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葵、聞き出す

 〈舎弟のきっぺい〉とは、おそらく八神橘平のことだ。予想外の話題に間の抜けた声が思わずでてしまった。


「そおおおお!聞こう聞こうと思ってたけど忙しくて遥か空の彼方だったの。あのね、ひまちゃん、この間、飲めないのにお酒飲んじゃって~!!」


 ちょうど葵が知りたい話題を樹から振ってくれた。これ幸いと、聞き出す態勢に入る。


「げ、マジでー?何かあったのかなー、向日葵が酒なんて」


 棒読みが過ぎるけれど、興奮する樹はまったく気にせず会話を続ける。


「僕もそれが気になって!ひまちゃん、ちょっと前、久しぶりに僕の部屋に来てくれてさ」




 夜の11時頃の事だった。夫婦はそろってベッドフレームにもたれかかり、何も考えずに見られるバラエティ番組を流しながらホットミルクを飲んでいた。


 すると、突然、向日葵が樹夫妻の部屋の扉をノックもせず開けた。うつむき加減で表情は詳しくはわからないが、北欧系デザインの鮮やかで大きな花柄の買い物バッグを手にぶら下げていた。


『わ、向日葵ちゃん。なに?』


 予告のない訪問にびっくりしたよう子が話しかけた。見られて困るような事は何もしていないとはいえ、ノックぐらいはしてほしい気持ちをにじませる。


『やだ~ひまちゃんから部屋に来るなんて一億年ぶり~!?一緒にテレビ見よ!』樹は手招きする。


 向日葵は千鳥足で、無言で樹の目の前に立った。


 真っ赤な顔と首、充血した白目、するどい目つき。夫妻は一目で、妹の異常さに気付いた。


『ど、どうしたの?もしかして具合悪いの?病院行こうか』


 樹は立ち上がり、妹の顔をしっかりと見ようと顔を覗き込む。よう子も一緒に立ち上がった。


 向日葵は彼の行動を無視し、買い物バックから500mlのビール缶を取り出した。


『んん?僕にくれるのかな?』


 向日葵はプルトップを開け、樹の胸に缶をぐいっと押し付けた。


『飲め』


『ね、寝る前だからお酒は遠慮しよかな〜』


 開けたビールをローテーブルに置き、向日葵はバッグからもう1本取り出し、ぷしゅりと開けた。


『よう子ちゃんの?』


『わだしの分』


『はああああ?!もしかして、真っ赤なのって』


『あははー!!飲んだー!!』


 向日葵はするどい顔から一転して、大きな口をあけて笑った。


『激よわなのに、だめじゃない!』


『うるぜー!!私は今日、飲むんだー!』


 そう叫んだ向日葵は、テーブルに置いたビールを手にし、樹の口に無理矢理押し付けて飲ませ、同時に自分も飲むという荒業を繰り出した。


『わわわー!?向日葵ちゃん、何してるの!?樹君、樹君!!』 


 女性としては一般的な体格のよう子だが、大きい人の多い二宮家では一番小さい人である。義両親も背が高いのだ。大きくて怪力な義理の妹を止めることはできなかった。


 


 絶妙に似ている向日葵のモノマネを交えて、樹は当時を語る。喋るたびに大げさなジェスチャーがつき、鋼の棒があっちこっちに振り回されるが、葵は避けつつ話を聞いた。


「火事場のバカ力っていうのかな。リミッターの外れたあの子には、僕でも対抗できなかった……」


 向日葵は一気に飲み干し、後ろから倒れ込みそうになったが、よう子がなんとか支えてくれたという。樹はすぐよう子に代わり、妹をお姫様抱っこで離れまで運んだ。樹自身も無理に飲まされ気持ちが悪く、変なげっぷが絶えず出るような状態で、よう子が後から二人の様子を見届けていた。


