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橘平、友達をとられる

 橘平は祖父から渡された物を前にして、腕を組んだ。


 史料というのか、古文書というのか。橘平には判断できないけれど、とにかく古い本のようなものたち。真っ先に桜に報告したかったが、彼女は電話に出なかった。きっと用事があるのだろう。


 橘平はとりあえず、本を開いたみた。保存状態は良く、触ってみると意外と紙質はしっかりしており、どれもしっかり綴じられている。欠損もなさそうだった。


 ページをめくるたびに古い紙の匂いが漂う。それとともに、理解不能な文字の羅列も目に入ってくる。たまに読める文字が現れるのだが、それ一つ分かったところで橘平に意味は分からない。


「歴史の資料集に載ってた昔の手紙なんかは、こんな字だったよなあ…」と、授業がつまらなくてそちらばかり読んでいたことを思い出す。


 比較的新しそうな冊子の字は多少読めそうだったが、筆文字に慣れず、ちらと漢字が解読できる程度。やたら「金」という字があるような気がした。


「これ字なの?くずし字っていうんだっけ?漢字ばっかりのもあるし…。平仮名?字なの?」


 見慣れない字体で、外国語を眺めている気分だった。もしかして字が汚いだけだろうか。やはり明日、国語か歴史の先生にでも聞いてみようと思った。




◇◇◇◇◇


 


 夕方、大豆の散歩に出かけようと橘平は椅子から立ち上がった。すると、電話が鳴った。画面には〈一宮桜〉。文字が目に入った瞬間には電話に出ていた。


「も、もしもし!」


『もしもし、橘平さん?ごめんね、用事があって電話出られなくて』


「ううん、こっちこそ忙しいときに電話してごめん。ちょっと知らせたいことがあったから」


『なあに?』


 橘平は祖父から先ほど聞いた八神家の話や、古い本を渡されたことを伝えた。


『有力な情報かも!』


「昔の字で書いてあるからさ、読めなくて。明日、学校の先生に読めるか聞いてみようと」


『ああ、大丈夫大丈夫!私と葵兄さんが読めるから』


 悪神、有術、妖物…彼らには驚かされることばかりの橘平だが、なんと今回の驚きは、桜と葵はうねうねした文字が読めるらしいということ。


 そんな同級生にも大人にも出会ったことがなかった橘平は、思わず「え!?なんで!?」と聞いてしまった。


『うちにも古い史料がたくさんあるからね。跡継ぎだから読めるようにって』


「はーん、そうなんだ。ああ、葵さんは一宮を助ける家だから勉強した感じか」


 その言葉のあと、桜からしばらく返答がなかった。


「もしもし?聞こえてる?」


『あ、ああ、まあ、そんなところ』


「そっか、じゃあさ」


『ちょっとだけ待ってて』


 5分ほど待っていると、桜が電話口に戻ってきた。


『戻りました』


「えーと、じゃあ今度の」


『平日の夜、うち来られるか?』


 電話から聞き覚えのある低い声が流れてきた。葵の声だ。


「…あれ、葵さんと桜さん、一緒にいるの?」


『ちょうどうちに来てたから、私の部屋に連れてきた。スピーカーで話してるからどっちにも聞こえるよ』


 スマホから流れてきた桜と葵の声に、橘平はちくりと胸が痛んだ。


 小さい頃から、そして家同士も長い付き合いのある二人。家の行き来も普通の事なのだ。理解はできる。


 桜とはつい最近出会ったばかり。それなのに橘平は、まるで、長年の親友が自分以外の人と仲良く遊んでいるところを目撃したような気持ちを抱いた。


『橘平君?』


「あ、はい。何時ごろですか?」」


『そうだな…19時頃』


「部活の無い日なら大丈夫っす!今、予定表持ってきます。」


『夕飯は用意するから、親御さんにはその心配はないように伝えてくれ』


 その言葉に、橘平はあの日の味噌汁の味を思い出す。


「…葵さんの手作りっすか?」


 橘平の言わんとするところ。言われなくとも葵自身、よくわかっていた。下手なりにも自炊に励む葵だが、なかなか料理の腕前は上達しないのだ。 


『…お前の姉さん呼ぶつもりだよ』 


「それでお願いします…」


『す、すいません、私もひま姉さんほど美味しいものは作れず。葵兄さんよりはうまく作れるけど』


『えっ』


「いや桜さんが謝る事では!」


 そして葵の家に訪れる日を決め、通話は終わった。


 古文書の報告の後、橘平は桜と雑談しようと考えていた。いわゆる、友達とのどうでもいい会話だ。


 今回は葵がいるので遠慮した。やはり、友達をとられた気分だ。




◇◇◇◇◇


 


「これで、八神家の秘密がわかるかもしれないね!」


 橘平との通話を終え、桜は興奮を抑えきれない様子で葵に話しかける。


「ああ。よく考えれば当主に聞くのが早いに決まってるのに、思い至らなかったな」


 先生が亡くなってから、彼らには「なゐ」について頼れる大人がいなかった。


 悪霊について詳しく調べよう。そういう考えが浮かぶのは、村人としたらありえないことだ。


 しかも封印を解こうとしている。親戚たちに知られたら、どんな仕打ちを受けるか分かったものではない。消滅させられれば文句は言われないかもしれないが、あまりにも保証のない無謀な挑戦である。


 ゆえに、「3人だけ」で、誰にも頼らず調べるしかなかった。


 一歩も進まないまま時間だけが過ぎていき、タイムリットが迫る。そこに橘平が現れた。


 「やっぱり橘平さんが仲間に入ってくれてよかった」


 一宮とほぼ縁のない八神家の少年だ。


 村の主だった家の歴史や言い伝えなどは、一宮家でもほぼ把握している。村のことで一宮が知らないことは無いといっていい。


 それなのに、八神家に伝わる模様は文献で見かけたこともないし、聞いたこともなかった。


 橘平が渡された古い書物。それにはいったい何が書かれているのだろうか。桜は期待に胸を膨らませる。


 一方、もしかしたら、知りたい情報は書かれていない可能性もある。葵は期待しつつも、また何も見つからないのではという不安が入り混じっていた。


「じゃあ、俺帰るから」


「うん。あ、メガネもらったよね?」


「もらった」


「またね」


「また」


 そう言って葵が桜の部屋の扉を開けると、足元に何かがゴツンとぶつかった。


「あおいくん、おんぶ」


「こら椿!葵兄さんは帰るの!」


 桜の年の離れた妹、椿だった。


「いいよいいよ。その辺散歩するか、椿」


「うい」


 葵は椿を背負い、桜の部屋を後にしたのだった。

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