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橘平、春休みに期待する

 蔵の段ボールも念のために開ける―


 そのため本日、4人は八神家に集まった。


 早速、蔵で残りの段ボールを開封しているのだが……箱から出てきたのは、ケースに入ったプラモデルばかりだった。


 橘平としては予想通り。さぞや3人はがっかりしただろうかと思えば、桜は「プラモデルってこんなに…美しいものなの…?」その洗練された造形に見惚れていた。「いや、別次元だろこれ」葵も同様に、その美しさに舌を巻く。


「うわあ、今にも発進しそうな戦艦ねえ!マジ人が乗ってそう!」


 向日葵は戦艦プラモを頭上に掲げてさまざまな角度から眺める。葵も隣に座ってその戦艦を「そのロボアニメ子供のころ見てたけど、テレビから出てきたような、いやそれ以上だな」と評した。


 期待外れの中身とはいえ、祖父の作品を褒められて、孫として悪い気はしなかった。やはり祖父の技術は素晴らしいものなのだ。


「ん?これって折り紙…折り紙か…?」


「折り紙ですよ。父さんの作品っすね」


 次に葵の開けた段ボールには、こちらもケース入り、幸次の模型折り紙作品が入っていた。葵はその一つ、ティラノサウルスをじっくりと観察する。


「これが紙?プラモデルじゃないのか?」そう尋ねるほど、精巧精密である。


「八神課長、意外なトクギ~。あらこっちはお皿?」


 向日葵が開けた段ボールには、橘平の伯父による木工食器が入っていた。工務店を営む伯父は、端材で食器やおもちゃなど、さまざまな作品を作っている。もちろん、素晴らしい出来だ。


