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第7話


 岩島成樹はにたにたと気持ちの悪い笑みを浮かべながら大股で俺に近づいてくる。


 足音がもう一つあったことを思い出して岩島の背後に目をやると、岩島に取られた俺の元カノが僅かに顔を出してこちらを覗いていた。


 拳に自然と力が入る。


 眩暈がする。心臓は生き物のように跳ねているのに、全身を巡る血が冷たくて戸惑う。


「おいおい大丈夫か? 聞いてる?」


「……何しに来た」


「は? 俺がどこで何してようが勝手だろ」


 こちらを完全に見下したその物言いについカッとなり、岩島を睨みつける。


 すると岩島はまるで子供にそうするようにやれやれと苦笑いを浮かべ、冷たい目で俺を見下ろす。


「あのさあ、こいつとのこといつまで根に持ってんだよ? 元はと言えばお前が全部悪いんだろ?」


 これはこの手の奴らの常とう手段だ。わざとこちらの感情を逆撫で、宥める体を装いながらその実安全なところから侮辱する。


「好きな女の一人、満足させられなかったお前が招いた結果だ。感情的になるのは良くないぜ?」


 もう話をするのも馬鹿々々しい。


「わかったわかった。そうだな。ごめんよ。もう話しかけないでくれ」


 そう言ってパソコンに向き直る。ユリは俺の言いつけを守り、いつ誰に見られても良いように既定のポーズを取っている。


「おいおい、それは冷たいんじゃね? こいつも入れてちょっと話しようぜ? なあ?」


「ごめん、忙しいから」


「忙しいって何が……あぁ、そうかそうか」


 岩島は頭に手を当て、嘲笑混じりに話し始める。


「お前はアニメのキャラクターにご執心なんだもんなぁ? 推しって言うんだっけか? そういうの」


 岩島はとうとう堪えきられないというように、くつくつと声を殺して笑い始める。


「なあ、いっつもどんな妄想してそいつに慰めてもらってんだ? え?」


 堪えろ。いつか終わる。俺が我慢すれば済む話だ。


「リアルで報われないから現実逃避とか、惨めだなぁ? 黒部」


 堪えろ。堪えろ。こんな奴、相手する必要無い。


「そんな絵一枚に何の価値もねえのになぁ?」


「お前、いい加減に……!」


「修司さんを侮辱しないでください」


 ユリ! ダメだ!


 慌てて画面を見るが、ユリは既定のポーズを取ったまま少しも動いていない。


「あ? 何の声だ?」


「あなたのような人に修司さんの魅力はわかりません。出て行ってください」


「あぁなるほど、通話中だったのか。それは悪いことした。だけどなぁ? 感情的になってるのはこいつの方だぜ?」


「そう仕向けたのはあなたでしょう? 白々しい。恥知らずにも程があります」


「ユリ! ダメだって」


 小声で注意するが、ユリは止まる気配が無い。


「野暮ったい、洗練されていない、類語にはセンスがないといった表現が含まれます」


「何が言いたい」


「ダサい」


 ユリが放ったその一言は部屋に響き、涼しい風が吹いた気がした。


「あなたという人間、とてもダサいです」


「……俺が、ダサいだと?」


 見ると、岩島はビキビキと音が聞こえてきそうな程顔を強張らせていた。


「見たこともねえくせに何がわかる」


「わかりますよ。修司さんの成熟した精神性に比べればあなた、十二歳から十三歳の子供みたいです。あ、それはその年代の人間たちに失礼でしょうか」


「てめえ!」


「わわっ、ちょ、ちょっ!」


 俺は急いでパソコンを閉じて立ち上がり、岩島に頭を下げた。


「ごめん、こいつちょっと生意気なところがあって、後で言って聞かせるから」


「……お前、あんま調子乗んなよ?」


 岩島は捨て台詞を残し、いそいそと教室から出て行く。


 俺は爆発寸前の心臓を何とか鎮め、パソコンを開く。


 するとそこには、今にも泣きそうな顔のユリがいた。


「マスター、あのぉ」


 注意、しなければ。今のはかなり危なかった。


「……ユリ」


「は、はい」


 しかし、我慢出来ずに噴き出してしまった。


「今の、最高だったよ」


 俺は恋愛恐怖症になってから初めて心の底から笑えた気がした。



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