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高密城攻防戦

その頃、韓信は2万の兵力で高密城を目指していた。


『田横を生け捕れて幸いだったな…此れで多少為りとも、田広に対処しやすく為るだろう♪』


叔父の田黄が捕虜と成った事が判れば、田広も此方(こちら)の言葉に耳を貸すかも知れない。



そう為れば、斉国の占領も此れ以上の血を見る事無く、達成出来るかも…?


韓信の現時点で脳裏に(えが)いている絵図はそんな所だった。


(かたく)なに籠城されて、無駄な抵抗を受ける依りも、簡単に済むに越した事は無い。


相手は恐らく籠っていても5000程度の兵力で在るから、4倍の兵力を擁する韓信の敵では無いが、それにしても激しい抵抗は受けたく無いものだ。


『司馬信殿の保持する火炎兵器が在れば、アッという間に墜ちる筈だが…貸してくれとも言い出し辛いしな…(´▽`;)』


韓信は割りとお人好しにも、そこまで出来ない。


(;´▽`)『折角(せっかく)、味方してくれる者に強制は出来ぬ…』


そう想って、敢えて声を掛けずにいたのだが、


『さて…どうするかな??』


韓信は悩みながらの道中になった。


漢嬰が合流してくれれば、多少戦力は増す筈で在るが、楚軍との交戦で、結果どれ程の兵力が残るかも疑問があるため、計算には入れていない。


韓信は考えをまとめながらのゆるゆるした行軍になった。


情報管制が巧く働いていれば、まだ田広は事の重大さに気がついておるまい。


但し、(あらかじ)め見届け人を置いて居れば、また話は異なる。


けれども、その場合でさえ、逃げるか籠城するかが関の山だろう。


さすがに5000で野戦を仕掛けて来る程、馬鹿では在るまい…。


韓信はそう想っていた。


そんな事依りも、韓信の目下の関心事は他に在る。


田黄に続き、田広を捕らえたとして、恐らくは2人共に、陛下の許にその身を送り、裁可を委ねる事になる。


ここで再び焦点と成るのが、あの酈食其(れきいき)の最期で在る。


酈食其(れきいき)は、劉邦の命を帯びて、斉国に只ひとりで乗り込んだ。


そして一旦はその言葉の力で、斉国を手中に納めた…と謂える。


結果的に、元々(いくさ)で占領する命を下しながら、酈食其の言葉に惑わされて、外交で斉国を屈服しようと(こころ)みた、劉邦の二重計略のせいなのだが、こんな事も在ろうかと、劉邦は韓信の攻略に停止命令を下さなかった。


『善きに計らえ…』


(とど)のつまりは、『現場で判断せよ!』という事で在る。


『停めもしないし、積極的に攻めろとも言わない…(´▽`)勝手に判断してちょ!その代わり、やるなら結果を出してね♪』


何とも阿漕(あこぎ)な、無責任さで在る。


(^。^;)要は結果を出せば、どっちでも良いよ♪て事だからね…。


しかも劉邦は言質(げんち)を取られると、その責任が自分に及ぶと考えていた節が在るのだ。


『結果は判っていた筈だろうに…張良・陳平は許より、周りには有識者は居らんのか…』


韓信は、元々為政者の心は解らないので、言いたい事を云う。


もっと面倒臭い事には、酈食其の子の酈庎(れきかい)と酈食其の弟の酈商(れきしょう)が、漢の陣営には居るので、父を殺した田氏一族を(ゆる)しておく筈が無い。


恐らくは、強硬に死罪を願い出るに違い在るまい。


斉の名門の一族を根絶やしにする事には韓信でさえ、抵抗がある。


まぁ…(;´▽`)ある意味、自業自得だから、韓信がそこまで考えてやる必要は無いし、裁可を下すのも陛下なので、自分が自己嫌悪に陥る事も無い。


しかしながら、結果的にはそのまま斉に攻め込んだのは自分たちなのだから、寝覚めは悪かった。


しかも恐らくは田広が斉王として、酈食其の裏切りに裁可を下した結果が、釜茹での刑だったのだろうから、本人がそれを自覚している場合には、簡単に此方(こちら)の降伏には応じない可能性すら在るのだ。


