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橘平、おもてなしをする

 前回は、比較的新しい荷物が入っていそうな段ボールを端に寄せた。今回はその下に隠れていた年代物の入れ物を調べていく。


 大きくも広くもない蔵とはいえ、累積された品々を一つ一つ検めるのは、なかなか骨が折れる作業だ。


 黙々と作業をしていた4人だったが、桜が「そういえば」と話し始めた。


「村の周りに現れる妖物が強くなってきた、ってお父さんが言ってたんだけど」


「ああ、桜さんにも伝わってたか。そうだよ」


 これは昨夜、向日葵が電話で話していたことに関連しているかもしれない。橘平は詳しく聞きたくなった。


「あの、それってどういうことですか」


 当初は橘平を巻き込むことに反対であった葵だが、ここまで知ってしまっては何も隠すことはない。むしろ、知っておいてほしいと思い、部内で公開されている情報をすべて話した。


 先日のトラとの戦いも。休日にも仕事が増えそうなことも。


「俺も3か月くらい前、森に入りました」


 橘平以外の3人が、一斉に彼に注目する。宇宙人でも見たかのような顔で凝視され、橘平は異様な居心地の悪さを感じた。


「おい、今なんて言った?」


「3か月くらい前、森に入ったって」


「橘平さん、前、『森に入ったことない』って言ってなかった?」


「言ったっけ?」


「言いました!確か入口の話、どこからでも入ったことはありますか、って聞いたと思う」


「だから、『どこからでも』は入ったことないよ。南からは入ったことはあるけどってこと。葵さんたちが初めて入ったの2か月前でしょ、俺が3か月前だから、少なくともその時には森が開いてたってことか」


