初陣と駆け引き
韓信は高密城の包囲を狭めると、1本の矢を射ち掛けた。
高密城に籠るで在ろう斉王・田広に対しての、降伏勧告状である。
厄介な丞相・田黄を捕らえた事で、韓信には多少の心の余裕も出来ていたので、ここはひとつ、斉王に敬意を表した訳だが、撃ち込まれた矢は直ぐに城方の兵の手で抜かれたのに、その後、梨の礫であり、何の回答も得られなかった。
『いったいどういう事だ(^。^;)!』
韓信は少し不安を感じていた。
無論、高密城などその気に為れば、いつでも踏み潰せる。
韓信の心配は、"当初の予感が当たってしまったのではないか?"という事だった。
『(^。^;)まさか本当に逃げやがったのか?』
実は韓信が矢文を射ち込んだ本当の意図は、田広の所在を確かめる為であった。
『見届け人』の有無については、最後まで、田黄からのはっきりした回答を得られなかった。
『そうですな…私は命じておりませんから、判りかねます。但し、ひょっとすると王様が用意されていたかも知れませぬ…甥の田広は侮れませんからな…』
田黄は飄々とそう宣うと、惚けてみせたので、結局の所、埒が明かなかった。
その成り行きが、韓信の疑念に火を着ける発端に為っている。
『見届け人』を用意したのが、丞相・田黄なのか、或いは斉王・田広なのかは、最早この際どうでも良かった。
あくまでも重要なのは、『田広の所在』である。
勿論、韓信は『見届け人』が存在するならば、それは田黄の仕業だと思っている。
田広は現場に来て居ないのだから、『見届け人』を渡岸させない配慮をしたので在れば、それは現場に居た田黄にしか出来ない事だった。
事前に濰水の決壊を予測していない限りにおいてはそういう事に為ろう。
『(;´д`)やっぱりかぁ…くそう!やりやがったな( ;゜皿゜)ノシ!!』
わざわざ高密城まで来たというのに、肝心の玉に逃げられてしまったのだから無駄足に近い。
しかもわざわざ皆の前で高密城攻略を宣言した手前も在るので、落城させなければ、下手に動く事も出来ない(^。^;)…。
まさに泣きっ面に蜂o(T◇T o)…。
『(^。^;)凝りゃ自分で自分の足を縛って、身動き取れなくした様なものだ…』
韓信は頭を抱えてしまった…( ̄~ ̄;)@
そんな時に、背後から名乗り出た者がある。
「韓信様…宜しければ、私が"玉"を追いましょうか?」
韓信はその声に反応する様に、咄嗟に振り向く。
するとそこには、まだ少年の様な幼い顔をした男の子が佇んでいる。
(゜Д゜≡゜Д゜)゛??
「何だ♪坊や…何処から来たんだい!」
韓信は一瞬ドキリとしたものの、突如出現した少年に対する興味が上回って、そう聞いた。
σ(゜Д゜*)『…』少年はキョトンとした顔をして、此方も驚いている。
「僕は凛だよ♪坊やじゃ無いやい!」
「(^。^;)そうかそうか…すまんな。で!その凛君はどこから来たのかな?ひょっとしてこのお城の子かな?」
韓信は自分の想いをズバリ言い当てられたので、少々気味が悪いが、相手は少年だから思わず優しい物言いになる。
「そうじゃないやい!僕はこの城を見張ってもう数日間になるんだ…少し厭きちゃったんだよ♪」
『(^。^;)何?見張るだと…いったいどういう事だ!』
韓信は目の前に佇み、こちらを見上げている少年の粒羅な瞳とは裏腹な物言いに驚いてしまった。
「(^。^;)君はいったい…何者なのかな?」
想わず本音がそのまま出てしまう。
すると少年はプププと急に笑い出す。
「おじさん韓信様何でしょう?だから声を掛けたんだ…」
「如何にも私が韓信だが???」
少年の問答に乗せられて、いつの間にか、意識がそちらに持っていかれてしまう。
よく見ると、少年の両方の耳朶には、黄金の耳飾りが付いており、時折、風の悪戯で、シャランシャランと綺麗な音を奏でている。
『あれ?』
韓信は目に留めた途端に、気妙な感覚に陥った。
どこかで見た記憶があったのだ。
そして気ずいた。
「叡鞅殿が付けていたものとほぼ同じだ!そう言えば…父君の司馬信殿も、似た様なのを付けていたな…と言う事は…」
韓信は小さい少年に押され気味になっていたためか、ついつい大人気なく、ほくそ笑んでしまう。
「そうか…君は…凛君は、叡鞅殿のお身内だな?違うかい?」
韓信は勝ち誇った様にそう言った。