『頭の痛い事だ…』


韓信はそう想い、悩んでいるのだ。


韓信が高密城の攻略を買って出た理由もそこにある。


『けじめだ…』


そう想うのだ。


間接的に田広の処置に自分達は関わっている…そんな罪悪感にも似た感傷が韓信の心の中には存在していたのかも知れない。


『いかんいかん…考え過ぎるな!』


韓信は首を左右に振ると、一旦現実問題に頭を切り換えた。


敵を(ほふ)るのに理由はいらない。


只、攻撃し占領するのみ…田広さえ捕らえるか、或いは殺せば、この戦の決着はつくのだ。


問題は単純明快なのだから、後はやるのみだった。


韓信は高密城に到着すると、物見を放ちながら、ゆるゆると城を遠巻きにして、徐々にその輪を絞る様に、縮めていった。


『……』


一方、田広は韓信が危惧した通り、田黄の準備していた見届け人の報告に依り、既に叔父・田黄の決死の渡岸決行とその結末について報告を受けていた。


『叔父上は予定通り渡岸されたが、逃げ切る事は叶わなかったのだな…世の中にはあの叔父上さえも上回る機知を持った人物が、まだまだたくさん居る様だ!端から観ていても、あの叔父上に優る者がいるとは想えなかったのだから、私はまだまだ青いという事なのだろう。問題は叔父上が降伏したのか、或いは亡くなったのか解らぬ点にある。見届け人も渡岸した訳では無いからな…まぁしなかったからこそ、此れほど早く情報をもたらす事が出来たのだろうが、さて此れからどうしたものか…』


田広にとっては時は貴重である。


見届け人の報告では、濰水は決壊し増水しているため、張本人である漢軍さえも暫くの間は渡って来れないのだから、多少の時間稼ぎには成る。


その間に今後の方針を決めて実行に移さねば為らない。


猶予は在る様で無いと謂える。


急がねば為らなかった。


幸いにも田広には叔父・田黄が残してくれた優秀な武官・文官たちが居る。


田広は直ぐに彼らと協儀に入った。


既に皆には田横率いる5万の兵の突撃と、その大多数の者が捕えられた事は周知済だ。


但し、叔父が戦死したか捕虜となったかは、不明であると言うほか無かった。


議論の的は、ここ高密城に籠城して戦うか、又は逃げるかである。


もうひとつ選択技が無い訳ではないが、例え、田広自らの健在をアピールしたとしても、最早、楚国側の支援は期待出来まい。


見届け人の話しでは、叔父は"抜け駆け"に及ぶ事で、協力の意志を拒絶し、尚且(なおかつ)、同盟者である筈の楚側に甚大な被害をもたらしたのであるから、(うら)みを買いこそすれ、救援は望むべくも無かろう。


逆に楚側からも、裏切りを理由として、攻め込まれかねない可能性も、考慮して置かねばなるまい。


実はもうひとつ選択技はある。


漢軍に全面降服するという事になるが、ここにひとつ問題がある。


田広は、劉邦の正式な外交使者である酈食其を、釜茹での刑に処している。


だからここで降伏しても、自分が生き残れる可能性は極めて低くかった。


恐らくは田横も同じ事を考えていたに違いない。


但し、叔父の場合は、いみじくも本人が口にした様に、いつでも死ぬ覚悟は出来ていると言う事だ。


だからこそ、わざわざ二手に別れての作戦を決行して、どちらかが生き残り、田氏の血脈を永ら得ようとの約束をさせられたのだから、今、仮に叔父が戦死せず、捕虜として生き残っていたとしても、"籠の中の鳥"の立場である以上は、いつ死んでもおかしくなかった。


田広は、叔父と比べるとまだまだ若いが、彼にも上に立つ者としての自負は有り、民や配下の助命の為ならば、いつでも自分の命と引き換えにする用意はある。


けれども叔父の命が不確かな今、自分が死んでは田氏の血脈も途絶える。


田広は、田横が去り際に見せた顔が、自分に『生きろ!生きて田氏の血を絶やすな!』と言っている様に思えてならなかった。


そうなって来ると、前門の狼(韓信)、後門の虎(項羽)に挟まれている今の現状は、決して良い状況とは言えない。


高密(ここ)を捨てて逃げるか…』


田広はふと、そんな考えに思い至っていた。


但し、配下の意見は異なるかも知れない。


せっかくこの時のために、叔父が残してくれた優れた者達だ。


自分の思い浮かばない策が出て来る可能性は、十分に在るだろう。


そこで田広は、皆に何か良い腹案がないか、尋ねてみる事にした。


「如何だろう…何か良い案は無かろうか?」


配下達は皆、互いに顔を見合せている。


すると、「ゴホン!」と咳込む音がして、1人の文官が進み出て来る。


「陛下!私が皆を代表して申し上げます!」


そう口をつくと、田広を見つめた。


「うむ!良いぞ…申してみよ♪」


田広は期待しながら、その言葉を待った。


「有り難う御座います…では申し上げます!」


文官はそう言うと、ひと呼吸置く様に、再び「ゴホン!」と咳込んだ。


そして意を決した様に話し始めた。


「今ここで大事な事は、陛下の命をお救いする事です。まだ田横様が健在の折りに、申されておりました。名門・田氏の血脈を途絶えさせては無らないと…。そして、こうも申されていました。大事な事は国を存続させる事では無く、その地に住む民のために何が出来るか…なのだと。国は興亡の在るもの。この世の中で、国として興こったものは、例外無くいつかは亡びます。それはどんなに優れた指導者が建てた国でも、変える事の出来ない運命(さだめ)なのです。」