 3か月前というと、妖物が凶暴性を帯び始めたころと重なる。


 そもそも、村人はあの森に「近づかない」「興味を持たない」よう思考を操作されている。それが「なゐ」を封印し続ける仕組みだからだ。


 一宮家など村の支配層たちは、この事実を知っている。知ったうえで、彼らも近づかないようになっているのだ。


 桜たちは「先生」の教育を受けたからこそ、森に興味を持つことができたというのに、なぜ橘平は森に近づけたのか。


 3か月前に何があったのだろう。桜は「橘平さん、どうして森に近づいたの?」


「うーん、理由は特にないけど…興味?」


「本当にそれだけの理由か?」


「そうですけど…」


 誰も、それだけが理由とは考えられなかった。必ずきっかけがあったはずだ。しかし、橘平の様子を見るに、何も覚えていなさそうだった。


「橘平さん、何か…本当に小さなことでいい、森へ入る前に何があったか思い出せたら絶対教えてね!」


「ああ、うん。何かあったかなあ。頑張って思い出してみるよ」


 この箱は古い着物だ、と橘平は箱開けを再開した。


 3人も再開しつつ、この少年が森へ入れた時に何があったのか、という疑問が残り続けた。


 お喋り担当の向日葵が静かなためか、時間が遅く感じる。もう一時間は作業したかなと橘平が時計を確認すると、まだ10分しか経っていなかったり。


 驚くことに、時間感覚はおかしくとも腹減る。橘平がスマホで時間をみると、お昼時だった。体内時計は正確だ。


 今日はこの間より雰囲気が重い。昼ご飯は空気を変えるいいきっかけだと思い、少年は元気よく提案してみた。


「いい時間なんで、昼休憩とりませんか!?」


 桜は腕時計をちらと見、「ごめんなさい橘平さん、お昼ご飯の事なんて全然考えてなくて…」


「大丈夫!俺カレー作ったから!みんな食べて!」


「きーくんの手作りカレー?」


「はい。市販のルーなんで、まずくないはずです。葵さんの味噌汁よりは確実に美味しいです」


「ケンカ売ってんのか?」


「す、すいません、ジョークです」


 橘平は3人を居間に通し、座っていて欲しいと告げる。


 彼らは手伝うと申し出たが、一人でおもてなしをしたい橘平は、ひとつも手出しはさせなかった。


 カレーを温め直していると、向日葵がタッパーを橘平に差し出した。


「きーちゃん、これも一緒に出してくれるかな」


 中には卵焼きと唐揚げだ。


「ありがとうございます!じゃあ卵焼き唐揚げカレーにしますね!」


 これまで友達が家でご飯を食べるとなっても、母親が用意してくれた。


 でも橘平は今日、心から自分で作りたいと思った。料理の手伝いはたまにしている、カレーなら何度も一人で作っている。唯一、人に出せる料理だ。


 誰かのためにご飯を作って、食べてもらう。初めての経験、彼なりのおもてなしだった。


 3人に出会ってから初めてのことばっかりだ。橘平はカレーをよそいながら、これから出会う初めてにも期待していた。


 気分を変えるためのランチだったが、向日葵の態度は変わらなかった。これには困った。


「超おいしいね~きっぺーちゃん、料理うまいじゃーん!!」


 いつもの調子で話しているように見えるが、ほぼ橘平にしか話しかけない、橘平しか見ない。桜とはそこそこ。


 葵はいないもののように扱っていた。


 空気が、重い。


 桜と葵もそれは感じていたが、言い出せなかった。


 空気は一切変わらず、初めてのおもてなしはぎくしゃくしてしまった。


◇◇◇◇◇ 


 蔵検めを再開するも、なかなかこれといったものは見つからない。


 ただ、アルバム、着物、そろばん、家具など、八神のお守りの模様は、あらゆるものに施されていることだけはわかってきた。


 模様があるだけで、それが悪神の封印につながるとは思えない品々だ。封印について書かれている文献などは見つかっていない。桜はこれを期待していたのだ。


「うーん、特になんもないなー」と橘平は伸びをする。


「まだ箱はあるから、これからだよ、うん」と桜。


「そーだといいなあ」


 橘平は目の端で向日葵を捉える。やはり彼女の空気は重い。


 向日葵を気にしすぎて、自身も重くなりそうだった橘平は「俺、ちょっと厠へ行ってきます」 と、家に戻った。


◇◇◇◇◇ 


 春が近づいているとはいえ、まだまだひんやりする外気を橘平は思い切り吸い込む。トイレも済まし、多少、気分はリセットされた。


 玄関を出ると、向日葵が立っていた。


「ああ、向日葵さんもトイ」


 突然、彼女は橘平を抱きしめ「ごめんね」とつぶやいた。


「今日の私おかしいでしょ?自分でも分かってるの。普通に戻りたいのに…できないの」はあ、と向日葵は息を吐く。「本当にごめん、次に会うときまでには治すから…今日だけ許して…」


