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占領と後始末

韓信軍に依る夜間の掃討戦では、まず漢嬰軍が周蘭率いる楚の殿(しんがり)軍を返り討ちにして、周蘭の捕縛に成功した。その影には宋中という策士の活躍があった事はいう間でもない。


そして次には、韓信本軍の二万の軍勢が高密城の陥落に成功した。韓信らしからぬ計略を用いぬ激しい攻勢は、城方をも本気にさせる攻防となるも、地力に勝る韓信側に凱歌が上がった。但し、斉王・田広には逃走されている。


広域戦時には放置していた莒と即墨二城については、曹参が魏勃という若い城采の助力を得て、無血開城に漕ぎつける。その際、田広の逃走路を追い掛けるも、舟で既に逃げた後であった。その逃走先が、海上に浮かぶ島ではないかとの情報を入手した曹参は、撤退を決断した。


これが、これまでの掃討戦の概要である。


20万という異例の大軍で押し出して来た楚軍も濰水(いすい)の氾濫という罠に嵌まり、そのほとんどが流されて亡くなる。本城である彭城に無事に引き上げられたのは、7万だけだった。


こうして韓信軍は斉国73城全てを占領する事に成功したのであった。


無論、周勃が割り当てられた南方地域の城をちまちまと攻略したのは言うまでも無い。


「お~い!( ;゜皿゜)ノシ 僕だけ省略か~い…それは(ひど)い(ノ_・、)!!」


周勃がそんな泣き言を言ったかどうかは定かではない。


この後の事を簡単に伝えておこう♪


漢嬰軍はこの後、捕縛した周蘭を連れて臨淄まで引き揚げる事になる。韓信も高密城に5000の兵を配置すると、意気揚々と臨淄に引き揚げた。


曹参は翌日から莒と即墨二城の住民の帰郷に手を貸す職務に追われるが、田広の情報は臨淄まで使いを遣って報告させている。また、城預かりのため赴いて来る韓信兵との引き継ぎが完了次第、臨淄に撤退の予定である。


こうして翌日以降の動きは慌ただしく、執り行われて行った。


さて、残るは濰水河畔で行われる戦没者の埋葬だけと為った。司馬信は、昨夜の計画に沿って、朝から忙しく指示を出している。役割分担別に指揮官を配置し、集まった兵や捕虜を使って、遺体を埋葬するプロセスに入った。


元々既に、巨大な埋葬の穴をあちらこちらに掘ってあるし、遺体を積んで集めて来る組立て用のトロッコも組み上げてあり、いつでも使える。そして…木々の伐採をして格子状に組んだ火葬場も、河畔に列を為す様に点々と設置されていた。


「遺体はそのまま埋めないで、焼くのですね…」


李左車は少々驚いた様に声を挙げた。


「ええ…左様です。遺体は一体程度では影響は出ないと思いますが、沢山集めて埋葬する場合、その土地の環境や井戸水などに覿面(てきめん)影響が出る可能性がありますので、避けた方が良いでしょう。」


司馬信は、あくまでも環境面の悪化を避ける事を第一に考えての判断である事を強調する。最悪の場合、疫病が蔓延しないための措置なのだから、最善の道を行く方が良いのである。


「私は死者の魂が、来世で生まれ変われ無いのではないかと心配なのです…」


今度は蒯通が横槍を入れる。


「お気持ちは判りますが、亡くなった方と生を全うするために、これからこの地で生きていかねば為らない方とどちらが大事なのでしょう?今この遺体を焼かずに埋葬して、疫病が発生した場合に出る死者の数を考えた場合、この程度の数で済まない可能性もあるのですよ!それを考えれば、私は妥当な判断だと思っています。喩え焼いたとしても、埋葬は怠りなく実行するのですから、死者を冒涜した事にはなりません。」


西夏国では、そもそも死者の魂が来世で甦らない事など、子供でも理解している。しかしながら、科学的水準の違いがあるのだから、幾ら説明をしても、この地の人には理解出来ないだろう。


そして死者への労りの気持ちや信仰心としての物の考え方においては、彼らの言っている事は間違っていないし、良く理解出来るので、この場は生きている者を尊重する方向で説得するほかなかった。


作業は早朝から始まり、遺体を回収する者、焼き場で火葬作業をする者、灰やお骨を埋葬する者に別れて、テキパキと進んだ。


それでも全ての作業を完了させるまでには、数日間を要した。そして、発見出来た遺体全ての埋葬が完了した日に、臨淄からは、韓信を始めとする各将帥たちや、希望する全ての者たちを集めての、慰霊祭が行われた。


