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橘平、桜の暗い一面を知る

いつもありがとうございます!

 剣術の稽古が行われるのは、中高合同で使う剣道場。


 夕方の部活動の後、剣術の会が開かれているということは、関係者以外はほとんど知らない。


 躰道は地域貢献として広く一般に公開しつつ、実は有術を使える子供や大人たちの合同訓練の場。しかしこちらは、完全に有術が使える家の人間のみが参加している。


 橘平と桜は参加者がみな剣道場に入ったころを見計らって、校庭に侵入した。


 ドレスコードは黒い服。橘平は黒いスウェットにジーパン、いつもの暗い色のダウンを着ている。桜は黒いPコートに黒いズボンという出で立ちだ。


「わあ、緊張してきた!見つからないようにしなきゃね!」


 かつてないほど、少女は活き活きしていた。遊園地に行く前日の眠れない子供のようだ。


「今日、家族になんて言って出てきたの?」


「ひま姉さんの所行くって。だから連絡して口裏合わせしてもらってるんだ。橘平さんは?」


「じいちゃんとプラモ作るって」


 葵の剣道だか剣術の見学などと真実を言った日には、実花から隠し撮りを要求されるに決まっている。言い訳作りにも慣れてきた橘平だった。


「おじい様とプラモ?」


「じいちゃんの趣味でさ、たまに一緒に作るんだ。あ、桜さん作ってみたかったらいつでも言ってね。道具そろってるから」


 雑談程度で話した橘平だったが、意外にも桜は食いついて来た。


「面白そう!作る!今度作ろ!そういえばお部屋にロボットとかあったもんね」


 気付かれていたことに、橘平は頬を赤らめた。部屋に通したのだから気づいていてもおかしくはないのだが、それを口にされると意外と恥ずかしいものだった。


 二人は周囲を窺いながら、校舎の左裏にある剣道場を目指す。橘平は昼間に下見をしたけれど、扉が閉まっていれば見学できないかもしれない。暦の上では春とはいえ、まだ寒さは残っている。せめて、下の換気口が開いていれば、のぞき見ができそうだった。


 剣道場の明かりがみえてきた。足取りも静かになっていく。


 近づくと、換気口が一部開いていた。


 二人がバレないよう、すみからこっそりのぞくと、みな後ろ向きで、足元が見えた。おそらく基本の足運びの練習を全員で行っているのだろう。


「どれが葵さんだろ」


「一番後ろの列の、右の一番端」


 橘平はさらにしゃがみ、右端に注目すると、横顔がちらと見えた。確かに葵だった。


「おお、道着と木刀姿もかっこいい。これ剣道とは違うの?」


「違うよ」


 桜は橘平の方に顔を向け、続ける。


「昨日はひま姉さんみたいにサポート系の有術を使う人たちが中心で、現場で動ける体を養うための稽古。一応スポーツとしてやってるから、地域の子供にも公開してるの。でもこっちは」と、指で剣道場を指す。「妖物を殺す稽古。葵兄さんのように、妖物を仕留められる有術を使える人たち中心なんだ。って言ってもね、どっちも稽古してる人もいるの。葵兄さんも躰道やるし。ひま姉さんのお兄さんもサポート系だけど、剣術やってるんだ」


 桜は向日葵の兄の姿を探すが、大木のように大きな人間は明らかにいなかった。


「今日はいないな」


「躰道、葵さんと向日葵さんの試合見たいなあ」 


「ひま姉さんが勝つか、たまに引き分けるか、かな」


 素振りが始まった。稽古とはいえ、木刀を振る音に静かな狂気を感じる。


「有術が使える子たちは強制的に武道を習わせられる。私も習ってた」


 確か幸次が話していた。武道教室で子供の桜を見かけたと。そのことだろうと橘平は理解した。


「武道を習うことはいいことだと思うけど、向き不向きもあるじゃない?普通の子なら辞められるけど、ここの人たちは嫌でも続けるのよ。しかも、大人になっても」


 「スパイごっこ」とウキウキしていた桜は、今、ここにはいなかった。


「いつまた復活するかわからない悪霊のために、昔から兵隊を作っているの。確かに昔に一度、そして今、妖物は脅威になってきたけれど」


 桜は橘平と始め出会った時に見せた、存在そのものを飲み込み、消滅させてしまうような暗い瞳で剣道場をみやる。


「そもそも、封印じゃなくて消滅させればよかったのよ。それだけの力がなかったのか、封印を選ばなければならない理由があったのか分からないけど…。封印がなければ、みんな、好きなことができるのに」


 橘平は桜の裏の顔を垣間見た気がした。


 剣道場の方は休憩タイムになったようで、参加者たちが稽古場の脇に座って水などを飲み始めた。


「こっち見えちゃうかも、橘平さん、かくれよ!」


 桜は慌てて橘平の手を取り、校舎の方へ走り出した。


 二人は剣道場が見えるギリギリ、校舎の角までやってきた。まだ外気は冷たく、剣道場から人が出てくることはほとんどいないと思われた。


「隠れるってドキドキする。初めてだけど楽しいかも」


「ドキドキはするけど…楽しいかはわかんない。葵さんにあんま見つかりたくないし」


「私も。っていうか、あそこにいる人たちみんな知ってるから、誰にも見つかりたくない。絶対」


 橘平は桜の「絶対」に、強い気持ちを感じた。本当に「絶対」見つかりたくないのだろう。


「土曜日も葵さんち行くの?」


「うん」


「何時から?」


「午後だよ。なんで?」


 親友を取られて気になるから。などとは、恥ずかしくて口が裂けても言えない。橘平はとっさに言い訳を考える。


「俺は何にもできなくて。自分ちのことなのに情けないなあって」


 土曜日、自分も誘ってくれないだろうか。そんな情けないことも期待してしまう。


「そんなことない。橘平さんがいなかったら、ここまで来れなかった」


 桜はしっかりと、顔と体を橘平に向け、


「あの雪の日に出会ってくれてありがとう。私たちのことを理解しようとしてくれて、助けてくれて、本当にありがとう」と感謝を伝えた。


 暗くてはっきりは見えないが、きっと、あの光をすべて吸収するほどの黒い瞳は輝いている。少年はそう感じた。


 橘平も桜に正対し、感謝に対して返答しようとした。


 その時。


「何してんの?」


 突如、橘平の背後から声が聞こえた。桜はとっさにしゃがんで丸まり、橘平は振り向いてそれを隠すように立った。


 声の主は葵、ではなく、橘平の高校の先輩、三宮柏だった。


「あれ、きっぺー君じゃん」


 柏は橘平の背後を覗いて来た。橘平は必死に隠し、桜はもぞもぞともっと必死に隠れる。


「おいおい、女の子じゃね?!暗いとこで何してんの?ヘンな事?え、彼女いたんだ誰?」


「い、いやか、か、彼女じゃなくて、ですね…しんせき、の…」


 彼女は誰にも見つかりたくないと言っていた。助けるにはどうしたらいいか。橘平は頭が混乱する中でも、ここから安全に逃げる方法を探し続ける。


「え、誰々?七社?大六?どこの子?」


 柏が桜の顔をのぞこうとする。桜はさらに丸まった。


「こ、これはその、人間にみえるけど犬っていうか…」と、訳の分からぬことを口しながら桜に覆いかぶさる。


 その時、向日葵から「効く」と言われたお守りのことが橘平の頭に浮かんだ。

橘平たちの物語を面白いと感じていただけたら、ブクマ、評価等で、お気軽に彼らを応援していただけたら向日葵が喜びます。

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