 橘平は電話越しよりも心が痛んだ。


 具体的なことは分からないが、向日葵は単純に葵に思いを寄せているわけではない。そう感じた。もう少し複雑、もしかしたら好き嫌いではないのかもしれない。


 橘平は自分より少し背の高い女性の背中に手を回した。


「誰だって調子悪いときあるじゃないっすか。俺もこないだ腹痛くて、授業中にトイレ行ったし」


 ははは、と彼女は弱く笑う。


「きっちゃんは本当に良い子だな。みんなが君のように素直で優しいといいのに」


 よりぎゅっと、でもとてもやさしく。


 しばらくの間、向日葵は橘平を、橘平は向日葵を抱きしめていた。


 女性に抱きしめられたらドキドキするのだろうか。橘平は漠然と想像したことがあった。人気の恋愛ドラマをみていた時だ。


 ドラマと状況は全く違うが、今、その場面に遭遇した。全くドキドキしなかった。むしろ橘平まで、切ないような、苦しいような気持ちだ。


 もとの元気な向日葵になってほしい。


 その気持ちで抱きしめていた。


◇◇◇◇◇


 橘平がトイレに立ち、続いて向日葵も外へ出たのをチャンスとばかり、


「今日のひま姉さん、ちょっと変だよね」


 桜は言いたくて言えなかったことを葵にこぼした。きっと葵も同じことを思っているはずだろうし、おそらく彼が原因だと桜は考えている。


「体調悪いんじゃないか」


「…葵兄さんの事、めちゃくちゃ無視してるじゃない。何かあった?」


 葵ももちろん、気づいていた。きっと橘平もわかっているだろう。高校生たちに気を使わせてしまって、葵は申し訳なかった。


 とはいえ、彼自身、向日葵がなぜ自分を避けるのか思い当たる節がない。


「何もない。よくわからん」


「職場以外でひま姉さんと会った?」


「会ってない」


「じゃあ職場か。さっき言ってたトラ退治とか」


「無事に終わったし、向日葵のおかげで駆除できたんだ。無視する要因はない」


「ほんとに?他に変わったこととか」


「そういや、終わった直後、疲れたからなのかその場で寝ちゃったんだよ。それが恥ずかしかったのか?」


 絶対違う。と桜は睨むも、葵にそれを説明できる証拠はなかった。


 向日葵は理由もなく人を避けたりしない。何かあるはずなのだが、葵は自分を含めてヒトに不器用である。要はにぶい。


 優しくて思いやりはあるけれど、そこが足りない。桜が幼少から抱く、第2の兄への不満だった。


「ただいま戻りました、よと」


 橘平が戻って来たのをきっかけに、二人の会話はそれで途絶えた。


「ごめんね~今日ちょっと具合悪くってさ、トイレ行ったらすっきりしたから、これからバリバリ箱開けちゃうね!!」と、向日葵も数分ほど後に戻って来た。「桜ちゃんも息抜きしなよ」いつものような明るい調子に戻っていた。


「あ…葵もお水でも飲んでくれば?」


 そこは硬さが残っていた。


◇◇◇◇◇


 蔵の窓から射す光が鈍くなってきた頃。 


「すいません、そろそろ親が戻ってくるはずだし夕方になるから、今日はここまでかなって思うんすけど」


「そうだな、じゃあ今日はここまでか」


 葵は立ち上がり、軍手を脱ぐ。


「特に収穫はなしか~。どーするー?また来週?」


「古そうな箱はだいたいあけちゃったんで、あとは段ボールっすけど…」


「古いほうが、と先入観に囚われてるのかもしれない。意外と最近の箱に何かまぎれてるかもしれないし、次はそっち見るか」


 次の集合日を決め、解散する流れになった。


 そこで橘平は思い出した。おやつを用意していたことを。


「せっかくだからお茶でも!」一生懸命な声で3人を呼び止めた。


「あらお茶まで!ありがと!」


 また居間にあがってもらい、紅茶とせんべいを出したところで、葵の電話が鳴った。


「すまん…課長?」


 葵は通話のために居間から出て行った。戻ってくると「すまん橘平君、休日出勤だ」と帰り支度を始めた。


「さっき言ってましたね、休日出勤増えるかもって…」


「あらまーかわいそ…」


 同僚をからかおうとした向日葵の電話も鳴った。〈感知器おじさん〉。つまり課長からであり、内容は葵と同じであった。


「きっちゃんごめんね、私も出動です…お茶は飲むから!」


 二人はまだ熱い紅茶をあっつ、と無理矢理流し込み、あわただしく玄関を出た。


 せんべいという「最後のおもてなし」も受けてほしい橘平は、急いで追いかけた。


「せんべい持っていってください!仕事の後にでも食べて!」


「うわー、ありがと!」


 向日葵は橘平に駆け寄り、せんべいを葵の分も受け取る。


「橘平、ちょっと」


 彼女は右手のひらを出した。


「書いて、こないだのあれ。なんかね、いいよ、あれ」


 あれ。八神のお守りのことである。


「喜んで」


 橘平は指で模様を描く。向日葵はぎゅうっと少年を抱きしめた。


「ありがとう。もしかしたらまた電話しちゃうかもっ」


 今度は不意にも、ドキドキしてしまった。彼女の吐息が耳に触れる。たぶん、少し顔が赤いだろう。


「…いつでも。あ」


 少年は彼女の耳に手をあて「葵さんと仲直りできるように、お守り書きました」と伝えた。


 向日葵は橘平から体を離し、手の甲をぎゅっとつねって早足で車へ向かった。

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