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脱出【後篇】~命は惜しむ者♪

稟笥の心の牙城はこうして張良に無血開城させられてしまったのであった(^。^;)…。


「で!(*´ー`*)どうやって脱出するんだい?」


張良は相も変わらず、のんびりとした調子で話し掛けて来る。


それはまるで、困った時に道を尋ねるくらいのお気楽さであった。


稟笥は(~_~;)敵わないといった具合に顔を歪めると


「ご予定は?どちらにお越しになります?」


とまるで旅の窓口の係りの人の口振りだ。


張良はそれに対してただ一言。


「漢中に引き上げたい…」


と手札を出す。


(^^;)稟笥は「まぁそうでしょうな…」と応えて、胸元の中をごそごそ探っていたが、「在った在った」と口をつくと、1枚の羊皮紙を取り出して机に置いた。


2人は頭を突き合わせる様に紙面を見つめる。


特に張良はもはや必死なのを隠さない。


眼を食い入る様にして見入っていた。


稟笥はそんな張良を横目で見ながら、尋ねる。


「ここが西門です。現在囲みをしてる楚軍の位置が、目の前に拓ける平野部一帯ですな…この先は森と言うか、しばらくは林が断続的に続いていて1km先に本格的な森の入り口があります。この奥の森に入るとすぐ右手の雑木林の中に出られるはずですが、此れで宜しければ御使用下さい。如何(いかが)です?」


張良は話しを聞いている内にぶったまげてしまった。


こんなに都合の良い事が或るだろうか…まるで小説に(えが)いた様な好都合だ。


それと言うのも、漢中からの増援部隊はこの林道から、森の入口に掛けての地帯に展開しており、脱出口がちょうどその裏まで(つな)がっているのだから、(たと)()(でん)引水(いんすい)に考えたとしても、これ程、都合良くは行くまい。


御誂(おあつら)え向きだな…』


そう想った張良は、


「此れなら申し分無い。それで城内の脱出口はどこにあるのかな?」


と続けて問う。


「それは勿論、城主の寝室と古今東西相場が決まっているでしょう。漢王(劉邦)様が仮に使用しているならば、そこです。仕掛けは寝台の下ですな。そこから石階段で降りて行き、洞穴(ほらあな)に辿り着いたら、あとは1km半程歩けば突き当たりが出口です。再び石階段を上がり、天井の石蓋(いしぶた)を上げれば、晴れて外界に出られますよ。そこからは貴殿方(あなたがた)次第ですかな?」


『悪く無い、まずはとっとと陛下を逃してしまう事だな。脱出さえ出来れば、馬など増援部隊から接収可能。後は、一目散に漢中へまっしぐらという寸法だ…』


「話しは決まった…此れで行こう。」


張良は即断した。


すると稟笥は条件があるという。


「何かね?」


まさかこの期に及んで条件をつけて来るとは、想いも寄らない事ではあったが、少々(いぶか)りながらも、耳を傾けてみる。


「条件は二つ。1つ目は…私は貴殿方(あなたがた)には同行致しません。というのも東に用のある私が、西に逃げても仕方が無いのです。その替わり、皆が逃げた後に入口を元通り(ふさ)ぎ、原状回復して、時を稼ぎます。2つ目は…些細な事かも知れませんが、森側の出口を必ず閉めておく事、以上です。後は御自由にどうぞ!」


張良は「そんな事なら…」と快諾した。


後に残ってカモフラージュまでしてくれるというのだ。


反対する余地すら無い。


「お前さんは大丈夫なのかね…逃げ道は?」


稟笥は含み笑いをすると、


『お人良しめ、いらぬ世話だ!』


と思いつつも、


「大丈夫、ちゃんと楽に抜け出しますから…何なら私に同行しますか?」


と切り換えした。


張良は苦笑しつつも「私にそんな自由は無いさ!嫌でも決着がつくまでは、陛下のお側近くに控えていなきゃならんのでね…お主が(うらや)ましい。時に敢えて東に戻る理由は何だね?良ければ教えてくれないか…」そう言って稟笥を見つめた。


