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向日葵、すっぴんをさらす

 よっしーの深読み解説も効いているらしく、向日葵の感動メーターは振りきれて戻らなくなってしまった。 


「絶対なぐっでえ、わがでっだぁがらぁ」と持参の箱ティッシュを手に鼻をかみ続け、ピンクのふわふわフェイスタオルで涙をぬぐう。メイクも崩れ始め「おーだーぷるーぶう、ぎがないじゃん、ぶぞじゃん」という有様だ。


 よっしーも負けないほどの号泣ぶりで、「物語の本質を、わ、わがっでばずば、びまばりどの!」


「よっじーぼば!」


 そして二人は抱き合って、互いをほめたたえあった。


 握手もハグも自然な流れでするよっしーが、優真は羨ましいより腹立たしくなってきた。自然と手が拳の形になり、胸の方までせりあがってくる。しかし筋肉のきの字もない彼では、バドミントンで鍛え上げられたよっしーに何のダメージも加えられない。蚊が止まった程度である。


 号泣によって妖怪になった向日葵は優真に「ママざ、めいぐ落とじぼっでるかな?」


「お化粧するから多分……聞いてきます」


 優真は母にその所在を確認しに行った。あるということで、向日葵は洗面所へメイクを落としに向かった。


「……大変、だね。お化粧って大変だね」


 バツバツの黒マスカラと明るいオレンジ系アイシャドウとオレンジ系赤マットリップとファンデーションの混じり合った悲惨さを目にした橘平は、彼女が退室してから控えめな感想を漏らした。


「そうだねえ。私はまだ全然メイクしないからわからないけど」


 真っ赤に目をはらし、涙を白のバスタオル(号泣必死だったので持参)で拭くよっしーが「向日葵殿は特に濃い目であられるし、仕方なしかと」と述べると、優真が「ああ!? おい、よっしーは向日葵さんのメイクにケチつけるのか!?」とケンカ腰でやってきた。


 友人の豹変ぶりに、よっしーは驚愕した。普段はほのぼの穏やかな海外作品好きの彼が、知らない顔をしている。向日葵への大袈裟なほどの態度も初めて見る姿ではあったが、ほどほどに面倒な人物であることは承知しているので想像の範囲内であった。しかし怒りの感情は予想外だった。


「正直に言っただけで」


「なんだと」


「深い意味は」


「浅い意味はあるのか」


「何もない」


「なんで何もないんだ! 向日葵さんだぞ!」


 何を返しても意味不明、理不尽に厳しく返される。優真の激しい一面を友人たちは初めて目にし、これからの友人関係を憂いた。


 ほどなくして、メイクを落とした向日葵が戻ってきた。左手で顔を半分隠している。


「すっぴんごめんね~。お見苦しいかもしれないけどカンベンね~」


 例えるなら、彼女のメイク顔は色鮮やかなポップアート、すっぴんはにじみの味わいある水彩画の世界観。化粧で顔を作っていたことがよくわかる顔だ。


 すっぴんを見たことのある橘平は、久しぶりに見たな、程度の感想だが、優真は素顔に何かを感じていた。


「やっぱりだ……向日葵さん、みゆりんと似てる……」


「みゆりん?」


 優真は机の上からクリアファイルを持ってきた。そのファイルに印刷されている女性が「みゆりん」、彼の好きなアイドルだ。腰まである黒のストレートヘアで毛先が軽くカール、ふわっとした白い肌に二重の優し気なまなざし。丸襟の淡い紫色のワンピースを着て、両手を上げた元気いっぱいを感じるポーズで写っている。


「あーほんとだあ! この子は黒髪だけど」


 桜がすぐにそれを認めた。


「ええ、こんなカワイイかあ??いや可愛くないっしょ、どっちかいうと、桜っちでしょ」


「か、かかかカワイイです!! やっぱり僕の目に狂いはなかったんだ!!」


 ふーん、と向日葵はクリアファイルの写真を撮った。


「あ、もちろん桜さんも可愛らしいですからね、特にお声が。歌ってほしい『ライジング・ヘリアンサス』」


 桜は橘平に話しかけ聞こえないふりをする。橘平は優真の意外な変態性にあきれ始めていた。今後は、知り合いの女性と優真を会わせてはならないような気がしている。


 よっしーはクリアファイルのアイドルと向日葵、一時停止されているテレビ画面を見比べ、「クララにも似てますな。金髪だし」


 言われてみればと、橘平はテレビ画面に映るクラシカのヒロインに目を向けた。




 鑑賞会はその後も夕方まで続き、最終回はみなで涙を流していた。向日葵とよっしーは最終回直前の回から、「このシーンだよね!」「このセリフですよね!」と名シーンでお互いに感動ポイントを押さえ合い、そして抱き合って泣き合い、を繰り返し、これを機に「超友達」になっていた。


