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橘平、葵の表情を読もうとする

「はあ!?なにこれ、かっこよ!?え!?」


 描かれていたのはクラシカ・ハルモニのキャラ達。AIのような絵といわれる橘平らしく、模写も完璧だった。キャラクターの表情や全身の絵のほか、名場面の模写もある。


 鉛筆画の上から、水彩絵の具で軽く彩色されているが、その濃淡や陰影も美しく「練習」という表現は向日葵には適切とは思えなかった。


 これはすでに作品である。


「私も見たい、見せ……うますぎて引く」


「ひ、引かないで桜さん、そんなうまくないから…」


「本当にさ、主人公、葵兄さんに似てるよね。特に橘平さんが描いたのは」


 桜はともにスケッチブックを鑑賞する向日葵に振る。


「やだあ、ヨハネスとそこのメガネじゃ比べ物になんないよ」


「そーお?」


「ヨハネスは愛のために命を捨てられんだからね。そんな人間は現実にホボいない!いたら好き!すぐ大好きになる~!」


 そう言って、向日葵は桜を抱きしめた。




◇◇◇◇


 


 次に4人で会うのは桜まつりの日だ。


 それまでに、桜単独で家の捜索、橘平は犬の散歩ついでに鳥居探し。そして野宿の会。成人組は辛い通常業務の日々である。


 桜はバイクに乗って帰っていったが、本日、橘平は向日葵に送り迎えをしてもらっている。ピンク軽に乗り込もうとしたが、橘平は「すいません、忘れ物」古民家へ戻った。


 玄関を開けると、葵が湯呑を持って台所へ向かうところだった。


「忘れ物か?」


 橘平は家にあがり「ちょっといいですか」と葵に近づく。


「実はこの間、酔っぱらった向日葵さんからまた電話がありまして」


 葵の表情を読もうと、しっかりと彼の黒い瞳を見つめて橘平は話す。


 心を読ませないような無表情だが、瞳が揺れる。


「あの時、向日葵さんの隣に誰かいたっぽくて。それが誰だったのかが気になってるんです」


「…なんで気になるんだ?」


 もし隣にいたのが葵ではなかったらと考えると、この話題はするべきじゃなかったかもしれない。


 そう思うも、尋ねるべきだと橘平の心は誘導する。


「心配ですよね、向日葵さんがお酒を飲んだら。隣にいたのが葵さんだったら、葵さんが側で心配できるから」葵の瞳を探る。「そうだといいなって」


 頑なに引き結ばれていた葵の口元が緩んだ。


 「…俺だよ。隣にいたの。舎弟のきっぺいに電話したの、見てた」


 橘平はほっとしたと同時に、隣に居たのが彼で良かったと心底思った。向日葵が弱いとき、頼るのは橘平であってはならない。隣には葵が必要だ。


「近くで心配できて良かったですね」


 葵は橘平の頭に手を置き、上から抑えつけるように髪をぐしゃぐしゃにした。


「電話の内容、誰にも言うなよ。向日葵にも絶対」


 橘平は頭を押さえられたまま「それは、はい、絶対守ります!」と答える。


 乱暴な手つきだが、優しい体温。これは怒りでも何でもない。橘平に見透かされた照れや恥ずかしさから、顔を見られたくないだけだ。


 気持ちが落ち着いたのか、葵は橘平の頭から手を離した。


 ゆっくりと頭を上げた橘平はもう一つ、気になっていたことを質問した。


「ところで話に出てきたポンコツって葵さん?」


 葵は下駄箱の横の箱から靴ベラを取り出し、「メガネ外すぞ」と脅す。


 今度は怒りだ。橘平が必死に謝っていると、「きっちゃんまだー?」という大声とともに向日葵が玄関を開けて入って来た。


 葵は靴ベラを背中に隠し、橘平は急いでスニーカーを履いた。


「す、すみません今行きます!」


「なんで髪の毛ぐちゃぐちゃなのよう」


「ぐ、ぐちゃぐちゃにしたら葵さんみたいにかっこよくなれたりしないかなーみたいな」


 橘平は先ほどの話題が口からカスほども出ないように、言い訳する。しかし全くうまくない。


 向日葵はそのことを本気で言っているのか、何度も橘平に確かめるような気持ちで「意味わかんないけど?」


「たまたま、葵さん見てそー思ってなんとなく」


「アオイ、イジメてないよね?」


「イジメるわけないだろ」


「ま、そうよね。きっちゃん、面白い突然ナゾ行動だけどさ~葵君を真似しちゃだめよ。朝起きたままなだけなんだから。フツーは清潔感ない人にしかみえないよ」


 向日葵はハンドバックから折り畳みコームを取り出し、整えてやる。


「そーっすよねえ! なんで葵さんは不潔じゃないんでしょーね? ふしぎー?」


「特殊なのト・ク・シュ」


 黙然と口を閉じたままの葵だったが、「……褒めてんのか貶してんのか」手櫛を入れながら複雑な胸の内をこぼした。絹糸のような細く、そして聞こえないような声。向日葵は聞こえなかったようだが、橘平はしっかり内容がわかり、心の中で必死に謝った。


「見た目が良いって得よね~私なんかメイクしなきゃならないのにさ~」


「……向日葵さんだって、すっぴんカワイイじゃないっすか」


「うふふ、お世辞ありがと。そうそう、帰りにうち寄ってくれる?ちょっと帰るのに時間かかって申し訳ないけど」


「向日葵さんち?」


「義姉さんとタケノコの煮物とかご飯とかいっぱい作ったのよ。お家の人と食べて」


「あ、うちも父さんがタケノコ取ってきました!」


「そっか~」


 などいいながら、二人は玄関を出ようとした。


 その二人の後ろから声がかかった。


「俺にはないのか?」


 その声にぴたりと向日葵は立ち止まり、「な・に・が?」と言いながら声の主を見る。橘平もそちらに振り向く。


「いや、俺にもタケノコご飯とか、夕食に」


「子供か!自分で作れ!こないだ料理の極意を教えてあげたでしょ!」


 ぴしゃんと向日葵は玄関を勢いよく閉めた。


「いいんですか、タケノコ」


「いいの」


 少年は車での葵との会話を思い出す。


 天然じゃなくて、そう振舞ってるのかもしれない。


「向日葵さんに甘えたいのかなあ」


「……前はあんなこと言わなかったよ」


 やはり、橘平と出会ってからの葵は感情的だ。


 向日葵はそう思いながら、軽自動車に乗り込み、人差し指で唇を軽く押した。

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