仕掛けは上々
張良が稟笥と傅首を伴って劉邦の寝殿に到着すると、既に第一陣の長蛇の列が廊下には出来上がり、皆、静かに時を待って居る。
寝殿の扉を開けて中に入ると、劉邦と陳平、周苛らが待ち呆けていた。
「おう♪張良来たか、待っていたぞ!」
劉邦は逃げるその時を待っていたかの様にワクワクしながら、声を掛けた。
「陛下!お待たせ致しました。こちらが周勃殿の繋ぎの御仁です!」
張良の言葉に合わせて、稟笥が挨拶をする。
「稟稟と申します。お見知り置きを!では時間が在りませんので、さっそく失礼を!少し部屋の端に避けておいて下さいませ!」
「おお!稟稟とやら…頼む。」
劉邦はそう言うと、陳平や周苛らと共に部屋の隅に寄った。
『(^o^;)何が稟稟だ…』
と張良、傅首は苦笑している。
陳平は『ほぉ~奴は稟稟と言うのか…』とやっと名前が判って感心そうにウンウンと頷いていた(^^;)…
「どなたか馬力に自信のある方…お手伝いいただけませんか?」
稟笥はそう声を掛けると、部屋の中を見渡した。
「おう!だったらわしが手伝おう♪」
紀信はそう言うとそれに応えた。
「それは助かります…\(~ロ\)(/ロ~)/ありゃりゃ…」
((゜□゜;))稟笥は紀信を見て少々驚いた…。
(*´▽`)「カカカッ…わしに凄く似ておろう♪」
劉邦は然も可笑しそうにはしゃいでいる。
紀信本人は恐縮そうに照れて顔を真っ赤にしていた。
そう…当初は劉邦に成り代わり、項羽の面前で死ぬ予定の男であった。
紀信は両の肌を脱ぐと、稟笥の指示に従い、寝台の下手側に手を乗せる。
稟笥が上手側に手を乗せて、「せいのぅ~」と掛け声を掛けると、寝台を窓側にゆっくりと圧していった。
するとあら不思議…寝台の下には見るからに埃を被っているものの、大きめの蝶番が在るのが判る。
稟笥はその蝶番を引き上げると、今度は上手側に引き上げて行く。
途中からそれを支える様に一緒に紀信も手伝う。
大きな蓋が開かれると、その下には石段の一部が見えていて、その下の方は暗闇に包まれていた。
「ほお~此れは驚いたな…既に聞いて判っていたとはいえ、改めて目の当たりにすると、感心するほか無いな…」
劉邦はもはや驚きを通り越して、不思議そうに眺めていた。
「陛下!感心している場合では御座いません…直ぐに参りましょう。後が支えております。」
陳平はそう言うと、松明に火を灯して紀信に渡した。
「先導を頼む…恐らく危険は無いだろうが、日頃埋もれて使って居なかったのだから、何が起こるか判らぬ…紀信将軍、そなたが頼りだ、宜しく頼むぞ♪」
「無論です…お任せ下さい。本来なら此処で死ぬ筈だった身です。わしが陛下をお守り致しますぞ!」
紀信がそう言うと、劉邦は微笑みながら、
「よくぞ申した!善きに計らえ♪」
と満足げに労いの言葉を掛ける。
「では!皆の者、悪いが先に行くから、安心して後から参れよ♪」
こうして劉邦の嬉しそうな鶴の一声で大脱出は開始された。
松明を持つ紀信を筆頭に、劉邦が続き、陳平、樅公、周苛などが先に行く。
陳平は張良にも一緒に行く様に声を掛けて、勧めたが、張良は俄然『それには及ばぬ』と最期まで見届けてから退く事に拘った。
責任在る者が全て先に逃げてしまっては、兵の不安を煽ってしまい兼ねないという訳である。
本来なら沈没する船からは、船長が最期に脱出するのが決まりである…嫌むしろ昔は脱出せずに運命を共にする事の方が多かったくらいで在ろう。
まぁ、それはまともな指揮官がいる場合で在って、大抵の場合は真っ先に逃げていたで在ろうが、張良にはその気概が在った…そう考えるべきかも知れない。
陳平はそれを聴くと、張良らしいと想った。
「では必ず後から来いよ…私は陛下を無事に逃がす責任があるゆえ、先に言って采配せねば為らん!後は頼むぞ…」
そう言って穴の中に消えて行った。
洞穴は石段を2mほど降りた所から先に続いていた。