 優真は感動と嫉妬の涙で、顔も情緒もぐっしゃぐしゃだった。


 しかし、桜の涙は他4人とは質が異なっている。橘平にはそのように見えた。作品に感動した涙には思えなかったのだ。


 とはいえ、桜はとても楽しかった様子で、涙が落ち着いたころには主によっしー、たまに優真と作品の解釈について熱く語り合っていた。


「ううむ、深い読みですな、桜さん。その視点、小生にはなかった。素晴らしい」


「そんな、よっしーさんの解釈のほうが深くて、勉強になります」


「まだまだです。そういえば、来週から桜まつりですな。桜さんはお家のお手伝いをされるのですか?」


「まあ、今年からちょっと……」


「じゃあ、神社でまた会えるかもしれないですね」


「そうですね、でもその……私に会っても知らんふりしてくれませんか? 今日会ったことも、誰にも言わないでくれますか? 不躾なお願いとは存じますが、何卒、ご協力のほどよろしくお願いいたします」


 小さな女の子が必死に訴える姿に、「何で?」と、優真もよっしーも尋ねられなかった。お伝え様が村の中で特殊な存在だということは、彼らも高校生ながらに知っているし、大人たちの雰囲気から察するものがあった。そういうこともあり、何も聞かず二人は「了解です」と答えた。


 ありがとうございます、という桜の笑顔に優真はまた拝んでいた。桜の顔が固まる。よっしーは拝むまではいかずとも、最近観たアニメの天照大御神をモデルにしたキャラにどこか似ているな、とは思っていた。


「てかさ、まつりって村人ほぼ来るじゃん?もち私も行くけどさ、私には声かけて全然OKだからねっ!むしろ知らんふりしたら怒るからね~!あ、さっちゃんのことは『しーっ』でねっ」


「いいいいいいいいいんですか?! お声がけして!?」


「うん、もちのろーん」


「ふふ。皆様、お花見楽しんでくださいね。私は遠くから見守っていますので」


 帰り際、向日葵は「今日は楽しかったよ~」と言いながら優真を軽く抱きしめ、桜とともに去っていった。


 目の前がホワイトアウトし、卒倒しそうな優真だった。




◇◇◇◇◇




 山で一般有術者の駆除監督をしていた葵は、本日の感知担当、課長の父親と電話をしていた。通話を終えると、向日葵からメッセージが届いた。


〈すっぴんがこの子に似てるって言われた。そう?〉


 一緒に届いた画像には、丸襟の淡い紫色のワンピースを着た黒髪のアイドル。しばらく考え、〈わからん〉と返した。


 この返信に、「やっぱつまんねー奴だ!」と向日葵は口を尖らせた。カワイイアイドルに似ている。そう言われたい下心があった。


 実を言うと葵にはこれが精いっぱいだった。そのアイドルは黒髪時代の向日葵に見た目の雰囲気がそっくり。昔を知る自分が似てると言っていいのかどうか、何と返すのが正解なのか、判断できなかった。


 さらに言うと、葵はみゆりんを知っていた。学生時代にテレビで見かけ、即座に「向日葵に似てる」と何度見したことか。同じように認めた優真は、葵と同類なのかもしれない。


〈こっちも似てるって言われた、そう?〉


 次に送られてきたのはクララのイラストだった。これに関しては、仕事が終わった後に丁寧に返信した。


〈これは似ていないだろう。そもそもこのキャラクターは……だから……というわけで、似ているというなら、どちらかと言えば桜さんだ〉


 見た目の話のはずが、内面からいかに似てないかを長々と指摘する。向日葵はこの返信に「マジ興ざめ」してしまった。


〈ケーキ焼いたから帰りに持っていこうと思ったけどやめたわ。ばいばい〉


 葵は電話をするも、ちょうどクラシカの物語は佳境を迎え、そっちに集中していて気づかない向日葵だった。

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