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葵、真の一人になる

 稽古の後半、有段者たちの試合形式での稽古が始まった。子供たちにとっては見取り稽古の時間だ。補足すると、躰道は体重などでクラスが分かれないため、練習試合も体格は関係なく行われる。


 橘平は初めて葵の試合を見た。妖物相手でも人間相手でも、洗練された刀のように、切れ味が鋭い動きである。


 相手は蓮だ。二人の実力は伯仲しているようで、技を繰り出しあうもなかなか決定打が出ない。素早いのは蓮の方であるけれど、技の重さがなく避けられてしまう。葵は手足の長さを活かしてはいるものの、蓮が素早く躱す。それぞれの体格をいかした動きで試合は進むも、引き分けで時間切れとなった。


「なまってる君なら僕でもぼこせると思ったのに」


「……毎日仕事してるから、なまりませんよ」


 向日葵は男性陣を身軽さで翻弄し、余裕で勝利していた。他にも女性はいるものの、彼女らでは向日葵の相手にはならない。


 ついに、橘平待望の対戦が始まる。葵と向日葵の試合だ。


 助け合って戦う二人しか見たことがない橘平は、興奮で動画がブレそうだった。隣の小学生に「三脚持ってる?」と聞いてみたが「あるわけないじゃん」と返って来た。橘平はなるべくブレない持ち方を模索する。


 さすがに向日葵相手は危険なのか、葵はメガネを外した。


 ギャラリーはざわつく。蓮は舌打ちし、樹は「カワイイお顔」と見惚れていた。


「すいませ~ん、ギャラリーの方々。皆様のアイドルけちょんけちょんにしちゃいます!今から謝っておきまーす!」向日葵は元気よく宣言した。


 保護者含め大半の人間は向日葵の強さを十分知っているし、長く通っている人間はこの二人の対決を何度か見ている。むっとする見学者たちだが「まあ仕方ない」と飲み込む。なにせ、葵が向日葵に勝ったところを見たことがないのだ。


 蓮はコートに立つ前の葵に「久しぶりにかっこ悪い君が見られるね」と余計なことを一言を添える。


 俺はいつもかっこ悪いけど。


 その思いで葵はコートに立った。


 葵は周りからの評価が子供のころから理解できない。自分の何がかっこいいのか、素敵なのか、優秀なのか、全然わからない。一人じゃ何一つできない人間だから努力しているのに、家族が医者だから勉強はできて当たり前、有術も見た目も生まれつきと言われる。彼の努力は評価されたことがなかった。


 自分の持っているもの、どれにも自信がない。それが三宮葵の中身だ。


 剣術は刀という「相棒」がいる。武術は己しかいない。


 身一つで立つ場所は、無意識に委縮してしまう。そんな「自分しか頼れるものがない」場所で、試合が始まった。


「よろしくお願いしまーす!」


 向日葵は元気の良い挨拶そのまま、積極的に葵を攻めた。軽くて速く、柔らい動きに、他の有段者は追いつくのがやっとであったが、葵は食らいついていく。  


 疲労を狙う戦略もあるけれど、力強さと体力もある向日葵には使えない。葵はすれすれで技をかわすのに精いっぱいで、自らの技をなかなか出すことができなかった。


 向日葵は向日葵で、すべて寸前でかわされ、技が入らないことにやきもきする。他の男性陣ならもっと余裕で技があてられるのに、と。


 多少疲れが見え始めた葵の隙をみて、向日葵の鋭い蹴りが彼の胴を狙う。


「もらった!」


 素手ではほとんど、葵は彼女に勝てたことがない。向日葵が圧倒的な強さを誇ることもあるけれど、葵は心の奥底に「勝ちたくない」気持ちがあった。葵自身は気づいていないことだ。無意識が勝手に、彼女とはそれ以上争わないように仕組んでいる。


 変体斜上蹴りが当たりそうになった葵は、それを紙一重で躱した。いつもならそれで逃げてしまうところだったのに、倒れた向日葵にいつの間にか突きを入れていた。


 葵の眼下に向日葵がいる。


「…なんで俺…」


 本来なら自分がとるべき態勢を彼女がとっていた。


 そこで試合は終了。葵の勝利で終わった。保護者たちは「良いものみた」顔で溢れている。


「…葵が…勝った」コートの上で大の字に倒れ込んでいる向日葵がつぶやく。


 葵も勝てるとは思っていなかった。本当に向日葵は強い。彼自身、びっくりしていた。


 嬉しいはずなのに、なんとなく向日葵に対して申し訳ない気持ちが湧いてきた。


 向日葵はうっすら涙を浮かべている。


「え、向日葵」


「リベンジ!」


 彼女は勢いよく立ち上がり、葵を指さす。「次は勝つから!!もう負けない!!」


 試合終了のあいさつもそこそこに、ずんずんとコートから出て行った。挨拶が適当だと、唐揚げ課長に叱られていた。




◇◇◇◇◇




「向日葵さん!」


 稽古後、駐車場に向かう向日葵を呼び止めた。


 熱気あふれる稽古場から一転、肌寒さを感じる野外。向日葵は道着からスカイブルーのジャージに着替え、上からウインドブレーカーを羽織っている。


「お、なーに?」


 橘平は試合動画を桜に見せていいのか尋ねた。彼女が負けてしまった試合だ、あまりいい気がしないだろうと考えたのだ。


「いいよ。撮っていいって言ったわけだし。なーに、気にしてる?勝つっていったのに負けたから」


「い、いや…」


「もう、優しいなあ、きっちゃん。汗臭くなかったら抱きしめちゃうのにい!」


 いつものようにふざけた口ぶりではあるけど、橘平はその裏に別の感情が隠されていることを感じた。


「…じゃあ、見せます。桜さん、うちに来るし」


「でも橘平ちゃんにさ、私が葵より強いとこ見せらんなくてショックだよ~。ほとんど負けたことなかったんだよ?ホントだからね?」


「疑ってませんよ!」


「うふふ。次は勝つからね!楽しみにしててね」


 そういって、彼女は、作り笑顔で帰っていった。


 橘平の背後から葵が声をかけてきた。


「お疲れ様」


 向日葵に勝ったというのに、敗北したかのような暗い表情だ。その理由は橘平には見当もつかないけれど、こういう時こそ、自分がお役に立てるのだと葵の手を取った。


「なんだ?」


 手のひらにお守りを描いた。


「は? なんで?」


「葵さん、勝ったのに負けた顔してるから。あったかい気持ちになれるように…おやすみなさい」


 そう言うと橘平は駐輪場へ歩いていった。ちなみに、母は車でさっさと帰ってしまった。




◇◇◇◇◇




 帰宅した橘平は、早速、桜に報告した。


〈どうだった?〉


〈葵さんが勝った〉


〈えええ!? そうなんだ!?〉


〈うち来た時動画見せるね。接戦だったよ〉


〈楽しみ~妹の看病今日までだから、明日は行けるよ!〉


〈まじで?OK明日来て!〉

試合の参考にした動画です。見るとイメージしやすいかな~と。

https://www.youtube.com/watch?v=ozYt9HMk67U&t=6s

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