表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/88

掃討戦

陽が沈む頃になって、ようやく濰水の流れも安定して来て、緩やかになる。


激しくうねっていた河面(かわも)は、穏やかになっても、未だに泥水を含んでおり、(にご)(よど)んでいた。


『そろそろ渡岸出来そうだな…』


韓信は河辺に佇みながら、濰水の流れをじっと眺めていたが、確信を得たらしく、軍師の蒯通(かいとう)に声を掛けた。


「蒯通、いよいよ動き出すぞ!皆を集めてくれ!」


蒯通は、何やら季左車と話し込んでいたが、直ぐに韓信の方に向き直ると、


「承知しました…直ぐに!」


と応えて、各陣屋に取り急ぎ伝礼を走らせた。


やがてそれぞれの陣屋から、韓信軍の主だった軍団長たちが集って来る。


左軍の将・曹参、右軍の将・漢嬰、後軍の将・周勃、そして前軍の将・季左車と蒯通である。


開口一番、漢嬰が口火を切った。


「閣下の御指図通り、司馬信殿が捕虜の移送を引き受けて下さった。念のため季匠殿も同行されるそうです!田横は既に観念したようで、大人しくしておりました。」


「そうか…判った!御苦労様でした♪」


韓信は相槌を打ちながら、謝意を表す。


「司馬信殿の事だ!問題はあるまい…」


下手に逃げられると厄介(やっかい)な事になるところだったが、身柄さえ確保しておけば、余計な策を(ろう)されずに済む。


無論、斉国の主力軍5万を潰す事も重要な事だったが、所詮は各地からの寄せ集めの兵力である。


田横と謂う稀代のカリスマが、存在してこそ力を発揮するが、彼さえ居なければ、何も恐れる事は無かった。


「さて諸君!いよいよ此れから、掃討戦に入るが、此れだけ時が過ぎてなお、楚軍が留まっておる事も無かろう。念のために、索敵はしながら先に進むが、主たる目標は、斉の南方面の攻略である。特に斉王・田広が籠もる高密城は、今や彼らの本城であるから、必ず落城させねば為らぬ。再び夜間戦闘となるが、斉72城さえ占領を完了させれば、我々北方攻略軍のお役目も、いよいよ終了となる。ここは是非!最大限の力を発揮していただきたい。此れさえ乗り切れば、後は項羽のみである。必ずや、ここを押さえて、楚国攻略の橋頭堡(きょうとうほ)としたい。宜しく頼むぞ!!」


「「「おー!おー!おー!」」」


韓信の下知を受けるや、軍団長たちは、それぞれに士気高揚し、それに応えた。


「では各人の割り振りを行うが、必要なのは4方面だな…南方面2西方面1北方面1といった所か?」


「詳しく聞こうか…」


漢嬰は、まだまだやれると強い意気込みをみせている。


「まず南だが、この韓信に先立ち、撤退する楚軍に急襲を懸ける者1だ!此れは索敵を行いながら、慎重に進めて欲しい。相手はまだ7~8万は居る筈なのでな…手に負えなければ、私が合流する。次に西方面だが、此れは筥と即墨の無血開城が主たる任務である。兵を分けて2手同時攻略も良し…1手毎に攻略するも良しだ!やり方は任せる。最後の北方面は、臨淄の防衛と、帰りの道筋の城の占領だな…因みに私は楚軍を追いつつ、高密城を落として田広を捕らえるつもりだ!どうかな?」


韓信はサラリと言ってのけるが、けっきょく美味しい所は、韓信が受け持つ。


兵力が皆の倍あるので、仕方無しといった所か?


