東の彼方から朝日は登り…
稟笥は傅首を伴うと、そのまま寝殿の外の廻廊を抜けて、突き当たりの階段で地下の兵糧倉庫まで整然と移動した。
「やはり誰も居ない城内って気持ちが悪いくらいに空虚に感じるな…」
傅首はつまらない事をブツブツ呟きながら、稟笥の背中に着いて行く。
(^。^)「まぁな…でもお蔭様で、事は運び易くなったんだから悪く無かろう♪」
稟笥はあくまでも沈着冷静である。
(^^;)「そうかもな…しかし思い切った策を取ったもんだ!本来ならば考えられんよ。さすが我が君は逃げるのに掛けては天下に右に出る者はおらんな…」
傅首はあくまでも毒を吐く。
(^.^)「まぁ…犠牲を強いる当初の計画よりは良いのだろうさ…お前も紀信殿の笑顔を観たろ…あの人は劉邦様の代わりに犠牲になる筈だったし、他の方々もだ!でも本心はやはり誰しも死にたくは無いものさ…当たり前だがね。」
(^^;)「まぁな…死にたい奴なんて要るのかよ!会って見たいもんだが、皆、本心は言わぬだろう…」
そこで傅首は初めて逃げた人々の中に魏豹が居なかった事に気がついた。
(--;)しかし沈黙を守って黙ったまま…口に出さなかった。
稟笥の性格だと、必ず助けに行くだろうと頭で理解していたからである。
『こいつは時に冷酷な悪魔になるが、それは戦場での事だ…いくら相手が裏切り者でも、無防備な状態の奴は見捨てられまい…恐らくは陛下か陳平辺りの判断なのだろう…此の私だって奴にはホトホト頭に来て要るのだから気持ちは判る…判るがやはり遣り切れんな…しかし手を下すのは不味い(^^;)陛下の意に反する事は出来んからな…ここは私の心の中に納めて置くとしよう…』
傅首はそう決意して、考えるのを辞めた。
「時に脱出口はどこに在るのかね?」
そう話を切り換える事にしたのである。
「まぁ…多分此の辺りかな?」
かつてこの辺りに積まれて、室内を埋め尽くす程、蓄積されていた兵糧は既に無く、撤退する時には然程、苦労するまでも無く、楽に運び出せるくらいにしか残っていなかったという。
今はガランとしており、かつての状態を知る者に取っては甚だ虚無感を感じる事だろう。
稟笥は懐から例の羊皮紙を取り出すと確認する様に眺めて居たが、「此れかな…」と言って、壁の隅にある汚れに手を触れた。
すると何かがカタンと倒れる音がして、壁の一角がずり落ちて来た…。
此れには傅首も驚いている。
「こんなとこに小部屋があるとはね…驚いたな!」
稟笥は一歩その小部屋に踏み込むと舞われ右をして振り返りながら、傅首を見つめた。
「さて…此処からは本当に運命共同体だ…この小部屋に入るともうあと戻りは出来ないぞ!この先ある仕掛けを二度通過しなきゃ一生出られない。それでも来るかね?(^o^)♪」
稟笥は面白そうに微笑み掛けて来る。
「勿論行くさ…項羽に殺されるか、餓死なら…餓死がいいな…それにあんたを信用してるさ!じゃなきゃ端から着いて来ない(^^;)」
傅首は少し意固地に為ってそう応えた。
「フフッ…まぁいいさ!理由わね!一応本人の意志確認と言った所なのでね、後から文句言われも遅いしな(^.^)」
そう述べると、稟笥は「どうぞ!」と傅首を招いた。
傅首も覚悟を決める様に小部屋に入る。
「じゃあ行くぞ♪」
そう言うと稟笥は壁を元に戻して閉じてしまった。
その後で再び壁を抉じ開けようとしながら、
「な!もう開かないだろう(^o^)♪」
と然も嬉しそうにほくそ笑んだ。
「で!どうするんだい?」
傅首は稟笥にそう語り掛けると、少し不安そうに佇んでいる。
「ああ!簡単だ…此れだよ♪」
稟笥は小部屋の隅に書かれた落書きを示し、傅首を促した。
『秦初の好物は何だ①米②魚③肉』
「何だこりゃあ…」
傅首は"ど~なってんだ?"と言わんばかりに稟笥を見つめた。
「ある意味問い掛けだな…西夏国の者なら常識である知識で扉が開く仕組みになっているのさ!此ればかりは身内で無いと判らない…つまりは余所者には通る事が出来ない仕掛けって事さ♪」
「しかし三択なら偶然選ぶって事も在るんじゃないのか?」
傅首は率直な疑問を投げ掛けて来る。
「そうだな…確かに。ここはあくまでも滎陽城を出るだけの仕掛けだからね…運が良ければ出られるだろうさ!でも入口は三択だが、出口は四択だ。つまり脱出にはそれでも12通りから1つの答えを導く必要があるのだ。正解率が1割無いのだぜ…お前さんならそれに命を賭けたいと果たして想うかね?」
稟笥はそう言うと口許に手を当て、クスッと微笑みながら尋ねた。
