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命の重み

司馬信はこの計画を実行するに当たって、事前に用意周到な準備を進めて来ていた。


元々、捕虜を人材として使えるだろうか…という疑問に対しては、多少なりとも彼でさえ懐疑的だったので、当初から充てにする事は無かった。


第一、どれだけの者たちが捕虜となるのかさえ、想定する事は極めて難しかった。


そこで予め、中華に散らばっていた黄金兵を集める手筈を整え、さらに足りない人材は自国から募っておいた。


そして傭兵として各地に散らばっている自国民にも御触れを出して、集められるだけの人材を集合させて、濰水の河下で大規模な作業を行わせていた。


一見して観た具合では、大規模な土木工事を行っている様にしか見えない。


しかも、河縁(かわべり)とは謂え、山肌に囲まれた地ゆえに、余り人目につく危険性も無かった。


そこで、大掛かりな木材の伐採と組み立てが行われていたのだった。


さらに山の窪地に大きめの穴を何ヵ所も掘らせてある。


そして遺体を運ぶトロッコも分解して運ばせておき、現地で組み立てさせていた。


作業が終わり次第、此れも分解して焼いてしまえば、荷物は残らない。


多少値は張るが、中華の平和に起因する経費としてはやむを得なかった。


彼としても大規模な集団殺戮(ジェノサイド)に向けて、予め後始末の準備をする事が、どんなに神をも恐れぬ罰当たりな事かは承知している。


そういった意味では、嫡子・叡鞅のいう様に、戦いそのものを阻止する方法を考えた方が良いのだろう。


司馬信は自分が始めた行いで在るならば、無論そうしたで在ろうが、此れは他国の内戦だ。


自分達の意志ではどうにもならない。


それをそもそも早期に納めようとする試みでさえ、大胆に過ぎるし、内政干渉にほかならない。


しかしながら、中華が自国のお得意先である事や、元を辿れば、かつては直接治めていた地でもある。


夏の始祖である()王は民の事を大切にする王であった。


黄河の治水事業を完成させて、民が平和で豊かな暮らしが出来る様に望んでいた。


『中華の平和と秩序を守る』


簡単に言うと、此れが禹王の望みだった。


そのため、西夏国の始祖である開祖王は、周の政務に携わって来たのだ。


無論、歴代の王がそれを国の根幹とする方針として堅持する時に、それぞれの王で多少の解釈の違いは如実に顕れる。


司馬信は大渦が長引いた場合の被害の甚大さを想う時に、早期決着が望ましいと考えた。


そして、劉邦と項羽の資質を考えた時に、劉邦に天下を取らせる事に決めたのだ。


『項羽は人を簡単に殺し過ぎる…』


項羽は自分の気分次第で人を殺す。


それが女子供で在ろうが関係無い。


簡単にいうとそれが理由だった。


戦争である以上、必ず人は死ぬ。


勿論、(たと)えそれがどんな理由であっても、死んでも構わない命など無い。


但し、それがどうしても避けられ無いのであれば、後始末は考えておかねばならない。


当然、当事者がそこまで考えてくれてあれば、司馬信がそこまで気を回す必要など、そもそも無いのだが、戦時の当事者が、果たしてそこまで念頭に置くかどうかは極めて疑しいので、念を入れる必要があったというべきだろう。


結果として、季左車という仁徳を備えた人物が手を挙げてくれた事で、杞憂であったと言えるかも知れないが、果たして1万の兵を十二分に使っても、時間に負われる事に成ったであろうから、準備するにこした事はなかった。


司馬信が現時点で動員した人員は、3万人に及ぶ。


その中には彼の息子達も含まれている。


此れは極めて珍しい事であるが、いみじくも王族全員が一ヶ所に集まる事になった。


そんな事を王族がやらなくても…と通常はそういった反応がごく自然だろうが、此れが司馬信の信念である。


彼は"人の痛み"や"命の重み"を息子たちに知って欲しかったのである。


そしてそれは何より、動員出来る人材の増加にも直結する。


彼らが率先して行動する事により、段取りも良くなり、手際(てぎわ)も向上する事になった。


そんな時に依頼されたのが、捕虜の移送である。


司馬信は此れを受け入れるにあたって、漢嬰に条件を付けた。


彼らの説得はするので、後始末に使えまいか…と!


