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謎の老人

街の中央に立てられた公札の前にひとりの男が(たたず)んでいる。


公札には二つの事が記されているが、男は後者の方を見ながら『フフン♪』と独り御馳(ごち)た。


『ひと目、英雄の顔を拝んでやろうと思い立ったが、面白くなってきた。』


そう言うと、そのまま(きびす)を返して雑踏(ざっとう)に消えて行った…。




ー内城門の前ー


二人の韓信兵が長い槍を頭の上で交差させて直立不動で立っている。


二人ともに屈強な身体をしており、口許は真一文字に結んで、正面の空間を睨む様に立っている。


そんなある日の事、ひとりの老人がフラりと門の前にやって来る。


取次の兵が応対に出ると、公札を見て来たのだと言う。


その姿は背が高く、ヒョロっとして見えるが、弱々しくは見えない。


腰の辺りまで伸びた見事な長い髪を黄色い蝶の紋様をあしらった髪留めで()んである。


さらにこれまた見事な顎髭(あごひげ)を蓄えていて、(へそ)の位置まで届きそうな勢いである。


その顎髭をさも(いと)おしそうに、ゴシゴシしごきながら、ニコニコと笑っている。


白い長柄の装束に身を包み、抜けるような白い髪と(ひげ)が美しい。


取次の兵はその見た目から、、、


『年老いた者には用は無いのだ!帰れ!』


…と言いたいところなのだが、生憎(あいにく)と、(あるじ)の楚王・韓信の意向から、くれぐれも…


(わけ)(へだ)て無く!』と申しつけられているため、直ぐ様『御案内します。どうぞ!』と言い招き入れた。


城門前の韓信兵に耳うちをするや、韓信兵は交差させていた長槍を天に向かって平行に持ち、道を開ける。


老人と案内の兵が中に通るや、再び槍を交差させて、道を閉じた。


そのキビキビとした動きは、相当訓練されている。


『ホホウ♪』


白髪の老人はさも感心したように、顎髭をしゃくると、ニコニコしながら愉しそうに門の内に消えた。



ー宮殿内・政務室ー


韓信は今後のプラン作成に余念がない。


あれから、当面の方針として、まず各都市には備蓄分の食糧供給を行った。


また、査察・検分によって判明した被害の状況や住民の人口、年齢層別の内訳など、可能な限り詳しい報告書を作成させてある。


また元々の人口や農耕面積の把握などは現存している書簡を集めさせて把握を進めている。


『耕作面積に応じて種籾(たねもみ)の割り当ても決めなければな…。』


現状の食べ物も大事だが、来年度以降の事も並行して考えておかねば、ゆくゆく困ることになる。


『最も大事なのは人手だな…。』


生産性の恒常には人手がいる。


また、治安の維持を(はか)る上でも、当面の措置として、絶対的人数が足りない都市には自前の兵を配置する必要があるかもしれない。


『ある程度は各都市で自前調達して貰わねば、流石に淮蔭からの供出だけでは足りないな…。』


当初は各都市から代表者を召集して、意見集約を試みる予定であった。


ところが各方面への視察の結果、道が荒れ果て通り辛い場所や治安上問題のある場所もある事が判明したため、当面見送る事に決めた。


その代わりとしてこちらから出向き意見集約をさせているところだ。


各都市の陳情を直ぐに解決出来るかと言えば、なかなか現状では難しいかも知れないが、今後の対策の一環として、要望には素直に聞く耳を持ち、漏らさぬよう指示してある。


つい先日までは敵地であったかもしれないが、今現在は自領の大切な民である。


『昨日の敵は今日の友か…』


元々は韓信も楚の出身である。


たまたま運命の悪戯(いたずら)から劉邦陣営に身を投じる事になっただけで、逆の立場に身を置く可能性もあったのだ。


『項羽が見る眼があったなら…果たしてどうなっていた事か…。』


(くど)いようだが韓信は楚人である。


故に当初は地元の英雄である項羽の出馬に応えて合流した。


しかし…(;´д`)すぐにでも認められて、将軍の1人くらいにはなれるだろう…と見込んで居たのに、全く持ってお声が掛からない。


『項羽は人を見る眼が無い。』


腕に覚えのある連中をこよなく愛する輩で、軍団の更なる武力向上にひたすら余念が無い。


そしてそれが項羽のやり方だということなのだ。


実際、項羽の磨き上げた軍団は相手とぶつかり合った瞬間にたちまち破砕出来る程の圧倒的な力を持っていた。


相手の戦略や戦術を一瞬にして無効化する究極の武の力を求めている輩に、韓信の様な真逆の存在は目に入らなくて当たり前なのだろう。


韓信は『ここでは自分の力は発揮出来ぬ。』と判断して結果、離脱する事になったのであった。


或いは韓信が、挑発された人の(また)をくぐる情けない存在として、蔑まれて敬遠されただけかもしれなかった。


(いず)れにしても、この後劉邦陣営でその力を証明した韓信はその項羽軍団の息の根を止めた。


項羽軍団は項羽が指揮してこその存在であり、その根幹を担う軍団長達を丁寧に、そして根こそぎ討ち取り、或いは排除していく事で弱体化させたのである。


『私を採用していれば不様に死ぬ事もなかっただろうにな…。』


韓信は過去を振り返りながら独り御馳た。


『いかん、いかん。いつの間にか脱線したな…。』


最近の韓信は現実問題に頭を悩ませるとつい過去の栄光に逃避するきらいがあった。


『陳情の内容次第ではまだまだ資源が足りぬな…。』


韓信はこれ迄のプランを再検討するべく、幕僚に召集をかける事にした。


『あの時が分岐点であったな…。』


韓信は朝政の間に移動する最中に、取次官に声をかけられた。


緊急の場合も考えて、常に取次官には遠慮せず報告を優先するように指示してあるので、無視する訳にはいかない。


取次官は顔を高揚させており、ある意味、虫の(しら)せがしたのか、兎に角興味を惹かれた。


『報告を許す。どうした?』


韓信は先を(うなが)す。


『殿、公札を見たという人物が参りました。』


取次官はそう言うと、『如何(いかが)しましょう?』という顔である。


『分かった。会おう。』


韓信は予定を変更して、幕僚に取次の間に来るように伝えさせると、(きびす)を返すや取次の間に向かった。

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