だよ」


 あはは、と声を上げながら、あさひは掃き掃除を続ける。無謀とは言うが、あさひも有術の才能ある人間の一人であり、妥当な人事だと言える。


 あさひはぴたりと掃除の手を止めて、まっすぐ桜の目を見た。


「さっきさ、本殿、見てた?」


 ゆっくりと口角があがり、目じりが下がる。風が吹き始め、髪がさらさらと揺れ続ける。


「興味あるの?興味持ったの?」


 桜は息ができなかった。


 大したことは聞かれていない。あさひも変わった質問はしていない。それなのに。


 この年上のいとこは、たまに魔を目に宿す。


「べ…別に興味なんてありません。まあ、跡を継げば、いつかはあそこに入れるんだなあ~って思っただけです。だいぶ先の話ですけれど。おじいちゃんもお父さんもまだまだ元気ですから」


「今入りたい?」


 ざり。


 桜は見えない圧に耐えきれず、後退った。かかとが石畳をぎゅっとこすり、呼吸も乱れ始める。


 ぷっ、とあさひが吹き出した。


「あはは、興味なんてあるわけないよねー。そういうようにできているんだから、僕たちは。変なこと聞いてごめんね」


 笑いながら掃除を再開するあさひに、奇妙さが残った桜だった。




◇◇◇◇◇


 


 あさひへの奇妙な感覚と恐怖を抱いたまま掃除を終え、桜が部屋に戻ると、机の上のスマホが振動した。


〈今日、補講来る?〉クラスメイトの朋子からのメッセージだ。


〈うん、行くよ〉


〈お昼、ファミレス行こ。他の友達も一緒だけどさ、桜のこと話したら話してみたい手って〉


 朝から訳もなく怖い思いをした桜だったが、スマホを胸に抱き、思わずくるりと一回転していた。


 あまりに嬉しく、朝食の席で「今日お昼ごはんいらない。と…クラスの人たちとお食事会があります!」と家族の前で大告白をしたほどだ。まだ橘平以外を「友達」と呼ぶのは気恥ずかしく、「クラスの人」と表現した。


 クラスメイトと食事に行く。17年の人生の中で初めての出来事に心が躍る桜は、単純な伝達なのに心臓が口から飛び出そうだった。


「わかった。楽しんできてね」


 母のかおりは柔らかな笑顔を娘に返した。幼少から友達のいる気配がなければ、友達を作る時間も隙も与えられなかった娘に、高校生らしい日常が生まれたことが嬉しかった。


 そこに父の千里が水を差す。桜とそっくりの黒い瞳ながら、厳しさばかりが顕著な目つきで娘に問うた。


「クラスの人ってことは、みんな女子だよな?」


「当たり前じゃない。女子高なんだから」


「だったらいい。本当だな?」


「女子しかいないってば。担任も女の人なのに」


「そういや、お前が遊びに行ってる八神の、工作が得意なおじいさん。あそこの孫って女の子だったよな。モモだかリンゴだかそんな名前の」


 千里は桜の会う相手が、女子かどうかを異常に気にしている。かおりは消化不良のような気持ち悪さを感じた。


「え…ああ…うん、そう。ちょっとご挨拶だけはした。でもお話はしてなくて、お名前はしっかり覚えてないけど」


 モモだかリンゴだかという孫は、寛平の長男の子供たちのことだ。桜は、今、橘平兄弟の名前をぽろっと言わなかった自分を「エライ」と思った。同年代男子と会った、遊んだなんて言ってしまったら、八神家への出入りが禁止されてしまう。


 それよりも心配なのは、八神家に迷惑をかけるかもしれないこと。具体的な事はわからないけれど、一宮家は八神家へなんらかの「注意喚起」をするだろう。 


「ならいい。そうそう、今年の祭り、桜がお神楽担当だからな。今日から稽古だ。お昼ご飯食べてきていいけど、16時には戻れよ」


 一回転する喜びから、くるくる何回転もして地獄へ突き落されてしまった。


 今週は「野宿」がある。稽古で参加できなくなったらと考えるだけで、桜は涙が出てきそうだった。


 野宿だけは絶対勝ち取りたい。


 桜にとって、4人でのまもりの痕跡探しよりも遊びの方が大事になっていた。

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