漢嬰はその意図を尋ねると、極めて明確な解答を得たため、それを許可した。


どうせ自分の裁量で、生かすも殺すも出来た者達だ。


『事後承諾で良かろう…』そういった判断だった。


『念のため、蒯通の耳には入れておこうか…』


こういった肌理(きめ)(こま)やかな手順を踏めるのが、彼の配下である宋中である。


彼はわざわざ司馬信を連れて蒯通に会いに行き、打診した。


どうせ濰水が落ち着くまでは皆、動けない。


時間は十分に在ったのだ。


蒯通が両人に許可を与えたのは、先に述べた通りである。


こうして、司馬信は田横を自分の幕舎に連れて来させて、季匠と共に面会に臨んだ。


田横は対話に臨むにあたり、二人に礼を述べた。


「4万人もの命を助けていただき感謝する。そして助けるために、身柄の拘束を解いていただき、重ね重ね迷惑を掛けた…」と!


司馬信は相槌を打ちながら、耳を傾けていたが、


「もし本心からそう思うのならば、手を貸さないか?我々は此れから流された12万人近くを埋葬せねば為らん!お主達にとっても仲間達だろう。一緒にやらないかね?」


そう単刀直入に切り出した。


田横はわざわざ埋葬してもらえるとは思っていなかったようだ。


当初は驚いた顔で反応を返したが、司馬信が、『疫病の蔓延防止』を理由に挙げると、納得したようだった。


そして『喜んで協力する!』と申し出てくれた。


司馬信は、とって付けた様な、人道的配慮などという綺麗事は述べなかった。


そもそも4万人という法外な人手を使うのである。


その間中、彼ら1人1人を見張る訳にもいかない。


自主的に申し出てもらう事が必要不可欠であったのだ。


無論、見せかけの協力であり、それを利用して逃げる可能性も無い訳じゃあない。


司馬信はだからこそ、自分自身で田横と面会に及んだのである。


そして、彼の眼に嘘は無いと確信していた。


司馬信は最後にひと言、沿えた。


「もし、事が無事に済んで、全員が揃っていたなら、幹部未満の者たちは、国に帰れるように説得してやろう。如何ですかな?」


田横は謝意を述べた。


「我々は負けたのですから、何を強要されても断れません。それをこの様にわざわざ打診いただき、その(あかつき)には、解放まで念頭に入れて動いて下さるとは、重ね重ね御礼申し上げます。配下の説得もしやすく成りましょう!」


「必ず解放出来るとは約束出来ず残念ですが、まあ恐らくは言った通りになる筈です。彼らも、新しい斉国の民には違い無いのですから…」


司馬信はそう応えると、満足そうに会見を終えた。


此れでひとまず5万人の労働力が手に入るのである。


かなり効率が上がるのだから、疫病が蔓延する確率も極めて下がる事だろう。


これで李左車の1万の兵が加われば、総勢9万人近くの人材が取り組む事になる。


「此れで我事成れりだ!!」


司馬信はホッと安堵の溜め息をつくと、季匠に語った。


「臨淄まで撤退してしまうと効率が悪い。そこで、濰水の下流に仮城を建設中だ。といっても時間が無かったゆえ、粗末な城だがな。あそこら一帯を調べている間に、昔、城があった様な跡を見つけたのだ。今、それを豪に修復させている。あいつは昔から腕っぷしと築城は得意分野だ。今回は錯も呼んであるから、設備と食事には事欠かぬだろう。明朝から忙しくなる。お前さんも宜しく頼むぞ!!」


