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桜、怒鳴る

 妹はいつから居たのか、電話の内容を聞いていたのだろうか。


「おでんわしてたね」


「う、うん、そうだね、お電話してたよ」


「めずらしい」


「そんなことないよ、電話くらいするよ」


「だれ?」


「友達」


「きっぺーだれ?」


 しっかりと、電話相手の名前を聞いていた。桜の心臓は激しく動く。痛む幻覚を持つほどに。


 桜の小さなミスで、橘平に危険が及んだら大変なことになる。強い恐れを感じた。


「ちがうよ、朋子ちゃん。朋子ちゃんと」


 桜はクッションを投げ出し、椿に向き合った。


「きっぺーって言ってたよ」


「と・も・こ。朋子ちゃん」


「ちがう、なんでうそつくの」


 言いくるめられてくれない妹に、桜は苛立ちが隠せなくなってきた。椿の腕を指の跡が付くほどに強く掴み「朋子ちゃんって言ってるでしょ!!」と怒鳴った。


 叱られた椿の目に、徐々に涙がたまる。


 桜は焦った。大声で泣かれれば、きっと母がやってくる。なぜ泣いているのか問われるだろう。まだ小さい椿は、そのまま、電話の事を話してしまう恐れがあった。


「ご、ごめんね!ごめん、お姉ちゃんが悪かったね。つ、椿は、何しに来たの~?」


 急いで椿をなだめる方向に転換した。


「あ、あそ、あそびたいから…」


「うん、わ、わかった!遊ぼう!何したい?」


 椿は顔をくしゃとさせ、ひくひくと肩を震わせる。


 桜は妹を抱きしめ背中をさする。


「泣かないで、泣かないでね。お姉ちゃんが悪かったの。落ち着いてね」


 妹をなだめるとき、桜は無意識に向日葵がするようなことをなぞっている。向日葵は彼女が落ち込んだり泣いたりすると、よく抱きしめて背中をさすってくれたのだ。母よりも身近な女性なのだ。


 椿の様子が和らいできたところで、桜は抱きしめていた手を離し、椿に座るよう促す。椿は素直に畳の上に正座した。桜も合わせて正座する。


「遊んであげるからさ、一つ、お願い聞いてくれないかな?」


「いいよ」


「私が橘平っていう人と電話してたこと、お父さんにもお母さんにもおじいちゃんにも、神社の人にもお守りの子にも、とにかく絶対、誰にも言わないでくれる?」


 桜は念のため、椿に約束させようとする。


 幼い子供にこの内容と意味が理解できるのか、約束をして効力があるのかは不明だ。けれども、何もしないよりはマシだろうと思った。橘平のことを隠し通すために、今思いつく限りのことはやらねばならない。


「ないしょ、するの?」


「そう、内緒にするの」


「なんで?」


「お姉ちゃんがその人と話したことが誰かに、特にお父さんやおじいちゃんにばれたら、そうだな、私、家を追い出されるかもしれない」


「え!?やだ!!」


「イヤでしょ?それにぶたれたり蹴られたりもするかも」


 妹が怖がりそうに、多少大げさに話す桜。大げさとはいうものの、本当に橘平と親しいことが発覚したら、桜はもっとひどい折檻がありそうだと感じている。そして、橘平にはいったいどんなことが待っているのか。想像もつかなかった。


 椿は桜の膝に両手を載せ、スカートをくしゃっと掴む。


「おねえちゃんかわいそう!!」


「そう、可哀そうなの。だからお願い、言わないでね」


「うん。ぜったいいわない」


「約束」


「やくそく!」


 桜は自身の小指を椿の小指に絡ませ、指切りをした。


 機嫌が直った椿は、桜のひざにごろんと頭を載せる。


「ねえ、きっぺー、ともだち?」


「…まあ」


「おねえちゃんのおともだちなら、つばきとあそんでくれるの?」


「友達とか関係ないと思うけど、優しいから遊んでくれるかもね」


「ふーん」


 椿はぱっと立ち上がり「ねえ、はやくあっちであそぼ」小さな手で桜の指をぎゅっと握り、遊び部屋に行こうと引っ張った。


 桜は引っ張られるまま、部屋を出た。歩きながら、反対の手に持ったスマホで素早く橘平にメッセージを送った。


 


〈いきなり電話切ってごめんね。妹が部屋に入ってきちゃった〉


〈あー、そうなんだ。そりゃしょうがないね。じゃ、また〉


 本当にどこまでも優しい橘平。甘えてしまう桜なのであった。

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