「これ売り物じゃね?これにご飯盛り付けたらオイシソ~」


「持っていっていいっすよ」


「いいの?!」


「使わないからここにあるんですもん。伯父さんもいっぱい作っちゃうからさー」


 ということで、向日葵は気に入った木工食器をもらっていくことに。


 持ち返る食器を選んでいると、「どこで使うんだ?」葵が質問する。


「え?何その質問?自分ち以外あるの?」


 葵はその返答に、誰にも聞こえないような小さな声で「夕飯作っていかないのかよ」と呟いていた。


 今回は先日のような「重い」空気はなく、冗談も飛び交う段ボール開封作業だった。やはり八神の「お守り」は効くのかもしれない。そう感じた橘平だった。


◇◇◇◇◇ 


 すべての箱を開けた彼らは、橘平の部屋で一休みすることとした。


 部屋の主は小さな丸テーブルを出し、その周りに橘平、葵、桜が座った。向日葵はベッドに腰かけている。


 そして彼らは水曜の会合について、野生動物対策課の最近の仕事について、橘平に語る。


「毎日毎日、妖物がわんさか出てくるわけじゃないんだ。ムラはある。けどまあ、毎日それなりに出るな」


 事態は少しずつ悪くなっているということだ。


「そうなんだよね~しかもむちゃつよが増えてきてさ。職員が一人増えたところで、って感じ!」


「あさひさんだよね、増えた職員って」


「結構強い人だから、入ってくれて助かるけど…」


 あさひは桜のいとこで、最近、野生動物対策課に配置された職員。桜がほんの少し、勉強を教わっていた人物でもある。


「しかもさ、ついに休日出勤シフト組まれちゃった!土日も職場とか辛すぎ!!」


 向日葵は後ろに手をつき、天を仰ぐ。「いちおー今週ないけど、来週土日あるんだわ~つら。それで振休なしとか感知器マジ最悪。いや、感知器の上か、決めてるの」


「それにさ、全部は読んでないけど、うちの史料、やっぱりまもりさんに関する記述はなさそうで…」


 仕事量に辟易する役場組、手掛かりが得られず困り顔の桜。


 彼らを前に橘平は両腕を組み、「むー」と唸り難しそうな顔をする。そして、「じいちゃんに聞くか!」と、両手で膝を叩いた。


 少年以外の3人はぴた、と静止した。確かに妙案である。


 橘平は「まもり」について話を聞いたことがある。ということは、より「まもり」と年代の近い祖父のほうが、情報を持っているに違いないのだ。


 やはり、自分たちで調べる癖がついてしまっている3人は、誰かに尋ねることを忘れてしまっている。


「でも今日明日は無理で。ばあちゃんの親戚の法事でいないから。今度…」


「じゃあプラモデル!プラモデル教えてもらいながら聞きましょうよ!」


「あ、そうだ、それがあった!いい口実!プラモデル作ろう」


「作る作る!プラモデルってどういうのがあるのかしら、私でも作れるかな」


 話を聞くことがメインであるのに、桜はプラモデルという遊びのほうに気が向いていた。楽しみができたことに興奮気味だ。


「うええ、いいな楽しそ…」


「桜さん、遊びもいいが話を聞くの、忘れるなよ」


「も、もちろんよ、そっちの方が大事だもん!」


「ライシュウだよね?わたしシゴトじゃん…もーやだー」と、向日葵はベッドに上半身を横たえる。


「俺も来週の土日は来れないんだよな」


 向日葵は勢いよく飛び起き、桜の隣に座った。


「ちょっと、じゃあ桜ちゃん、一人で八神家くるの!?」


「あ…そっか…え、どうしよう…」桜は忘れてたという言葉がぴったりな顔をする。


「葵、何の用事あんのよう!」


「シフト表見ろ」


 向日葵がスマホで課内用のスケジュールアプリを開くと、土日のシフトに「葵(攻)・向日葵(支)」と割り振られていた。つい「おかしい」と口にしていた。この間確認した時は係長の名が書かれていたはずなのだ。


「交代してほしいって言われた」


 ううう、と桜が小さく唸る。今日だって彼女は、一人でバイクを駆って八神家にやってきているはずだ。


「何が問題なの?一人で来ることの」橘平は理由を尋ねた。


 桜は細く息を吐いた。


「……あのね、私、一人で男の人と会っちゃいけないの。葵兄さんは保護者みたいなものだから例外で」


 ここでもまた、箱入り娘の断片が見られた。彼女は会う人間にも制限があるらしい。


「だ、黙ってればバレないんじゃないの?」


「そうだとは思うけど、ほら、昼間って夜と違って結構人の目があるから…よく見てるんだよね、村の人って。前にお母さんが、疲れて道端に車を止めてそのまま寝ちゃって。それくらいでさ、うちに連絡くるんだ。奥さんこんなことしてたけど、一宮家として恥ずかしくないの、なんて」


 お伝え様は村の中で一番エライ家、尊敬するべき対象。そう幼少から言われて育った橘平は、その裏側を垣間見た。


 娘の普段の行動を縛り、村の人間も家族の行動を逐一監視している。橘平は言いようのない違和感を覚えた。


 「ああ、そう、親戚のおじさんも例外…おじさん…」桜は手をぱちんと叩き、まるで勝利を喜ぶサポーターのごとく、興奮した様子で声を上げた。「そうだ!おじさんだ!橘平さんじゃなくて、おじさん、おじい様に会いに来たことにすればいいんだわ!」


「どゆことよ?」


「うちの人が言ってるのってさ、若い人と1対1で会っちゃいけないってことでしょ。おじいさんならいいじゃない!手先が器用な八神のおじい様に工作を教えてもらう。これで解決したわ!美術の課題とかなんとか言って」


 これでいいの?と橘平は目をぱちくりさせた。深刻そうな悩みだったわりに、あっさり解決してしまった。


 とは言え、桜が我が家に来てくれるのならなんでもいい。そう桜の解釈を聞いていた橘平だった。


 それとは別に、橘平はさきほどの「シフト」を聞いたときに、思うことがあった。


「あの、来週の土日、一日は桜さんとじいちゃんに会うとして、もう一日。お二人の仕事に同行させてもらえませんか?」


 葵と向日葵の休日出勤に付き合えないか、ということだ。


「普段の妖物との闘いってどういうものか、知りたいんです。お願いします!」


 妖物を見たのは一度きり、あの巨大な怪物だけだ。彼らが相手をする通常の妖物も見ておきたかった。平日に彼らの仕事を見学することは不可能だが、土日であれば可能かもしれない。


 向日葵は口をちょこんと突き出し、目線だけ葵に向ける。葵も視線を返す。


「……危ないっちゃ危ないけど、アオがいりゃすぐ討伐できるから大丈夫じゃない?」


「いいんじゃないか。あのデカブツと対峙して生きてたわけだし。必ず出るとは保証できないけど」


「ありがとうございます!!」


 


 これから自分が出会うかもしれない、悪神の影響で出現しているらしいバケモノのことを知りたい。


 向日葵たちの仕事を知り、何もできない自分でもできることを見つけたい。


 家に伝わるお守りの秘密を解き明かしたい。


 まもりのこと知りたい。


 桜を守りたい。


 


 橘平はやりたいことが山積みである。これから訪れる春休みは忙しくなりそうだと、なぜか嬉しくなった。

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