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橘平、山は春がいいなあと思う

 解読内容はおおまかに二人に伝えた、と桜は葵に説明した。


 そのうえで、今後はどうしていくかである。桜は「まもりさんのことを調べたほうがいいのでは」と提案した。


「お守りとも何か関係ありそうだし。でね、うちにある古い文献をもう一回、別の視点で読んでみようかと思って」


「別の視点??」


「そう。女中さんとかお手伝いしてくれた人の名前とかその人たちの話とか。そういう箇所を丁寧に読んでいこうかなって」


「じゃあもう八神家にはみなさん、来ない?」


 一宮家で調べ直すならば、もう八神家は用済みなのだろうか。橘平の胸に一抹の寂しさが広がった。


 それを感じ取った向日葵は「そんなことはないでしょ。まもりさんは八神の人だし、八神家にまだ何かありそーな気はするじゃん?」そう声をかけ、「それにさあ、開けてない段ボールにも何か入ってるかもよ~。あとは……裏山?」


「山ぁ。山に何かあったかなあ……山を歩き回るのは暖かくなったらがいいなかなあ、なんて」


「俺なんか仕事で毎日山だよ」


 一応、彼なりに冗談である。橘平もそのあたりのニュアンスは察することができるようになってきたが、良い返しが思い浮かばない。


「ええとじゃあ、今でも」


「暖かくなったらでいいよ。山岳ガイドの都合に合わせるさ」


 八神家の山の話題で、向日葵は「はて?」とひっかかることを見つけた。


「そういや、私も仕事でしょっちゅう山行ってるけどさ、南地域の山は一度も入ったことない。未知の領域よ」


「そうだな、南って一度も…」


「いままで気にしてなかったけど、ホントに南地域って害獣も妖物もでないよね~不思議!それをさ、親族も課内の誰も指摘しないよね?」


「あ!おそらくそれも、『なゐ』の封印に関係してるんじゃないかしら。森に近づかないよう、思考が操作されているように」


 これは一理ある。葵と向日葵は特に強く思った。今の今まで、親戚たちも職場の人間も自分たちですら、それを疑問に思ってこなかった。また一つ、封印の思考が外れたようであった。


「一宮の文献からまもりさんにつながりそうなことがないか徹底的に調べる。それに、蔵の段ボールも念のため開ける。それが終われば暖かくなるだろうから、山にも入ってみる。とりあえずは、こんな順序でいいか?」


 葵がこれまでの話をまとめ、3人に提示した。それぞれ、OK、分かりました、と同意した。


「じゃあ来週、うち、来ますか」


 まだ用事があるだろうから聞いているだけなのに、橘平は変に緊張する。来るかもしれないと期待すると、妙に嬉しかった。


「そうだな。段ボールの開封は来週。一宮の文献は俺と桜さんで。平日の夜か」


「年代は絞られてるから、一人で大丈夫だよ。仕事で疲れてるんだから無理しないで」


「俺も昔の人の文字が読めればお手伝いできるんすけど…」


「私もぉ…」


 読めない組は申し訳なさそうに、叱られた子犬のようにしゅんとする。大したスキルのない自分が、情けなくなってきた橘平だった。


「ありがとう二人とも。その気持ちだけで嬉しい」


 ふわっとしたほほえみに、子犬たちは心を救われた。


「いや、全部一人では。一日でも都合が合えば行く。いつなら」


「じゃあお言葉に甘えて。来週は……水曜か金曜かな」


「それなら水曜だな」


「うん、じゃあ水曜にうち来て」


 また親友が取られた。そんな気持ちの橘平だった。


 幼いころからの付き合いとはいえ、向日葵は、この二人が会うことに抵抗はないのだろうか。橘平の見立てでは彼女は葵に思いを寄せている。桜は二人を兄姉のように慕い、葵もそのくらいの気持ちだと推測される。3人そろうと家族のようにも見え、何も起こりようのない間柄だ。とはいえ、多少嫉妬はしないのだろうか。ふと、疑問を持った。


 ちら、っと橘平は向日葵を盗み見る。


「そっかー頑張って」


 クッキーを齧り、紅茶を飲んでいる。


 何も感じてないようだ。そういう3人なのかもしれない。


 不思議な関係だな。橘平は真夜中の蛇口から落ちる一滴のしずくのように、静かに心の中でつぶやいた。

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