「正解で~す♪うん?ああ…おじさんこの耳飾りを見たんだね!さすがに目の付け所が良いね♪」
凛は自分の耳朶を擦りながら、目線をやる。
「そうだ!私はその耳飾りをしている人物を2人知っている…」
韓信がそう告げると、凛は種明かしを披露してくれた。
「2人?…て事は、父上とお爺様しか居ない筈なんだけど、両方に逢っているなんて、さすがに韓信様ですね。僕は貴方にお逢い出来て、幸運だと思ってるけど!」
凛はいたずらっぽくテヘッと苦笑いする。
「ほぉ~…この子はやはり…うん?待てよ…この子いったい…」
韓信は疑問に感じて、反射的に尋ねる。
「凛君、君はいったい何歳なんだね?」
「ん?ああ…だよね!僕は今10歳だよ♪」
凛はさして驚く程の事も無く、そう答えた。
恐らく良く聞かれるのかも知れない。
「それで、韓信様!先程の件はどうされますか?」
凛のその言葉に我に返った韓信は、「ああ…」と言って、少年に答えた。
「悪いが気持ちだけ貰っておこう!さすがに子供に危険な真似はさせられないからな…」
韓信は速座にそう言うと、「もう帰りなさい…」と凛を諭す。
「ちぇっ、おじさん分かってないな…」
彼は、子供と言われた事が、納得いかない様だ。
「僕は修業中なんだから、そのくらい朝飯前なのに…」
凛の言葉は途中で遮られた。
「駄目だ!!」
韓信は再び却下すると、踵を返して行ってしまった。
凛は、駄々漏れる溜め息を両手で押さえると、こちらも廻れ右をして、そのまま兵の中を掻き分けると、街道を斉の北へ向けて歩き出した。
そして、喧騒から逃れると、左手を口にやって、「ピュイッ」と口笛を吹いた。
すると、タカラッタカラッと蹄の音がして、馬が一頭、鮮やかな歩様で跳んで来た。
「やぁ…恬、待たせたね!」
凛は愛馬・蒙恬の鬣を撫でてやりながら、話し掛ける。
そして、小さな身体を目一杯背伸びすると、ヨッコラショと馬の背に登った。
さすがに立端が足りないので、父のように恰好良くヒラリとは跨がれない。
「じゃあ、帰ろうか…」
彼は蒙恬に語り掛けるようにそう告げた。
すると蒙恬は、物凄い勢いで飛んで行った。
凛はとても満足気な顔をしていた。
「父上は喜んで下さるだろうか…」
彼はそう想いながら、一路・臨淄を目指した。
「父上、お呼びでしょうか?」
凛は突如、父親に呼び出されて、緊張している。
彼は今年10歳になったので、中華に出て来た。
西夏国の世継ぎ候補は、必ず10歳になると、他国に修業に出る事になっている。
そして自分と、そのお供を担う付き人と共に、波瀾万丈の海原に、苛酷な道行きを歩み始める事になるのだ。
将来、太子となる者、そして王となる者、現役の王でさえ、ほぼ自国領に長居する事は許されない。
他国の王と違い、決して甘やかされて育つ事の無い西夏国の王達は、こうして自分を磨き、堕落する余地が無い。
そうする事で自らを律して、国を永続し、繁栄に導いて来たのだ。
例外は決して無いし、生まれながらに身体の弱い者は、その権利すら失われてしまう。
10歳にして国外に出れるだけでも、その未来はあるのだから、幸せなのだと言えた。
因みに現在太子である叡鞅も、10歳の頃に付き人である趙燕と共に中華に修業に来ている。
付き人になる人物は、文武に優れていなければならないので、大抵の場合、何事も無ければ、付き人が黄金騎士団、所謂、近衛親衛隊の最高位の長官となる。
そして数ある猛者達の頂点に立ち、王や太子を助けて戦う事になるのだ。
凛は因みに叡鞅が15歳の頃に妃との間に儲けた子だ。
つまり叡鞅が現在25歳であり、同じ年頃で叡鞅も生まれている事を考えれば、司馬信は40歳という事になるだろう。
『何だろうな…』
凛はいよいよかと、意気込んでいる。
本来は祖国を発てば、如何なる事が起きようとも、太子になるまでは国には戻れない。
そして、肉親に再会する事も無いのだが、此度は緊急にお呼びが掛かった。
呼び出したのは、現国王・司馬信であり、その命に於いて、叡鞅の傘下に組み込まれている。
国を挙げての大命題、"中華の平和と秩序"の回復のため、特別召集が掛かっているためである。
先に述べた様に、公子でさえ、召集に応じて集められているのだ。
「凛か…良く来た。まぁ座れ!」
叡鞅は優しく、息子に声を掛けると、席を勧める。
凛は言われるままに腰を掛けた。