「因みにお前さんなら何を選ぶかね?」
傅首はしばらくぶつくさ呟きながら考えていたが、
「判らん…そもそも秦初が判らんからな…此れでは手懸かりが無さ過ぎる。私なら間違えそうだと認めよう。此処で餓死決定だな!で正解は?」
「秦初とは我が君の曾祖父の方だ…あの方は米が好きでな…即ち①米が正解なのさ!」
稟笥はそう言うと、『米』の所を押し込んだ。
すると床の蝶番がカチャっと音がして飛び出して来た。
「行くぞ!」
稟笥は蝶番を引き上げると、床板をそのまま競りあげていく。
その下には縄梯子が降りていて、
「俺は扉を閉めなきゃならん!お前さんが先に降りてくれ…」
そう言って「どうぞ!」と手招いた。
傅首はそのまま縄梯子を降り、下に着くと、
「降りたぞ!」
と叫んでくる。
稟笥はそのまま縄梯子に身体を預けると、床下に取り付けられている蝶番に手を掛けて、カチャカチャバタンと勢い良く床を閉じた。
そして縄梯子を降りて来ると、地下の壁に横付けに挟み込まれた松明を1本取ると、カンカンと火打石で器用に火を点けてから「いくぞ!」と言ってさっさと歩き始めた。
「しかし…意外と浅い所に洞穴を造っているんだな…此処は戦場だぞ!死体を埋める穴を掘る事もある筈だ。こんなに浅いと見つかりゃしないのかね?」
傅首は後に続きながら、上を観上げて口を挟んだ。
素朴な疑問とも彼独特の毒舌とも取れなくは無い。
「まぁ…掘れればな(^^;)大抵の場合、安全だろう…我が国の土木学は馬鹿に為らんぜ…たぶん此処が岩盤層なのか、または岩盤を持ち込んで、わざわざ敷いている筈だ。さっき設問が君主様絡みだったろう?あれは割と重要で、此処が重要拠点だって事さ…あ!ほらあそこの左側に扉があるだろう…見えるかい?」
稟笥は先を歩きながら、左手を指差した。
傅首は指された方角を眺めるが、特に何もおかしな所は無い。
(^^;)「いや…判らんが??」
すると稟笥はそこまで辿り着くと、壁を指でなぞる様に…(^_^)「ほぉら良く見るとあるでしょ?」と松明まで近づけて示してくれた。
傅首は目を凝らす様に観たが、「言われてみれば…」くらいの感じだろうか…でも確かに扉がある様な気配はある。
「お前さん眼が相当にいいのな?」
傅首は感心してしまった。
(^o^)「いや…という依りは訓練だろうね…たぶんあそこには大事な物が入ってるか、幹線道への乗り換え口だな…」
(^^;)「すげぇ~じゃん!観れないのかい?」
(^.^)「お前さんも案外、野次馬根性あんのね♪でも止めときな…ありゃ俺では入れんしな。あの扉クラスになると、三択じゃあ済まない…10桁の暗号がいるから、王か太子じゃないと無理だろうからね…そんな事より先を急ぐぞ♪」
稟笥は然も興味が無さそうに、とっとと先に進んで行く。
『一日の長という訳か…』
傅首は彼らが昔の中華の盟主だった事を想い出しながら、少しおそろしさを感じていた。
彼らがその気に為れば、劉邦の天下など簡単に覆ってしまいそうだと思ったのだ。
(^^;)『でもこんだけ手間暇掛けて、事に及ばない所を鑑みると其れは無いか…』
傅首は自分の考えが杞憂だと思い直して、頭を切り換える事にした。
するとどうやら出口らしき付近に辿り着いた様だ。
行き止まりになっていて、天井から縄梯子が垂れている。
「どうやら着いた様だな…」
稟笥は振り返ると、傅首にそう告げた。
「で…今度はどこに仕掛けが在るんだい?」
(^^;)「??」傅首は綿密に周りを見渡すが、そんな物は無さそうに見えた。
(´▽`*)「ハハハ♪どんなにじっくり観ても、そんな物は此処には無いさ!上だよ上…」
稟笥は縄梯子に飛び乗る様にぶら下がると、それを伝って上に登って行き、天井の蝶番を外すと、姿を消した。
そして次の瞬間にポッカリ開いた穴の上から、ヒョコっと顔を覗かせると、「いいぞ!上がって来いよ…」と手招いている。
傅首は「やれやれ…」と言って縄梯子を登ると、稟笥が手を貸して、引き上げてくれた。
彼が穴から上がって来ると、そこには先程と似たような小部屋が在る。
「ちょっと避けていてくれ!」
稟笥はそう言うと床板を「よっこらしょ!」と掛け声と共に放り出す様に閉じて、蝶番を戻す。
その上で、松明を灯したまま壁のあちらこちらを丹念に調べ始めた。
「おぉ…在った在った此れだ!」
稟笥の言葉に釣られて傅首も横に並ぶと、確かに入口に在った様な落書きが書き記されている。
『秦初の奥方の名は?①姜氏②郭苑③李姫④…玉』
最後の方は汚れが酷くて読む事すら出来ない。