「でさ、頭ぐらぐら、体ふにゃふにゃなのにジャージのポッケから電話出して。お友達にでもかけるのかなーって思ったらさ、画面に〈舎弟のきっぺい〉って出てたの」




 樹の腕の中、向日葵はふらふらする指先で電話帳を手繰る。


『あっだ~きっぺ~』


 向日葵は名前をタッチする。樹が画面を覗くと〈舎弟のきっぺい〉と表示されている。


『きっぺい?それだーれ?』


 ぎゃはーと向日葵は笑い叫び 『弟!!超かわいい!!兄貴より兄弟仲がいいのお!!』


 離れに着くまで向日葵は笑い続け、電話はしなかった。樹が妹を布団に降ろすと、枕元には強めのレモンチューハイ350ml缶が2本転がっていた。


『うわ、これ飲んでから来たわけ?』


『そだよーれもーん!おやすみばいばい。きっぺーと仲良し電話するから帰れ筋肉』


 内容は気になったが、盗聴は趣味が悪いと樹はそこからすぐに去った。お酒に頼るほどなので「僕には聞いてほしくないだろうし」そう推量したという。


 離れを出ると、中から金切り声と『きーちゃん』と名を呼ぶ声が聞こえた。


 


 酒を飲んだ理由はいまだ不明だが、酔っぱらって橘平に電話したことだけは判明した。少年が理由を知っているかもしれないと葵は考える。


「ジェラよね~僕より兄弟って何?ねえマジ誰?ほんとに誰?」


 酔って電話するのが高校生と聞いたら、樹はどう反応するだろう。葵はあまりいい反応ではないと想像した。


「ええと…」


「きっぺいって彼氏かな?」


「は?」


「それか、酔わなきゃ電話できない相手かしら。オモイビト?カタオモイ?ほらあの子、浮いた話も、そういう素振りも気配も昔っから全然ないじゃない。好きな人くらい出来たことあるんだろうけど、彼氏はできたことないのよね。それに僕には本音言わないし……」


 樹は困り果てたように、眉を寄せる。


「ねえ、昔から一緒に桜ちゃんのお守りしてるアオちゃんなら、何か知ってるんじゃない?教えてくれないかしら。そういうことなら応援してあげたいし」


 葵は〈舎弟のきっぺい〉がそういう相手ではないことをよく知っている。けれど、〈舎弟のきっぺい〉を知っていると答えるのは正解なのだろうか迷った。


「…そういうヤツがいるとは聞いたことないけど」


「むむーん、そっかあ…」


「そもそも、相手が男かどうかもわからないじゃないか。もしかしたら、わけあって女性を舎弟って登録しているんじゃ」


 言いかけて、葵は向日葵に「秘密の女性がいる」ように話していることに気付いた。訂正しようと口を開く。


「違う、樹ちゃ」


「ああああそういうことか!!だからあの子ったら、お見合い全部断ってるのねええ!!そういや『きーちゃん』って呼んでるの聞こえたああ!!」


 案の定、樹がそのように解釈してしまった。村中にまで聞こえそうな迫力ある声量で、葵は思わず両耳をふさぐ。


 お見合いを拒むのは単純に、桜の高校卒業までは時期じゃないからだし、他の大きな理由もある。その事情は絶対に話せないけれど。


「どうしましょう、兄としては応援したいけど、次期家長としては応援しづらいような…いやでも、跡取りじゃないから別に問題はないわけだし…」


 先ほどとは正反対に、蚊の泣くような頼りなげな声量で樹は戸惑う。


「あ、いや、樹ちゃん、ちが」


 樹のがっちりした手が、葵の両手をがっしりと包む。


「僕の代わりに、向日葵のこと、応援してくれる?」


 邪気の無い瞳が葵を圧倒してくる。


「ああ、はい、応援します…」


「ありがとう!!」


 やっばり笑顔がそっくりの兄妹だった。


 容赦なく抱きしめられた葵は、骨が軋むのを感じた。

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