賽は投げられた
一方の韓信軍は軍団の配置を完了させると、体勢はそのままに、各軍団長を召集した。
「各々方、いよいよで御座る。覚悟は宜しいかな?」
韓信は軍団長たちの顔を見渡しながら、至って落ち着いた様子で口火を切った。
「無論だ…事ここに及んで怯む者などここには居らぬ!そうだろ、皆♪」
漢嬰がそれを受けて皆を眺めながら檄を飛ばす。
「あぁ…準備は万全!何も恐れるものなど無い…」
曹参は愚問だとばかりに冷静に応じた。
「周勃殿の方の首尾は如何ですか?大丈夫なのでしょうな…」
蒯通はやや心配気に尋ねた。
順調に進んでいた準備に一時的にではあるが、多少の綻びが出た手前、仕方ないが、此れでは士気に水を指す。
漢嬰はジロリと蒯通を睨んでいる。
それを察した周勃が、二人の間に入る様に、遮り、場を和ませた。
「蒯通殿のお説ごもっとも(´▽`)私も何か抜けてますな♪でも優秀な人材が我々の陣営にはいます!今回の件も後々に為れば笑い話になると私は想っていますよ♪おっと!準備は万全、合図が来るので、閣下や漢嬰・曹参はゆめゆめ見過ごさぬ様に願いますよ!水に流して良い物と悪い物が在りますから…」
周勃は暗に漢嬰と蒯通に拗らすな…水に流せと遠廻しに注意を与えた。
漢嬰も馬鹿じゃないから黙って頷くと、ほくそ笑んだ。
周勃に一本取られたと、はにかんでいる。
蒯通はさすがに不味いと思ったのか矛を納めた。
韓信はやれやれといった顔をしながら、チラッと蒯通を見て嘆息している。
「狼煙が上がったら、撤退の鐘が鳴る…それで間違いないのだな?」
曹参は皆を代表する様に念を押した。
「そうだ!無論、狼煙が上がり、鐘が鳴れば、相手も馬鹿じゃ無いから、躊躇する筈、罠だと想うだろうからな…だがその時にはもはや引き返しても間に合わぬ所まで深入りしているだろうから、我々は変に念を押すように惹きつける必要は無い…とっとと撤退するのだ。この際、躊躇は敵だと思ってくれ!水に流すのは敵だけで良い…」
韓信は微笑みながらそれに応えた。
軍団長たちは皆、コクリと頷く。
「私は軍を左右に展開させて迎撃に備えて居りますから、閣下はその間に脇目も振らず、飛び込んで下され!その上で反転迎撃に加わって下されば、相手の頭を確実に潰せるでしょうからね♪」
李左車は(≧▽≦)場を和ます様に『任せておくんなさい♪』といった自信有り気な顔をして胸を叩いた。
(*´▽`)「あぁ…頼む!」
韓信もその顔を頼もしげに見つめて、それに応えた。
「では各々方…検討を祈る!」
韓信はそう宣言すると、散会を命じた。
司馬信は『……』無言のまま、その様子を眺めていたが、別れ際に周勃に声を掛けた。
「周勃殿!貴方が用兵に長けているのは承知しているが、兵力が少ない我々を援護しようなどとは、思わないで宜しい…我々は倍以上の兵力を相手するのに馴れていますから、貴方は兎に角、曹参殿の後衛に徹して頂きたい。漢嬰殿の後衛は我々で十分…信頼もされていますからな(´▽`*)♪」
司馬信は斉国広域戦でも漢嬰と行動を共にして、その漢嬰から直に感謝の意を述べられるなど、尊意を以て報いられていたため、周りの見方も変化していた。
『単なるお飾りじゃない…何かある』と!!
周勃もそれは重々承知していたし、何を言っても、あの叡鞅の父君だ…凡人である筈が無い。
周勃は言葉を交わしたのは一度切りだったが、その体躯が醸し出すオーラに少なからず圧倒されていたので、既に信用していた。
何よりあの、人をなかなか認めない漢嬰が一目置いているのだから、自ずと判る。
(´▽`)「司馬信殿!判っておりますとも…第一、私は恐らく自分の持ち場で必死ですからね、そんな余裕は無いかと♪宜しくお願いします!」
周勃はそう微笑みながら、持ち場に引き上げていった。
司馬信も持ち場に引き上げると、李匠に声を掛ける。
「いよいよだ…お主はこの軍団の特別遊軍だから、戦場をよく俯瞰して眺めながら、戦果を挙げて来れ!私は地味に後ろを支えるからな…私と一緒に居ると、手柄は挙げられぬぞ(´▽`*)♪」
そう告げて、コロコロと笑った。
(o≧▽゜)o「わかった…そうしよう♪李良…お前もそのつもりでな♪」
李匠は息子にそう声を掛けながら肩を叩いた。
(。-∀-)「わかってます♪任せて下さい!」
李良もやる気満々でそれに応じた。
両軍の陣地では互いに高らかに太鼓が打ち鳴らされて、騎馬が華々しく行き交うなど、戦意を上げようと、枚挙に暇が無い。
いよいよ互いの雌雄を決しようと、意気込んでいた。
『……』
その頃、叡鞅は岳嬰よりようやく狼煙竹を受け取って、言葉を掛けた。
「岳嬰、御苦労様でした♪助かるよ…組み立ては私がやるから、貴方は早々に引き上げてくれ!下手をするとここも戦場になるやも知れぬからな!」
「判っておりますとも…ご武運をお祈りしております!無理は為さらぬ様に♪」
岳嬰は太子の身を案ずる様に、それだけ口にすると、いそいそと引き上げていった。
叡鞅はその背中を見送ると、さっそく組み立てに入る。
予め、岳嬰の説明を受けながら、何度か慎重に練習を重ねてきたので、 テキパキと事は進み、あっという間に組み立ては完了した。
『良し!巧くいった…それでは合図をするか…』
叡鞅は空を見上げると、太陽の光を確認しながら、懐から鏡の石を取り出すと、上手く太陽の陽射しを捉えて、韓信の陣営に向けて、合図を放った。
自分の準備は整った。いつでも良いという事である。
韓信は濰水の背後に聳える山の頂を眺めていたが、そこから光の光線がピカッピカッと光るのを観て取ると、『合図だ!』と察して、おもむろに右手を挙げると、軍団に声を掛けた。
「諸君!!いよいよだ!賽は投げられた…我々の行く手を阻む物は無い!太鼓を高らかに打ち鳴らせ!行くぞ、勇気ある者たちよ!我が誇らしき息子たちよ!我に続け!」
韓信の合図と共に、太鼓が盛大に打ち鳴らされ、韓信を先頭に、騎馬軍団が一気に加速して、濰水に突き進んで行く。
李左車の前軍は太鼓の合図を機に左右にサッと別れて道を開いた。
その間を綺麗に縫う様に韓信本軍の騎馬隊が通り過ぎて行く。
韓信は匈奴から仕入れた例の牝馬の背に跨がっているが、この日に合わせて、一番速く強靭な牝馬を選んでおり、万難を廃して突き進んで行った。
そしてそれに合わせる様に、右軍の漢嬰軍も、左軍の曹参軍も、躊躇する事無く、濰水に入り、対岸に向けて馬を進める。
この決死の道行きが、成功するかしないかは、まずその勢いにこそ在った。
韓信は迷う事無く、この突撃に全てを賭けて挑んでいた。
後は神の御手に委ねる…その気概がそこにはあった。