「勿論だ!季良にもしっかり働いてもらうから任せてくれ!我々、秦人は我慢強い国民性だからな…義兄に失望はさせぬよ。」


季匠はそう応えると、自陣に引き上げていった。


その後、田横から直ぐに『承諾』した旨の正式な解答を得たため、彼らは夜のうちに、仮域に移動する事になった。


季左車からは翌朝荷を畳んで、蒯通と共に移動して来る旨の連絡が入っていた。


司馬信は仮城に移動を完了させると、既に準備を整えた(さく)に迎えられた。


司馬錯(しばさく)である。


5万の捕虜が寝起き出来る天幕は充分を用意が整っており、錯の本領が発揮されたと言うべだった。


彼は叡鞅が次期国王になった際には、国の丞相となって、国政を担う事になる。


日頃は、本国にあって、司馬信の頼りになる丞相・諸葛蓮(しょかつれん)の下で、既に国政の一角を任されており、ほとんど国外には出て来ない。


今回は王の要請に応じた特別任務という事になるが、諸葛蓮に鍛えられて来たせいか、やる事に無駄がなく、卒ない対応で期待に応えた。


やがて、豪も顔を出し、築城の状況について説明を行った。


「どうせ作業中のみの仮城ですから、特に手は入れておりませんが、井戸だけは何ヶ所か見つけましたので、現在掘らせております。此れで真水には困らぬでしょうから、それで我慢して下さい!」


「充分だな!御苦労だった。却って立派な城を造っても、作業が終われば打ち捨てるだけの事…後腐れ無い方が良い!しかしこんな所でお前の特技が役立つとはな、礼を言う…」


「父上、何を(おっしゃ)いますか…私も日頃、匈奴(きょうど)のお守りばかりでは、退屈していた所です!お役に立てて、有り難き幸せ!」


司馬豪(しばごう)は日頃、匈奴の将軍らと友好な対話を築いているらしく、言葉尻にも卒がない。


そんな所へ、叡鞅と穣苴が合流して来て、久し振りに、司馬信の下には息子4人が顔を揃えた。


改めて紹介しておく事にしたい。


嫡男が叡鞅、本名を司馬叡(しばえい)と言う。西夏国の現太子である。


次男が司馬錯(しばさく)、次期丞相である。


三男が司馬豪(しばごう)、次期大将軍であり、通称を豪傑(ごうけつ)とも言う。


そして末男が彭城で活躍した司馬穣苴(しばじょうしょ)である。


彼は将来、法務と外交を担う予定だ。


(えい)!御苦労だった。巧くいったようだな…何よりだ♪私も韓信殿に礼を言われた…」


司馬信は珍しく叡鞅を褒めた。


「いえ…父上こそ派手に撃ちましたな…高射筒(こうしゃづつ)こそ使いませんでしたが、あれ爆雷矢(ばくらいや)でしょう?思い切った事をすると、肝が冷えましたぞ!」


「観ておったのか…まぁ空中で破壊したから、被害は出して居らぬ…心配致すな!」


「それはそうですが…(^。^;)♪」


叡鞅は此れ以上は暗に臥して言葉を切った。


「穣苴も御苦労だったな…今回は叡鞅に免じて褒めて取らすが、いい加減大人になる様にな…」


司馬信は抜け駆けした事を暗に言い含めた。


「チェッ( ・ε・)…判っております♪」


穣苴は諦めた様に非を認めた。


(・・;)『まだ報告して無いのにな…父上の地獄耳にも(おそ)れ入る…下手な事は出来んぞ…』


叡鞅は父王の研ぎ澄まされた琴線(きんせん)に触れた穣苴の事案を驚きの面持ちで眺めていた。


「豪にも感謝するぞ…お前の小飼の稟笥(りんす)は、良く働いてくれた…お陰で陛下以下、滎陽城の面々は皆、無事に撤退を完了出来たそうだ。良い部下を持ったな…復命は済んでおるゆえ、返しておこう!」


司馬豪は久し振りに逢う、父親に褒められっ放しでニコニコしている。


「チェッ( ・ε・)…豪ちゃんばっかりズルっちい!」


穣苴は末っ子の甘えが顔を出す…。


そんな穣苴に気がついた司馬錯が頭に手をやって、ナデナデヾ(・∀・`*)してやる♪


(^。^;)『やれ…やれ…』叡鞅は苦笑 (しき)りだ。


するとここで、司馬信が息子達ひとりひとりの顔を見つめながら、改めて注意を与えた。


「やむを得ず皆には集まって貰った。人手が足りないのでな…割り切って貰おう。そこで予め注意を喚起しておく。為るべく、各々が兄弟だと判らぬ様に振る舞って貰いたい。元々我々の正体は秘匿されるべき者だと心得て行動して欲しい。叡と私は今まで通りの振る舞いで良いが、錯と豪、穣苴は注意するのだ…良いな!」


司馬信はそう言うと、息子達に散会を命じた。

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