「なぁに、私にも(ささ)やかな相棒が居ましてね…そいつを待たせているのですよ。小太という愛馬ですが、私にとっちゃあ大事な奴なんでね!」


稟笥はそう応えると、感謝の意を示した。


「今回は色々と勉強させていただきましたよ♪またどこかでお会いする機会も在りましょう。」


「そうだな、その時を愉しみにしていよう。さて、私は陳平を追いかけるゆえ、それまで待機していてくれ。」


張良は稟笥に目配せすると、颯爽(さっそう)と部屋を後にした。


『……』


その頃、ようやく陳平は陛下を叩き起すと、『項羽来襲』の報を告げた。


時間が掛かってしまったのには理由があった。


先程の大立ち回りの末の大騒ぎで、一度陛下は眼を覚ましてしまったらしいのだ。


緊急であれば仕方無い。


劉邦もそこまで馬鹿では無い。


ところが結果として理由無き大騒ぎとなってしまった事で、劉邦はかなり不機嫌になってしまった。


それを何とか(なだ)めて(とこ)()かせた家宰にしてみれば、この際、天地がひっくり返らない限り、再び起こすなど、とんでもない話である。


また怒鳴り散らされたら敵わないので、ガンとして頑張り、取り次がなかった。


そのため下らぬ説得に時間を取られて、ようやく陛下にお目通り出来た頃には、半刻を過ぎてしまっていた。


今宵はどうやら劉邦にとっては泣きっ面に蜂と言った所では在るまいか。


騒ぎで起こされ、ようやく寝ついた直後の事である。


予告も無しにいきなり叩き起こされた劉邦は、再び不機嫌そのものであったが、陳平の一言で態度が変わった。


待てど暮らせど来なかった項羽が遂にやって来るという話しを聞かされると、恐怖そのものよりも、ようやく漢中に撤退出来る喜びが(まさ)ったかの(ごと)く、表情が柔らかくなり、嬉々として安堵の溜め息を尽いたのである。


そんな訳で、張良が合流を果たした時には、まだ陳平が説明を始める刹那であった。


張良が面会を求めると、劉邦は速座に許可した。


あれ程、家宰の抵抗を受けた陳平にしてみれば、この対応の違いは面白くない。


案内して来た家宰の顔を苦虫を噛み潰したような表情で()めつけている。


それに気づいた家宰は恐れを為したのか、ピュ~と逃げるように戻っていった。


「おお張良、お前も来たか。今、陳平から聞いたところだ。いよいよ項羽が来るらしい。ようやく計画が花咲く瞬間がやって来たな…」


劉邦はそう話し掛けると、ご満悦そうに笑った。


陳平は『俺に任せろ!』と言って来た手前、張良の来訪に驚いた顔をしている。


張良は、陳平の珍しい程の男気に触れたせいか、何とか顔を立ててやりたいと思っているのだが、良い案が浮かばなかった。


そこで折衷案(せっちゅうあん)として、再び周勃の名前を勝手に使う事にした。


周勃は本人が知らぬ間に陳平に貸しを作り、ここ榮陽城の救世主にまでなってしまうのである。


「陛下、並びに陳平殿、御報告がございましたので、この様な時間に申し訳ありませぬ。実はその件で、緊急かつ速やかに御相談がございます。発言しても宜しいでしょうか?」


張良は劉邦の方を向いてはいるものの、常に陳平を視野に入れており、かなり弱った仕草を見せた。


『張良が来る事自体がそもそも有り得ない事だ。そしてあの顔を見る限り、そうとう困っている様に見える。さては、あの後、緊急事態が起きたらしいな。私は何かあの時に、関与するような事を口走っているかも知れぬ…!! そうか!脱出方法を見つけてやれ…と言ったっけな?どうもそれこそが、鍵なのだろう。その上でわざわざ来る羽目になったのだから…』


陳平は、そこまで頭を回転させると、一か八か、口を出した。


「陛下、実は先程、張良殿とは、周勃殿が差し向けた間諜を囲んで対策を練っておりました。脱出口の件でもっと良い方法があるのです。ここは彼の口から説明致しますので、是非お聞きになりますように!」


陳平は『言ってしまった…』と冷汗を掻きながら、張良をチラッと見た。


張良はすると、見事にコクリと相槌を打ったのである。


陳平はひとまず、自力で危機を回避する事は出来たようだ。


劉邦は「善きに計らえ…」と言って口上を待っている。


「へぇ~これは恐れ入ったな…火事場の馬鹿力とは、この事だ。だが此れで私もうまく立ち廻る事が可能となった。さて私の番だが…」


張良はそう想いながら、説明を始めた。


「周勃殿が寄越した間諜の話に依れば、陛下の寝台の下に脱出口があり、出口が漢中方面にあたる西門の先に広がる森林地帯の中に続いているようです。幸いな事には出口が蕭何殿が派遣して下された増援部隊の後ろに位置しますので、静かに行動を起こせば、城の全員が逃げ延びる事が可能です。つまりは囮などで気を引く必要は無くなったという事です。そして、明日項羽が自らやって来た頃には、城はもぬけの殻…という趣向です。項羽はさぞかしぶったまげる事請け合いです。如何で御座いましょうか?」


劉邦はまさか自分の夢にまで望んだ撤退口が、自分の枕元近くに在るとは想わなかったので、たまげてしまった。


しかしながら、此処まで生死を共にして来た兵士達を、見殺しにしなくて済むと判り、ホッとしていた。


そこでこの新たな作戦を『是』として、直ぐに取り掛かる様に命令が下った。


楚軍が寝静まっている間に、とっとと引き払ってしまおうという事である。


陳平も自分の推論が正しく導かれた事に満足していたので、張良の『配慮』という形の行動に感謝の意を示した。


そして、身体はもう大丈夫なのか?と気遣いすら見せたのである。


この事を切っ掛けに、陳平と張良は一時的にでも、冷戦関係を解消し、互いに手を取り合って協力する事になる。


そして漢王・劉邦の鶴の一声で、未だかつて無い、大掛かりな脱出計画が決行される事になったのである。

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