この日を持って、斉国の占領と戦時の後始末が全て、完了した事になる。今後の斉国は当面の間、韓信が代理総督となって、民を慰撫し、統治する事に成った。


通常ならば、ここで論功行賞が行われる所だろうが、韓信はあくまでも、劉邦の代理としての身分なので、後日漢王が行う論功行賞を待つ事になる。


ひとまず斉国を預けられた韓信だが、南には依然として項羽の勢力が幅を効かせている。西楚のこれからの動きに依っては、再び逢いまみえる事になるだろう。


しかしながら、陛下より命ぜられた任務は、斉国の攻略までであり、楚国内にまで踏み込んで項羽を刺激する事ではないので、与えられた新たな任務を履行するのみである。それは、斉国の管理と戦後復興を進める事であった。


こうして長きに渡り続いて来た韓信の北方攻略戦はひとまず無事に完了した事になる。西魏では伏兵を持って魏豹を破り、その勢いで代をも占拠。趙では陳余を背水の陣で壊滅させ、燕は外交策で説諭して取り込んだ。そして斉では、楚の大軍をも相手どりこれを退けた。


もはや韓信を"股くぐり"と揶揄(やゆ)し、臆病者と(あざけ)る者はいない。それどころか彼の高名はこれを持って天下に(とどろ)く事になった。彼は名実共に、中華に影響を及ぼす存在に成ったのである。


それから数ヵ月は楚の再進攻に備えたり、斉国内での突発的な反乱に備えたりと、韓信軍は体制を維持したまま過ごす事になる。


斉の西に浮かぶ島に逃れた田広は、今のところ動きは無い。曹参から奏上された情報に基づき、幕僚会議でも進攻の有無については論議を重ねたが、結論としては時期尚早という事になった。


斉の民を捨てて逃げた田広に、もはや影響力は無いと結論付けられた為である。そして大軍を送り込む船を用意する経費も馬鹿にならなかった。


後日、陛下より特別に指示があった場合には、改めて取り組む事になるが、田広が再進攻を企てない限りは、放置して置く事にしたのである。むしろその方が彼らに取っては(くみ)(やす)い。


当面は間諜を内々に潜入させて、見張りを続ける事で対処する事になった。


数ヵ月が過ぎて、楚の動きも無く、国内の民心も落ち着いた頃になると、吉日を選んで、韓信は北方攻略を伴に為して来た総帥を一同に会し、改めてその(ろう)(ねぎら)った。


「皆、御苦労様でした。お陰で陛下より命ぜられた勤めも無事に果たす事が出来たようです。この作戦の為に集まって頂いた事に感謝し、礼を申します。私を助け、良く支えて下さり有難う。」


韓信はそう述べると、頭をペコリと下げた。皆も韓信に付き従い、その力量を目の当たりにして来たので、感無量という表情をみせている。


「時に皆さんは今後どうされるのですか?私も陛下より斉を預けられ、これからはまた忙しくなる。出来れば引き続き、手を貸して貰えると有難いが、私も含め、皆さんも陛下の直臣ですから、私の一存(いちぞん)ではそうもいかないでしょう…」


韓信は吐息をつくと、皆を見渡す様に眺める。一致団結して今日(こんにち)まで懸命に駆けて来た戦友たちである。そこには淋しげな表情が浮かんでいた。


「閣下!一期一会で御座る。我らは元々目的の為に集まったのです。それをご一緒に成し遂げられた事は名誉な事だし、私も色々と教えられました。閣下には感謝しております。ですが、いつまでも仲良しこよしという訳にも参りません。残念ですが、これで一旦お別れです。御縁が在れば、また共闘する事もありましょう♪」


漢嬰はそう言って別れを述べた。彼はしめっぽいのは苦手なのだ。別れは明るくさばさばと締め括りたかった。


「そうですな…漢嬰の言う通りです。私も閣下には学ばせて貰った。これは今後の(かて)としたい。ですが、戦いはまだ続きます。項羽という男がいる限り、我々の戦いは終わらんのです!ですからまたご一緒する事もありましょう。その時を愉しみにしておりますよ♪」


曹参もそう言って別れを告げる。彼は決して韓信の人柄に惚れている訳ではないが、その実力はまざまざと見せつけられて、彼なりに認めていた。


「僕は愉しかったです(´▽`)♪信じて使って貰えると、力も存分に発揮出来る…こんなに大きな仕事が出来るとは僕も想っていませんでした。大変感謝しております。また是非ご一緒したいと思っていますよ♪」