彼らが実際、頭を突き合わせて会うのも、久し振りの事である。
物心つく頃から、父は忙しく国内外を走り回っていて、彼の傍には居なかった。
ある意味、単身赴任の父親の様なものであり、年中、国外に出ていたので、よく顔も覚えていなかった。
しかしながら、1年に1回は必ず国に戻って来て、1週間程は両親と一緒に過ごした記憶は在った。
父は大抵の場合は、彼の誕生日に戻って来て、その間は彼と一緒に居てくれたのである。
但し、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
彼は既に修業に出ている身であり、ここは戦場なのだ。
しかも有り難くも国の太子付きの武官として、国家の命運を担う一員として召集されているのだから、親子の情などを挟み込む余地は無かった。
叡鞅も十分承知している事だから、余計な事は言わずに、直ぐに本題に入った。
「凛、今からお前にひとつ任務を与えます。此れから私が話す事を、良く吟味しながら聴きなさい。そして私の信ずる道に沿った結果を必ず出すようになさい!良いですね?」
叡鞅は単々と話し出す。
「はい!承知致しました。」
凛も上官に応対する様にハキハキとそれに応える。
「では、話します…」
因みにこの命令は、濰水決戦の前日、それも深夜に行われている。
彭城を抜け出した稟笥が、滎陽城に向かう前に、関寧に情報を持たせて、叡鞅の許に走らせた事を御記憶だろうか?
あの後、関寧の面会を深夜に受けた叡鞅は、直ぐにそれを韓信に知らせた後、直後に息子を呼び出したのであった。
「では、話します、1回しか言いませんから、良くお聴きなさい。明日、韓信軍は濰水で斉楚連合軍と激突します。恐らくは田横は楚軍を出し抜き、楚軍の壊滅を狙います。そして、我々をも出し抜き、必ずや逃げ切ろうとするでしょう。ですが、陛下(司馬信)がそうはさせませんよ、きっと!彼は自由にして置くには、少々頭が良過ぎます。ですから必ずや捕縛する事に成りますね。そして恐らくは、楚軍は壊滅…撤退に追い込まれる事でしょう。そうすると、どうなりますか?高密城に籠る田広は孤立します。彼は漢の使者・酈食其殿を釜茹での刑にしてますから、必ずや逃げ出す事でしょう。そして、高密城の掃討戦は、必ず韓信殿が自ら後始末に向かわれる筈です。さて!ここからが貴方の出番です♪貴方の任務は、韓信殿の高密城攻略戦を可能な限り、引き延ばし、逃げる田広殿の時間を稼ぐ事に在ります。どうすれば良いかは、貴方も修行の身ですから自分で考えなさい。良く吟味して聴く様にとは、そういう事です。私の言わんとしている事が判りましたか?」
叡鞅は命を下すと息子を見つめた。
彼の指示した通り頭の中で吟味している様である。
やや目線が上に向いていた。
しばらく考え込んでいる様だったが、やがて頭を上げると、父親を見つめた。
「閣下…閣下はなぜ田広を助けるのですか?状況的には、生きたまま捕らえ、田横と共に関中に護送するか、それが叶わない場合は、斬るのが妥当と思うのです。それだけの事をしたのですから!私は例え、裏切られたとしても、人ひとりを釜茹での様な酷い刑に処さねば成らぬ理由にはならないと思います。そんな酷い仕打ちをした者を、わざわざ助けようとする父上の…否、閣下の気持ちが判りかねるのです。」
それはまるで10歳の子供とは想えぬ程の考察である。
叡鞅は、その考察と判断を聴くにつけ、安心した。
『父と自分、そして息子の代までは、少なくとも我国は安泰だ!』
そう思ったのである。
しかしながら、上官の命令は絶対だ。
特に軍事行動に於いては、口堪えは許されないし、服務規定に低触する。
さすがに太子の息子の首を羽ねようとする者は居ないだろうが、此れでは困るのだ。
ましてや命令の意図を、ご丁寧に説明してくれる上官など、ほぼ居ない。
『困った事だが…今回は初任務だ。仕方無い、説明してやるか!』
叡鞅はそう決意すると、話し始めた。
「仕方或るまい…今回だけだぞ!そもそも命令の理由等、本来は聴けぬと知れ…」
彼はそう前置きすると、話しを続ける。
凛は、納得出来ない事はやりたくない。
それは、彼自身の信念信条という事では無い。
むしろ10歳の少年に信念信条がある方が末恐ろしい。
単に正義感の問題だった。
この年齢の子供は感受性が強い。