一寸先が見えない暗闇の世界を、劉邦たちは先頭の紀信が持つ松明の灯りを頼りに進んで行く。
中は朝方にかかっているせいかとても寒く、時折、雫が垂れてきて、頭に掛かるなど、地下水の露がポタ、ポタと垂れてくる。
そんな酷い環境の中を一団は進んで行った。
光を翳して出てきた入口が見えなくなる前に、一旦紀信は松明を円を描く様に丸く廻す。
此れが第二陣の出発を促す合図となる。
そうしておいてから、再び前を向くと、暗闇を進んで行った。
一方、紀信の合図を受け取った入口の階段下にはいつの間にか稟笥が降りて居て、部屋の中で待機している張良に合図を出す役割を担う。
「お~い!次を頼む…」
稟笥は上から下を覗き込む張良に声を掛けながら、手に持つ松明を廻して合図した。
「判った!傅首、次だ♪」
傅首は廊下に並ぶ一団に声を掛けて、順次降りる手配をして行く。
そしてその一団を担う指揮官が順次行軍して行く間に次の待機している一団を呼びに行く。
こうして理路整然と、そして着々と脱出の道行きは進んで行った。
続く一団も入口が見えなくなる前に松明を丸く廻して、合図する事で次を促すという訳だ。
当初、下には張良が降りる予定だったが、寒さから長時間の対応は身体を蝕むと判断した稟笥が買って出たという訳だった。
それで無くても、この後、張良は実際に降りて、寒い中を進まねば成らない。
稟笥が見せた男気で在った。
彼は「なんの!酷い環境には慣れっ子さ!」などと笑いながら平気な顔で居るが、実際には寒いには違いないのだから、大した男である。
『まぁ…乗り掛かった舟だからな…(^o^;)』
稟笥はそう簡単に割り切った行動が出来たので、居てくれて頼もしい存在に写った事だろう。
そうして、城の中の兵員たちはことごとく洞穴の中に消えて行った。
いよいよお別れの時だ…。
稟笥は松明を放り出すと、石段を上がって来て、部屋の中に戻って来た。
張良は稟笥を労って言葉を掛ける。
「稟笥殿…色々と世話になったな♪有難う。本当に助かった。お主が居なければ、皆無事に逃げられてはいまい…本当に感謝する。またどこかで是非お互い元気に再会したいものだ。お主も気をつけて撤退してくれよ…傅首お前もな!」
「ああ…私はこいつがいるから心配要らぬ、気をつけて!」
傅首は手短にそう告げた。
「張良殿!あんたには学ぶ事が多かった…此れはそのお礼だ♪気をつけてな…また会おう。」
稟笥はそう言うと、「合図を頼む…」と声を掛けた。
「ああ…」張良はそう言うと石段をゆっくりと降りて行った。下には最後の一団の指揮官が待って居てくれて、張良を迎えると、上の方に合図を送って来た。
「合図だ!」
それを確認すると、稟笥はやおら立ち上がって、上手側に歩み寄ると、開いた蓋を再び持ち上げながら、叩きつける様に、放り出した。
物凄い力である。
蓋はゴト~ンと大きな音を響かせて、暗闇に文字通り蓋をした…。
それを見ていた傅首は、呆れた様に溜め息をつくと、「相変わらずの馬鹿力だな」と苦笑した。
(^^;)「まぁこのくらいは朝飯前よ♪」
稟笥はカカカッと大袈裟に笑うと、蝶番を元通りに戻して、埃で場をならすと、部屋の隅に押し込めて在った寝台の下を両手で持つと、顔を真っ赤にしながら、元の位置まで戻してしまった。
それを見て、流石の傅首も驚きの声を上げる。
(^o^;)「ウワッ!お前ひとりでやれんのか…どう考えても圧すより引く方が力いるだろっ!何で紀信将軍に声を掛けたんだい?」
(^o^*)「決まってるさ!あんまりやり過ぎると、警戒されるからな…特に陳平殿や漢王様が居たからな…用心に越した事は在るまいよ♪」
稟笥はそう応えながら、傅首に笑顔で目配せすると、何事も無かったかの様に、サッと立ち上がると、両手で衣服をパンパン叩くと埃を祓った。
「さてと!我々もそろそろ逃げるかね♪」
稟笥はそう言うと、右手を振って、その親指で部屋の扉の方を指し示した。