「俺は楚軍を追う…まぁ最早、手遅れかも知れんが、やってみる価値は在ろうよ♪」


漢嬰は早々に主攻を選んでしまった。


まぁ意気込みの差と言えるかも知れない。


曹参が珍しく異議を唱えないのは、最早手遅れと踏んでの事の様だ。


「私は西に参ろう…そもそも即墨は私が通過して来た城だからな!周勃には悪いが、任せて貰おう♪」


曹参は周勃の顔を見つめると、そう告げた。


(^。^;)「まぁそんな所だとは想ってましたが、いいでしょう…僕は戻りながら、ボチボチ城を落として行きますよ♪」


「宜しく頼む…周勃、お主なら司馬殿とも上手くやれるだろう♪」


韓信はあっけらかんとそう(のたま)った。


彼の弁護をするならば、濰水ではお前に手柄をやったのだから、我慢せよ!…という事らしい。


但し、周勃の責任もけして軽いものでは無いので、ショボい役回りとは言い辛い。


(´▽`)『??』その時である。


周勃は、いみじくも妙な事に気がついて口にした。


(´▽`)「李左車さんの名前が出ませんが、どうされるんです?」


周勃のこの問い掛けに、皆、成る程…と一斉に李左車の顔を見つめた。


その時、韓信が助け舟を出して、彼の代弁をした。


「李左車殿は自軍の兵と共に、濰水に流された者共の遺体を埋めて下さるとの事…とは言え、蒯通殿の試算に依れば、斉軍の死者1万、楚軍の死者11万…締めて12万はあるだろうから、直ぐには終わるまい。此れは李左車殿の発案であり、蒯通殿と相談した結果でもあるのだ!遺体を放置すると、疫病の原因となる。近い将来、ここは陛下の治める地になるのだから、必要な事だと私も裁可した次第なのだ…」


「あぁ…それで!!」


漢嬰は何か想い当たる事があるのか口を挟んだ。


「何だ…何か在るのか?」


今度は韓信が不審そうに尋ね返した。


漢嬰は即答した!


「司馬信殿が斉兵4万、楚兵1万の捕虜の移送を承諾してくれたのは、正にその点に在ります。彼は彼らに協力を要請したそうで、亡骸を埋めるための人材として充てると…」


「何!!それは聞いておらん…どういう事か?」


韓信は驚いた様に蒯通を見た。


『お前は知っていたのか…?』


表情にそんな驚きが浮かんでいる。


蒯通はやや青ざめながら、嘆息した。


「確かに…知っていました。司馬信殿が申されるには、直ぐに対応しなければ、遺体は腐敗し、濰水に大きな影響を与えると…。そしてそれだけに止まらず、必ず周辺の環境に悪影響を与えると…。最悪、未曾有(みぞうう)の疫病が蔓延(まんえん)してからでは、それを抑えるのは並大抵の事では無いから、かなり大規模な人員を割いて、(すみ)やかな埋葬が肝要だと…。ですから私は同意致しました。但し、それを明かさなかったのは、閣下や皆様の士気に影響を与えると想ったからです。私が認可して、事を勧めれば済む事だと考えたのです。そんな時に、李左車殿から埋葬を提案されましたので、彼が主体となり、事を行う事にしたのです。いけなかったでしょうか?」


蒯通は最後に「黙っていて申し訳無い!」と陳謝した。


韓信は『う~ん』といった呈で少し考え込んでいる。


『果たして田黄や5万の捕虜をそこまで信用していいものだろうか?』


その点が気になっていたのだ。


「閣下!御心配は判りますが、此れは大事な事です。彼らは仲間の遺体が野晒しに為ったまま、放置される事に懸念を抱いています。兵では在っても彼らも斉や楚の民には違いないのですから、人の命が尽きた時に、どう対処されるのかは必ず観ております。閣下が命を粗末に扱う人なのかどうかという事が今ここに問われているのです。彼らはそれを自分の命にも当て嵌めて考えます…自分も野晒しのまま朽ち果てて放置されるのかと!ここは私が責任を持ちますので、どうかこのまま進めさせて下さい…お願い致します!」


李左車は蒯通を擁護する様にそう申し出た。


『確かに…そうかも知れん…』


韓信も二人の言っている事は利に叶っていると、理解出来た。


勝者は必ず、敗者に苦しみを与える。


この先、どうなるのかと不安も募らせる。


事後対応をどうするのかで、勝者の姿勢が問われて要るのだ。


「判った…多少の懸念はあるものの、今やるべき事には違い在るまい。司馬信殿の考えは正しいだろう。そして、それを是とした蒯通の判断も正しい。李左車も同時に同じ事を考えていたのだな…。私の見込みが甘かったというべきなのだろう。良し!その計画に賛同しよう♪皆で協力して努めてくれ!私も協力したい所だが、時が許さんのでな!ここは役割分担と行こう…私が殺して回る役割とは甚だ遺憾に想うが、陛下の下での恒久平和のためなのだからな…甘んじて悪者に為ってやるさ!では頼むぞ!司馬信殿にも宜しく言ってくれ!この韓信が感謝していたと!では、皆の健闘を祈る!散会せよ!」


韓信は決断すると、優しい眼をしてそう命じた。


こうして掃討戦と並行して、大規模な埋葬計画が発動されたので在る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