周勃はこれが別れだとは思っていない。この解散は次の共闘までのほんのひとときの休息なのだ。またお声が掛かれば、張り切って参じる…そう心に決めていた。勿論、陛下のお許しがあればの話だ。


「皆さん、()()りになるのは私も淋しいなぁ…私は閣下に助けられた命ですから、当面はご一緒するつもりです♪まぁ陛下より復命の下知が在れば、別ですがね?今後も宜しく頼みますよ!」


李左車は特に劉邦からの下知が無いため、引き続き韓信の下で働くようである。彼は趙国戦で陳余らが処刑される中、韓信たっての願いで唯一生かされた身である。韓信には恩があった。


『( ̄^ ̄)……。』


蒯通(かいとう)は特に何も言わず、無言を貫いている。彼はやはり趙国戦の頃から韓信に従っているが、特に李左車の様に是非にと請われた訳では無く、韓信を見込んで自分から進んで身を寄せているため、今のところ離れる予定は無かった。


その頃になると、関中で体制を立て直した劉邦は、再び大軍を要して、成皋(せいこう)まで盛り返して来ていた。成皋は滎陽(けいよう)の西南に辺りに位置する。そこで項羽陣営との睨み合いが続いていた。


曹参・漢嬰・周勃は劉邦からの帰参を命ぜられているため、これから成皋に合流する事になる。改めて壮行の会が開かれると、彼らとはひとまずお別れである。


その席において、韓信は司馬信と李匠、そして叡鞅にそれぞれ声を掛けた。


「皆さんにも大変お世話になりました。貴殿方は陛下の許可を得ているとはいえ、そもそもは漢の臣では在りませぬ。周勃殿の話では、張良殿の計らいで此度(こたび)の戦に参戦されたと聞いております。今後の身の振り方はもうお決まりなのですか?」


司馬信や叡鞅の才能が並外れている事を、目の当たりにした韓信は、出来れば彼らを配下に欲しいと考えている。そのため、ここに残ってくれる芽が在るのか確かめたいのだ。


司馬信は勿論、叡鞅もそれはあらかじめ想定していた事だったので、内心は苦笑している。しかしながら、それは極めて当然といって良い反応であるから、敬愛の念を以てやんわりと辞退する事にした。


「韓信殿!私たちの役目もひとまずここで終える事になります。私たちは貴方の申される通り、漢とは何の関わりも無い他国の人間です。今回はたまたま張良殿の御恩に報いるため、参戦致しましたが、本来は自国に在って、社稷(しゃしょく)に寄与せねば成らない身です。残念ですが我々はこれにて引き揚げる事に致します。なぁに、またお会いする事も在りましょうから、その時を愉しみにしておりますよ!」


いみじくも司馬信が代表して応える事に成ったが、彼らはあくまでも西夏国のために行動する事が根底にあるので、このままここでその身を制限される訳にはいかなかったのである。


韓信はとても残念そうな表情をみせたが、彼らは陛下の意向と張良の意志で集った者たちであるから、彼の一存でこれ以上引き留める事は叶わなかったのだった。


「それは残念です。でも貴殿方には感謝しております。有難うございました。また是非ご一緒したいものです…」


彼はそう言うと、改めて頭を下げた。心からの感謝の姿勢だった。


こうしてひとまず韓信軍と言われた人々は、それぞれの役目を一旦終えて解散し、新たな任地に赴く事になった。


例えこの場で別れ別れに成ろうとも、彼らの果たした功績は忘れ去られる事は無いだろう。この個性豊かな将帥たちがこれからどんな路を歩み、その姿を現すのだろう。とても愉しみな事である。

【後書き】


皆様、御愛読有難うございます。


これにて西夏国奇譚韓信篇は第一部を完了する事になります。


また改めて必ず第二部を書きますが、しばらく構想期間を頂戴して、再びお会いしたいと想っています。


第二部は韓信が楚国の王となってからの、冒頭部の続きになります。


想えば、蒯通の回想の場面からの、過去の経緯に充てた話に力を注ぎ過ぎてしまった感はありますが、これはこれで楽しく書き綴れたので、良かったのではないかと思っています。


また第二部で是非お会い致しましょう。


第一部の御愛読有難うございました。


著者 ユリウス・ケイ

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