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桜、橘平の切ない一面を知る

お読みいただきありがとうございます!

 橘平は手のひらにお守りを描く。


 桜を守りたい。その気持ちを強く込めて。


 橘平は桜を抱き上げた。そして自分が走れる究極の速さで、その場から逃げた。


「おい!逃げんなよ!足はえーな!」


 柏が追いかけようとしたところで、背後から葵が現れた。


「再開するぞ、柏。大声出してなんかあったのか。野良犬?」


「後輩がいたんですよ。しかも女の子と一緒!あんなぱっとしない奴にすら彼女いるのに、なんで俺は」


 柏は橘平が走り去った方を睨む。葵も同じ方向を見てため息をついた。


「夜の学校でなにやってんだ。なんてヤツ?」


「八神のきっぺー。知ってます?」


 葵はさきほどまで呆れた気持ちだったが、橘平と聞いて逆に感心してしまった。


 一緒だった女子とは、きっと車で話していたAちゃん。やはり自分の話だったのだ、と。


 葵はふっと笑う。


「学校でからかうなよ」


「…はい」


 からかうな、は、からかえ。柏はそういうタイプである。




◇◇◇◇◇




 バイクと自転車を放置したところまで、橘平は全速力で走った。着いたのは学校から100mほど離れた原っぱ。草が生い茂る地面の中に、ぼつぼつと土肌が見える地面が混じっている。その中にある大きな木の下に、乗り物が置いてある。


 橘平は木の近くで桜を降ろした。そして膝に両手を置き、「っ…はあああーやばかったああああ」と詰めていた呼吸と言葉を一気に吐き出す。


「大丈夫?ごめんね、また担がせちゃって…」


「はあ…いやいや、全然…っはあ、軽いから全然…」


 タイムを計ればきっと、地方大会の記録を更新したであろう。橘平の足は限界を迎え、そのまま座り込んでしまった。


 ごめんね、と桜はまた小さく小さく呟く。


「で、でもさ、こーいうトラブルあったほうが面白いから、うん。楽しかった!」


 もう「ごめんね」と言わせないよう、精一杯明るく、楽し気に橘平は話しかけた。


 桜は弱く笑い、「さっきの、もしかして柏君?」声の主について尋ねた。


「そう。そっか、三宮の人だから知ってるのか」


「…学校で何か聞かれるかもしれないけど、絶対、私だってばれないようにしてもらえると助かる…」


「そりゃもちろん」


「本当にばれないように…絶対…お願いします!!」


 ポニーテールが橘平にぶつかるほどの速度で桜は頭を下げた。彼女に言われなくとも、橘平はそのつもりだ。


 しかし、この頼み事には何か切羽詰まったものを感じた。


「うん、絶対言わない。約束する」


「…ありがとう」


 ありがとうとは言うけれど、本当の意味はごめんなさい。そう聞こえた。


「桜さん、今何時?」


 桜は左腕に着けているデジタル式の腕時計を確認する。


「8時」


「まだ時間あるね」


 橘平は立ち上がって、草が多く生えている地面に移動した。桜に隣に座るよう促すと、彼女はちょこんと座った。


 見上げると、頭上には多くの星が瞬いている。


「星座わかる?」


「ちょっとね」 


 桜は「あれがオリオン座」と指す。


「他は?」


「わかんない」


「ほんとにちょっとじゃん!」


 くすくすと二人は笑いあう。


 星座がわからない二人は、あれは何に見える、これに見えると、オリジナルの星座を創り上げていった。


「夜ってこんな遊びがあったのね。楽しい」


「俺も、こんな遊びは初めてだけどさ。星に興味なんてなかったし」


 桜は使い捨てカイロをもみながら「世の中には、まだまだ、楽しいことがいっぱいあるんだろうなあ」と零した。


「じゃあ、楽しいこといっぱいやろうよ」


 ゆっくりと、桜は隣の少年に視線を移す。


「俺、桜さんの初めての友達だし、それに年下なんだから。やりたいこと何でも言ってよ。いつでも付き合うから」


「…いいの?」


「いいよ!俺もさ、いろんなことやってみたいよ。そんなこと思うようになったの、桜さんに出会ってからかもしれない」 


 桜はまたカイロをもみ始めた。無言だったが、にまにまとした笑顔を浮かべていた。


「そーいやさ、期末テスト返ってきたんだ」


「私もだ。橘平さんって勉強できるの?」


「別にー。いつも可もなく不可もなーく。今回もそんな感じ」


 橘平の成績は常に平凡。今回も良くも悪くもなく、すべてが70点台だった。


「すごい」


「どこが?70だよ」


「赤点がないから」


「…あるの?」


 桜の顔が徐々にうつむき「…ある」と呟くも、勢いよく顔を橘平に向け「けど、1つだから、1つだけ!他はだいたい70点以上取ってるから!」と訴える。


「ふーん。赤点、何の教科?」


「せいぶつ。私、いつも理科だけ悪くて。橘平さんは不得意な教科ないんだね」 


「得意もないんだけどね。ってかさ、いつも惜しいんだよ。78とか79とか、80点は絶対いかないんだ」


「そこまで取れれば80点も夢じゃないのに」


「なんかさ、『ここまででいいかな』って思っちゃうんだよね。これ以上頑張る必要ある?って。勉強だけじゃなくて、スポーツでもなんでも」


 橘平は足元の草をぷつぷつ、とむしる。


「ハマる、っていうのかな、好きなるっていうのかな。そういうことができないんだよね…」


 素直で明るく、面白くて良い人。桜が橘平に抱いていた印象だ。


 しかし、今、目の前にいる彼は儚く、靄のように薄い印象だった。指で触れただけでも、消えてしまいそうだ。


「一生懸命になれるものがある人が羨ましい」


 桜は橘平の手を握り「さっき、一生懸命に私を守ってくれたよ」と笑顔を向けた。


 始めはきょとん、とした顔の橘平だったが、桜の笑顔に惹かれ、儚い顔からゆっくりとほほえみに変わる。


 そのまま二人は、しばらく心地よい沈黙を過ごした。


「……桜さんさ、理科苦手って言うけど、誰かに勉強教われないの?親戚とか」


「いとこに教わってたこともあるんだけどねえ。なんか遠慮しちゃって、すぐやめちゃった」


「向日葵さんは」


 勉学は得意そうに見えないが、橘平は一応、その名を挙げてみた。


「勉強ができる方では…」


「おお、予想通り…あ、失言、内緒ね。葵さん、はもしかして」


「うん、実は勉強を教えるのも下手…知り合いの中で一番勉強できる人なのになぁ…」


「かっこよくて、勉強もできて、モテて、妖怪も倒せるのに、料理できないし、教えるの下手だし、なんかズレてるし」向日葵を振り回すし、という言葉は飲み込み「…葵さんって、意外とできないことあるね」


 それを聞いた桜は、体を小刻みに振るわせ始めた。振動は次第に大きくなり、我慢できなくなったのか、一気にあははと笑い始めた。


「きっとそれが、葵兄さんのいいところよ!」


 桜はメガネをとり、笑い涙をぬぐった。


「あーおかしい!ほんと、橘平さん面白い!」


「笑いすぎー」


 二人はその後もしばらく、星空を眺めていた。


「あ、あれ唐揚げの星座に見えない?」


「見えないよ。橘平さん、ずいぶん楽しみにしてるのね。唐揚げ作るの」

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