「凝りゃあ…地下水で溶けたな…全く」
稟笥はぶつくさ言いながら、④…玉を押した。
すると、カチャっと天井の蝶番が外れた。
しかしながら、先程までの様に、天井からは縄梯子の様な物は垂れていない。
傅首は「おい!どうすんのよ、結構高いよ…」
と心配そうに稟笥を観た。
(^^;)「良く考えてみろ…我々は兵糧庫までだいぶ降りて行ったろ?つまりだ!それだけそもそも深い洞穴だったって事さ♪お前さんの浅い論は杞憂だったってこった(^.^)♪まぁ俺様にとっては何でも無いけどね。」
彼は松明を傅首に手渡すと「持っててくれ!」と言って、おもむろに懐から例の綱の束を取り出すと、その先に鉤爪を取り付けて、縄の反対の端を足許に垂らした。
そして鉤爪の首を持ちながら、目を凝らすと、天井の蝶番の持ち手の枠目掛けて投擲した。
目も相当に良くないと松明を灯しているとはいえ、薄暗い中である。
そして当然の事ながら、的に命中させる正確性と強弱も問われよう。
鉤爪は縄を伴いながら『ヒュ~ン!』という音と共に上昇して行くと、やがて天井の方からカチッという音が聴こえて来て、鉤爪がガッチリと枠に噛んだのが下からでも判った。
「お前さんやるねぇ?ピュイッ♪」
傅首は感心した様に口笛を鳴らした。
「いや~何♪城壁の塀に噛ませる依りは楽だけどね…今回は運良く一回で枠に絡んで良かったな…」
稟笥はそう応えながら、縄を引っ張って完全に噛む様にしごいている。
その上で、ピョンと縄に飛び乗ると器用に足許を縄に絡ませて、腕の力でスルスルと登って行く。
そしてあっという間に天井に辿り着くと、懐からもう1つの鉤爪を取り出し、縄の一部に絡ませると、天井につけられている枠に掛けて、蝶番の鉤爪を外す。
妙に手慣れているのが気色悪いが、その上で何事も無かったかの様に蝶番を左に回すと、床がひとりでに競り上がっていった。
なかなか手の込んだ仕掛けである。
(^^;)説明する方も疲れますな…
すると縄にぶら下がりながら、上の小部屋の端の方に手をやって縄梯子を手繰り寄せると「お~い!縄梯子を下ろしてやるから端に避けてろよ!」と言うや、それを下に落とした。
そして自分も縄梯子に飛び乗るや、鉤爪と縄を回収し、上の小部屋に消えた。
「いいぞ!上がって来い♪」
稟笥がそう声を掛けると、
「くそぉ~いまいましい…」
とぶつくさ言いながら、傅首が上がって来る。
稟笥は手を貸してやり、無事に彼らは洞穴の仕掛けから脱出する事が出来た。
縄梯子を引き上げ回収し、床の蓋を閉じて蝶番を戻すと、その先には石の階段が続いており、最後の天井を抜けると、ようやく地上に出る事が出来た。
めでたしめでたしである。
外に出ると、どうやらそこは森の中の藪の中であった。
稟笥は上から土を被せてカムフラージュすると、辺りを見渡した。
特に異常は無さそうである。
空を見上げると、東の方からうっすらと朝日が登って来ようとしていた。
「さて!傅首殿、約束は果たしたぞ。どうやら無事に東側に出れた様だな…後は別行動になるが、因みにお前さんのお迎えはどこで待機しているのかね?」
「林道の傍の名物の大木の下と聞いている…」
「ああ…そこならたぶん(^.^)案内しよう!」
そう言うと2人は歩き出した。
しばらく行くと、二頭の馬の手綱を持った男が木の大木に依り掛って佇んでいる。
ガサガサっという音に一瞬警戒する様にこちらを観たが、
「あ!傅首殿…待ちましたよ。でも無事に虎口を抜けられたのですね、良かった!」
と言ってホッとした表情をみせた。
傅首は稟笥の方を振り向くと、感謝の言葉を述べた。
「色々と助かったよ、有難う!あんな所でお前と会うのも、不思議な巡り合わせだ。つくづく我らは腐れ縁と言うべきかもな…感謝している。また近々どこかで会えるかも知れんな…ではまたな!」
「ああ!なかなか愉しい道行きだった。くれぐれもこの事は内密に頼むぞ…また会おう♪」
こうして二人は別々の道を行く。
傅首は従者と共に馬に飛び乗ると颯爽と走り去っていった。
稟笥はそれを見届けると、再び歩き出す。
そしてしばらく後に無事小太の元に帰って来た。
「小太♪待たせたな…」
そう言葉を掛けながら、稟笥は相棒の鬣をゴシゴシしごいた。
「ブルルル…」
小太も嬉しそうに嘶いている。
「さて!じゃあ我々もゆるゆる行きますか!」
稟笥は小太に飛び乗ると、手綱を揮った。
小太はそれに応えて小気味良く駆け出した。
東の空からは朝日が登って来て、彼らの行く手を明るく照らしていた。