「待て!言わんとしている事は判るが、結局どうすればいいのだ?」


田広は若いだけあって我慢が効かない。


只、この場合は"時は金也"だから、やむを得ない。


「つまりですな…全員を代表して、直ぐに逃げる事をご提案致します!但し、武官の半数と兵2000は高密城に残って、ちょっとした時間稼ぎをするとの事。陛下と武官半数、文官、そして兵3000はお供致しますゆえ、とっとと逃げると致しましょう!」


「それを早く言え!」


そんなやり取りが在ったのかは判らぬが、田広と主従3000人強は、高密城を引き払い、撤退する事になった。


因みに、逃げる先をどこにするかは、大きな問題である。


そこで田広は、戦前…田横に渡されていた秘策を確認する事にしたのである。


田横の書簡には、こう書き記してあった。


『陛下に申し上げる。仮に私が作戦に失敗し、戦死もしくは捕虜となった場合には、何を置いてもお逃げ下さい。ゆめゆめ城に籠って対抗しようなどとは考えぬように!城に残れば10に1つも勝ち目は在りませぬ。それは此れまでの経緯を見ても明らかな事です。あの韓信からは、逃げられぬでしょう。但し、彼らが来る前ならば、まだ見込みはありましょう。逃げる上で大切な事は、斉国内に未練を残されぬ事です。私が今、考えているのは、斉国の先に浮かぶ島です。陛下は追っ手が来ぬ間にそこに渡って 避難して下さい。渡し舟がありますので、必ず渡る事が出来ましょう。私が健在であれば、いずれはそこに合流するでありましょうが、私の如何に拘わらず、陛下はその地で再起されます様に!地図を添布しておきます。どうか健やかにお過し下さい。配下を大切になさいませ。丞相・田横』


田広は読んでいる間に自然と涙が落ちて来て、頬を濡らす。


叔父の甥に対する気持ちが、溢れた内容だった。


田広は右裾で頬の涙を拭うと、皆を眺めて宣言した。


「我らは此れより、斉の沖に浮かぶ島に逃げるぞ!!支度が出来次第、出発する!」


「「ははあ…」」


配下は皆、頭を下げるとさっそく支度を整える。


やがて準備が整うと、残る者と去る者に、別れの時がやって来る。


田広は残る者を前に演説をぶった。


「我らは去るが、後に残る者達に命ず。時間稼ぎは有難い事だが、けして死んではならぬぞ。適当に漢に下る事だ。濰水の戦いでも、ほとんどの斉兵は漢に下り、生を得ている。無駄に抵抗しなければ、助かる見込みは十分に在るのだ。だからくれぐれも肝に命じよ!無理せず降伏するのだぞ。此れが私がお前達に残せる最後の言葉だ。到らぬ王ですまない。生きていれば、また逢える日も来よう。そんな平和な世の中が来る事を、切に願っている…以上だ!」


城を枕に討ち死にしようと、思い詰めていた将兵達は、その言葉を聞いて、皆、頬を濡らした。


そして最期の踏ん張りを見せようと、皆、意気込んだ。


田広主従3000名は、高密城の北門から、ゾロゾロと這い出ると、一路北東を目指して進み始めた。


まだ陽があるうちだから、不用心ではあるが、時も無い。


夜陰に紛れて逃げ出そうとすれば、城を囲まれてしまう恐れがあるために、止むを得ずと言った所か。


この時点では、韓信軍は濰水の増水に阻まれており、まだ河向こうに待機している。


そして撤退中の楚軍も、斉の南西路を進んでおり、高密城に危機を知らせてやろうなどという、お節介な者もいなかった。


此れが彼らにとっては幸いだったと、言えるのかも知れない。


田広は北東に進路を取りながら、後ろを振り仰いだ。


そして、背後に(そび)え立つ高密城を、(しば)し名残惜しそうに見つめていた。


『……』


「趙颯様のご指示通り、見張っていて正解だったな…」


「そうだな、此れで恐らくは城内には2000程か…」


「俺は田広御一行を追尾するとしよう…お前とお前は俺について来い!」


「なら、私はこの足で叡鞅様の所に伝礼に発つ!」


「判った…そうしてくれ!我らは他の門の見張りにも声を掛けて、これで撤収する。もうここに配置は必要無さそうだからな。趙颯様の許に復命するから、若殿にもそう伝えておいてくれないか?」


「判った…私が責任持ってお伝えしよう…ではな!」


趙颯の残した黄金兵達は、辛抱強く任務を全うしていたのであるが、最後の大物・斉王田広の撤退で、その任務を完了したのであった。


やがて韓信軍が迫るまでの間、高密城には穏やかな時間が訪れる。


そんな中でも、対抗手段を取るために、城内では2000名の兵たちが、戦いの準備に追われていた。


夜の闇の(とばり)が降りる頃になると、韓信率いる2万の軍勢が高密城を囲んだ。


韓信は未だ田広が脱出した事は知らない。


今後の展開が愉しみな事である。

【訂正箇所】


文中の『○文官』が一部『✕文宮』に為っておりました。ここに訂正します。

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