「悪者は捕えるべきだ!」
そういう拒絶反応であったのだ。
それは叡鞅も薄々、解っている。
彼自身が元々はそういう性質だからだった。
『やはり私の息子だな…』
彼は苦笑した。
凛は真険そのものと言った良い面構えをしている。
叡鞅はそんな息子が、少し大人びて見えて誇らしかった。
「では、説明する。父上は…否、陛下は田横を捕えた上で、助命の道を探す事になる。陛下は才ある者は生かして使うべき…そう考えている方だからだ。しかしながら、田横とて、漢の使者を釜茹でにした片棒だ。関与を問われた場合、漢王・劉邦様も失面に立ってまで、奴を庇うまい。すると、田横に残された道は、自力で逃げるほか在るまい。逃げ道が無ければ、良くて自裁の道しか残っていまいよ。さすがに漢王は『目には目を!』などと、釜茹でにはすまいが、それは人心を考えての事であり、処刑する事には変わりあるまいよ。後、万が一劉邦様が助命を決めたとしても、酈氏と田氏が並び立つのは難しい。そこの判断をどう考え、どのタイミングで介入するか、二つに一つの選択となろう。陛下なら、それでも成功させるかも知れないがな。そこでだ…田横が死んだ場合の事も、考えておかねばならんと言う事なのさ。喩えるなら…捕えられた者よりも、捕えられる前の者を、そのまま救う事の方が楽だからな。ではなぜそこまでして、田氏を救おうとしているかと言うとだな…先の国王を殺して、斉の国を奪ったという事になると、体裁が悪いからだ。漢の国は今後、斉の民を自国の民として、付き合って行く事になる。韓信殿が治めるか、新しい為政者が派遣されるか、それは劉邦様次第であろうが、悪い噂とは、時に尾鰭を付けて、流布されるものだ。斉の民にとって、田広が悪政を敷いていた訳では無い場合、民にとっては、どこの馬の骨か判らぬ素性の者よりは、元々の王様の方が身近な存在だろう。だからせめて、"殺して国を奪った"と見られぬ方が、ゆくゆくの人心掌握には都合が良いのだ。むしろ、"民を捨てて逃げた"と見てくれた方が、楽だろうよ!まぁ我々が、ここまでしてやる必要があるのか、と問われれば、無いけどな!これで納得出来たであろうが…。世の中、見方を変えれば、善悪の基準など、180℃ひっくり返る事もある。単純に正義・悪と決めつけずに、多方面から物事を観る様に、心掛ける事だ。判ったかな?」
叡鞅は言葉を重ねて、説明したが、果たして息子が納得するかは定かでは無かった。
『親父殿の領域には、私もまだまだ程遠いが、少し老獪かも知れぬな…』
彼は苦笑して止まない。
ところが、意に反して凛は、
「(^。^*)成る程…」
と言って、(((゜-゜)ウンウンと頷いている。
「φ(・ω・*)フムフム…判りました!大人の対応…て事ですね♪僕には良く解らないけど、父上の仰せに従いますよ!大丈夫!!任せて下さい…煙に巻くのは得意なんで何とかします(*´▽`)♪」
「(^。^;)あぁ…宜しく頼む♪」
叡鞅は訳が判らないが、ひとまずやる気に為った息子を観て、胸を撫で降ろした。
こうして、韓信と凛の駆け引きは決行されたのであった。
そんな事とは露知らない韓信は、凛を帰らせると、"玉"を逃した鬱積も募って、高密城に総攻撃を敢行した。
『(^。^;)くそぅ…眼にもの見せてくれる!!』
その動きはかなり、ねちっこく、火矢の一斉掃射から始まり、門扉の打壊しや投石機の岩での壁の破壊…さらには油壺を投げ入れた上での、火矢に拠る放火に及んだ。
城方は懸命に奮戦したものの、やがては消火や修繕に追われるに至って、全面降伏した。
その時には明け方が来ようとしていた。
韓信に追い掛けられるまでも無く、田広御一行様は、既に遥か彼方に逃亡した後で在った。
こうして、韓信も高密城の占領に成功し、斉国内から田氏の勢力は、一掃されたので在る。
まさか韓信の攻略戦に、このような"自棄糞"の攻略があった事を知る者はいない。
常勝将軍の事磧に、味噌を付ける様な事実は秘匿されたのだろう♪
その韓信の計画に、乾坤一擲の水を刺したのが、10歳の少年だった事を知る者は誰も居なかった。
【訂正箇所】
✕上宮→○上官
✕未恐ろしい→○末恐ろしい
【改行の導入】
改行方法(段落)の実施~頭1文字明け
改行方法(場面転換)~3行明け
(今までは『……』表示にしていた)




