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橘平と桜、向日葵と葵、何も「ない」

旧版にはないエピソードです。

 午後は4件の駆除をこなした。どの現場でも橘平のお守りを利用してみたが、そのおかげでとてもスムーズに駆除ができたのだった。


 例えばヘビ型20匹を相手にした駆除。そう手強くはないものの、すばしこく、集団で襲い掛かるのが厄介であった。だが、その集団のおかげで八神のお守りが功を奏した。向日葵に全ヘビが集結したところで彼女がお守りをかかげると、すべてがぴたりとそれ以上進めなくなった。そこを葵がまとめて薙ぎ払ったのだ。


 橘平はすべて遠くから見学していた。実際の駆除には参加できないけれど、自分の力が彼らの仕事に役立ち、舞い上がるほど嬉しかった。


 何もできない人間だと思ってきたが、自分にもできることがあると分かり、多少自信が付いたのだった。


◇◇◇◇◇ 


 終業10分前。橘平が着替えに立ったところで、向日葵は今日の記録を課内共有アプリに入力する葵に声をかけた。


「私も着替えてくるね。そしたらきっちゃん、家まで送ってくる」


「わかった。そのまま帰っていいよ、あとはやっとく」


「ううん、私が戻るまで待っててくれる?話したい事があるから」


「……ああ」


 終業時間ぴったりに、向日葵は役場を出て橘平を家まで送った。


◇◇◇◇◇  


 向日葵が課に戻ると、電気はついているのに葵はいなかった。記録付けは終わったようで、パソコンの電源は落ちている。


 トイレにでも行っているのだろうかと考えていると、向日葵の後ろから300mlの緑茶のペットボトルを持った手がすっと現れた。


「お疲れ」


 向日葵は首を後ろに向け「ありがと」と、あったかいペットボトルを受け取った。


「ごめんね、待たせて。橘平ちゃんのことで葵の意見が聞きたくて」


 私服に着替えた葵は、向日葵に渡したものと同じ、緑茶のペットボトルの蓋を開ける。


「他人の心配ばかりしてるところか」


「気づいた?」


 先ほどの橘平の有術が露見したらどうするか、という話題。橘平は自分の処遇について全く問題にしなかった。心配なのは周囲の事。自分については「俺一人が言われたりされたりは全然いい」と発言していた。


 躰道を習い始めた話でもそう。向日葵は橘平の護身のためにと勧めたのだが、桜を守ることに役立つと嬉しそうだった。


 彼の論点はすべて他人にある。


 心優しい少年だ。しかし他の視点からみれば、自分に興味がない、自分を大切にしないタイプの可能性もあった。


 この点で、二人は同じことを考えていた。


「橘平君は桜さんと同じようなタイプかもしれない、ってことだろ」お茶を一口飲む。


「うん」ペットボトルを両手に包み、向日葵は自分の席に座る。「家族や友達思いのいい子だな~って思ってたんだけど…いやそうなんだけどね…」


 向日葵はペットボトルを手の中でくるくる回す。ふうと一息つき、ペットボトルをぴたりと止めた。


「橘平、桜と同じで、自分が犠牲になって死ぬのはぜんぜん平気系な気がする」


 葵は自席のデスクに軽く寄りかかり、ペットボトルを置いた。


「誰かを守りたい気持ちも他人思いの性格も素晴らしいことだけど、自分のことを大事にしないといけない時もあるのよ」向日葵はペットボトルをぐっと握る。「桜のこと全力で守ってとは言ったけど、自分のことも全力で守って欲しいよ」


「確か橘平君、絵が細かすぎて変、だとか言われたんだよな。桜さんは吉野様に並ぶ優れた能力者なのに、菊のせいで認められない」


 向日葵は葵を見上げる。


「二人とも、一番の特長を否定されたんだ。だから自分には何も『ない』、自分のことは考えられ『ない』のかもしれない」


「根っこのところが似てるから、お友達になれたのかもね~」立ち上がり、葵の隣に立つ。


「封印を解くには橘平君は必要な人材だ。変に傷つかないように見守ってやらんと」


「なにそれ、きっちゃんのこと物扱いなわけ?」


「そういう訳じゃない」


「今の発言はそうだよ。役に立つからってことでしょ。私はそんなのかんけーないね。あの子が好きだから心配。桜ちゃんと同じなの」ペットボトルの蓋を開け、ぐいっとお茶を飲んだ。


 葵は橘平をモノ扱いしたつもりはないけれど、心のどこかで、志を共にする仲間というより「役に立つ子」として扱っているのかもしれなかった。自身の発言を振り返り、葵は深く恥じた。


 うつむく青年に、向日葵はペットボトルでこつんと頭を小突く。


「話聞いてくれてありがと。じゃあ帰ろ」


 そう言って向日葵は電気を消し、ペットボトルを手に歩き出した。


 誰もいないからいいだろうと、葵は薄暗い廊下で向日葵の手のひらに自分の手のひらを合わせる。


 葵の冷たい手指が、向日葵のぬるい手の温度を下げていく。


「…こーいうのはダメだってば」


 前を向いたまま、向日葵は吐息のような声で呟く。


 葵は指を絡めてきた。


「橘平君の有術が」


 その言い訳を聞いた向日葵は、葵の手をすぐに振り落とした。


「きっぺーは今日、そんな有術は使ってませーん!!ほら、きっちゃんのこと便利に使ってる、モノ扱いだ、さいてー!」


 言い返せない葵は振り落とされた手を引っ込めっられず、宙に浮かしたまま突っ立った。


「こーいう時の態度が、普段から出ちゃうの。油断しちゃいけないんだから!私たちの間には何にも『ない』の!!」


 本当は握っていたかった向日葵だけれど、あの話題の後に橘平を利用したことに腹が立った。むしろ、何も言わずに手を握ってくれるだけでよかった。


 早足で玄関を目指す向日葵、その後ろを謝りながらついていく葵。一応、玄関を出る直前に向日葵は許し、葵はほっとして帰宅することができた。

橘平たちのお話が少しでも気に入っていただけましたら、応援していただけると、彼らの励みになります。よろしくお願いいたします。

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