出航
この短編は、一度書き上げたものの、どうにも収まりが悪かった長編作品を、じゃあ短編集にしてみよう! と思いたって書き始めたものです。
そんなわけで分かりにくい場面もあるかと思いますが、短めなので、お付き合いいただけると嬉しいです。
タチバナは、ほとんど駆け出しそうな速度で歩いていた。
そうでもしないと行く先々で捕まって、とても仕事にならないからだ。
元妻との通信は、あちらが一方的に接続を切ることで終わった。
そうか、勝手にするがいい。
『政府の船に乗るつもり。そちらの方が安心だし』
どこが? こちらの方がよほど安全だ。
やつらはワープだの、光速航行だの、無駄な研究にばかり時間を費やして、実用的な実験や検証をまともに始めてから、まだ十五年も経たない。
『それに、あんたが基幹船の船長を務める船団だなんて。どこにいても監視されるじゃない。気持ち悪い』
ああ、そうだな、たまには元気にやってるか、確認くらいはするだろう。だが、それはお前じゃなくて、俺の子どもたちの、だ。
『この前のリーク? あの、階級制度を作るつもりだとか、ああいうのを見てしまうとね』
ああ、そうかい。でも、お前が乗ろうとしている政府の船も同じだぞ。
そうでなくて、どうしてこの人数を武器無しで統率できる?
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くそっ!
おっと、船に当たるのは良くない。お前は何も悪くない。
「あ、いた。タチバナさん! 大変です!」
逆に今、大変じゃないことが一つでもあるのか?
「あの、あの船の……名前は何だっけな、まあいいや、第二十三番船に乗船予定の一団が、乗船を取りやめると言ってきました」
勝手にさせろ。
キャンセル待ちはいくらでもいる。
「それが、彼らは農業のスペシャリスト達です。なかなかの痛手になりますよ」
そりゃそうだろう、二十三番船は、ああ、俺も名前は忘れた。あの船は水耕農場が主な産業だ。
同じ属性の人間を乗せろ。それで解決だ。
ああ、やつらは一度登録したんだ。代表者を「パラデア」に来させろよ。登録を解除させないと。
面倒くさがったりしたら、脅せ。何年後か、何十年後か知らないが、他の船に乗りたくなった時に一人残らず乗船拒否されるぞ、と。
「分かりました。でもどうですかね。えらい頑固な感じの代表者で。ずーーっと、船長さえ、ちゃんと対応してくれたらってうるさくて」
なんだそれは。一向に乗船して来ないやつらなんぞ知ったこっちゃない。もう一年も前から搭乗を開始してるんだ。こっちは乗船し終わったやつらの世話で手一杯だ。
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「タチバナさ〜〜ん。そろそろオーナー会議のお時間で〜〜す」
おっと、しまった。もうそんな時間か。ん? おい。まだ三十分あるぞ。
「え〜〜。だっていっつも早めに言えって言うじゃないですか〜〜」
早すぎたろう。
「それにしても、もう一ヶ月もないんすよね。流石の俺も不安になってくるな」
「あ、それ、わかる〜〜」
心配するな。お前たちは何があっても降りられない。一等機関士と、俺の秘書だからな。船長の許可が出ない。
「ですよねぇ〜〜」
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『やあ、ひどく疲れているようじゃないか』
ええ、問題が山積みですので。
オーナー方は二番船でバカンスですか。羨ましい限りです。
『その呼び方はやめたまえよ。この船には「ユートピア」という名前があるんだ』
『私もタチバナと同じで船の名前なんてどうでもいいがね。そんな事よりも、例の反対派の男が紛れ込んでいた件だが、乗員たちの動揺は治まったのかな?』
ええ、なんとか。カウンセラーと、催眠療法と、薬物療法で。
『それは良かった。まあ、そんな男がいなくても、今後似たような事態は想定されている。予行演習が出来てよかったよ』
『それにしても、もう離脱者は出ないで欲しいものだな。あと六日では、キャンセル待ちの乗員たちを運んでくるのも大変だ』
『まったく、一人、二人ならばともかく、コミュニティごととなると、人数が馬鹿にならないからな。もし大量の離脱者が出たまま出発する事になりでもしたら大変だ。儲けが減る』
『儲けが減るくらいいいだろう。どうせ、じきに意味がなくなる。それよりも労働力の欠如が問題だ。ロボットの数は急には増やせない』
……あの、忙しいんで、雑談するだけなら、仕事に戻りたいんですが。
『ああ、そうだな。タチバナは忙しい。確認が終わったのだから解放してやろう』
では、また明日。
……ったく! ふざけんな!
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。オーナーたちは、いつもああでしょ」
「早くからこの事業を立ち上げてくれたおかげで、今の避難計画がだいぶ楽になったのは確かですしね。人類の救世主だという自負もあるんでしょう」
わかってるよ、そんな事は。
「少し時間ありますから、ちょっとでも寝てくださいよ〜〜。まだまだ長丁場なんですから。ねぇ?」
そうだな、そうさせてもらおう。何かあれば呼んでくれ。
せめて、いい夢がみたいもんだ……。しばらくは現実ではいい事なんざ、一つたりとも有りはしないだろうからな。
「悲観的ですよね、船長なのに。タチバナさんて。ここに残る人たちよりは遥かにマシな未来が待ってますよ、きっと」
「いつ崩壊が始まるか分からない中、ここにいなきゃいけないなんて、怖すぎますよね」
それはそうだが……。いや、何でもない。じゃあ、頼んだぞ。
若い奴らは、随分と元気で希望に満ち溢れていて怖いくらいだ。
催眠療法ってのは、本当に効果のあるもんなんだな。
俺は睡眠薬しか使えんが。
カウンセリングなんざもっての外。
どこの誰が、不安に押しつぶされそうになってる船長に命を預ける?
判断力が低下すると言われちゃあ、ほとんどの薬は飲めないし。
ああ、この睡眠薬も効きが悪くなってきたか。でも強すぎても急な事態に対処できない。困ったもんだ。
楽観的になれるやつらはいい。たとえ人為的にであってもな。
深く考え始めたら、正気を保てないやつが続出だ。
こっちも同じだから。
先の予測が完全には出来ない事も。不安定な足元を常に気にしなけりゃいけない事も。
でも、これでいい。
俺の仕事は、人類をこのまま宇宙の藻屑にしない事だ。
足掻いて、足掻いて、少しでも遠く……。もしかしたら存在するかも知れない、新しい、母星を……。
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「パラデア」率いる、全四十七艇で構成される船団は、惑星初の出航者となった。
乗員数、実に百二十七万人。
当時としては最大級の避難船団だった。
パラデアは順調に航行を続け、それはこれから避難船に乗る者たちの希望となった。
二十三年と八ヶ月後、パラデアとの通信は完全に途絶えた。
了
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