神無月、出雲大社にお出かけなさった神様は
「あら、今日からね。あんたほら、神様が死んじゃった日」
母の言葉に私は顔をしかめた。
「もう、お母さん! 」
「だってねぇ、忘れられないわよ。あんた稽古から帰ってくるなりもう、びっくりしたんだから。今年こそちゃんとお願いしなさいよ」
「行ってきます! 」
笑う母を置いて、私は空手着を片手に家を飛び出した。
兄に引っ付いて回っていた私は、よちよち歩きを卒業した途端、空手をやると言ったらしい。その頃から空手は私の生活の一部だ。
「今日も怪我なく稽古できました。ありがとうございます」
稽古からの帰り道、近くの神社に報告するのも習慣だ。朧気な記憶だが、神社には神様がいてみんなを見守ってくれていると誰かに教えられた。その日から、空手の稽古の結果を報告するのが私の日課だ。高校生になった今も続いている。変なお参りと私を馬鹿にする人もいるが、この神社の神主さんも巫女さんも、ご近所さんなんだからそれでいいと言ってくれている。ただ、この優しい人たちのお陰で、というか当時小学校低学年の私が無知だっただけだが、今も母が私をからかうネタが出来てしまった。
あの日、いつも通り稽古の報告をした私に、神主のおじさんは言った。
「いつもありがとうね。でも、神様いないんだよ」
前年に祖父を亡くした私は、同じことが神様の身に起こったのだと思った。家に全速力で走って帰るなり、母に報告したのだ。
「お母さん、神社の神様死んじゃった! 」
泣く私に驚いた母が、神主のおじさんの言葉の意味を説明してくれた。
その日は神無月、十月だった。
「出雲大社っていう大きな神社に全国から神様が全員お集まりになって、色々大切な決まりごとを相談するの。人間の縁や運命とか、例えば誰と誰が結婚するとか」
私は泣き止んだし、それは私の中では風化した記憶のはずだった。
残念ながら、母の中では記憶は風化しなかった。
「あんた稽古の報告だけじゃなくて、ちゃんと彼氏のお願いしてきたの。高校で素敵な彼氏が見つかりますように、是非未来の旦那にふさわしい人をお願いしますって」
あれは中学3年生の神無月だった。受験勉強と空手の稽古に明け暮れていた私は、母の言葉にずっこけた。
無事志望校に合格した私だが、あれ以来毎年、神無月になる度に母は同じ話を繰り返す。
「神様も忙しいのに迷惑でしょうが」
少なくとも私は、自分より弱っちい彼氏などいらない。
大学に合格した私が、神様からの合格祝いに驚くのはまだ先だ。
お楽しみいただいていますでしょうか。 他にも作品ございますので、是非ご覧いただけましたら幸いです。
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これからも、朝のひととき、お楽しみいただけましたら幸いです